<POKEMON> 21
「くっ…」
部下たちが明らかに苦戦している(一部除いて)のを見て、男の顔色はますます悪くなっていった。
しかし、部下などよりも、もっと彼を焦らせているのは……。
「貴様だけは…許さん…」
小さな身体から、恐ろしいほどの殺気を立ち上らせる、炎のぽけもん。
殺意は全身から立ち上っているようにも見え、それは業火のごとく、燃え上がっていた。
慌てて繰り出し、周囲に侍らせた自らのぽけもんたちは、岩や地面タイプばかりで、通常炎タイプの彼には圧倒的有利なはず…。
なのに、その彼らでさえ、その炎の勢いに押され気味でいるのだ。
「許さないし、許せない…許す気もない…」
ざっと一歩踏み出すだけで、感じる炎の熱さが増すような気さえした。
ぽけもんたちも、思わず一歩後退した。
「え、ええい!! 貴様など、岩や地面の前にはどうにもならぬ!! やれ!! お前たち、やってしまえ!!」
どう考えても、ぽけもんたちは怯えているのだが…。
しかし、ぽけもんは結局トレーナーに似るもの。
通常、勝てるはずの、いつもは見下している相手を前に、回れ右で逃げるのはやはり気が進まないらしい。
微妙な高さのプライドが、彼らのアダとなるとも知らず…。
飛び出した、さいほーん・だぐとりお・にどくいん・にどきんぐ・さいどん。
老婆も同じようなのを数匹出してきたが、レベルが違うらしく、かなり大柄である。
「さいほーん、地震!! さいどん、地割!! だぐとりお、穴を掘る!! にどくいん、岩雪崩!! にどきんぐ、バブル光線!!」
……とにかく、炎が弱いとされる技ばかりの指示。
まあ、間違ってはいないが、ほとんど技マシンというのも、少々せこい気もしないでもない。
いちおう男はそれなりにトレーナーとしてのレベルも高いらしい。
ぽけもんたちは全て言うことを聞き、その通りの技を蔵馬に喰らわした。
…最も、それが効果的と思っただけかもしれないが…。
……蔵馬は避けなかった。
誰一人の技も避けず、ただそこにいた。
5匹分の技を一度に受ければ、いくら彼でもただではすまない。
だが、彼は避けなかった。
ズガーン!!
ドガッ!!
バキィッ!!
ドドーン!!
ズシャアアーン!
全ての技が同時に、蔵馬へと襲い掛かった。
「! 蔵馬!!」
見ていたぼたんが、思わず後ろから叫んだ。
「コ、コエンマさま!! 蔵馬が!!」
「え、蔵馬どうかしたのか!?」
ぼたんの悲痛な声に、幽助たち3人、同時に振り返る。
「おい、ぼたん、どうした!?」
「く、蔵馬が、あいつらの攻撃まともに…」
「なに!?」
「おい、コエンマ!!」
「どうなってんだ!? 蔵馬、どうしたんだよ!!」
全員から何を言われても、コエンマはただ見ていた。
蔵馬が立っていた場所は、巻きあがった煙で今は何も見えない。
それでもコエンマはそこから目をそらさなかった。
「……安心しろ、とは言わないがな」
「え?」
ぽつりと零したコエンマの言葉に、ぼたんが顔を上げる。
「無事とは言えないが……あやつが何も考えないわけがないだろう」
すっとコエンマが指さした先。
煙がゆっくりと晴れていく先には……。
「蔵馬!!」
……確かに、無事とは言い難い蔵馬の姿。
酷い状態だった。
流れる血も、深い傷も。
それでも彼は生きていた。
その全身に……先程と比べ者にならぬ、凄まじい闘志をみなぎらせて。
……まるで、そこだけに嵐が起こっているようだった。
もちろん、周囲にもその余波による影響は出ている。
しかし、そことは到底比べ物にならなかった。
想像を絶するエネルギーのため、そこを中心に壁も床も天井もボロぎれのように崩れていく。
そして、発せられるマグマのような高温で、跡形もなく、滅した。
範囲はじょじょに広がっているが、完全な円形ではなく、やや楕円だった。
男とその部下たちの方面に大きく広がり、幽助たちのいる方面にはあまり大きな広がりは見せていない。
いちおう力もコントロールは出来ているらしいが、それでも僅かな広がりが多大な被害を及ぼしていた。
「ぼ、ぼたん。もっと下がれ…巻き添え食ったら、死ぬぞ」
「は…はひ…」
青ざめながらも、きゅうこんの身体を引っ張ったまま、ギリギリ離れられる位置まで下がるぼたん。
