<現代のサンタ事情> 3

 

 

 

「……開いたぞ」
「どうも。結構早かったね」
「バカにするな…」
「してないさ。誉めてるつもりですけど?」
「……」

今度の家も同じくマンション。
しかしさっきとは違い、ベランダが道路に面し、玄関が田んぼに向いているという造りのところであった。
となれば、玄関からのピッキングが一番なのだが、どうやら多少の防犯意識はあるらしい。
元々あった鍵を取り外し、サイドバー方式のディスクシリンダーにつけかえているようである。
これは一見は普通の鍵なのだが、耐ピッキング性・破壊性に優れ、ピッキングの弱点をついた巧妙な作りになっているのだ。

 

だがしかし……この家の住人は、それで安心してしまっているようである。
最近、流行っているサムターン回しへの対策は全くなされていなかったのだ。

サムターン回しとは、扉の鍵穴付近にドリルで穴を開け、室内側の鍵のつまみを操作して解錠するという荒っぽい手口なのだが、実はドリルなど使用せずとも、もっと簡単な方法があるのだ。
普通の家では不可能だが、ここにはマンション特有の“あれ”がある。

 

そう、ドアの郵便受け口である。
もろいものは、引っ張るだけで簡単に外れることもあるし、工具を使えば、ドリルほど音を立てずに外すことも可能なのだ。
そしてこの家の郵便受け口は引っ張るだけで簡単に外れた。
少しばかり、サイズが小さめのポストだったため、体格から一番腕の細いと思われる飛影が解錠(実際は、多分蔵馬も同じくらい細腕なのだろうけど)。
もちろんドアロックも簡単に解錠されてしまった。

 

「ここの子供は1人か。すぐ行ってくるから、ここで待っていて」
「……」

飛影を玄関で待たせ、侵入する蔵馬。
彼が来ると、また面倒起こすとでも思ったのだろうか……いや、そうではなかった。
この家に入るのは、かなり危険だったのだ。
別に隠しカメラがあるとか、防犯ベルがあるとかそういうことではない。

玄関・廊下・その先に僅かに見えるダイニングキッチン……全て、グッチャグチャだったのだ。
靴は一足も揃えておらず、廊下にはまだされていないらしい洗濯物や、おそらく何が入っているかも覚えていないであろう段ボールが山積み。
ダイニングキッチンには、昨日食べたものの後片づけがまだされていなかった。
本当に、少しは片づければいいのに……。

 

 

「ここか……」

何とか物を踏まないように、子供部屋へとたどり着けた蔵馬。
しかし……親が親なら、子も子というべきだろうか?
どうすればこれだけ散らかすことが出来るのか……普段から片づけている蔵馬には理解不能な空間であった。

おもちゃも勉強道具も一緒になっている。
床はほとんど見えず、雑然とした机の上にはおそらく昨日、終業式に持ち帰ったのだろう、学用品が無造作に積みあげられていた。
制服(どうやら私立の小学校らしい)や体操服は洗濯にも出さずに、ほったらかし。
週刊雑誌らしい少年マンガのタワーは、たった今倒れてもおかしくないくらいに左右にグラグラと揺れていた。
プラモや模型は作りかけで掘り出され、テレビゲームはテレビに接続されたままになっている。
正に腐海の森……子供が寝ているベッドまでたどり着くことは到底不可能であった。

 

「仕方がない、ここに置いておくか」

子供部屋の入り口へプレゼントを置く蔵馬。
しかし、難関はここからである。
ここから音を立てずに、玄関までたどり着かねばならないのだ。
一歩一歩慎重に歩を進める蔵馬。
僅かに見える廊下の板、そこ以外は踏むわけにはいかない。
他の場所は少しでも触れれば、どれかに影響が出て……雪崩発生は確実、家主は100%起きてくるだろう。

少しずつ少しずつ……やっと玄関まで戻って来れたのは、家に入ってから10分後のことであった。
つまり片道5分……今までで一番時間のかかった家かもしれない。

 

