<POKEMON> 20

 

 

 

「な、何故だ!? 何故、効かぬ!?」

男の声は絶望に染まっていた。
別段、まだ絶望するほど形勢不利というわけでもあるまいに

しかし、広い世界で、ゴキブリ並みのしぶとさ、ネズミ並みの繁殖力を保持してきた結果、人間いろんな性格の者が生まれるのも無理はない。
そうした中には、常に自分を有利に置きたがる人間もいるのだ。
そういう連中は、大概、完全有利にいたはずが、互角程度に落ちると、パニックになる。
男はその典型らしい。

叫んでいる暇があったら、パソコンもあるようだし、部下もいるのだし、手持ちのぽけもんでも大量に繰り出せばいいのに、そうした方面へ頭が回らないと見える。


蔵馬はそんな男をため息混じりに振り返った。
蔑んだ、とても冷酷な眼差しで。


「分からないのか、貴様が? 俺ときゅうこんは誰よりも一番近い。きゅうこんがもし失敗した時、俺がケリをつける役目を背負った理由だ。きゅうこんのことだからということだけじゃない。俺と彼が近いから同じだからだ。同じだから俺の力が彼に通用しないのと同様に、彼の力は俺に通用しない。たとえそれが笛によって吸収された力だったとしても、だ」

だから俺はここへ来た、そう蔵馬は言った。


「馬鹿な!? 何故だ!?」
?」

蔵馬の言葉に驚いたのは、男だけではなかった。
幽助たちも同じだった。
とりわけ、先ほどの飛影と蔵馬の会話を全く聞いていなかった幽助と桑原は、「???」状態でしかない。

「お、おい? どういうことだ? 同じって双子か兄弟か?」
「さ、さあ? でも、さっき兄弟説は否定したばっかだけど

話を振られても、きょとんっとしてしまうぼたん。
コエンマも飛影も首をかしげるばかり


この男と知り合いとあらば、人間に囚われていたというところは、正しいだろう。
「貴様が理解できないのか?」という風に問いかけたところをみると、多分彼らを捕らえていた人間とは、こいつのことだろうし
しかし、

「『同じ』ってなんだ?」
親子ではなかったのか?」

蔵馬に聞いたわけではないし、今聞けるような状況でもない。
それぞれの独り言だ。
しかし、蔵馬はちらっと「親子」という言葉を発した飛影を見やり、小さく首を振った。

それだけで否定には十分だった。



全員がろこんの蔵馬以外の全員が、混乱の中にいた。
唯一冷静で、そして全員の視線を浴びている蔵馬。
再び男を強く睨みつけ、言った。

「貴様がやったことだろう? 俺を覚えている以上、あの時のことも忘れたわけではないはずだろう?」
「あの時?」
……数十年前、貴様らは当時から希少だったきゅうこんを密猟した。まだ若かったメス狐……俺たちの母親だ。俺たちはまだ生まれてもいなかった。卵ですら生まれていなかった。まだ母親の胎内にいた時だ」
……

無言だが、いちおう覚えはあるらしい男。


「母親をどうしたのかは知らないが、貴様らはまだ胎児だった俺たちをいや『俺』にも目をつけた。生きたまま母親の腹を引き裂いて取り出し、試験管の中で、未成熟だった『俺』を影分身の実験のために利用した……記憶にうっすら残っている、貴様の愚劣な顔がな

影分身?」
「って、何だ?」

蔵馬の言葉一つ一つに段々吐き気がしてきていた幽助たち。
しかし、聞いたことのない言葉に、コエンマを振り返り、問う。
既にコエンマは嘔吐を催す一歩手前、ぼたんはボロボロ泣いていた。


「か、影分身といえば、あれだ……通常、敵を惑わせるために使う技で自分そっくりの分身を作る技だったはずだ」

コエンマの言葉に、蔵馬は振り返らず、小さく頷く。


「そう……影分身がどれほど若いうちから可能かを調べるために。『俺』に強制的に覚えさせ、実行させた。技自体は可能だったが、胎児の『俺』に負担は大きく、不完全な影分身は一つに戻れなくなった。結果『俺』は『俺たち』になり、二人に分かれたままになった」

「!!?」

ようやく全員合点がいった。


『兄弟』と聞かれ、あいまいに答えた理由。
力が効かない理由。
何故、きゅうこんよりも弱いと言った蔵馬がここまできたのか、その理由。

『同じ』の意味……




同一人物だったのか







「蔵馬……

どう声をかけたらいいのか、分からなかった。
ただ名を呼び、それ以上何も言えなかった。

何も知らなかったとはいえ……少しも考えもしなかった。


二人の『蔵馬』の苦悩。
きゅうこんもろこんも、どちらも。

今まで生きてくるだけでも、どれほどの困難があったのかは、計り知れない。
試験管から、生まれてくる前に弄られた躯。
それ以降も何かしらあったであろうことは、間違いないだろう。

野生では覚えていないはずの技をいくつも繰り出したろこん。
幽助に対して、あれほどの特訓をこなしたきゅうこん。
今までどんな環境だったのか。
そんなこと、考えもしなかったけれど……考えてみれば、単純にはいかない。

