<POKEMON> 18

 

 

 

「マズイ時間がないぞ!」

時計を見つつ、階段を駆け上がりながら、コエンマが叫ぶ。
それに答えるように、幽助が道を開いた。


「電気ショック!」

電撃が、行く手を阻むぽけもん共をトレーナーもろともなぎ倒す。
麻痺状態に陥りながら、尚も刃向かおうとするものには、軽く体当たりをお見舞いしておいた。
敵のレベルを考えると、雷などでは、トレーナーもぽけもんも、どちらも命が危うい。
故に強力な技を使うことは出来ない。

現在の状況は、相手の生死を考えている場合ではないが、しかしだからといって進んで殺したくはなかった。

「よし、行くぜ!」
「急ぐぞ! 随分さっきのところで時間喰ったからな!」

コエンマの言うさっきのところというのは、老婆との戦いの場ではない。



……
あの時、幽助と桑原がぽけもんを一掃した瞬間、晴れた煙の向こうに老婆はいなかった。
ぽけもんに後を任せというか、時間稼ぎをさせ、逃げ出したらしい。

最低なと誰もが思ったが、しかしその直後、場にいたぽけもん全てがもんすたーぼーるに収まり、パソコンに吸収された。
おそらく自分が逃げればそうなるように、セットしておいたのだろう。

……見捨てなかったってことは、そんなに悪い人じゃなかったのかな?」
「考えようにもよるな。確かに作戦として妥当ではある。この状況下で、自分が殺されない保障は何処にもない。トレーナーが死ねば、ぽけもんを治す術もなくなるからな……

だからといって、善人とは言えないけれど、と蔵馬は付け加えておいた。



その後、上がった先の階には、再びトレーナーが待ち受けていた。
コエンマと同い年くらいのまだ若い男。

ドラゴン系のぽけもんばかりを揃えており、岩と飛行タイプのぷてら、それに水タイプのぎゃらどすは、幽助がいたため、特に問題なく倒せた。
しかし、ぼたんと同じはくりゅうやその進化系であるかいりゅうには、有効な手段はなかった。

氷タイプに弱いらしいが、5人の中で使える者はいない。
ドラゴンにはドラゴンが弱いらしいが、ぼたんとのレベルを比較すると、向こうの方が上のため、下手に出られなかった。
更に悪いことに、炎にも電気にも強く、かいりゅうに至っては、飛行タイプでもあるくせに、電気がほとんど効かない。

結局、力押しでやるしかなかったのだ。




レベルの差がものを言ったのか、かなり時間はかかったが、何とか勝てた。
が、その時、男はとんでもないことを言ったのだ。

「残念だったな。もうおそらく、儀式は始まっている」
「儀式? 何のだ?」
「ぽけもんの笛に決まっているだろう? あれを使うには儀式が必要だ。俺は金で雇われたトレーナーだが、ついでに情報も売った。笛の覚醒に必要な儀式の贄……高度なぽけもんを1匹捧げるのだと」

「何だって!!?」




……
気付くべきだった。

きゅうこんの蔵馬が何故、こんなにも容易に通れていたのかを。
今までの3人に、あえて教えなかった理由。
笛の使用法を聞き出すという目的だけだと思っていた。
まさかそんな理由があったとは




お前知ってたな、蔵馬」

ろこんの蔵馬を睨むコエンマ。
一瞬遅れて、全員が彼を見た。

……ええ、知ってましたよ」
「なら、何で行かせたんだよ!?」

コエンマではなく、怒鳴ったのは幽助だった。
蔵馬はひるむことなく、困惑と怒りに満ちた瞳を見返した。


……言ったはずだ。彼は全てを承知で向かったと。彼だって知ってるんです。俺が知っていて、彼が知らないことはない。もちろんむざむざ贄になるために行ったわけではない。止めるために、自らが囮となれるから行ったんです。俺は……万が一の時、彼が贄になってしまった時、笛の使用を妨げるために残っていたんです」
「妨げるってどうやって……まさか!?」

察したコエンマが息をのむ。
蔵馬はゆっくり頷いた。

「贄といっても、笛に取り込まれるわけではない。笛に必要なのは、生きたエネルギー。それを失えば、効力が失われるだけでなく、機能そのものが損なわれる……贄になった彼がいなくなれば、笛はただの楽器になる」
「つまりそれって……

全員が気付いた。
彼の悲しい瞳の奥に隠された真実に……


「俺の行動は、最悪の場合のみを想定されているんです。彼を殺すために……俺はここにいる

 

 

 

おい」
「何? 飛影」


階段が終わった。
おそらくここが最上階。

入り組んだ迷路のようなそこを、彼らはまともな方法では突き進んでいない。
間違えれば、最初までやり直さねばならないようなこんなもの、正攻法で挑んでいては、時間がいくらあっても足りない。
塔に住んでいた飛影も、この順路は知らないというし。

結果、壁をぶち破るという、荒っぽいながら、確実な方法を取っていた。
どの方角が正しいのかも分からないままだが、しかし迷路というものは意外と単純なもの。
一方向にとにかく壊す壊す壊す。
そうすれば、そのうち端に到着する。


しかし、この塔の直径を考えれば、端が目的場所でない限り、壊している最中に何かしら気がつくだろう。
音でも、気配でも、匂いでも。
既にこの階に到着して以来、ぽけもんたちは第六感のようなもので、他の存在を感じていた。