「は〜、疲れた……」
「おい、蔵馬! いつまで待たせる気だ!」

蔵馬がドアノブを持とうとした瞬間、痺れをキラした飛影が、バンッと思いきりドアを開けてしまったのだ。
当然、ドアの振動が伝わり、玄関の小物が床に落ち、廊下の段ボールが音を立てて崩れ……子供部屋やリビングの方でも、何やら壊れるような音がした。
その光景に蒼白になる蔵馬。
飛影は自分が何をしたか全く分かっていないらしく、突っ立っている蔵馬を不思議そうに見上げていた。

 

「ひ、飛影……」

血の気がひいた顔で飛影を振り返る蔵馬。
しかし辺りは真っ暗、僅かな非常灯だけだったため、飛影には蔵馬が真っ青になっているのが分からなかった。

だが……いつまで経っても、誰も起きてこない。
いやそれどころか、子供部屋からさっきの子供の寝息が聞こえてくる。
どうも、これだけのことが起きたにも関わらず、家族全員が熟睡しているらしいのだ。

 

「……何だ?」
「……いや、何でもない」

つまりこの家にとって、雪崩は日常のことなんだな……そう思いながら、蔵馬はある種、最も恐ろしいといえるであろうこの家を後にした。
もちろん、ここでどんなことがあったのか、それを他人に話すことは一生なかった……。

 

 

 

そしてラスト1軒。
ここにプレゼントを届ければ、指令は終わる……。

「玄関はダメだな。ちょっとやそっとじゃ、開きそうにねえ」
「道路にも面してるしね。1階の窓は全部雨戸がついてるし……2階の窓が妥当だな」

そう言うと、蔵馬は庭木を伝って簡単に2階の窓へ行ってしまった。
いちおう今までの家よりは防犯対策をしているらしい。
ガラスは防犯用の合わせガラス、鍵は真ん中と下の方に2つ付けられ、たくさんのビスで止められている格子まで取り付けられていた。
ここまでくれば、おそらく半分くらいの空き巣は諦めるだろう。
しかし、まだそれでも安心出来るものではない、それを蔵馬たちは証明してしまったのだ。

 

 

「まずは格子だな」
「ビスが4つ程度なら、簡単なんだけどね。上下合わせて20個か……面倒だけど、仕方ないな」

そう言いながら、1個1個ビスを外していく蔵馬。
大概の格子は数個のビスで止められており、結構簡単に外れるが、ここの格子は20個ものビスで止められている。
これを外すのは結構面倒くさいし、時間もかかる……が、しかし、ビスの頭を塗りつぶすなり、セメントで固めるなりしなければ、外そうと思えば外せるのだ。

 

「これで全部かな」
「よし、んじゃ引っ張るぜ……よっと。外れた」
「じゃあガラスを……飛影、ライター」
「……」

さっきと同じようにして、飛影からライターを受け取る蔵馬。
カチッと火をつけ、そっと窓ガラスをあぶり始めた。

「どうだ? いけるか?」
「普通のガラスよりは時間かかるけど、防犯ガラスも所詮ガラスだからね。合わせガラスって、確かにハンマーで叩いても割れないけど、熱には弱いよ……よし、出来た。幽助」
「おう! せーのっ!」

バシャ…

蔵馬が火であぶった部分に水をかける幽助。
途端、ピキッとガラスにヒビが走った。
軽くつつくだけで、ガラスはほとんど音もなくあっさりと割れ、幽助の手を室内へ侵入させてしまったのだ。
幽助が一つ目の鍵を開けている間に、蔵馬がもう一つの鍵の近くをライターであぶっている。
ここまでの防犯対策をしていたというのに、2人は今までの家とほとんど変わらぬ時間で、すんなりと鍵を開けてしまったのだ。

「よし、入るか!」
「待って。多分、警報装置がある」
「へ? 何処に」
「窓の上の…ほらあそこ。多分、窓が開くと作動するだろうね……全く、窓の上につけるなら、窓に振動がある時点で作動するものにすればいいのに」

