<ゆうゆう冒険物語> 9
……突然だが、もしも仲間が雪崩に巻き込まれてしまった場合、どうすればいいのか知っている人は多いのだろうか? 少ないのだろうか?
まずもちろん救助するに決まっている。
二次雪崩などの危険性がある場合は致し方ないため、警察等に救援を申し入れることである。
しかし、そういった危険性がない場合、救助しないのは人道に外れているだろう。
雪崩埋没者救出は、最初の15分間が勝負。
15分以内に掘り出せれば、生存率は高くなる。
方法としてはいくつかあるが、まず雪崩ビーコンによる埋没位置の特定。
ビーコンとはようするに発信受信を兼用した無線機のこと。
これにより、雪崩に巻き込まれた者がどこら辺に埋まっているかが分かる。
といっても、これも結構難しいし、また持ち合わせていないケースもある。
そんな時はゾンデ捜索が有効であろう。
ゾンデ捜索とは、40センチ四方の正方形の升目を想定して、長い棒を角をついていき、埋没者がいれば手応えがあるという、古典的でありながら、結構有用な方法であった。
最もこれも経験がないと難しいといえば難しいが…。
しかし、仲間が雪崩に埋まったなど、迷っている場合でないこともまた事実。
今この時も、とある雪山斜面でそれを行っている連中がいた。
「おい、蔵馬! こんなでやるより、さっさと掘った方が速いだろ!」
「焦ったところでどうにもならないよ、幽助。あちこち無駄にやるより、結果的にはこっちの方が速い」
つい数分前のこと。
雪崩が勃発し、約3名は見事によけたが、約一名が巻き込まれたのだった。
誰かは言うまでもないと思うが、いちおう言っておくと、桑原である。
しかしその原因が、雪山斜面で幽助と大喧嘩し、でもって大きな音など立てて自ら雪崩を起こしたというから、あまり同情できたものでもないかもしれない…。
慣れぬゾンデ捜索で、苛々もつのる幽助だが、蔵馬とて楽観視しているわけではない。
こんな時になんで、この世界はパラレルで、飛影が炎を使えるのに邪眼がないのだろうと考えている辺り、微妙に焦ってもいない気もするが…。
ちなみに飛影も協力はしていたが、やはり焦っているのか呆れているのか微妙なところであった……。
そもそもここまでほぼギャグ一直線できたのに、いきなり桑原の生死がどうこうという騒ぎになるとも思えなかった……。
……ところで、雪崩から助け出す人も大変だが、一番大変なのは埋まってしまった本人だろう。
雪崩の規模にもよるが、雪崩に巻き込まれた大概の人は、同じような感想を持つらしい。
“らしい”というのは、作者自身は雪崩と全く縁がなく、また体験した人たちとも縁がなく、文書において知り得た事実でしかないからに他ならない。
とりあえず、以下のような感じらしい。
まず足元がすくわれ、身体のバランスが崩れる。
雪崩の規模が小さくても、自分自身が乗っている雪が動いているのだから、いくら体勢を立て直そうとしても、ほとんど意味はなさないだろう。
桑原の場合はそれだった。
ケンカ相手の幽助は飛んでいるため、巻き込まれようもなく、先を歩いていた蔵馬や飛影も巻き込まれずにすんだのだ。
そうこうしているうちに雪崩のスピードはどんどん上がっていく。
これはものが斜面を滑るときに働く物理的な現象らしいが、現役高校生を終えて早数年の作者はさっぱり覚えていないため、飛ばすこととする(おい)。
最後には目の前が真っ白になるほどの速度にまでなる。
雪崩の規模が大きいと被害は拡大。
横転してしまっては、上も下も分からなくなるし、目や口に雪が入りこんできて、当たり前だが息ぐるしくなる。
自分がどちらを向いているのか分からない以上、手足を動かしたとて、あまり意味はない。
流れが止まったとしても、その後も怖い。
