「じゃあ、コエンマ」
「あ、ああ…蔵馬、頼む」(←蹴られたところが痛い)
「分かりました」
言って、シールド内へ走っていく蔵馬。
6本の綺麗なしっぽがふわりと揺れる様は、何度見ても、見とれるものがあった。
まして、初めて見る女がうっとりしてしまったのは無理もないだろうが……。
しかし、それが女には致命的となった。
シールド中央に立った蔵馬は、眼前のるーじゅらを睨み付け、迷うことなく、その口を開いたのだ。
殺気の篭もった瞳。
冷酷な眼差しだった……。
「大文字!!」
「!!?」
……悲鳴すらなかった。
女の指示など、当然間に合わない。
蔵馬の放った大文字…。
文字通り、炎が大文字型に燃え上がり、相手を煉獄の中へと落とし込む奥義。
それはさながら地獄の業火のごとく、すべてを焼き尽くす炎。
炎系の技でも最高レベル、そうでなくても最強レベル。
スピードがさほどないるーじゅらが避けられるわけもない。
ましてそれが……蔵馬の放った技となれば、尚更。
シールド内中が、一瞬にして燃え上がり、周囲のありとあらゆるものを燃やしてゆく。
氷の造型は溶けてなくなり、豪華に造られていた浅いプールの水は一瞬で蒸発し、床は割れ、壁は打ち砕かれた。
剥き出しになった壁は、元々この塔のものだったのだろうが、そこには灰がついただけだった。
塔が古くなり、元々壊れていたらしい部分からは、塔の外…山や遠くに草原が見えているが、そういう所以外は茶色の塔の壁が見えていた。
これほどの炎でありながら、蔵馬は燃やすべきものと燃やさないものを区別しているのだ。
それは周囲への被害を食い止めんばかりでなく、敵だけは間違いなく、焼き尽くすということ。
凄まじい熱気で。
シールドの外ですら、熱さに目を覆うほどの力で。
「……すげえ」
「ああ…」
幽助と桑原の口から漏れたのは、本心からの言葉だった。
ぼたんとコエンマに至っては、半ばビビって、後ずさりしてしまっている。
そんな中で、唯一冷静だったのは、飛影。
「フン…」
何処か嬉しそうに、燃え上がる炎を眺めていた……。
女の足元へは、燃えかすにも近い状態のるーじゅらが転がった。
あまりの出来事に、女の顔からは血の気がひいてしまっている。
「も、戻りなさい、るーじゅら!」
がくがく震える手でるーじゅらをモンスターボールへ引っ込める女。
手持ちのモンスターボールは後一つ。
「……っく!」
最後の一つを、女はシールド内ではなく、シールドの外へ放った。
「!? 何しやがる気だ!?」
幽助たちが驚いている間にも、女のモンスターボールから1匹のぽけもんが飛び出した。
乗り物ぽけもん・らぷらすである。
水系ぽけもんならば、蔵馬は不利になるが、あえて女は戦いの道を捨てたのだ。
この連中に勝ち目はない……そう判断したのだろう。
らぷらすに跨った女は、蒸発しきらず、壁に開いた穴から落ちていく水の流れへと進路を取った。
「私の負けよ! これ以上、私のぽけもんを傷つけられるのはゴメンだわ! ろけっと団との契約も破棄ね!」
「なるほど、賢明ですね。ところで1つ聞きたいんですが?」
「な、何よ!」
淡々とした蔵馬の声に、女はあからさまにビビりながらも、強気に怒鳴り返した。
「きゅうこんが先に通りませんでしたか?」
「通っていったわよ! けど、こっちが攻撃する前に、上階へ行ったわ! トレーナーもいなかったし、野生のだろうから、ほおっておいたけど! あんたよりも、強そうだったしね!」
捨てぜりふのようなそうではないような、微妙な言葉を残し、滝のような流れに乗り、逃げ去っていく女。
もちろん、誰一人として、彼女を追おうとはしなかった。
「すげーな、お前」
「あれなら、水系でも勝てたんじゃねえか?」
女が消えたことで、シールドも消え失せたらしい。
今現在、彼女がいた位置の奥にあった階段から、全員で上階へ向かっているところである。
比較的大きな段を、二段飛ばしくらいの勢いで駆け上りつつ、幽助や桑原の質問攻めに合う蔵馬。
ちなみに、コエンマ一人が遅れ気味であることは言うまでもない…。
「るーじゅらは氷とエスパーだから、特別よく効いただけだよ。それに命中率85%の技だしね。一日に何度も使える技でもないし」
さらっと答える蔵馬からは、先程の殺気は消えていた。
いつもの蔵馬の様子に、コエンマやぼたんもようやく安堵の息を吐いていた。
(無論、コエンマは今、それどころではないということもあるが)
「(どうも蔵馬は極端みたいだねぇ。幽助はどんだけ高揚してたって、あんな殺気は出さないし…)」
ま、ぽけもんもそれぞれかと、一人納得するぼたんだった。
「でも、あのオバサン、ろけっと団と契約って……どういうことだろね?」
どっからか、「誰がオバサンだー!」と聞こえてきそうだが、この際無視する。
「そうだな。多分だが…」
階段の踊り場にて、ろけっと団の幹部(といっても弱そうだが)のような連中と戦闘になり、やや休息が入り、息が整ってきたコエンマ。
腕組みしつつ、冷静に分析し、
「おそらく、ろけっと団の奴等。ぽけもんの笛を手に入れ、使用法を突き止めるまでに、邪魔が入ることを予測しておったのだろう。ぽけもんにしろ、トレーナーにしろな。腕利きで、口止め料を払えば、上手く動くトレーナーを雇い、足止めすることくらい、笛のためならばやっても不思議はない」
「は〜、タチわる〜」
今更とも思うが、言わずにはいられないぼたん。
ほぼ同意見の幽助だが、少し首をかしげた。
「その割りには、きゅうこんの蔵馬は通れたみたいだぜ? あいつのスピードなら、無理じゃねえだろうけどな」
「でも変じゃないかい? あの蔵馬の縄張り、この近くなんだよ? 連中がきゅうこんの存在噂程度にも全く知らないとは思えないけど……」
確かに変な話である。
きゅうこんほどのぽけもんであれば、あくどい連中のこと、喉から手が出るほど欲しい存在だろう。
まして、桑原が掴まったのは、きゅうこんの縄張りである。
知っていて、罠を仕掛けていたと考える方がずっと自然だ。
とすれば、一番警戒するべききゅうこんを足止め出来ない者を雇うのは、妙である。
女がきゅうこんのことを、よく知らない様子だったのも、気にかかるところだ。
「……おそらく、連中はきゅうこんはわざと上階へ行けるように仕向けているんですよ」
「蔵馬を?」
「きゅうこんほどのぽけもんなら、笛の使用法を知っていても不思議はない。むしろ知っていそうなものだ。わざと通して、吐かせようという魂胆ですよ。もちろん、きゅうこんもそれは承知して、向かったはずですけどね」
「ってことは……やばいんじゃねえのか?」
そりゃ、やばいだろう。
幽助たちが足止め喰っている間に、きゅうこんは障害なく、最上階へ行ける。
足止めを食って、差し違えるつもりの彼より、相当遅い到着になっては、手遅れになりかねない。
「まあ、いきなり差し違えるつもりはないと思うよ。彼も諦め、悪いからね」
「どっちにせよ、急いだ方がいいだろう。次の雇われトレーナーは、有利な系統だといいんだがな!」
コエンマが言い終わると同時に、全員階段を登り切った。