ため息をつきつつ、窓の上の方もライターであぶる蔵馬。
続いて幽助が水をかけ、ガラスを割り、再び蔵馬にバトンタッチ。
装置は無線で防犯センターなどに繋がっているものではなく、それ1つで全ての機能を果たすものらしい。
スイッチ1つで簡単に止まってしまった。

 

もう何の効果もなくなってしまった、数々の防犯システム。
今やこの窓はただの窓…いや、鍵すら開いてしまったのだから、不用心な開けっ放しの窓と何の代わりもなくなってしまっていた……。

窓のすぐ近くにいた少年の枕元に、プレゼントを置くと、そそくさと退散する幽助たち。
庭に降り立つと、幽助は腰にロープを巻き付け、蔵馬はソリに飛び乗った。

 

 

「さ、さっさと帰りましょう」
「お〜。ん? おい、桑原、どうした?」

ふと横を見ると、そこにいるはずの桑原がおらず、ロープだけが虚しく地面を這っていた。
少しあたりを見回してみると、ソリから少し離れたところで、かがんで植木の下をのぞき込む桑原の姿が見えた。

「え? いや、あそこにネコが……」
「ネコ? …まさか! 桑原くん、それ触らないでっ……」
「は? げっ!」

 

 

ジリリリーー!!!

 

蔵馬の忠告も虚しく、庭に設置されてあったネコ型防犯装置は、アッケなく作動してしまった。
当然、家主は起きるし、近所の住民達も起き出してくる。
しかも数軒先に交番があったのだから、たまったものではない!

「どろぼー!!」
「おまわりさーん!!」
「どこだどこだー!!」

警官のついでに野次馬まで集まり、家は完全に包囲された。
1階の雨戸の向こうでは、家主が焦りで滑る手で必死に雨戸を開けようとしているのが、雰囲気で伝わってくる。

 

 

「不味いな……」
「ああ。かなりね……全員、息とめてて」
「は? って、まさか……」
「そう、そのまさか。丁度風もあるしね……行くよ!!」

バッ…

例の睡眠薬……残っていたありったけの薬を、辺り一帯に満遍なく巻き散らす蔵馬。
危険なものかもしれない、それは分かっている。
だが、この状態では、それしか方法がなかった。

睡眠薬は、蔵馬たちに味方し旋回するような風に乗り、周囲の人間を眠らせていった。
まず、雨戸を蹴り倒すように開けた家主を眠らせ、次に飛び込んできた警官、更には野次馬達も皆、次々に眠らせてしまったのだ。

が、しかし……これは何も人間にだけ効く薬ではない。
薬をまいている蔵馬は元より、他の3人とて、いつまでも呼吸を止めていられるわけもない。

 

 

「(ま、まだか……蔵馬……)」
「(い、息が…続かねえ……)」
「(……チッ…)」

3人とももはや限界。
そして最初に限界点に達したのは、

「だあ!! もうダメだ!!」

 

 

バタッ……

「あ〜あ。桑原くん、後少しだったのに……」

桑原が倒れた1秒後、すっと口から手を離し、いつも通りの声で話し出す蔵馬。
その様子に幽助と飛影も、バッと手を口から離した。
が、蔵馬のようにはいかず、呼吸は乱れまくり、震える肩でぜーぜーと息をついた。

 

 

「あ゛〜、しんど〜」
「あのくらい平気で我慢出来ると思ったんだけど」
「いきなりで空気吸うひまがなかったんだよ、ったく……おい、桑原おきろよ!」
「……起きそうにないな。しょうがない、幽助頑張ってね」
「え゛……」
「ほら、急いで。夜が明けますよ〜」
「う、うそだろー!!」

ぎゃーぎゃー言いながらも、ここで逆らえば、蔵馬のムチの仕置きがまっていることを承知している幽助。
プレゼントが空になったはずなのに、ものすご〜く重いソリ。
それでも彼は必死になって走った。
東の空が白みかけた、クリスマスの空へと……。

