<現代のサンタ事情> 1

 

 

「あ゛〜、疲れた〜」
「右に同じく〜」

ぐったりとして、とある家の屋根に座り込む幽助と桑原。
しかしそれが彼らだと分かるのは、2人が仰向けに寝転がっているからであり、うつ伏せになっていたならば、おそらくは誰だか分からなかっただろう。
何せ、2人のしていた格好は……。

 

「何してるのさ。ほら、後4軒で終わりだから」
「げっ、後4軒もあんのか?」
「もういいじゃねえか。16軒も行ってきたんだからよ」
「……文句を言いたいのは俺たちの方だよ。無罪放免になった後も、毎度毎度、幽助の指令に付き合わされてるんだから……」

深くため息をつく蔵馬の横で、飛影もイライラしているらしく、ガンガンと屋根瓦を乱暴に踏みつけている。
しかし、この家の住人が出てくる気配はなかった。
それもそのはず、彼らが乗っている屋根の下の人間たちは皆、深い深い眠りに突き落とされたばかりなのだ。
そう、この4人の手によって……。

 

 

「もう夜明けまで時間がない。急がないと……飛影、早く乗って」
「……」

無言のまま、蔵馬に続いて、彼の乗った“あるもの”に乗り込む飛影。
イライラしながらも、蔵馬の言ったことには逆らえない彼であった。

 

「よし。幽助、桑原くん。出発だ」
「え〜。もう行くのか?」
「もう少し休ませろよ」
「駄目です……行く気がないなら、力づくでもいいんですよ〜?」
「い、行く! 今すぐ、行く!!」
「走るぜ、桑原!!」

ガバッと起きあがり、猛然っとダッシュする幽助&桑原。
その腰には長いロープが巻き付けられている。
当たり前のことだが、彼らの進行と同時に、そのロープも同じように進んでいく。
そう、逆の先端を、蔵馬たちを乗せた“あるもの”に繋がれたロープは…。

 

しかし、ここは極普通の民家の屋根の上。
それほど走る距離があるはずがない。
かといって、彼らは屋根の端まできても、別の屋根に飛び移る様子もなく、道路に降りる様子もなかった。

 

幽助たちのとった行動。
もしそれを目撃した人物がいれば、その者は悲鳴をあげるか、唖然として自分の目を疑うか、完全に現実逃避するか……おそらくその3つのうちのどれかだろう。
だが、夢見る子供ならば違っただろう。
興奮し、叫び、後を追いかけたかもしれない。
それはそれで、失神されるよりも困るのだが、幸いこの光景を見ていた者は、誰一人としていなかった。

トナカイの衣装を着た幽助と桑原が、サンタの格好をした蔵馬と飛影を乗せたソリをひいて、夜空に飛び立つ光景は……。

 

 

 

ことの発端は、数時間前。
いつものことだが、クリスマスイブだというのに、幽助はコエンマに呼び出されたのだった。
雪菜とデート中(と勝手に思っていた)桑原や、家族と買い物中だった蔵馬、いつも通り木の上で寝ていた飛影もまた、とばっちりの形で強引に。

「何だってんだ!! こんな日まで指令かよ!」
「いい加減にしろってんだ!!」
「まあまあ落ち着け」
「落ち着けるか!!」
「おお、来たか」

思いっきりギャーギャー言いまくっている幽助たちを余所に、コエンマは幽助たちの向こう側の扉から入ってきた人物に話しかけていった。
振り返って、きょとんっとする幽助たち。
そこには彼らは見覚えのない人物が立っていたのだ。

 

「何だ? そのガキ…変なカッコだな……」
「変わった格好というよりは……」

ワケが分からない様子の幽助たちとは逆に、蔵馬は何となくイヤな予感がしていた。
その人物に見覚えはない。
だが、真っ赤な三角帽子に真っ赤な服、ところどころに白いポンポンがついているという、そんな風貌を見れば、彼が誰なのかは検討がつく。
例えそれが、大きなマスクで顔が半分以上隠れていても、コエンマ並の幼児であったとしても……。
そして、今回の指令内容もまた、大体の予想がつく。

 

 

