……が。
「あ、あれ? 何できかない!?」
「え゛っ…」(×ぽけもん全員)
先の言葉を発したコエンマ以外の全員が、引きつった声を上げた。
同時に、全員の視線がコエンマに集中する。
彼は必死にコントローラの色々なところを叩きまくっているが、蔵馬は全く動かない。
いや、シールドの端ぎりぎりにまでは、自分で戻ってきているのだが、シールドを超えられないのだ。
「ど、どうなってんだ!? おい、ババア!! どういうことだ!?」
老婆に怒鳴る幽助。
くどいようだが、年齢と体重と容姿は、女性の三大地雷。
先の女に「オバサン」も十分な地雷だが、しかし真実に近ければ近いほど、地雷の規模も大きくなることを、幽助は知らなかったらしい。
「誰がババアじゃ、誰が!」
誰がどう見ても、十分な「ババア」であるため、もはや誰一人つっこまない。
まあ、そういう事態でもないということもあるだろうが。
「どうなってんだって聞いてんだ! そっちはげんがー出せたのに、何でこっちは出られねえんだよ!?」
「ああ、そのことかい。簡単なことじゃ。このフィールドでは、一度シールド内へ入ったぽけもんは、力尽きぬ限り出られぬ。ただそれだけのこと」
「何ー!!?」(×ぽけもん全員+コエンマ)
フィールド中に響き渡る6つの声。
老婆が新たに繰り出してきたごーすとが、思わず耳を塞いだほどのものだった。
(ごーすとの何処らへんに耳があるんだという突っ込みは、あえてしないでいただきたい)
しかし、叫びたくなるのも、無理はないだろう。
「んな話聞いてねえぞ!!」
「言っておらんかったからのう。やれ、ごーすと。ろこんは弱っている」
老婆の言うとおり、体力も限界に来ている蔵馬に、手加減も慈悲もなく襲い掛かってくるごーすと。
前回の女や大男もかなり性格悪かったが、この老婆は更にそれを上回る性格破綻らしい。
そしてそんな彼女に飼われているぽけもんならば、似るのも道理…。
出来れば、倒したい蔵馬だが、頭の怪我が原因で、炎を繰り出せるほどの力は残っていない。
「ど、どうするんですか、コエンマさま!」
「どうするったって、怪我の回復は出来ても、力尽きたのを治すようなのは、持ち合わせておらんし…」
蔵馬から渡された道具入れ(シールドに入る前に渡された。毒消しとかが入っているらしい)をあさってみるが、元気の欠片などは見当たらない。
つまり倒れてしまえば、それまでということだ。
はっきり言って、かなりマズい。
「く、蔵馬! 何とかできるようにするから、それまで避けてくれ!」
「……」
蔵馬はちらとこちらを見たが、返事はない。
返答をする余裕がないということで、それはかなり限界に来ているわけだ。
「何とかしろ、コエンマ!」
「早くしろ、コエンマ!」
「コエンマさまー!」
「さっさとしろー!!」
足元から上から右から左から怒鳴られながらも、あれこれ思案するコエンマ。
一度思い立ってはダメだと、何度も打ち消しながら、必死に模索した。
……そして、手元のコントローラを見下ろし、唯一…そして、あまりに危険な賭けに挑んだ。
「これしかないな!」
「へ? 何する……うわっ!」
足元から怒鳴っていた幽助が慌てて避けた。
コエンマはなんと、コントローラを床に叩きつけて、破壊したのだ。
「な、何やってんだ、おめえ!?」
桑原の問いには答えず、コエンマはシールドへ走った。
……正確には、シールドが貼ってあったと思われる場所に。
「! やはりな!」
「な、何がやはりなんですか?」
「コントローラが無効になっていたわけじゃない。仕組みが変わっていただけならと思ったが、正解だな。壊したら、その波動が伝わったらしい。出られるかどうか分からないが、入ることなら、可能だ!」
「!」
「マジ!?」
「本当か!?」
コエンマの返事を待たず、幽助・桑原・飛影がシールドへ挑んだ。
あれほど妨げていた見えぬ壁は、そこにはなかった。
「蔵馬!」
「おい、しっかりしろ!」
「蔵馬!!」
3人が駆け寄った時、蔵馬は既にかなり消耗していた。
それでも幽助たちの姿を見とめると、ほっとしたらしく、小さく笑んだ。
「すまないな…こんなざまで」
「立てるか?」
「ああ…」
幽助と飛影に肩を支えられ、そのままシールドの隅まで寄っていく。
いつのまに入ってきたのか、コエンマから薬を渡されたぼたんが待っていた。
すぐ後ろには、コエンマもいるが、彼はシールド内へは入っていない。
