<ゆうゆう冒険物語> 2
……が、しかし。入国した後も事態はあまり変わらなかったかもしれない。
いきなり迎賓館に案内される大歓迎ぶり。
まあ一般市民によって羽根をむしり盗られるよりは、堅苦しいがこっちの方がマシかと、青い羽のモンスター−−通称・幽助は諦めモードに入っていた。
蔵馬という名の旅人と一緒にいるのは、退屈はしなくていいのだが、入国の度にこんな扱いを受けるのは面倒で仕方がない。
偽名でも使えばと毎度言うのだが、宿代が浮くという理由だけで、蔵馬はいつも本名を記帳するのだから、たまったものではない。
それでも幽助はまだいい噂が多いが、ロバの桑原はギャグっぽい噂ばかりが先立ってしまうので、からかわれることがやたらと多い。
最も彼の場合だけは、噂というより事実に近いのだが…。
ちなみに連れ…というより、連れだと思われた少年…は、一緒に入国しても、パーティに加わって何かしたことがないためか、特に困ったこともない。
今回も国へ入るまでは近くにいたが、いつの間にか何処かへ行ってしまったようだし……。
まあどうせその辺の木の上にでもいるだろうと、誰も心配はしていなかったが。
迎賓館でもてなされ、豪勢な料理が次々と運ばれてくる間も、人々の口は止まらない。
勇者・蔵馬の冒険譚を少しでも聞きたいと、噂程度で聞いていたことを述べ、詳しいところまで聞こうと必死だった。
「噂はかねがね!!」
「日照り続きで餓死寸前だった村に、モンスターを操って雨を降らせたとか!!」
何のことはない。
喧嘩っぱやい幽助が、とある水系のモンスターと大喧嘩し、そいつが攻撃のために雨雲を呼んだだけである。
むろんそれは村の外での話であったが……。
あっさり勝利してしまったものの、雨雲を消す呪文を知らなかったため、そのまま放置。
直後に訪れた村では、干ばつの続いていたのだが、たまたま風向きが変わって、先程の雨雲がこの村までやってきた……と、ただそれだけだったのだ。
「そうだ! 宝石鉱山で巨大なダイヤを発見されたらしいですね!」
「しかも無償で近隣の貧しい村人に与えたとか!」
あれは確か幽助が桑原と喧嘩していて、桑原が蹴り飛ばされ、鉱山の崖につっこんでしまったために発見しただけだった。
深くめり込んだ桑原を引っ張り出した際、そこにダイヤがあっただけである。
本当は何処かへ持って行って売ろうかと思ったのだが、当時は今より赤貧にあえいでおり、完全な無一文の上、食料も底をついていたため、その日の宿と飯が優先と、近くにあった村にタダで泊めてもらい、タダで飯を喰わしてもらう代わりに渡しただけである。
早い話が、一宿一飯の礼ということに。
本当なら、その村で売れればよかったのだが、見つけた鉱山というのが、その村の所有であっては、いくら発見したのがこちらであっても、所有権を巡っての争いになるのは目に見えている。
ダイヤとの価値を比較すれば安すぎるものだが、しかし穏便に事を運ぶには、てっとり早い方法である。
しかし、村人たちにしてみれば、巨大なダイヤを渡してくれた相手なのだから、泊めるくらいは当然のことで、人々には完全な「無償」だと伝えたのだろう。
「石油を掘り当てたとも聞きましたよ!!」
「ああ、しかし。何も言わずに、風のように去られたと、村の者たちは残念がっていたらしいですよ!」
「何と謙虚な!」
あれも幽助の喧嘩が原因だったと思う。
地面を殴りつけて、水道管を破壊することなどよくあったから……しかし、一度だけあまりに深い穴が空いてしまい、黒い水が出たとかで大騒ぎになった村があったと思う。
蔵馬は何となく石油だろうと思っていたが、桑原が毒だなんだと大騒ぎして、幽助もそれに同調してしまい、パニックを起こしかけていたため、とりあえず退散したのである。
「とある村を占拠していたモンスターの集団を一夜にして、撃退してしまったとか!」
「あそこは実は私の故郷なんです! 心配していたのですが、先日両親から元気でやっているとの手紙が届いて……本当にありがとうございました!」
かなり浮かれているようなので黙っておくことにしたが、それも偶然である。
モンスターが占拠しているのは、遠目からでも見えたが、他に休めそうな村も町もなかったので、仕方なくそこへ行っただけ。
しかも当初の予定ではモンスターなどほおっておいて、一日泊まるだけの予定だったのだ。
それが、宿で食事をしていた折り、モンスターがワラワラと入ってきて、幽助の皿をひっくり返したため、喧嘩が勃発。
そのまま鎮圧してしまったのだった……。
「そうそう。ある国の反乱軍をたったの数秒で鎮圧したとか!」
