<POKEMON> 4

 

 

 

「いくぜー! 突進攻撃ー!!」

 

ドオオオオンンッ!!

 

幽助の頭に体当たりされ、その石は4つに割れた。
細かく飛び散った小さな破片が、周囲の木々に突き刺さる。
舞い上がった砂煙で一瞬何も見えなくなったものの、今朝から吹き続けている風が、すぐに全てを吹き飛ばしてくれた。
おさまった煙幕の向こうから、幽助は割れた石を踏み台に、ずっとこちらを見ていた蔵馬の元へ跳んできた。

 

「どうだ! 少しは上手くなったろ!」

元気そうに言うが、実はあまり平気でもない。
蔵馬は昨日の晩言ったことを、そのまま実行し、東の空が白みかける前に幽助を叩き起こしたのだ。
おかげでお昼を過ぎる頃には、レベルもかなり上がり、技もいくつか習得した。
今はその1つ1つを特訓中なのだが……。

突進攻撃は、敵にかなりのダメージを与える反面、自分にもダメージがいく。
それをず〜っとやっているのだから、自然と頭はふらふらしてくる。
まあ、体力的にはまだ大丈夫そうだが。

 

蔵馬は幽助を直視し、ちらっと割れた石を見やってから、言った。

「威力はあるが、命中率が低いな」
「あ、やっぱり?」

痛いところをつかれ、少しひきつる幽助。
ちらっと振り返った石は、確かにもう少し右に当たれば、もっと細かく砕けたはずである。
しかし、突進技は元々、命中率の低い技なので、正確に急所に当てるというのは、高度な技術を要する。
それを今朝覚えたばかりの幽助にやれというのは、少々酷な気もするが…。

 

 

だが、そんなことを蔵馬が知らないわけがない。
分かっていて言っているのだ。
敵のことを考えると、時間がないことを考えると、甘やかしている時間はない。
そして、幽助自身のことを考えると……。

ふいに蔵馬が近くの石に歩み寄り、中央当たりを軽く引っ掻いて×印をつけた。
その作業をいくつかの石で繰り返す。

 

 

「これを攻撃してみろ。丁度、ここに一番力がかかるようにな」
「げっ、そんな狭いところか!?」
「的確に当てられるようになれば、命中率はかなり上がる。がむしゃらに繰り返すよりは、効率がいい」

そう言って蔵馬は下がり、また少し離れた位置で腰を下ろした。
幽助は「そんな無茶苦茶な」と思いつつも、特訓を再開。
蔵馬が×印をつけた所に狙いをつけ、全神経を集中させる。
しばらくじっと眼を閉じていたが……カッと見開き、走り出した!

 

「突進攻撃ー!!」

 

ドオオオオンンッ!!

 

「威力が落ちている。当てることだけに意識がいっているぞ」
「あ、ああ……もう一回!! 突進攻撃ー!」

 

ゴオオオオンンッ!!

 

「頭の角度が悪い。そんなことでは、自分の頭が壊れるぞ」
「そ、そうだな……」

今のはかなりキいたらしい……。
頭の上をヒヨコが行き交い、目が螺旋状にぐるぐる回っている。
しかし、気絶している暇はないので、続けてアタック!

 

 

ドオオオオンンッ!!

ドオオオオンンッ!!

ゴオオオオンンッ!!

 

 

 

「やれやれ、スパルタだな」

言いながら、蔵馬の横に座るコエンマ。
さっきまでぼたんと食事の後かたづけをしていたのだが、どうやら終わったらしい。
しかし、幽助は彼が来たことにも気がつかず、ひたすら突進攻撃の特訓を繰り返している。
全く気がつかれないというのも、少々虚しい気もするが……。

 

「……蔵馬」
「何だ」
「実際どうなんだ? 幽助の力は……」

正直なところ、コエンマはずっと気になっていた。
幽助の力は確かに上がってきている。
今までの比ではない、ぽけもんトレーナーとしてはド素人のコエンマでも、それはよく分かる。
レベルアップし、強くなっていることだけは、紛れもない事実なのだ。

 

だが……だからといって、それが本当に敵に通用するのか。
ろけっと団といえば、世界で最も悪い奴ら…という印象しかないが、しかしその強さも折り紙付き。

コエンマの研究所にも時折訪れたが、いい奴らは1人もいなかった。
とにかく悪どい連中で……珍しいぼたんは、よく連れて行かれそうになったものである。
そのたびに、幽助がぶちキレて、半殺しにして追い返してきたが……。

 

 

「初めて見た時から変わってないな」

あっさり蔵馬は言い切った。
特に感情も込めずに、一般論でも述べるように。

それを聞いて、コエンマがどきっとしたのは言うまでもない。
まさか素人目には強くなったように見えても、実はまだ全然弱いなどと言われれば、幽助は立ち直れない…ということもないだろうが。
しかし明日までに対抗できるだけに、強くならなければならないというのに……。

あれこれ考えているコエンマの横で、蔵馬は特訓を続ける幽助を見ながら、呟いた。

 

 

