<POKEMON> 19
……床は血で染まっていた。
そこいら中、ぽけもんが転がるように倒れている。
生きているのか死んでいるのかも分からない。
ほとんどが水や岩タイプ。
炎が弱いとされる系統…。
それらの中、血まみれであっても尚、美しい姿…。
ぴくりとも動かない。
床に倒れ伏す、きゅうこんの姿があった。
「蔵馬!!!」
全員が叫び、壁にあけられた穴から駆け出していった。
駆け寄り揺さぶる。
「おい!」
「蔵馬、こらおい!」
「しっかりしろ!」
「蔵馬! ねえ、蔵馬ってば!」
「蔵馬! おきろ、蔵馬!」
蒼白になって呼びかけるが、返答はない。
「……やられてる…」
静かに、こぼれるような声がした。
5人の動きがぴたりと止まる。
ゆっくりとその視線が、同じ名を持つぽけもんへと注がれた。
「嘘…だろ?」
絞るような声で、桑原が問う。
しかし、蔵馬はゆっくりと首を振った。
嘘をついている顔では、ない。
「そ…んな…」
全員、色をなくした。
「ふははは! 無様だな!」
場違いで、誰が聞いても腹立たしい、いけ好かない、下品な笑い声が響いた。
一番最初に視線を動かしたのは、蔵馬だった。
一歩遅れて、他の面々も同じ方を見る。
反対側の壁際に男がいた。
何人かの部下を従えているその面構えは、悪党としかいいようのないものだった。
その手には、一本の笛が握り締められている。
「……やはり貴様か…」
蔵馬の声色は、怒りを隠そうともしていない。
しかし、それ以上にコエンマが気にかかったのは…。
「…知り合いか?」
「…いちおう。とりあえず死んで当然という男です」
「それだけで十分だ!!」
叫んで幽助が飛び出した。
遅れまいと、桑原と飛影も続く。
ぼたんはその場で動かなかったが、きゅうこんの身体に尾びれを巻きつけていた。
冷たい身体に、泣き出しそうになるのを懸命にこらえて。
「雷!!」
「ドリル嘴!!」
「骨ブーメラン!!」
三人の攻撃が同時に、男へ向かう。
一切手加減していない。
本当に殺すつもりだった。
しかし、男の顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
部下も動こうとしない。
もんすたーぼーるに手を伸ばそうともしない。
これでは防ぐ術など…。
「ふははは、馬鹿めが!!」
男は笑いながら、手にしていた笛を高く掲げた。
「なっ…ぐわっ!?」
「何…がはっ!?」
「うがあっ!!」
「幽助!」
「飛影!」
「桑ちゃん!」
三人はほとんど同時に攻撃し、ほとんど同時に弾き飛ばされていた。
もろに、自分の攻撃を身に受けて。
自らの嘴を武器にしていた桑原が一番ダメージが大きいらしい。
だからといって、幽助と飛影が軽症だったわけではないが。
「ふははは! これがぽけもんの笛の威力! ただぽけもんを操るだけではない! 放った技をも操るのだ! 貴様らの攻撃など、もはや意味もない!!」
「……ということはつまり、きゅうこんの力は……笛が吸収したということか」
蔵馬が確認のように問いかけた。
はっとするコエンマとぼたん。
そのままぼたんは、きゅうこんに尾びれを絡ませたまま、後ずさった。
そんな彼女を蔵馬は冷静に振り返る。
ビクリとぼたんの身体が揺れた。
「や…やめて、蔵馬…こ、殺さないで…」
動かぬ上半身を抱きしめる。
双眸は涙で潤み、カタカタ震えていた。
「けど、ぼたん……いいの? あの男が笛を手にした以上、世界中のぽけもんがヤツのものになる。命の保障はおろか…何に利用されるかも分からない」
「で、でも!! 蔵馬、何も悪いことしてないのに!! やだよ、そんなの!!」
「蔵馬、考え直せ」
コエンマも言った。
「……やめろ、蔵馬」
「そうだぜ…」
「殺すな…」
ゆっくり起き上がりながら、幽助と飛影も言う。
桑原は倒れたままだったが、言った。
全員が、二人の蔵馬を見ていた。
「……」
蔵馬自身、迷っていた。
もう迷わないと誓ったのに。
あの日。
ろけっと団の作戦に気づいたきゅうこんと約束した。
