<ゆうゆう冒険物語> 1
広大な大自然が広がるユーハック大陸。
その北東部に位置するレーカイの国。
そこから少しばかり南の森の中を、一人の青年がゆっくりとしたペースで歩いていた。
「なあ、蔵馬。まだつかねえのか?」
「まだです」
「もう疲れたぜー」
げっそりとした声を上げ、青年に文句を言い続けているのは、彼の肩に乗っている奇っ怪な生物。
所謂、モンスターだった。
人間を二頭身くらいにして、三〇センチ程度に縮小したような身体。
背中には青い羽根が生え、尾羽は青と赤と黄色というなかなか綺麗な色合いだった。
普通、モンスターといえば、人間の敵であり、即刻駆除するべき生き物と思われるかもしれない。
ところが近年、モンスターを運搬用や戦争のために飼い慣らすことが増えているのだ。
大概は金持ちや国王など、強大な力と金を持つ者たちによる調教師を雇った飼育が主流だが、重い荷物などを運ばねばならぬ旅人なども自力でモンスターを捕まえ、従者にすることもある。
とはいえ、彼の肩にいるモンスターは、肩に乗るくらいなのだから当然小さく、とても労働にも戦争にも役に立ちそうにない。
それも別に不思議ではないだろう。
彼は元からこのモンスターを労働や戦いに活用するために飼っているわけではない……いや、飼っているという表現すら当てはまらないような、不思議な関係なのだ。
一年も前になるだろうか?
特に目標はなかったが、何となく旅に出るため、青年が故郷の小さな村を出た直後だった。
腹を空かし、行き倒れになっていた、このモンスターを拾ったのは……。
見捨てるのも気が引けるので、いちおう食い物をやり、体力が回復するまで介抱してやった。
しかし、空腹だけでなく怪我もしていたので、完治するまでには思ったよりも時間がかかり、全快した頃には互いに別れたくない存在になっていた。
情が移った…のとは少し違うと思う。
別に馴れ合いたいわけではなかったから…。
互いの存在が、毎日の生活に活力を与え、刺激を与え合うようで、日々を退屈しないでいられるのが一番の要因かもしれない。
戦う時にも一人でやるより、ずっと楽しい。
こんなこと今までなかった……。
「俺はこれから世界中回るけど、君はどうする?」
「退屈しないですみそうだな」
青年の問いかけに、モンスターはニッと笑って、それだけ言った。
以降はしばらく二人で旅をしていた。
人に害なすモンスター…というか、自分たちを攻撃してきたモンスターを倒したり。
時には、モンスター以外の悪党も倒して回った。
最も本人たちとしては、相手が悪人であろうが善人であろうが、強そうで戦いを挑んできた相手を倒しているだけなのだが……善意のある者はほとんど戦いなど挑んでこないため、結局ほとんどが悪党退治になってしまうのである。
それから新たな仲間が加わったのは、その二ヶ月後のことだった。
彼は今、青年とモンスターの後方二メートルほどのところを、てくてくと歩いている。
「人の肩に乗ってるだけだろ、浦飯は! 俺は歩いてるんだぜ!」
「けっ。どうせ、てめえだって手ぶらじゃねえか。荷物全部持ってるのは、蔵馬だろ。運搬できねえロバなんざ、聞いたことねえよ!」
「しょ、しょうがねえだろ。こういう体質なんだから…」
モンスターに言われ、言葉に詰まっているのは、一頭のロバ。
普通ロバといえば、運搬のために飼うのが一般的だろうが……このロバは何一つ、鞍さえ乗せておらず、手綱もつけていなかった。
それに引き替え、青年は荷物がぎっしり詰まっているらしいリュックサックを一人で背負っている。
肩のモンスターには持てないにしても、普通ロバにも少しは積むだろうに……。
だが、このロバは言った通り、運搬などが一切出来ないのだ。
荷物を背中に乗せた途端、地面にベタンッと伏せってしまい、運搬どころではなくなる……本人だって好きでやっているわけではないのだが。
今なお、理由は分からない。
そういう体質なのだろうと、それだけしか分からなかった。
しかし、運搬などが出来ないがために、そこら辺をたらい回しにされ、十ヶ月弱前にとある村にたどり着いていた。
丁度その頃、荷物が増えてきた青年は運搬の出来る動物かモンスターを捜していたのだが……。
そこで出会ったのが、この運搬の出来ないロバ。
当たり前だが、当時ロバの持ち主だった男は、そんなこと一言も言わずに、青年に売りつけたのだ。
安すぎたため、少し妖しいなとは思いつつ、その村にはこのロバしかいなかったので、まあいいかと、購入。
荷物が背負えないと分かったのは、ロバを売った男がさっさと村を出て行ってしまった後だった。
だが、まあ……荷物が背負えないにしても、肩乗りモンスターと互角に喧嘩するだけの体力と根性だけはある。
運搬を誰かに任せるのはもう諦めて、自分で持つとしても、とりあえず連れて行くことにしたのだ。
食費は以前の倍以上に膨れあがったが、いちおう戦力にもなる。
最も、戦闘中にいきなり肩乗りモンスターと喧嘩するのだけは、いい加減にしてほしいが……。
……と。
とりあえずこの三人(一人+一匹+一頭?)が、この世界で最も有名なパーティである。
長く美しい紅い髪と冷徹な緑色の瞳を持つ青年、勇者・蔵馬。
小さな身体に似合わず、強大な力を持つ青きモンスター・浦飯幽助。
運搬は出来ないが、愛嬌のあるロバ・桑原和真。
彼ら三人、有名といっても、本当に色んな意味での話だが……。
よくある噂のほとんどが意外にも好印象だという不可思議な事態は、後々説明するとしよう。
一般的にはファンタジーと言われるであろう、通常の『幽☆遊☆白書』が存在する世界とは全く違うパラレルワールド。
そこにおける一人の勇者の物語。
これから始まるのは、そのほんの一角に過ぎないが、彼の冒険譚の中でも、壮大でとても奇っ怪な珍騒動の記録である……。
「そういえば、最近あいつこねえな〜」
独り言のように呟く幽助。
そのつまらなそうな一言に、蔵馬はくすっと笑って、
「幽助、来てほしいんだ」
「俺は来てほしくねー!」
後ろから桑原の絶叫。
どうやら彼は『あいつ』とやらには、本当に来てほしくないらしい。
それも無理ないだろう。
『あいつ』は必ずといっていいほど、桑原を足蹴に…いや、彼を踏み台にするのだから……。
「じゃあ一対一か」
「なあ、蔵馬は来てほしいのか? ほしくねえのか?」
「そりゃ決まってるよ……」
ふっと空を仰ぎながら言う蔵馬。
雪がちらつく白い空は、秋空とも雷雨の空とも違う、また幻想的な雰囲気に包まれている。
その中に彼は何かを見いだしたらしい。
振り返ってロバの桑原を見やる蔵馬。
「桑原くん」
「ああ? 何だっ……」
ドッシーン!!!!
