<ゆうゆう冒険物語> 3
「とりあえず寝よう。明日も大変そうだからね。体力たくわえておかないと」
「そうだな。おやすみー」
欠伸をして、ベッドに寝転がる幽助。
この小さな身体でベッド一つ占領とは、いい身分である…。
桑原はふかふか過ぎるベッドよりも、僅かに弾力のある絨毯の方がいいと、その場で寝そべった。
「さてと。俺はソファで寝るから、ベッド使っていいよ、飛影。じゃ、おやすみ」
この部屋にはいないはずの存在へ蔵馬は笑顔でそう述べ、ソファに横になった。
幽助たちのとは違って、消え入りそうな小さな寝息が聞こえだしたのと、開けたままにしていた窓のカーテンが揺れたのは、ほぼ同時だった。
暖炉の残り火だけが揺らめく部屋に入ってきた男。
床を伸びる影は先端が尖っており、更にかなり小さな身の丈であるだけでも、幽白ファンであれば、それが誰かは一目瞭然どころか、あっさりさっぱりと分かるだろう。
「フン。バカめ」
眠っている蔵馬の脇に立って言う飛影。
その声は決して言葉通りの嘲笑のものではなく、少し照れたような…少し嬉しそうな声だった。
しばらくその場に立っていた飛影だが、やがて空いているベッドへ近づき、掛け布団をとると蔵馬にひっかけた。
そして自分は掛け布団はないが、それでも温かいベッドに寝転がり、翌日東の空が明るむまで熟睡したのだった……。
翌朝。
蔵馬が目覚めた時、既に飛影はいなかったが、自分に掛け布団がかけられていて、空いているベッドにシワがよっていたことで、飛影がちゃんと寝ていたと分かった。
「幽助。桑原くん。起きて」
「んあ? 蔵馬、何かあったのか?」
「いや、特に。何故?」
「何か朝から機嫌いいみてえだからよ」
「そうかな」
端からみれば、普段の彼と何処も変わったようには見えないだろう。
だが、その顔は僅かにほころんでおり、割合付き合いの長い彼らにしてみれば、とてつもなく嬉しいようにしか見えなかったのだ。
「勇者・蔵馬よ。よくぞ、我がレーカイの国へ参られた!!」
焦げ茶色の短い髪。
明るい茶色の切れ長の瞳。時には糸目。
赤・青・黄・白などという多彩な色遣いで、考えてみれば相当ハデな衣装に身を包む美青年。
何故か口にはおしゃぶりがくわえられ、もはや幽助や桑原は吹き出す寸前だったが、彼こそこのレーカイの国で最も偉い人物……すなわち、レーカイの国の国王こと、コエンマ大王である。
態度はデカかったが、こちらを見下しているようには見えない。
身分におごった他の国の王とは、何処か違う雰囲気。
何となく、そう…いちおう何処か強い面のありそうな、そんな感じ。
いくら勇者・蔵馬の連れであっても、モンスターやらロバやらに同行許可を出しているのだから、むやみやたらに差別だの贔屓だのするタイプではないのだろう。
それほど嫌いなタイプではないか……蔵馬はそんなことをぼんやりと考えていた。
「早々だが、本題に移りたい」
本当に早々だな、そう突っ込みたい者が、この場には結構いた。
が、とりあえず皆黙っていた(というか、黙らされていた)。
「おぬしを勇者と見込んで、頼みがあってな。あるモンスターを退治してほしい」
「……」
蔵馬は黙っていた。
国民すら騒いでいた大問題だというのに、内容はよくあるパターンのようである。
蔵馬が国や村を訪れるごとに頼まれることベスト3には、余裕で入っている。
ちなみに他2つは、何かを取り戻してくれ、姫の夫になってくれ、である。
むろん3つ目はいつも丁重にお断りしているが。
更に余談だが、ベスト10くらいにもなると、姫の夫ではなく、王子の妻になってくれ、というのまであったりする。
これももちろん丁重にお断りしているが、常人には見えぬであろう、恐ろしい殺気にも似たオーラに、幽助と桑原は毎度毎度生きた心地がしなかったりした…。
なので、とりあえずそういう件でなかったことには、そっと胸を撫で下ろしていた。
「ここより更に北になるが…大きな洞窟がある。そこにモンスターは住んでいるのだ」
「……失礼ですが、情報はそれだけでしょうか? それでは洞窟全体のモンスター退治ということになりますが…」
まさかそんな面倒なことはしていられない。
あえて、口にも顔にも出さずにいるが、幽助と桑原はかなりイヤそうな顔をしているので、バレているかもしれなかった。
無理もない。
ここでも充分寒いのに、更に北に行けというのだから。
レーカイの国の北といえば、雪山と呼ぶに相応しい山脈が連なっているだけ……どう考えても、洞窟とやらは雪山の中か、あるいは雪山を越えたところにあるとしか思えない。
そんなところに行く予定などないし、第一モンスターは退治出来ても、別の意味で死んでしまうかもしれないではないか!!