「「「俺がもし敗れたら、迷いなく、殺せ」」」
約束したのに……。
どうして、今更、迷うのだろうか……。
「ふははは! 麗しいが、滑稽だな! 友情ごっこもこれまでだ! 手始めに、ろこん! 貴様から操ってやろう!!」
ばっと再び笛を掲げる男。
その矛先にも似た先端は、まっすぐ立ち尽くす蔵馬を捕らえていた。
「! まずい、蔵馬! 逃げろ!」
コエンマが叫んだが、遅かった。
蔵馬が男を見返した時、笛からまっすぐ光が走った。
それは炎にも似た金色の光。
紛れもなく、それはきゅうこんの力だった。
爆発したような光が消え、辺りは静かになった。
幽助と飛影はまだあまり動けず、桑原は倒れたまま。
コエンマは目が慣れていないのか、まぶたをこすっている。
ぼたんはきゅうこんの蔵馬を抱き抱え、もう一人の蔵馬を見つめている。
その紅い背中を。
「く、蔵馬?」
おそるおそる話しかけるぼたん。
光が直撃し、一度座り込んだ蔵馬だが、やがてゆっくりと立ち上がった。
ぼたんの位置からは、彼の顔は見えない。
振り返って…そう切に願った。
「! 蔵馬!」
すっと蔵馬は歩き出した。
……笛を持つ、男の方へ。
「そん…な……」
呆然とするぼたんの目の前で、蔵馬は男の前までやってきた。
光のことを計算にいれているのか、サングラスをかけた男は、念のためなのか、笛をやってくるぽけもんへと向けていた。
が、ろこんは頓着していない様子で、歩み寄り、ゆっくり男を見上げた。
うつろな眼差しだが、敵意は、ない。
「よし、いい子だな」
勝ち誇ったように男が笑った。
そして、再び笛を掲げ、
「次はそうだな。そこのはくりゅうにしてやろう! レベルは高くなさそうだが、質がいい! 剥製にしたら、売れそうだからな!」
「ひっ…」
引きつった顔になるぼたんへ、笛が向けられた。
そもそも大したパワーもスピードもないのに、きゅうこんを抱えているのだ。
動けるわけがない。
次の瞬間……、
光が溢れた。
思わず、きゅっと目を閉じるぼたん。
しかし……、
「あ?」
間抜けな声に、おそるおそるそっと目を開けた。
笛が男の手から離れていた。
とんっと床に何かが降り立つ音。
笛をくわえた蔵馬が、軽やかに床に降りたっていた。
「き、貴様! 何を!」
蔵馬は男の声など、聞こえないかのように、さっさとその場から離れた。
コエンマのところまで戻ってくると、差し出した彼の手に落とす。
その目は、いつもの、彼だった。
「とりあえず持っててください」
「分かった」
コエンマはニヤっと笑って受け取る。
使う気などない。
必要もない。
そう言わんばかりの笑みだった。
「え? え? あれ? 蔵馬? え? 何で??」
「…もしかして、ぼたんは見えてなかったのか?」
半ば混乱しているぼたんに、あっさり言ったのは、幽助だった。
蔵馬のことで頭がいっぱいで忘れていたが、そういえばいたのだった。
見やった彼は、けろっとした顔で、ぼたんを見ている。
慌てて見渡した他のメンツもそうだった。
「ど、どういうこと?」
「蔵馬は操られてなんか、いなかったんだよ」
「はあ!?」
ワケが分からないという風なぼたんに対し、あっさり頷いている飛影・桑原・コエンマ。
蔵馬は苦笑しながら、少し頬をかいた。
「ゴメン。その位置からでは、見えなかったかもね」
「何を!?」
「大丈夫だって、小さく口動かしたんだけど……見えなかった?」
「見えなかったよー!! っていうか、誰か一人くらい教えてよ、分かってたんなら!!」
「いや、見えてると思ってたしなあ」
「演技じゃなかったのか? さっきの」
「違いますー!!」
ほっとしたのと、ついでにちょっとした怒りもあって、ぎゃんぎゃん叫ぶぼたん。
もちろんそれに対して、本気で対応した者などいない。
特に約一名は、
「フン、くだらん」
と、いつもの決め台詞(?)とともに、溜息をついているだけだったことは言うまでもない……。
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