同じく青ざめているコエンマも、その横で這い蹲った体制でいる。
そうでもしないと、頭や性格はともかく、身体はただの人間でしかないコエンマは、吹き飛ばされそうな状態なのだ。
「……今、さらっとひどいこと言われなかったか?」
「気のせいにしておきましょうよ、コエンマさま。今、突っ込みいれていい状況じゃないし…」
コエンマとぼたんはギリギリまで下がったが、幽助たちはとりあえず何があっても対処できるようにだけ構え、その場にいた。
もちろん、蔵馬が抑えていてくれることには気づいている。
それでも言わずにはいられなかった。
「……すげーな」
「ああ。なんつー力だ…」
「……」
約一名無言だが、いちおう肯定らしく、小さく頷いていた。
こんな力、誰一人として見たことがない。
まるで伝説のぽけもんのごとくの業火……それを発しているのは、あの小さな狐なのだ。
「おい、コエンマ。あれ、なんて技なんだ?」
「た、多分……『我慢』だ。何回か受け止めた攻撃を、数倍にして返す技……し、しかし、通常は覚えられんはずだ」
「ってことは」
「技マシンか…」
一体、いくつの技マシンを使われたのだろうか…。
これだけの技を身体に覚えさせられるとなれば、相当の負担になっているはずである。
それを肯定するかのように、蔵馬が薄く笑った。
「この技、元々ろこんに使える技マシンだけれど、強引に覚えさせられたからな……まともな習得にはならなかったこと、覚えてるか?」
男に対し、一歩踏み出しながら問いかけるように言った。
あれだけの攻撃を受け、まだ倒れず、しかも『我慢』をし、その桁外れのパワーを全身から漲らせている。
それだけで男も彼のぽけもんも皆、血の気が失せていた。
「や、やめろ…く、来るな…!」
蔵馬の問いが聞こえているのかいないのか、もしくは頭に入っていないのか。
とにかく男から発せられたのは、怯えの一言だけだった。
だからといって、相手の戦意が喪失しているからといって、手を緩める蔵馬ではない。
「…『我慢』は返す攻撃までを通常示すが、俺は受けたダメージをパワーに変換するところまでしか出来ない」
「な、何? ど、どういうことだ?」
「覚えてないのか? 早くも痴呆か?」
蔵馬はせせら笑った。
嘲笑も混じった、極上の笑み…。
かなり、怖い。
相当、怖い。
パワーも怖いが、はっきり言って、その顔の方が数百倍は怖い。
「…蔵馬」
「こえ…」
……普段大人しいやつは怒らすと怖い…。
今の蔵馬には、その言葉が世界中の誰よりもぴったりと一致するのだろう。
それをまともに受けている男は、自業自得とはいえ、相当怖いだろうなと、心底思う幽助たちだった…(もちろん同情はしていない)
「『我慢』の技としてパワーを返せないとなれば、手は一つだろう?」
「……他の技と組み合わせる、か」
ぼそっとつぶやいた飛影の言葉に、男が更に青くなった。
どうなるか想像がついたのだろう。
「な、な、な…」
「飛影、正解。じゃあ、おしゃべりもここまでだ。貴様などに費やす時間も惜しい……一発で決めてやる」
言った蔵馬の口が、赤く光った。
ちかちかと小さかったそれは、やがて赤い稲妻のようにバリバリと音を立てそうなくらいに大きくなっていく。
体中のパワーというパワーが、口に集中した。
小さな口から溢れんばかりに、さりとて美しく、強大さを増していく赤い光。
「あれは…破壊光線!? まさか、ろこんに覚えられるはずは…」
言いかけたコエンマが、口を噤んだ。
あれだけの技マシンを強制的にやられ、まともな攻撃方法も出来ない身体にされたのである。
通常会得できない技マシンでも、強引にされた可能性は十分にあった。
「……だが、ただの破壊光線ではなさそうだな…」
光を見つめながら、飛影が言った。
「どういうことだ?」
「破壊光線ならば、見たことがある。パワーも違うが、普通の破壊光線は赤くない。あんな…炎を帯びてはいない」
「……炎の破壊光線。火炎破壊光線ってやつか」
「……ネーミングセンスねえな、おめえ」
「るせー!」
そして、全員が見ている前で……火炎破壊光線が発射された……。
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