雪崩の規模が大きければ、その時点でほとんど埋まってしまって、もう自力での脱出は不可能に近い。
というより、大概意識不明になる。
雪による締め付けは、想像以上に身体の負担になり、漫画のように「ぷはー、びっくりした」と、あっさり顔を出すような芸当、普通は出来ないのだ。
また雪崩の規模が小さくても、やっと流れが止まったか…と思う間もなく、追い打ちをかけるようにデブリがやってくる。
“デブリ”とは、崩れ落ちた岩石の砕片や雪塊のことで、ちなみに余談だがフランス語である。
桑原の場合はこれだった。
実は彼が埋まっているのは、それほど深くはなく、後ちょっと上の雪が取れれば、頭くらいは出るはずだった。
ただ雪に埋もれているため、指一本(正確にいえば蹄一本か?)も動かせないので、蔵馬たちに合図すら送れていないのである。
不幸中の幸いは、雪の積もり方のおかげで、かろうじて呼吸くらいは出来ていることだったが…。
「(ぢくしょ〜。あいつら〜、さっさと掘り出しやがれ〜)」
近くで声が聞こえている分、さっさと掘り出せと思ってしまうのは、人情というものであろうか……。
「!」
「どうした、蔵馬!」
「感触があった。多分、この辺りだ」
「マジか!?」
「ああ。飛影、スコップ出して」
「……」
本当にこのザック、一体どれくらいの物が入っているのだろうか…。
取り出されたスコップ2本を使い、蔵馬と飛影で掘り進む。
幽助も小さい翼ながら、協力した。
「桑原っ! おい、桑原!! 出たか! …あ、足か」
確かにそれは足だった。
やや欠けた蹄といい、桑原のものに間違いないだろう。
「これ、前足か? 後ろ足か?」
「多分、後ろだね。ということは、頭はこっちの方だ。飛影、ここからは手で掘った方がいい。スコップだと、頭に刺さる」
「フン、刺さったところで、大したことはあるまい」
「でも痛いと思うよ」
「知るか。埋まる方が悪い」
「(何だと〜〜!!)」
埋まりながらも、会話は聞こえている桑原。
痛いのが嫌だと言うよりは、どちらかといえば最後の飛影の発言に対して怒っているらしい。
最も、掘り出してもらうまでは、文句も言えないし、出てからでも、掘り出してもらっておいて、文句は言えたものではない……こともないかもしれない、彼らの場合は。
とりあえず蔵馬の意見を採用し、手掘りを始める一同。
ようやく頭が出てきたが、やはりいきなり、
「誰が埋まる方がわりーってんだ、てめえ!!」
「フン、元はと言えば、貴様の吠え声のせいだろうが」
「あんだとー!!」
「…桑原くん、元気そうだね」
「みてえだな…」
心配する必要はとりあえずなかったらしいと、いちおうホッとする蔵馬たち。
しかし、ここからも結構大変である。
いきなり雪を全部どかすのは不可能だし、またどかせたとしても、それは避けた方がいい。
埋没者はただでさえ、低体温症になっていることが多く、いきなり外気に触れさせると、一気に体温を奪われ、激しい寒気に襲われるのだ。
こういう時はツエルト類をかけてから、ゆっくり雪を取り除いて、身体に外気が当たらないように工夫を凝らす。
が、このツエルトも包み方がいい加減だと、後で風が入り込んで、あっさり意味をなくすものだから、油断ならない。
それがこの状況ですんなりといくわけがなかった。
「幽助。そっちもっと引っ張って」
「こ、こうか?」
「そう。あ、引っ張りすぎ。飛影、そこはそのままで、あっちに行って」
「……」
「あ、幽助。そこ載らないで」
「へ? シワ伸びてねえぞ?」
「違う。そこ、桑原くんの頭。息できないよ」
「あ、そうかそうか」
ひょいっと幽助がそこからのいた直後、ツエルトの下から怒声が響く。
「ゼイゼイ…そうかそうかじゃねえ!! ハアハア…人を殺す気かー!!」