……と本人たちは思っているが、まあ多分雪山程度で死ぬ連中ではないだろう。
「いや、退治してほしいのは、洞窟にいる中で一匹だけだ。言うなれば、洞窟の主だな。まあ、出来ればその取り巻きたちもだが……」
「その主についての情報は?」
取り巻きたちは、無視決定。
都合良く幽助と桑原がはずみで倒してくれたら、倒したということにしておくことにした。
「……イエティーと呼ばれるものだが、知っておるか?」
「名前だけなら。何分南の方から来たので。雪を操るモンスターでしたっけ? 基本は単独行動と言われていますが、谷から谷への移動の際には集団で見かけられることもあるとか。大きさは様々だが、普通は大柄で時には5メートルを超す者もいるという……」
「(名前だけって…充分知っているではないか)…まあ、そんなところだ。実はあの雪山に一匹のイエティーが住みついていてな。我が姫を嫁によこせというのだ」
あまりにありがちのパターンに、蔵馬は頭が痛くなってきた。
いつもいつも思うのだが、どうしてこうモンスター…とりわけどっかの主とか中盤ボスとかは、王の姫だの長老の娘だのを嫁にしたがるのか…。
はっきり言って断れるのは目に見えているし、第一人間と全然違う体の構造をしているくせに(構造どころかサイズもバラバラだし…)何故に嫁にほしがるのか、全く理解できない。
喰うから生け贄に捧げろというモンスターどもの方が、幾分まともに思える蔵馬だった。
「もし、イエティーを倒した暁には、褒美として姫との結婚を。この国の王座も譲り渡そう!!」
「……」
はっきり言って、どちらもいらない蔵馬。
しかし、そう言えるような状況でもないだろう。
とりあえずイエティーならば、ぱっと見で大体見当もつくと思われる(多分…)。
力量は王からの情報…と呼べるかどうかも分からない話では、さっぱり分からないが、まあコメディ中心できている今の状況ならば、負けもしないだろう。
どっちにせよ、断る道などないのだし。
「王様」
「何だ?」
「その役目、引き受けましょう」
「おお! やってくれるか!!」
破顔とは多分こういうのを言うのだろうな、というほど明るい空気に包まれる王。
対照的に蔵馬は冷静なままだった。
というか呆れていた。
顔に出さないよう、つとめつつ、
「ただ私は旅をする身。一所にとどまることができない者です。共もこの者たちだけでは、姫をお守りすることもかなわぬでしょう」
「そうか」
裏を返せば、こんなところ長居できない、姫もいらんと言っている訳だが、遠回しに言えば、結構いい言葉に聞こえるものらしい。
王はやや残念そうではあったが、あっさり引き下がってくれた。
「では、頼んだぞ」
「はい。それでは出発に致したいのですが、いくつか準備していただきたいものがあります」
「分かった、それは城下町で備えよ。勇者には皆無償でと伝えておく」
「ありがとう存じ上げます」
むろん、蔵馬の脳内には、雪山へ行くに際に必要なものだけでなく、今後必要な物資やら、大分少なくなっている旅荷物やら、携帯食料やら…その他もろもろのリストが完成していたのだった。