「本当に……天才だな」

「へ? 天才??」

 

コエンマの動きがぴたっと止まる。
言っていることが全然違うような……。
しかし、蔵馬はコエンマの胸中の思いなど、まるで気がつかず、

「天才肌とは少し違う。多少の努力家タイプだとは思うが、それでも素質がなければ、出来ることじゃない。最初から素質があることは分かっていたが、やはり間違いはなかったな。磨けば磨くだけ輝く。磨き上げることは不可能な……生涯、輝きを増し続けるタイプだな」
「(あ、そういう意味か…)」

ほっと一息つくコエンマ。
勘違いしていた自分は恥ずかしいが、あんなに遠回しにもったいぶって言わなくても…とも思った。
それを知って知らずか、蔵馬はふっと空を仰いで言った。

 

「知ってるか? いーぶいがレベルアップの過程で覚えられる技は、たったの9つしかない」
「そ、そうなのか……そういえば、9つくらいしか覚えてないとか言ってたな。それが…?」
「つまり元々、実戦派のヤツが少ない証拠だ。減っているが、野生のいーぶいはほとんど争うことをしない。大概、敵に出会えば自分から逃げていくくらいだからな……だが、あいつは違う。自分から戦いを挑める力と精神の持ち主だ。生来の素質だな、身体も心も」
「そうか……あいつに言ってやらんのか? 喜ぶと思うが」

そう言いながら、コエンマは顔を上げた。

 

と、丁度全ての石を割り終えた幽助が、蔵馬たちの元へ戻ってきていた。
今回は跳んでは来ず、左右にゆらゆらと揺れながら、歩いてくる。
意識も少々もうろうとしているような……どうやら少し休憩した方がいいようである。
ようやく2人のところへやってきた幽助は、

「あれ? コエンマ来てたのか…」

と、言い残して、そのまま蔵馬に倒れかかった。
コエンマは焦って起こそうとしたが、それを蔵馬が制した。

 

それもそのはず、幽助は単に爆睡していただけだったのだから。
そっとコエンマに渡すと、蔵馬は幽助が割った石の方へ歩いていった。
1つ1つ見ていき、ふうっとため息をついた。

中盤に向かっていった石は全て、印に頭の中心を当てて割っている……いや砕かれている。
更に後の方になると、ほとんどにしっかりと力が込められていた。
始めてから僅か2時間…幽助は突進攻撃を完全に会得してしまったのだ……。

 

 

 

「天狗になるようなヤツではないだろうが……突き放した方が伸びるタイプだろう」

そう言うと、蔵馬はまだ砕かれていない岩に登った。
夕日はもう沈もうとしている……明日の朝、太陽が昇る前に彼らは敵のアジトへ向かうのだ。
遠くを見つめる蔵馬の目は、連中のアジトを伺っているのだろう。

寝ている幽助を腕に、コエンマは改めて、砕かれた石の山の方を見た。
直径5メートル……石というよりは岩に近い、それらは確かに幽助の力だけで、崩壊したものだった。

 

「全く……大したヤツだ」

 

 

 

 

そして迎えた翌日。
昨日よりも早く、幽助たちは蔵馬に叩き起こされ、出発した。

草原を真っ直ぐ行きたいところだが、どんな罠があるか分からないし、そうでなくても目立つ連中だらけなのだ。
幽助は戦いながら行けばいいと言い張ったが、アジトに着く前に体力を消耗するのは危険であり、余計に時間もかかるという、蔵馬の説得力ある言葉に推され、回り道をすることを承諾した。
ここでコエンマが説得などすれば、それこそ明日の朝までケンカだろうが……。

 

「塔まではどのくらいだ?」
「すぐだ。大した距離じゃない」
「それって真っ直ぐ行けばの話じゃねえのか?」
「遠回りしても、1時間足らずでつく」

蔵馬の言ったことは正解だった。
森から続く岩だなを歩いていったところ、小一時間ほどで(といっても、蔵馬のペースだったので、コエンマはかなりゼイゼイ言っていたが)、敵のアジトらしき塔が目前に現れたのだ。
まだ日が昇っていないため、輪郭ははっきりしない。

だが、そこだけぼんやりと色が違い、周囲に多くの檻が並べられ、トラックが陳列し、銃を持った男が徘徊していることからも、ここが危ないところであることは一目瞭然だった。

 

 

「敵はどのくらいいると思う?」
「今日は運び屋も来ているだろうから、かなりの人数のはずだ……そうだな、ざっと50人。人間だけならな」
「ぽけもんもいるってことか」

悪の集団ろけっと団も、ぽけもんを使うという話は有名である。
何故そんな連中に従うのか、幽助には理解できないが……。
洗脳されていたり、力で押さえつけられているならば、助けてやりたい気もする。
だが、自分の意志だとすれば、人間と同じようにぶっとばす、それだけである。

 

 

「よし! 行くぜ!!」
「ああ」
「はいな!」
「……」

敵のアジトへ行くというのに、元気なものだなと呆れる蔵馬。
しかもその敵は他ならぬろけっと団。
死んでもおかしくないというのに……。
まあこの元気さが、このメンバーの成長源だとすれば、それはいいことなのかもしれないが。

