<現代のサンタ事情> 2

 

 

 

「ここが次の家か」
「もうダメだ…うごけねえ……」
「弱音はいてる時間はない。早いところ侵入するよ」
「へいへい……今度はどっからだ?」

玄関でぶっ倒れながら、白い袋をかついだ蔵馬を見上げる幽助。
そこは極普通の一戸建てだが、塀が高い上、そのすぐ横に物置があるため、門の外から玄関の様子がまるで分からないようになっていた。
つまり、一度門の中へ入ってしまえば、人目を気にせず、玄関をいじくり回せるという、空き巣にとっては願ってもない環境なのだ。

 

「玄関からで問題ないだろう。ピッキングでいく。飛影、工具とって」
「……」

まだソリに乗っていた飛影は、座席の下から小さな工具を取りだし、振り向きもせず、蔵馬に投げ渡した。
ぱしっと寸部の狂いもなく、受け止める蔵馬。
こちらもまた振り向きもしていなかったというのに…。

 

「開くか?」
「ウエハーシリンダー(ディスクシリンダーとも言うけど)。俗に“数秒で開く”って呼ばれてるヤツさ。しかも今時こんなタイプのつけてるなんて……ピッキング対策全くしてないな」
「よく区別つくな。俺でもそれは無理だ」
「伊達に数千年盗賊やってないよ。鍵開けは基本だからね。よし、開いた」
「はえ……俺でも3秒はかかるぞ、それ」
「これくらい0.5秒が基本だよ。まあ普通の空き巣なら10秒ってところかな。いつ侵入されてもおかしくない。空き巣が侵入する上で、問題になってくるのは、侵入にかかる時間だからね。10秒なら、十分許容範囲だ」

さらっと言って、あっさりとドアを開ける蔵馬。
こんな鍵1つしか付けていない時点で、防犯ベルなどがないことくらい予想もつくというものだ。

 

 

「おい、いたぞ。蔵馬」
「……幽助、もうちょっと小さい声で…」

念のため、耳をすませてみる蔵馬。
どうやら誰も気づかず、家主たちは皆、夢の中のようである。
ほっと一息つき、幽助が顔を覗かせている部屋へ急ぐ蔵馬。
そこでは小学校低学年くらいの童女が2人、すやすやと寝息を立てていた。

 

「ご丁寧に靴下さげてるぜ。今時珍しいな」
「でもこれ入らないな。枕元にでも置いておくか」

そっと2人の枕元へプレゼントの箱を置く蔵馬。
と、その時少女のうちの1人の瞳が、ぱちっと開いた。
今まで起きていたという様子ではない、おそらくたまたま目が覚めたのだろうが……今はそう暢気に考えている場合ではない。

 

幽助はバッと両手で口と鼻をおさえて後ずさりし、蔵馬は瞬時にポケットから睡眠薬を取り出し、辺りにまき散らした。
これはコサンタがよこしたもので、朝には消えてなくなるというものなのだが……だからといって、安全面のよく分からないようなものを、あまり使いたくはない蔵馬。
殴って寝かせるわけにもいかないから、仕方なく使っているが……。

「寝たか?」
「ああ、何とか。それにしても、この服……妖力が使えないなんて、面倒にも程がある」

そうなのだ。
蔵馬が何故、薔薇棘鞭刃を使って鍵をこじあけたり、夢幻花の花粉を使ったりしないのか。
それはこのサンタの服のせいであった。

 

ソリを引く幽助たちはトナカイの服を着なければならないにしろ、何故蔵馬たちがこの服を着ているのか……実は、幽助たちが引っ張っているソリに乗るには、必ずこの服を着なければならなかったのだ。
それも妖力を全く使えなくなることと引き替えに…しかも一度着ると夜明けまでは脱げないという、無茶苦茶さ。
むろん、これを聞いたのは、帽子までかぶった後であり、蔵馬が珍しくジョルジュをぶっ飛ばしたことは言うまでもない……。