だが、やはり通常2人で引くソリを1人で引くのは、無理があったのだろう。
夜明けと共に、幽助たちの衣装もソリも消えてしまい、4人は審判の門の屋根から、コエンマの部屋に突っ込む形となってしまった。
まあ幸運にも、後から落ちてきた蔵馬や飛影の下敷きとなって、ここへ来るまでず〜っと高いびきをかいていた桑原も、眠りの世界から復活できたのだが(むろん、目玉が飛び出すほどの激痛つきで)。

 

 

 

……その後のことは予想がつくだろう。

 

霊界へ戻った4人を待っていたもの……。
ドンチャン騒ぎに疲れ果て、神聖なはずの審判の門で、3人の幼児が大いびきをかいていたのだ。
周囲には、何をしていたのか簡単に分からせてくれる、酒瓶や空になった菓子袋が……。
まるであの時の、腐海の森となった家のようだと呆れているのは、蔵馬だけである。

 

 

残りの3人は……。

 

本当にコサンタが風邪なのだと思っていたのだ。
だからこそ、しぶしぶ引き受けてやったのである。
それがこの状況……どう見ても、風邪のヤツのやることではない。

騙された……というか、これはバカにされたに近いだろう。

怒りと屈辱……一晩で蓄積された疲れやストレスも相まって、脳みそは沸騰寸前、握りしめた拳から血がしたたり、眉間にはシワが刻まれ、こめかみはピクピクと小刻みに振動し、至る所の血管が十文字に浮き出ている。
もし彼らの怒りが人間界に繁栄するならば、関東大震災か阪神淡路大震災……富士山の爆発どころか、エベレストが噴火するかもしれない。

 

そんな彼らの気持ちを知って知らずか……いや、知らないだろう。
3人の目前で眠っている幼児たちの顔は、苦しみを知らないような幸せそうな顔なのだ。
おそらく良い夢でも見ているのだろう。

それが終わり、この世のものとも、あの世のものとも思えぬ悪夢が始まるのは、あまりに哀れであるが、自分のそれなりに怒っている蔵馬に助ける気は毛頭なかった。
まあ自分も殴ろうと思っていたのだけは、やめてくれたらしいが……。

 

「(……尻ぬぐいは面倒なんだけど、ちょっと止めれそうにないしな。まあもしかしたら、しなくてすむかもしれないけど。墓前に生ける花、何が好きか聞いておくんだったかな〜)」

 

何とも縁起の悪いことを……しかし、全てが冗談だったわけでもない。
今の状況からすると、そうなる可能性も決して低くはないのだから……。

バキッメキッ…と、血のにじんだ拳を打ち鳴らす幽助。
桑原は久々に出す霊剣の切れ味を確認するように、ブンブンと振り回していた。
額の布を取り去った飛影は、邪眼を開きつつ、右腕の包帯を引きはがしていく。

 

そして、3人同時に……眠っている幼児たちを振り返り、怒りに燃えたぎる瞳でにらみつけた。

直後、審判の門の壁が崩れ落ちるような、轟音にも似た怒声が霊界中に響きわたったのだった……。

 

 

 

「ゆるさねえぇぇー!!!」

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

クリスマスにUPしようと思って、すっかり忘れていたお話です。
現代のサンタさんって、どうやって家に入るのかな〜とか真剣に考えてみたり…(笑)
でも何か、単に空き巣の手口紹介しただけですね、これは……。
ちなみに管理人の家には空き巣入られたことないですけど、近所で何件か被害にあってる人いるみたいです。
自分は大丈夫…と思っているのが一番危険らしいので、気を付けて下さいね!

ふと思ったけど、私の書く小説って、まともに事件の発端からスタートしてるの、少ないですね。
結構、数時間前に起こった悲劇(?)を回想しながら、物語が進んでいくような……。
ついでに、幽助くんたちのグチで始まるのが多いような感じがするのは、気のせいでしょうか……(笑)