この男の元から、どうやって脱出してきたのかは分からないが、それとて容易いことではなかったはずだ。
それ以降も、初めて出る野生で、どれほどの苦労をしたのか。


そして……世界中のぽけもんたちのために、どれほどの決意と覚悟で、ここまで来たのか。

自分を殺すという決意。
自分に殺されるという覚悟。

その大きさに、かける言葉が見つからなかった。

慰めも、励ましも。
何も、言えない。



けれど。




……
……
……

傷ついた体を起こし、蔵馬の横に立つ、飛影・幽助・桑原。

……蔵馬」
……何?」

「あいつ、ぶっ飛ばすのは……お前がやれよ」
「俺たちは脇の雑魚片すからよ」
……幽助、桑原くん」

「フン、行くぞ」

「飛影……分かった!」

4人は同時に飛び出した。

 

 

 

 

「くらいやがれ、電気ショック2連発ーー!!」


ビリビリガッシャーン

電気ショックの効果音とやら、どんなものか見当がつかないため、こういう感じにさせていただいたが
幽助の容赦ない攻撃に、直撃をくらったぽけもん2匹、あっさりと仰向けにぶっ倒れた。


「ひ、ひどい!!」

己のぽけもんがあっけなく敗れ、黒こげで足下に転がる光景を、男の部下の一人は、蒼白で見つめていた。
部下といっても、女。
それも、先の氷ぽけもん使いとは違い、まだ少女せいぜいが、別世界で中学生レベルといったところだろう。

「何すんのよ!! あんた、女の子に対して手加減ってもん知らないの!?」

言動もそのくらいの年代のようである。


「るせー!! ひでーのは、そっちだろうが! 第一、けんか相手に男も女もあるか! 俺は老若男女区別も差別も贔屓もしねえんだよ!! くらいやがれ、ミサイル針ー!!」

怒鳴りながら、少女の隣にいた、これまた女性トレーナーのぽけもんを攻撃する幽助。
こちらはまあ高校生くらいだろうか?
しかし、幽助は全く容赦ない。
あっという間に、彼女のゆんげらー・ばりやーど・ふーでぃんもまた、やや歪んだ針の餌食と化してしまった。


「くっ! いきなさい、もるふぉん!」

唯一残ったぽけもんを繰り出すが、幽助はさっきから攻撃こそしているが、全く無傷。
レベルが高かろうと、相性が微妙であろうと、余裕で渡り合っていた。


……
しかし幽助とて、別段好きこのんで女性トレーナーのぽけもんとばかりやり合っているわけではない。

いくら老若男女関係ないと言っていても、本音を言わせてもらえば、男でしかも多少年齢が高い方がやりやすいに決まっている。
流石に女子供相手に、滅茶苦茶やるのは気が引けるのだ。
男相手で、トレーナーごと遠慮なく攻撃できる方がずっといい。

彼がそうやらないのは、ひとえに、男の部下に意外と女性が多いのと(7人中3人も女だった)、比較的タイプがきれいに分かれているのだが、それによると幽助の相手として有利なのが、女トレーナーばかりなのである。


ちなみに桑原もそうなのだが

 

 


「な、なあひいてくれねえか?」

と、さっきの勢いはどこへやら。
女にも結構平気で怒鳴るくせに、変なところでフェミニストな彼。
いや、女とけんかをした場合ろくなことがないと、姉によってインプリンティングされた結果なのかもしれない。
まあ、今回の場合、

「いいえ、ひけませんわ私は戦う、そのためにいるのですから

と、幽助が対峙したのとは真逆の、いかにもお嬢様な雰囲気のおとなしげな少女であったのも、あるにはある。
しかも結構可愛らしい。


「おい、桑原! まじめにやれよ!」

もるふぉんの毒を避けつつ、尻込みしているらしい桑原に怒鳴る幽助。

「じゃかあしいー!! 女に本気で手出せるかってんだ!!」
「女じゃなくて、ぽけもんをやれっつってんだろ!!」
「トレーナーは女だろうがー!!」

……
この後、周囲があきれかえるほどの口げんかをしまくっていたことは、言うまでもない。



一方、元々男女というものに興味がなく、オリジナルで初めて躯の素っ裸をみても、顔色一つ変えなかった(変えれなかっただけかもしれないが)飛影。
女であろうと、別に気にするつもりもなかったが、彼に有利なのは男トレーナーたちのぽけもんであった。

まず、中学生くらいの少年が出してきた、いわーく&いしつぶてをあっさり撃破。
何となくアメリカの軍人を思い浮かべそうなマッチョのびりりだま・ぴかちゅう・らいちゅうも続いて撃破。
もちろん、見た目のかわいらしさなど、眼中にない。


忍者風の男が出した、どがーす×2、べとべとん、またどがす、瞬時に殴り倒し、グラサンかけた妙な親父のがーでぃ・ぽにーた・ぎゃろっぷ・うぃんでぃも、ものの見事にぶっ倒した。

……
やたらと飛影にばかり有利なぽけもんたちだったのは、偶然なのかそうではないのか


これで格好が、前記したような微妙な進化をしていなければ、とてもかっこついたとは思うのだが