つけ加えておくと、蔵馬が今持っているムチ、これはサンタの服にセットでついてきたもので、普段彼が使っている薔薇棘鞭刃ではない(妖力が使えないのだから当然だが)。
いつもより使い勝手は悪いが、まあ慣れた武器である。
家を出た直後、ピシッと一回打ち鳴らすと、

「帰ったら、コエンマとコサンタ、ぶっとばしましょうね…」
「ああ……当たり前だ」

 

 

 

「ハクション!」
「ハックション!」
「コエンマ、コサンタ。風邪かよ?」
「いやあ、誰かが噂でもしとるんだろ!」
「そりゃ、いい噂だろーな〜!あっはは!」

案の定、コエンマとコサンタは2人して、幼児の姿のままだというのに、飲みまくっていた。
しかも何故かコアシュラまで一緒である。
どうやら、前の一件で、昔のことは水に流せたらしい。

 

「まあそんなこた、どうでもいい! 飲むぞー!」
「おお!!」

幽助たちが四苦八苦しているというのに、このバカ騒ぎぶり……完全にデキあがり、舞い上がっている。
彼ら、ちゃんと幽助たちが戻ってくるまでに終わることができるのだろうか……。

 

 

 

「ここの玄関は道路に面してるんだな」
「国道だから、この時間でも交通量がかなり多い……仕方ない、窓から行こうか」

先程とは打って変わって、ここは5階建てのマンション。
目的地は、その最上階である5階、南の端の家であった。
非常階段から上り、いったん屋上へ上ってから、ベランダに侵入。
玄関とは逆に、ベランダが面していたのは、林立しているマンションの側面、つまりは窓がない部分である。
見つかる可能性はかなり低い……ここもまた空き巣にとっては、絶好のロケーションだろう。

窓からの侵入法といえば、一番簡単な方法は鍵周辺のガラスを割って、手を差し込み、鍵を開ける方法……つまりガラス割りである。
空き巣の実に6割がこの方法で、行っていることからも分かるように、窓というのは空き巣の出入り口なのだ。
しかし、マンションの上の方の階ともなると、自分の家は狙われないと過信し、防犯に怠ることが多い。
今回の家もその典型的なものだった。

 

蔵馬、幽助に続いて、今度は桑原も一緒にベランダへ(この家は人数が多いため、荷物持ちである)。
ベランダに面した大きなガラス窓を見て、彼は、

「これって網入り板ガラスっていうんだろ? 開くのか?」
「これくらいワケねえよ、下がってろ」

そう言うと、幽助はハンマーで鍵のすぐ横を割ってしまった。
しかし思ったよりも音がしない。
それどころか、簡単に網にそって指一本が入るくらいの穴が開いてしまったのだ。

 

「げっ。マジでもろい…」
「勘違いしてる人多いみたいなんだけどね。網入り板ガラスって、元々火災の延焼を防ぐもので、空き巣侵入を防ぐためのものじゃないんだよ。逆にガムテープとか貼らなくても、ガラスの破片が飛び散りにくいから、かえって侵入されやすいくらいで」
「マ、マジかよ…」

唖然とする桑原。
まあ、ガラスの質よりも、むしろそこまで詳しい蔵馬や幽助に、呆気にとられていたのだが……。

 

その家はベランダから入ってすぐがリビングで、隣に家族全員の寝室があった。
総勢10人、子供だけで7人もいる大家族。
見つけるのは早かったが、プレゼントを置くのが大変であった。
何せ、8畳間に10人寝ているのだから……踏まないようにするので必死。
加えて、起きないようにも気を配らねばならないのだから、たまったものではない。

 

何とか全員分のプレゼントを枕元に置き、再びベランダから脱出する幽助たち。
割れたガラスは、悪いがこのままにしておいた(まあ今までもそうだったが)。

これを気に考えを改め、防犯対策に勤しんで欲しいところだが……。
あれだけの人数養っていく以上、貯金も雀の涙ほどだろうし、こんなことでなければ、誰も不法侵入などしないだろうとも思う、幽助たちであった……。