どうやら人間はシールドの状態を確認できても、消えぬ限りは入ることはできないらしい。
「蔵馬、ひどい…大丈夫かい?」
「少し休めば…」
まんたんの薬を当てると、傷も体力も回復できたらしい。
だが、それですべてが治るほど、世の中甘くはない。
「えっと麻痺治しもだね」
「え、麻痺もしてたのか!?」
気づいていなかったらしく、驚く幽助。
「いくらなんでも、蔵馬が怪我だけであそこまで動きが悪くなるわけないだろう」
「そりゃそうか…あんにゃろう、無茶苦茶しやがって、クソバアア!!」
殴りかかっていきたいところだが、今のところそれは不可能なため、微々たる理性で抑える幽助。
隣では、同じくわずかな理性で必死に自分を抑え込む飛影。
しかし、そのあふれでる殺気は、相当なものがあったことはいうまでもない……。
……幽助と飛影が闘志を燃やし、殺気を立たせているその間に、攻撃の効くと言われた桑原。
迷わずゴーストに挑んだ。
「このやろー! よくもやってくれやがったなー!!」
闘志も殺気もあますところなく、燃え立たせている。
ドリル嘴で、思いっきりごーすとを切り裂いた。
「おっし! 後2匹だな! 桑原、やっちまえ!」
「おうよ!! 何がこようが……なっ」
桑原が思わず後ずさったのも、無理はない。
彼の視線の先には、先ほど蔵馬が倒したはずのげんがー2匹がいたのだ。
しかも連中だけではない。
コブラのようなぽけもん・あーぼっくに、こうもりのようなぽけもん・ごるばっともいる。
「ど、どういうことでい!」
「そっちが5匹入れたのならば、こちらも入れるに決まっておるじゃろう」
正論ではある、いちおう。
しかし、シールドの件について、何も言っていなかった以上、すでに卑怯極まりない。
しかもどう見てもげんがー2匹は全回復している。
ということは、こっそり元気の欠片…いや元気の塊を使って回復させたのだろう。
全回復したげんがー2匹に他にも新たなぽけもん2匹……はっきりいって、分が悪いことは明白。
だが、先にも言ったように、この老婆は性格が悪いのである。
「いけ」
「んなの無茶苦茶だろー!!?」
「どうすんだよ!」
ヒーヒー言いながら、ほとんど攻撃態勢にも入れず逃げ惑う桑原。
見ていられなくなったのか、蔵馬はふらつく体で、再び飛び出していった。
コエンマが止める間もなく…。
「ど、どうするったって…」
蔵馬に続いて飛び出して行きそうになった幽助たちを、かろうじて(本当にかろうじて)止めたコエンマだが、しかしだからといって良い案が浮かんでいるわけでもない。
「コ、コエンマさま。あたいも…」
「ダメだ! ぼたんが行ったところで、大して変わらん! 下手に怪我人が増えるだけだ!」
そう言われては、行くに行けないぼたん。
と、何か思い立ったらしく、彼を振り仰いだ。
「あのコエンマさま! 確か前に、研究所でテストやった時、あーぼとさんどでやったら、さんどがかなり有利だったよね?」
「ああ、そんなこともあったな」
今そんなことを言っている場合かと言わんばかりのコエンマ。
しかし、ぼたんはいたって真面目だった。
「あいつらゴーストはともかく、全員毒なんですよね? だったら、飛影地面タイプなんだから…」
「……通常なら効くな。かなりいい具合に」
「はあ!? 何でそれ、さっさと言わねえんだよ!! 飛影だったら…」
怒鳴る幽助と、再び飛び出していきそうになった飛影。
が、コエンマはそれを上回る声で叫んだ。
「さっき飛影の攻撃は効かんと言っただろうが! 意味なく、言ったとでも思っているのか!?」
「え」
「はい?」
「飛影、行くな! お前、素手でやる気か!」
「!……」
コエンマの声に、2〜3歩は既に進んでいた飛影の動きが止まった。
幽助とぼたんの視線がその手元に集中する。
「お、折れてる…」
なぜ気がつかなかったのか…。
簡単なこと、飛影がずっと隠していたからだ。
自らの傷などやせがまんして隠すような性格の彼である。
武器が折れてしまっていたことも、隠すだろう。
流石に蔵馬にだけは見抜かれ、彼からコエンマへ伝わっていたようだが……。
「まさか、さっき階段の踊り場で…」
「野生のぽけもんどもに囲まれた時だろう……飛影の地面タイプの技は全て骨によるものだろう。しかもかぶっている方ではなく、手持ちの方の。それでは地面タイプの技が出せん。だから、効果がないと言ったんだ」
「……薬で治せねえのか?」
「治せたら、とっくに蔵馬がやっておっただろうが」