高さはあるが、各階それほど広くはない塔。
1階分がぽけもん勝負のフィールド分くらいしかないのだ。
気がつかない方が、変だろう。

全員が通れるくらいの壊し方でいい。
荒っぽく壊してゆけば、迷路を順々に進んでいくのとは比べ物にならないほどのスピードが保障される。



蔵馬の言葉を聞いたからには、今まで以上に、のんびりしている暇はないと、全員が悟っていた。




だからこそ、蔵馬があのことを述べてから、誰も彼に語りかけようとしなかった。
腫れ物のようにしているわけではない。
そんな生易しいものではない。
簡単に踏み入ってはいけない、そんな領域のような気がしたからだった。


それが蔵馬にも伝わっていたのだろう。
誰も自分のことを追求してこなくとも、何も言わなかった。

だから……飛影が問いかけてきたことには、すぐに返答したものの、驚いているようだった。




……貴様ときゅうこん、どちらが強い?」

直接、きゅうこんに会ったことはない飛影(桑原もだが)
しかし、進化系において、前後でどちらが強いかは、基本的に決まっている。
レベルの差がない限り、それは決定的でもあった。


「彼の方が強いよ」

蔵馬はそれこそ当たり前のように答えた。
抑揚のない声で、淡々と。
それこそ、「彼の方が背が高いよ」「彼の方が髪が長いよ」といった、なんでもないことのように。


ならば、何故貴様がその役目を引き受けている?」

ずっとこの塔付近で生活してきた飛影とて、草原辺りのことを全く知らないわけではない。
きゅうこんの噂は聞いていた。
だが、他にもたくさんの強力なぽけもんの噂はある。

最強は彼なのかもしれない。
しかし、そうであれば、逆に彼が不利になる……例えば、水タイプなどの強力なぽけもんを向かわせるべきではないだろうか?
同タイプでは、どうしても己の使う技に耐性が出来ているため、攻撃しても効き難いというのに。



「まあ彼が強くて、誰も引き受けようとしなかったというのもあるけど。俺が一番彼のことを分かっているから、かな」
「どういう意味だ?」
「そのまんまだよ。俺と彼は一番近いから」
……兄弟、か?」

ぽけもんで兄弟は別に珍しくもない。
片方が進化しただけで、元々二人ともろこんだったのであれば、話は簡単だ。
だが、蔵馬は少し首を傾け、

「似たようなものかな」

少し切なそうに笑った。




……

何か言おうとして、飛影はやめた。

おそらく兄弟ではない、彼らは。
兄弟であれば、そう言われて、「似たようなもの」と中途半端な答えは出さないだろう。
従兄弟や叔父甥という可能性も否定できないが、そうであれば、はぐらかす必要はない。


しかし、親子というには、年がやや近すぎる気がする。
全く無理であるというわけではない。
きゅうこんが若狐の時に出来た子であれば、無理にはならない。
産むのは彼ではないのだから。

だが、産まない側だからこそ、野生のぽけもんにおいて、それは難しいことなのだ。

仮にきゅうこんが若い時の子であったと仮定すると、メスは若く未成熟な相手を選んだことになる。
蔵馬の年から逆算して、彼がきゅうこんの子であるとすると、当時の彼は、人間でいえば中学生程度。
無茶苦茶若い。
これは野生においては滅多にないことだ。

常に子作りというのは、子孫繁栄を目的としているのだから、未成熟で力の有無が決定されていない相手を選ぶ必要性はない。
未来に強くなる可能性を見通していたとすれば、逆にその時期まで待つだろう。
強力な力を手に入れた後の方が、もっと強い子孫が残せる。
産むのは自分なのだから、他のメスと重なっても大して問題はない。

……
まあ、恋愛面・精神的なもの云々は相当あるだろうが、そこまで飛影は頭が回らなかった。


とすると、やはり親子でもないのか……

 

 

……と、一つの可能性が浮かんだ。

浮かんだのは飛影だけではなかった。
横から話を盗み聞き(といっても、別に聞こえないように会話していたわけではないが)していた者も気づいた。


「(いや、そんなことが……しかしそう考えると不自然ではない……)」
「(野生では無理……とすれば、答えは一つしか……)」
「(それに考えてみれば、こいつは大文字が使えたなそれに、この薬は……)」
「(まさか……ろこんときゅうこんの蔵馬は……元々)」


「(……人間に飼われ(囚われ)ていた……ぽけもん、なのか……?)」



そう考えれば、不自然さは全て一掃される。

「(何処かの研究所か何かで、個体数を増やすためか、実験のためかで、若い父親になったのなら話はうなづける。言いにくいのも……今まで人間にかわれていたと、一言も言わなかったのも)」
「(同時にきゅうこんの失敗のカタをつける役目を負ったのも)」
「(息子の責としているならば)」

飛影・コエンマ・ぼたんの頭上に影が落ちた。
蔵馬はなんとなく気づいていたが、何も言わない。
しかし、影は彼にもうっすらと見えた。

 

 

 

「! 蔵馬!!」

壁を破壊した直後、幽助が叫んだ。
名を呼ばれ、はっと顔を上げる蔵馬。
だが、幽助の視線は彼へは向いていなかった。

まっすぐ、壊れた壁の向こう側に注がれていた。