「紹介しよう。わしの霊界幼稚園児代の友人で、コサンタだ」
「コ、コサンタ〜!?」
「やっぱり……」
「はじめまして。コサンタだ」

コエンマにコアシュラ、コテンニョ……何でも「コ」をつければいいものではないだろうに。
幽助たちへの挨拶もそこそこに、コエンマとコサンタは思い出話に花を咲かせだした。
どうから彼は、コアシュラも含めた悪ガキ3人組として有名だったらしい。
そして全員でコテンニョを取り合い……例のコテンニョ誕生日プレゼント事件のおりは、風邪で休んでいたとか。
それはよかったなと、その後の事情を知っている4人はため息をつきながら、心の中で思ったのだった。

 

 

「で、何なんだよ。今回の指令ってのは」
「おおそうだったな。実はな。コサンタの代わりにプレゼントを配ってきてほしいんじゃ」
「はああ??」
「……やっぱりか」

突拍子もない言葉だが、ここまでくれば、大概分かるものである。
今更驚くこともないのだが、幽助たちにとっては考えもしなかったことらしい。
蔵馬はその様子にも呆れていた。

 

「ちょ、ちょっと待て! なんで、いきなりそうなんだよ!?」
「いやな。コサンタのやつ、風邪気味でな。今夜は、ちょ〜っと無理かな〜と」
「ゴホゴホ……」

コエンマの流し目に会わせるように、マスクごしに口をおさえて咳をするコサンタ。
それが演技だと見抜くのは、蔵馬にとって、赤子の手を捻るよりも簡単なことだった。

 

「(……仕事ほったらかして、遊び呆けるつもりか。そんなことで呼び出されるとはな……)」

考えはお見通しだったが、ここで言ってしまっては、幽助たちがどれだけ暴れまくるか、大体分かる。
そして、その尻ぬぐいを自分がしなければならないことも、蔵馬は重々承知していた。

 

 

「で、どれくらいの軒数なんです?」
「おお、話が分かるな、蔵馬」
「(そりゃ、弁償するよりは安いですから)」
「コサンタのまわる予定だったのは、ほんの少しだけでな。ここら辺の20軒だけだ」

地図を指さしながら説明するコエンマ。
偶然にもそこは、一度幽助たちが行ったことのある地域、ろくろ首町であった。

 

「それじゃ、よろしくな!」
「ああ。報酬はたけーぜ。なんせ、クリスマスだからな」
「安心しろ。ちゃんと用意してまっとる!」

 

 

 

 

……ということだったのだ。

ちなみに、無理矢理サンタやトナカイの服を着せられたのは、審判の門を出る直前…。
自分たちが直接渡せば、命が危ないと思ったのか、ジョルジュ早乙女に押しつけてあったのだ(哀れ、ジョルジュは八つ当たりされて、ボッコボコ…)。

 

しかし……サンタの仕事というものは、思っていたよりも、ず〜っと難しいものだったのだ。

煙突のある家など、今の時代、10000軒に1軒あれば、良い方である。
“今の時代”でなくとも、日本には元々ないのが普通なのだが。
となれば、どうやって家の中に入るか……。

 

答えは1つ、『空き巣の要領』で不法侵入するしかないのだ。

 

窓ガラスを割ったり、鍵をこじ開けたり、バールでドアごとこじ開けたり、ノブをもぎとったり……被害件数が増加傾向にある、サムターン回しや焼き破りも数回行った。
窓や玄関扉の鍵をかけ忘れている家や、合い鍵を玄関の近く(植木鉢の下やポストの中など)は有り難かったが、自分たちが本当の空き巣だったらどうする気なのだろうと、ため息をつかずにはいられなかった。

 

 

指紋1つ残さず、どんな証拠も残さぬよう、監視カメラの死角に入ることも怠らなかった。
数回、誰かがドジって(主に桑原)、家主を起こしてしまい、大慌てで強制睡眠させたこともあったが、今のところは問題なく、事を運んでいる。
最も、ガラスが割れていたり、家主が失神しているのが、問題ないというのは、少々無理があるかもしれないが。

空き巣のプロかとも思いたくなるような手口だが、盗まれたものがなく、逆にプレゼントが置かれているということで、家主は恐ろしく悩むことだろう。

 

だが、ここまでくると、流石の4人にも疲れが出てくる。
特に幽助たちは……トナカイの衣装は、走るだけで空を飛べるのだが、常に全速力で走らなければ、落下してしまうという欠点があるのだ。
しかも飛べないサンタ衣装の蔵馬や飛影、それに大量のプレゼントを積んだソリを引っ張りながらである。
これが疲れないはずがない。

トドメに、蔵馬がムチまで構えているのだから、精神的疲労は恐ろしく蓄積されていった……。