「危ないよって言おうとしたんだけど、遅かったみたいだね」
「遅すぎる!! つーか、重い! どきやがれ、てめえ!! 毎度人を踏み台にしやがって!!」
「フン。そこにいる奴が悪い」
桑原の真上に降ってきて、いきなり悪態をついたのは……。
逆立った黒い髪とつり上がった紅い瞳、蔵馬よりも頭一つ半ほど小さそうな少年だった。
会話からして、初対面ではなさそうである。
それもそうだろう。
彼はさっき幽助が呟いた『あいつ』なのだから……。
「やあ。久しぶりだね、飛影」
「最近来ねえから、何かあったかと思ってたぜ。けどまあ、元気そうじゃねえか」
「貴様等も無駄に健康らしいな」
「あんだとー」
「つーか、いい加減にどけー!!」
未だに踏まれたままだったらしい桑原。
背中に乗られるのは、荷物を積まれるのと同じ原理なのだから、当然自力では立てない。
飛影というらしいこの少年がどいてくれるまでは。
最もその後も、起こして貰わねばならないのだろうけれど。
「飛影も向こうにある国に行くのか?」
「…まあな」
「じゃあ、一緒に行こうか。入国手続き一緒にやった方が楽でしょ。さっ、行くよ」
「……」
自分から来たとはいえ、ここまで強引にされると腹も立つ。
だが、今更逆らっても無意味だとも理解している飛影。
昨日今日の付き合いではないし、そうでなくとも彼には一度も勝ったことなどないのだから……。
飛影がどいたので、とりあえず桑原を立たせる蔵馬。
軽く雪を払い落とすと、荷物を背負い直して、歩き出した。
目指すはレーカイの国。
この冒険の最初の舞台であり、なかなかユーモアに溢れた国である……。
「……では、こちらの紙にご記入願います」
「はい」
レーカイの国の入国審査室で、手続きの用紙に記帳する蔵馬。
最近は旅人がかなり増加しているので、一つのパーティにつき、一人が代表で手続きを行えばよくなっているのである。
実際、蔵馬が記帳する前にも五つほどのパーティが並んでおり、一時間ほど待たされたほどなのだ。
じっとしていられない性格の幽助や桑原は手続きが全て終了するまで、そこら辺に遊びに行ってしまったが、飛影はそれも面倒なのか、椅子に座って寝ていた。
「はい、終わりました」
「ありがとうございます。えっと、蔵馬さんですね……蔵馬? え、まさか勇者・蔵馬さまですか!?」
突然、驚異の声を張り上げる審査官。
隣の机で記帳していた旅人や他の審査官たちも、思わず手を止め、顔を上げた。
中には手にしていた書類箱を床に落とし、中身を散乱させたことにも気がつかない者も…。
驚くこともなく、慌てることもなく、ただ平然と立っている蔵馬を、全員がマジマジと見つめて、一〇秒が経過。
「そういえば、紅い髪をお持ちで…」
「瞳も緑色ですね」
「そうだわ。確か青い羽根のモンスターとロバをお連れになっていましたね!」
「まさかこんなところでお会い出来るとは思っていませんでしたわ!!」
段々興奮してきた審査官と旅人たち。
その瞳は驚きと感動に満ちあふれたものに変わりつつあった。
それが声に出て、次第には握手を求めるまでに…。
蔵馬は終始笑顔でいたが(どうせ営業スマイルだろうが)、飛影はいつ起きたのかアホらしそうに、一部始終を見ていた。
「蔵馬ー。終わったのかー?」
「おお! これが噂のモンスターですな!」
「このロバがあの噂の!」
「な、何だー!?」
雪が酷くなってきたので、戻ってきた幽助と桑原。
しかしそのまま旅人や審査官たちによって囲まれ、もみくちゃにされてしまった。
中には羽根をもぎとろうとする心ない者も……。
流石にそれには幽助も激怒し、攻撃態勢にまで入りかけたが、
「悪いけれど、雪がきつくなってきたみたいだから、入国させてもらえるかな?」
と、蔵馬がさらりと言って、幽助を取り押さえたため、その場は何とかおさまった。
彼の一言で本来の義務を思いだした審査官たちは、他の旅人たちを審査室から追い出し、内線で国内に連絡。
あっという間に桟橋がおり、現れた門兵たちにガードされて、蔵馬たちは無事に(?)入国したのだった。