 

かけ声の後、岩だなから一気に駆け下りる幽助。
当然、敵にはあっさりと気付かれるに決まっている。
そして数名の男が銃を向けてきた。
小さなぽけもん一匹に、オーバーのような……最も、もし幽助の力に気付いていれば、それは正しい行為だろう。
しかし、男たちは運搬の日だということで、殺気だっていただけで、誰でもいいから撃ちたかっただけらしい。

「うてー!!」

 

ダダダダッ

 

銃が乱射され、幽助に数発の弾丸が迫ってくる。
だが、幽助はそれを全てギリギリで交わしてしまった。
驚いたのは、男たちの方……しかし、次の瞬間には幽助の強烈な体当たりを喰らい、そのままひっくり返ってしまった。

「弱っ」
「幽助! ぼんやりしとる場合か! 早くしろ、次がくる!」

幽助の次に岩だなを滑り降りてきたコエンマが、後ろから怒鳴った。
突然現れた人間の存在に、応援にかけつけた男たちの顔に緊張が走る。
ぽけもんだけならば、野生種が紛れ込んできただけと思われるが、人間が一緒となれば、話は全く違ってくる。

自分たちの行為を知り、邪魔しに来たか、あるいはぽけもんを奪いに来たのか……いずれにせよ、敵でないわけがないのだ。
どう見ても、山で道に迷ったバカには見えない。

 

「どうする!?」
「本部に連絡…いや、まず捕まえろ! こいつだけではないかもしれん!」

さっと男たちはあるものを取り出した。
もんすたーボール……どんなに巨大なぽけもんでも、手の平サイズに小さくしておけるというアイテムである。
最もコエンマは、幽助たちが嫌がるので使っていないが。

 

「いけ! どがーす!」
「れあこいる!」
「ぱるしぇん!」

その他もろもろ……合計どのくらいか分からないが、とにかく男たちは手持ちのぽけもん全てを出してきたのだ。

 

 

「せこいな…」
「そうだな…ハンデありすぎじゃねえか?」

そう言いつつも、幽助は全く動じていなかった。
いくら数だけ出してきても、レベルの差というものがある。
蔵馬の特訓で自分がどれだけ強くなったか……蔵馬以外相手にしていないから、よく分からないというのが現実だが。

しかし、こいつらよりは強い。
どこかでそう確信していた。

 

 

「ヘドロ攻撃ー!」
「電気ショック!!」
「刺キャノン!!」

その他もろもろ……しかも同時にやってくるのは、もはや卑怯という他ないだろう。

 

 

「しゃらくせえ! くらえ、体当たりー!!」

そう幽助が叫んだ途端、男たちは一瞬ぽかんっとなり、その直後大笑いした。

「がっはは!! バカが!」
「体当たりごときで、俺様たちのぽけもんが倒せるか!」
「そのまま串刺しになっちまいなっ……げっ!?」

男たちの嘲笑の声や罵声が、突如驚愕のものに変わった。
自分たちのぽけもん……奪ってきたりしたやつがほとんどだが、それでも強いものばかり選んでいたはずである。
それがあんなに小さなぽけもんに、しかもあんな技一発で、全て吹っ飛ばされてしまったのだ。

驚く以外に何が出来よう。
しかし、蒼白になったその顔は崩れることなく、そのまま地面に伏せった。

彼らが最後に見た視線の先には、銃を構えるコエンマの姿があった。
いつの間に奪ったのだろうか……それは確かに、最初に幽助が倒した男たちの銃である。

 

 

「おい、死んだのか?」
「馬鹿言うな。わしは殺人罪に問われるつもりはない。気絶させただけだ。弾丸も入れ替えてある」

そう言うと、コエンマは銃から弾倉を取り出し、ポケットから新しい弾倉を取り出して詰め込んだ。
男たちに打ち込んで使い切った弾倉。
地面に落ちたそれを見て、幽助はため息をついた。

 

「これってあれか? 研究所で開発してた麻酔銃の弾…」
「ああ。傷ついた野生ぽけもんの捕獲用に作られたヤツだ。副作用があって、発売には至らなかったがな」
「……おい、どんなだよ」
「起きた時に、ものすごく全身が痒くなるだけだ。それはもう身体全体を蚊に咬まれたような痒みが、一週間続く。だが、まあそれだけだ」
「それだけって……」

ある意味、死ぬよりも地獄を味わうことになるのではないだろうか……。
というよりも、発売されることなく、お蔵入りになった弾丸を、何故こんなに持ち合わせているのか。
それなのに何故拳銃自体は持ってこなかったのか、それが一番不思議である……。

 

 

「……ぽけもんは撃つなよ。俺が全部片づける」
「当たり前だ。わしは人間くらい、トロイのでないと当たらんからな!」
「自慢にすんな! 自慢にならねえし!」
「ぐだぐだ言うな。次が来たぞ」
「ったく……」