<ゆうゆう冒険物語> 11

 

 

 

……そういや」
「何? 幽助」

ふと何かを思い出したらしい幽助。
蔵馬は聞きながらも、油断は決してしていなかった。
視線は先程から全く動いておらず、洞穴の奥を見つめている。


「例のモンスター、どっかの洞窟にいるんだっけ?」
「そう言ってたね、王様は」
「けどよ。それ確か『大きな洞窟』じゃなかったか?」

確かにあの時、コエンマ大王ははっきりとそう言っていた。
が、蔵馬はあっさり言い切る。

「実際誰かが洞窟を見に行ったわけじゃないみたいだから、その辺は適当なんじゃないか? 単純にイエティーが大きいらしいからね。住処も大きいと思ったんじゃないかな」
「なんつーいいかげんな

かなり呆れてため息を吐く幽助。
しかし、淡々と答えていた蔵馬も予想はしていたが、結構呆れていた。


なかなか書く機会がなく、意味なく伏せたままだったが(本当に深い意味はない)、姫から聞いたイエティーの話はこうだった。
簡単にすると、

@デカいらしい
Aというわりには、誰もはっきり姿を見たことはない
Bただ、姫を娶るために一度城に来た際、足跡が残されていた
Cその足跡は標準の成人男性の倍はあった
Dだからデカイといえる

ついでに、

Eだから、住処も『大きな洞窟』と思われた

となるわけで。
ようは、情報らしい情報はないに等しいものだったのだ。
無論蔵馬は相当呆れたが、顔に出すようなヘマを一切しなかったことは言うまでもない。




「でもよー。変じゃねえか? 娶りに来た時、誰も姿見てねえなんて」
「確かに一人くらい見ててもいいはずだよな
「答えは、あれかな?」

すっと蔵馬が右手で指さした。
洞穴の奥から、ゆっくりと近づいてきていた妖気。
しかし、それは一行に姿を現さなかった。

だが、やがてそこにいるということは、明白になった。


蔵馬が指さした先には、足跡があった。
洞穴にはほとんど雪は吹き込んでいなかったが、湿度はやや高いようで、地面は湿り気を帯びている。
その少しだけ緩くなった土に、足跡はあった。

誰もいないはずなのに、地面が足跡分だけ深くなっている。
それは確かに成人男性の二倍はありそうな大きさだった。


「なるほど。透明イエティーってわけか」
「いや、おそらく妖気で防御しているだけだ。まあ、足跡が残るんじゃ、無意味に近いけどね」

 

 

「何が無意味だとー!!」

 

 

地の底から響くというほどではないが、とにかくデカイ声だった。
単にデカイだけで、蔵馬たちでなくとも、常人が聞いたところで、別に怖いとかそういう印象は与えられそうにない。
ただ単にデカイだけだった。

四人のものではないから、まあ見えていないが、イエティーのものなのだろう。


「見えぬ貴様等には何も出来まい!! 大方、国王から俺様を退治に来たのだろうがな!」
「まあそうなんだが……一ついいか?」

見えぬ相手だが、今のところ、最後の足跡の場所にいるのは間違いなさそうなので、とりあえずそっちを向いて話す蔵馬。
声もその方角からなので、多分間違っていないだろう。


「何だ、命乞いならきかんぞ!!」
「そうじゃなくて。貴様、あの姫を娶りたいと言っているらしいな」
「ああ、あんな美しい姫は久しぶりだ!!」
「久しぶりということは、やはり初めてではないな? 何処かの姫を娶りたいと言ったのは。他の国でもやったことがあるな?」

大体これくらいは予想のつくところだ。
イエティーと人間の寿命を考えれば、今回が初めてということはないだろう。
手口からして、随分慣れているようだし。




「ああ、前の姫も美しかったぞ!! あの姫によく似ていたな!!」
……その姫の名前を言え!」

怒鳴るように問いかけたのは、蔵馬ではなく、飛影だった。
蔵馬は無言でいる。
やや表情は険しくなっていたが、しかしあえて口出ししなかった。


「覚えていねえよ!! 俺様が娶るのは北国の姫ばかりだからな!! 似たような名前が多かったはずだがな!! まあ、飽きたらその後は知らねえがな!」
「きっさまー!!」

叫ぶのと同時に、飛影は飛び出していた。
炎を繰り出し、足跡より少し上目がけて両手を振り下ろす。
一瞬にして、そこ辺り一帯が蒸発した。
しかし、

「ふはははは!! 見えぬ相手に、何をやっている!! おらあっ!!」
ちっ!」

すんででかわしたが、飛影の頬に血が滴った。
どうやら鋭利な刃物を持ち合わせているらしい。
見えぬそれが飛影を襲った。



「お、おい! 蔵馬!」
「何?」
「加勢しなくていいのかよ!」

そう言う幽助と桑原は、蔵馬が尾羽としっぽを踏んでいるので、動けずにいた。
蔵馬は険しい表情のまま、

「飛影一人で大丈夫だよ。俺たちが加勢するまでもない」
「け、けどよー!!」
「手は貸さない。これくらいはするけどね」

そう言って、蔵馬は髪の毛の中に手を入れた。
出てきた右手には一本の薔薇。
ふわりと振ると、花びらが舞った。



「!」

飛影は視界にうつる薔薇の花びらたちに、すぐに気付いた。
イエティーは気付いているのか気にしていないのか微妙だが、さっきと全く様子を変えず(もちろん見えていないから、見えぬ攻撃の方法で判断した結果だが)、飛影に向かってくる。

しかし飛影は怒りながらも、その花びらを見ていた。
舞う花びらたち。
それらは外から吹き込む風に影響されず、規則的に舞っている。

これが蔵馬の能力。
植物を自在に操る力。
美しくも妖しい、彼にのみ許された、神秘的な舞だった……

 

 

 

……で、これ何か意味あんのか?」

飛影やイエティーには聞こえぬよう、ぼそっと桑原が聞くと、蔵馬はあっさり答えた。

「なくもない程度かな。俺と違って、飛影はほとんど匂いは分からないから」
「じゃあ、お前が行けよ! お前もう分かってんだろ! イエティーの位置も全部!」
「まあね」

そう、これも蔵馬の能力というか体質だった。
異様なまでに五感が鋭い。
とりわけ聴覚と嗅覚に関しては、幽助たちでは想像もつかないほどの鋭さだった。

遠く離れたビルの屋上での会話も聞き分け、今やったように薔薇の香りで洗われた場所では、敵の位置を匂いのみで判断出来る。
これでよく人混みで平気でいられるなとか、クサヤや納豆が平気で食べられるなとかは、あえて聞かないことにしている幽助たちである。



「でも途中で手出しされたら、飛影でなくても怒るだろう?」
「うっ

ようするに、「君たちだって怒るだろう?」と言われているわけだ。
図星である分、言い返せない。



「黙って見ているだけだよ、俺たちは」
……そうかよ」
「わーったよ