「…おい」
「何? 飛影」
…階段が終わった。
おそらくここが最上階。
入り組んだ迷路のようなそこを、彼らはまともな方法では突き進んでいない。
間違えれば、最初までやり直さねばならないようなこんなもの、正攻法で挑んでいては、時間がいくらあっても足りない。
塔に住んでいた飛影も、この順路は知らないというし。
結果、壁をぶち破るという、荒っぽいながら、確実な方法を取っていた。
どの方角が正しいのかも分からないままだが、しかし迷路というものは意外と単純なもの。
一方向にとにかく壊す壊す壊す。
そうすれば、そのうち端に到着する。
しかし、この塔の直径を考えれば、端が目的場所でない限り、壊している最中に何かしら気がつくだろう。
音でも、気配でも、匂いでも。
既にこの階に到着して以来、ぽけもんたちは第六感のようなもので、他の存在を感じていた。
高さはあるが、各階それほど広くはない塔。
1階分がぽけもん勝負のフィールド分くらいしかないのだ。
気がつかない方が、変だろう。
全員が通れるくらいの壊し方でいい。
荒っぽく壊してゆけば、迷路を順々に進んでいくのとは比べ物にならないほどのスピードが保障される。
蔵馬の言葉を聞いたからには、今まで以上に、のんびりしている暇はないと、全員が悟っていた。
…だからこそ、蔵馬があのことを述べてから、誰も彼に語りかけようとしなかった。
腫れ物のようにしているわけではない。
そんな生易しいものではない。
簡単に踏み入ってはいけない、そんな領域のような気がしたからだった。
それが蔵馬にも伝わっていたのだろう。
誰も自分のことを追求してこなくとも、何も言わなかった。
だから……飛影が問いかけてきたことには、すぐに返答したものの、驚いているようだった。
「……貴様ときゅうこん、どちらが強い?」
直接、きゅうこんに会ったことはない飛影(桑原もだが)
しかし、進化系において、前後でどちらが強いかは、基本的に決まっている。
レベルの差がない限り、それは決定的でもあった。
「彼の方が強いよ」
蔵馬はそれこそ当たり前のように答えた。
抑揚のない声で、淡々と。
それこそ、「彼の方が背が高いよ」「彼の方が髪が長いよ」といった、なんでもないことのように。
「…ならば、何故貴様がその役目を引き受けている?」
ずっとこの塔付近で生活してきた飛影とて、草原辺りのことを全く知らないわけではない。
きゅうこんの噂は聞いていた。
だが、他にもたくさんの強力なぽけもんの噂はある。
最強は彼なのかもしれない。
しかし、そうであれば、逆に彼が不利になる……例えば、水タイプなどの強力なぽけもんを向かわせるべきではないだろうか?
同タイプでは、どうしても己の使う技に耐性が出来ているため、攻撃しても効き難いというのに。
「まあ…彼が強くて、誰も引き受けようとしなかったというのもあるけど。俺が一番彼のことを分かっているから、かな」
「どういう意味だ?」
「そのまんまだよ。俺と彼は…一番近いから」
「……兄弟、か?」
ぽけもんで兄弟は別に珍しくもない。
片方が進化しただけで、元々二人ともろこんだったのであれば、話は簡単だ。
だが、蔵馬は少し首を傾け、
「似たようなものかな」
少し切なそうに笑った。
「……」
何か言おうとして、飛影はやめた。
おそらく兄弟ではない、彼らは。
兄弟であれば、そう言われて、「似たようなもの」と中途半端な答えは出さないだろう。
従兄弟や叔父甥という可能性も否定できないが、そうであれば、はぐらかす必要はない。
しかし、親子というには、年がやや近すぎる気がする。
全く無理であるというわけではない。
きゅうこんが若狐の時に出来た子であれば、無理にはならない。
産むのは彼ではないのだから。
だが、産まない側だからこそ、野生のぽけもんにおいて、それは難しいことなのだ。
仮にきゅうこんが若い時の子であったと仮定すると、メスは若く未成熟な相手を選んだことになる。
蔵馬の年から逆算して、彼がきゅうこんの子であるとすると、当時の彼は、人間でいえば中学生程度。
無茶苦茶若い。
これは野生においては滅多にないことだ。
常に子作りというのは、子孫繁栄を目的としているのだから、未成熟で力の有無が決定されていない相手を選ぶ必要性はない。
未来に強くなる可能性を見通していたとすれば、逆にその時期まで待つだろう。
強力な力を手に入れた後の方が、もっと強い子孫が残せる。
産むのは自分なのだから、他のメスと重なっても大して問題はない。
……まあ、恋愛面・精神的なもの云々は相当あるだろうが、そこまで飛影は頭が回らなかった。
とすると、やはり親子でもないのか……
……と、一つの可能性が浮かんだ。
浮かんだのは飛影だけではなかった。
横から話を盗み聞き(といっても、別に聞こえないように会話していたわけではないが)していた者も気づいた。
「(…いや、そんなことが……しかし…そう考えると不自然ではない……)」
「(野生では無理……とすれば、答えは…一つしか……)」
「(それに…考えてみれば、こいつは大文字が使えたな…それに、この薬は……)」
「(まさか……ろこんときゅうこんの蔵馬は……元々…)」
「(……人間に飼われ(囚われ)ていた……ぽけもん、なのか……?)」
そう考えれば、不自然さは全て一掃される。
「(何処かの研究所か何かで、個体数を増やすためか、実験のためかで、若い父親になったのなら…話はうなづける。言いにくいのも……今まで人間にかわれていたと、一言も言わなかったのも…)」
「(同時にきゅうこんの失敗のカタをつける役目を負ったのも…)」
「(息子の責としているならば…)」
飛影・コエンマ・ぼたんの頭上に影が落ちた。
蔵馬はなんとなく気づいていたが、何も言わない。
しかし、影は彼にもうっすらと見えた。
「! 蔵馬!!」
壁を破壊した直後、幽助が叫んだ。
名を呼ばれ、はっと顔を上げる蔵馬。
だが、幽助の視線は彼へは向いていなかった。
まっすぐ、壊れた壁の向こう側に注がれていた。