「それも誰一人傷つけることなく!」
それは単に蔵馬の顔が良かったから…ただそれだけである。
その国での反乱軍というのは全て若い女性だったのだが、実はそこでは女性は全て成人するまで男性を見る機会が与えられず、結婚相手も全て親同士が決めたもの…という、ワケの分からない奇妙な決まり事があったのだ。
完全に女性と男性で生活区域が別れている国。
成人するまでは女性は男性を見る機会がない…父親すら見たことがないという女性ばかりだったらしい。
そんな中で十代前半ほどの若い女性の一人が、偶然にも男という生き物を見てしまったのである。
彼が美男子であれば問題もなかったろうが、残念なことにその男は、それはそれは醜い生き物で……例えるならば、幽☆遊☆白書の垂金を想像していただければ、分かりやすいと思われる。
あんなものが将来の結婚相手…そう思えば、誰だって仲間の女性たちに言いふらしたくなるし、誰だって反乱くらい起こしたくなるだろう。
ということで、反乱が起こったのである。
しかしその時、分厚い塀を隔てた男性の生活区域には、偶然にも蔵馬たちが訪れていたのである。
更には偶然にも、塀を破壊して押し寄せてきた反乱軍が初めて見たのが、たまたま道を歩いていた彼……。
その美しさに心撃たれた女性たちは、何もせずに回れ右をして、立ち去った……ただそれだけだったのだ。
「いやいや、一番の手柄はあれでしょう!! とある国で、盗賊に奪われた王の紋章を取り戻したとか!」
あれもたまたま……というか、むしろこっちが悪役だったかもしれない。
ダイヤの時同様、かなりの金欠病の時だった。
迷い込んだ塔に潜んでいた盗賊集団から、金目のものを全て奪い、それを持って近くの国へ行ったら、取り返してきてくれたと大感謝された。
普通、盗んだ盗賊が再び押し寄せてきたと警戒されるのではないかと思われるかも知れないが、以前その国を訪れたらしい旅人が、勇者・蔵馬の噂を散々述べていったらしく、疑われる余地は全くなかったのである。
現に、取り返したということに気付いたのは、王宮で既に歓迎会を催されている最中だったのだから……。
……もちろんのことだが、蔵馬は適当に聞いて、適当な言葉を並べて言い、人々の期待を裏切るような真実を語らぬように務めた。
事実とは時として残酷なもので、たった一つの真実を告げることがよいこととは決して限らない。
憧れは憧れのままでいた方が、彼らのためだろう。
今までずっとそうしてきたのだから……。
しかし、今回ばかりは真実を語って、さっさと国を出た方がよかったかもしれない。
そう思った時には、既に遅かったのだが……。
「これで我が国も助かります!」
「…はい?」
「実は我が国も危機にさらされているのです!」
「勇者・蔵馬さまが来てくれて、本当に助かりました!!」
「今夜はごゆっくりお休みください! 明日王家から使いのものが来るはずです!」
「……」
「……」
「……」
シャンデリアに、ふわふわのソファに、真っ赤な絨毯。
立派な細工が施された暖炉やテーブル、ふかふかのダブルのベッドが二つ。
とても豪華な部屋へ通された蔵馬たち。
普段ならば、ベッドの上でトランポリン遊びでもする幽助と桑原だが、今日はそんな気分になれなかった。
「……どうすんだよ、蔵馬」
「どうすると言われてもね。逃げるわけにもいかないでしょ。というか、無理だろうし」
「城壁越えるとかは?」
「次からどの国にも入れないよ。レーカイの国は割合どこの国とも親交が深いからね。だからこそ、あれだけの噂を知ってたんだろうけど」
ため息をつきつつ言う蔵馬。
旅人として、行く先々で国へ入れないというのは、非常に厄介なことである。
口実を作って出国するという手もなくはないが、しかしあの状況下では、説得するだけで丸一日かかってしまうだろう。
そうなれば、王家からの使いとやらが来て、おそらくは強制連行……八方塞がりである。
「で、結局どうすんだ?」
「国の危機とやらをいちおう聞いてみる。出来そうだったら、とりあえずやっておく。無理そうだったら、諦めてもらう」
「……それで通ると思うのか?」
「思わないよ。一度国外に出なければいけないと言えばいいだけだ。何年もかかると言ってね」
「……お前…本当に悪魔だな。流石は…」
「しっ! それは国の中では禁止だろ」
「あ、わりー」
何やら口が滑りかけたらしい幽助。
何を言おうとしたのかは謎だが、しかしとりあえず国の中では言ってはいけないことのようである。
だが、さっきから話している内容の方が、よっぽど聞かれてはマズイようなことだと思うのだが……。