まああれだけ言われて、キレない女はいないだろう。
例にもれず、彼女もキレた。
「あんたたち、人を馬鹿にするのもいいかげんにおし!!」
…いや、馬鹿にはしていないと思うが。
「したも同然よ!! 年ごろのうら若き乙女に対して、『オバサン』なんて、侮辱以外の何物でもないわ! この場で息の根とめてくれるー!!」
…この状況からして、馬鹿にしなくても、息の根を止める気満々だったような気がするのは、作者だけか…。
「行きなさい!! じゅごん!!」
叫びながらモンスターボールを一つ手に取り、投げつける。
空中で二つに割れたボールが光り、中から一匹のぽけもんが現れた。
「じゅごんを連れているのか!? すごいな、あんな珍しいのを」
「? そうなのか?」
素直に感心しているらしいコエンマに、幽助は首をかしげた。
元々あまり他人に興味のない幽助、まあ無理もないが。
しかし、次の一言には、ぴくっと耳が動いた。
「ああ。人魚のモデルだと言われているが……結構強いぞ」
「マジか!? これは勝負しねえと…って、おい! 飛影!!」
幽助の呼びかけに、彼が答えるはずもない。
先頭きっていたため、最前列にいた飛影。
迷いもなく、骨をぶんまわして、突っ込んでいった。
「ぬけがけすんな! …ぶわっ!!」
続いて突っ込んでいこうとした幽助が、突然何かにぶち当たった。
顔面衝突したらしい。
結構顔が腫れている。
が、それくらいでヘコたれる幽助であるはずもない。
すぐに起き上がって、何だったのか確認しようとしたが…。
「…あれ?」
そこには何もなかった。
隣で、同じように突っ込もうとして、同じようにぶったおれた桑原も、起き上がり、
「なんだ、今の!?」
「わかんねえ! おい、コエンマ! 今のなんだ!?」
「な、何だと言われても、わしにも何がなんだか……そうか!」
心当たりのあったらしいコエンマを全員が振り返る(飛影と女はのぞく)
「何があるんです? コエンマさま!」
「おそらくシールドだろう」
「シールド?」
「ああ。正式なぽけもん勝負…たとえば、ジムなんかでは、通常ぽけもんは一対一で対戦する決まりになっている。ルール違反にならないよう、シールドを張ってあるジムも少なくない。ここにはそれがあるのだろう」
言いながら、幽助たちが転んだあたりまで歩み寄り、軽く手を振ってみる。
コンコンと見えない壁に当たった。
「それだけ自分に自信があるってことだよね、あの人」
腕組みして、うなづきながら言うぼたん。
蔵馬も続ける。
「だろうな。自分もズルができないわけだからな……それはそうと、コエンマ」
「なんだ?」
「飛影に行かせていいんですか? じゅごんは俺もよく知らないぽけもんだけど……形状からして、水と氷では?」
「……ああーっ!!」
叫んだコエンマに、びくっとしたのは、ぼたんだけだった。
他は各々それどころではないらしい。
シールド壊そうとしたりなんだったり……しかし、それは反則のような気がしないでもないのだが…。
「な、何を焦ってるんですか? コエンマさま」
「飛影じゃ勝てん! 相性が悪すぎる!」
「え、でも飛影強いし、大丈夫ですよ、きっと。さっきからずっと勝ってるし」
まあ、戦力の要でもある飛影に負けられたら、ここまでは来られなかっただろうが。
「いや、今回は別だ! 今までとレベルが違う! おそらく飛影と同等だろう。だからこそ、相性が悪い方が負けを見る!」
「そ、そうですか?」
「…なあ、おい」
「何だ」
「さっきから言ってる相性って、なんだそりゃ?」
見えない壁に激突しまくっていたが、コエンマはともかく、ぼたんもやや引きつった声をあげたことで、幽助と桑原も彼を見た。
でもって、ぽけもんであるにも関わらず、間抜けな質問をしたのは、桑原である。
一瞬固まった後、呆れてため息をついたのは、コエンマだけにとどまらない。
ぼたんも蔵馬も、あろうことか幽助までもが、十分呆れていた。
「知らねえのか、桑原…」
「知らねえよ。何だよ、それ」
「かー、なっさけねー」
「あんだとー!!」
もはやお約束、喧嘩勃発。
しかしここで体力を削られるのは、コエンマとしても蔵馬としても困る。
が、あっさりと割っては入れたのは、蔵馬だけであった。
(コエンマは入ると、殴られる可能性の方が高い…というより、それしかないだろう…)
「まあまあ落ちついて。あのね、桑原くん。君、飛行系だろう?」
「あ、ああ。そうだぜ」
「俺は炎、ぼたんはドラゴン、飛影は地面、幽助はノーマルと、それぞれタイプがある。そこまでは分かる?」
「ああ」
「単純に考えて、俺の炎は水に弱いのは分かるだろう? 原理で考えれば」
「まあな。水かければ、火は消えるんだからな」
「つまり相性が悪いってこと。自分に不利なわけだからね。逆にいえば、水系にとって、俺は相性がいいわけだ」
「攻撃が通用しやすいってことか?」
「そういうこと。もちろん、技にもよるけれどね。いくら水系ぽけもんの攻撃だからといっても、向こうがノーマルの技を出してくれば、別に不利でもなんでもない。逆に俺が水系ぽけもんに、ノーマルの攻撃をすれば、それなりに効く」
「身体と攻撃の相性、それぞれ考えれば、苦労せず勝てるってことか?」
「そう。まあ苦労するしないは、レベルと向こうの考えにもよりけりだけどね」
「なるほどな」
一個一個丁寧ながら、手っ取り早い説明に、桑原は段々分かってきたらしい。
「で、君の飛行系は、原理は分かりにくいだろうけれど、岩系とかに弱い。イシツブテとかと戦闘した時、戦いにくかったことはない?」
「ああ。何かいつもに増して……って、あれって相性の問題だったのか!?」
「だろうね」
実際その現場を見たことがない以上、何とも言えないが。
さっきからの桑原の戦闘方法は、ほとんど飛行の攻撃をしていた。
岩系にはほとんど効かないに等しい。
全く効かないわけではないが、それでもかなり相性は悪い。
よほどレベルの差がなければ、負けるだろう。
「んで、肝心の飛影は?」
「地面系は水・氷系に特に弱い」
「なるほどな…って、それあいつなんだろ!! マズイじゃねえかー!!」
「そうなんだけど……もう始まってるんだよね…」
行ってしまった以上、今更止めても無駄だろうから、あえて止めなかったけど。
そう言って、蔵馬が視線を向けた先では、明らかに苦戦している飛影の姿があった。
「お、おい飛影!!」
「無茶だよ、相性悪すぎるんだってばー!」
「死ぬぞ、おい!」
「戻ってこいー!!」
ぎゃーぎゃー叫ぶ一同(蔵馬以外)。
しかし、当たり前だが、飛影が聞くわけもない。
彼が素直に聞いた日には、天地が逆転するか、地球が逆回転するか、銀河系が圧縮されるか、全宇宙が崩壊するであろう…。
「おーっほっほ! 情けないわねえ、あんた。じゅごん相手にからからを向かわせるなんて、なんて情けないトレーナーなのかしら!」
悪役さながらに、高笑いする女。
その視線は飛影ではなく、唯一人間のコエンマへ向けられていた。
「へ? もしかしてわしのことか?」
「そうらしいですね。まあ、現状を見れば、幽助だけでなく、全員あなたのぽけもんに見えるんでしょうが」
確かにまあ、そうだろう。
トレーナーが連れていいぽけもんは、6匹まで。
後は何処かへ預ける決まりになっている。
というか、自然とそうなってしまうのだ。
7匹以上を所持すると、ぽけもんの同士の相克だの相性だのが、めちゃくちゃに暴走するらしい。
なので、それを起こさないため、ぽけもんを連れているトレーナーは何処かの施設や公共などと契約して、7匹目以降を預ける仕組みをとっている。
同じぽけもんで揃えていてもなるのだから、世界とは分からぬものである。
しかし、言いかえればそれは、大概のトレーナーは皆、最高の6匹、あるいは手前の5匹を連れている場合が多いのである。
女はその原理から、今その場にいるぽけもんたちは皆、コエンマのぽけもんだと勘違いしたらしい。
「でもそれならば、かえって好都合ですね」
「は? 都合がいい? どういうことだ、蔵馬」
「こんなシールドをセットしているくらいだから…あるはずなんですけど…」
「何が? っつーか、お前さっきから何を探しておるんだ?」
首をかしげるコエンマ。
さっきから蔵馬以外、飛影を止めることで必死だったが、そうしている間に、彼はなにやらずっと屈み込んでいたのだ。
というか桑原への説明の間も、ずっとそうしていた。
コエンマの問いには「ええ、ちょっと」とだけ答えて、すぐに再びしゃがむ蔵馬。
と、少し離れた石の陰でお目当てのものをようやく見つけ(見覚えのある足跡がついているところを見ると、どうやら蹴飛ばされて転がっていたらしい)、手に取ると立ち上がった。
「はい、コエンマ」
「何だそれは?」
「このシールドと連結しているものですよ。あの人ももってる」
と言って、向こうの壁際にいる女を見やる蔵馬。
確かに彼女も同じものをもっていた。
「! そうか、トレーナーのコントローラーか! これがあれば、本人が拒絶しても、ぽけもんを手元に引っ張り戻せる!」
「はい、正解。では、早速よろしく」
すちゃっと飛影を指差す蔵馬。
もう体力もかなりのところまできているらしい。
後一撃くらえば、確実に倒れるだろう。
「まんたんの薬は持ってます。急いで」
「…なるほどな。最初からこのつもりだったか」
「これがあると予想がついていないと、いくら俺でも冷静ではいられませんよ。それより」
「ああ。いっくぞー!!」
バンッぱちっビビン!
ワケの分からない効果音の後、急に飛影の身体が宙に浮いた。
「な、何だ!? うわっ!」
次の瞬間、飛影がこちらへ飛んでくる。
そして壁に張り付いていた桑原の顔面に激突!
「ぐはあ!!!」
と、ものすごい声をあげたのは、もちろん桑原の方。
ワケが分からぬまま、桑原の顔の上に乗っかっている飛影に、急いで蔵馬が駆け寄った。
「大丈夫か?」
「…貴様か。余計な真似を」
結構怒っているらしい。
まあここで彼が怒らなければ、天地が逆転するか、地球が逆回転するか、銀河系が圧縮されるか…(以下略)。
「俺ではないよ。彼」
「え!?」
びしっと指差され、焦るコエンマ。
じろ〜っと飛影の視線がこちらへ動いている間に、蔵馬はまんたんの薬をあてる。
一瞬で傷は治った。
しかし心の傷は癒されない…(いや、傷とは少し違うだろうが…)
「ま、待て! わしはただ!」
「……覚悟は出来ているだろうな…」
「うわーっ!!」
骨をぶん回して襲い掛かってくる飛影に、本気で逃げ惑うコエンマ。
笑顔で見ている蔵馬と、どうコメントすべきか悩む3人。
「まあ…」
「よかったと…」
「言うべきか?」
非常に悩んだ末、そういうことにしておいた。
(するなー! byコエンマ)