<POKEMON> 3
ズデンっ
「いって〜。何しやがんでい!!」
ようやく袋から出してもらえた桑原だったが、そこは暗くて狭くて陰気くさい、あまり居心地のいい場所とは言えないところだった。
低い天井、コンクリートの壁、安定しない床、お情け程度にある小窓に格子がついていることからも、ここが檻であることは間違いないだろう。
檻としては広い方だが、かといってこんなところにいたくはない!
早急に脱出しようと、振り返った桑原だったが、彼を袋から放り出した男に蹴飛ばされ、部屋の中央まで転がっていった。
「そこで大人しくしていろ!」
そう言って、男はドアを閉めてしまった。
しかし、このドア、あまり分厚くないらしい。
外で話す男たちの声が、丸聞こえだった。
「おい、いいのか? あんな珍しくもねえ、売れそうにねえのを、一緒にいれて……」
「別にいいだろ。檻が足りねえんだ。どうせあそこにはもう一匹、珍しくもねえ、売れそうにねえのがいるんだから」
「売れねえのはいいけどよ。もう一匹は売れそうじゃねえか。傷物になったら、どうすんだ?」
「レベルはあっちの方が高いだろ。問題ねえって」
……言っている意味はよく分からないが、自分のことをけなされているのは、何となく分かる。
「悪かったな! 珍しくなくて、売れそうになくて!」
中から、ぎゃーぎゃー叫んでみるが、全く効果なし。
そうしている間に、男たちは檻から離れ、どこかへ行ってしまった。
むろん檻にはしっかりと鍵をかけて……。
「ちっくしょ〜。あ〜、いて〜」
「大丈夫か?」
先ほど蹴飛ばされた時に打った頭を羽でさすっていると、後ろから声をかけられた。
桑原はドアの方を向いているのだから、当然檻の奥にいたことになる。
一瞬、びくついたが、そういえば先ほど男たちのの会話は、『この檻には、他にもぽけもんがいる』と聞き取れるような気もする。
ならば、怖がる必要などないだろう。
ほっと一息ついて、くるっと振り返った桑原。
しかし、自分の背後に座っていたぽけもんをみた途端、ぎょっとした。
ぽけもんは力、外見など二の次と豪語し、見た目など滅多に気にしない桑原だったが(気にしたくなかったのかもしれないが…)、目の前にいるこのぽけもんだけは、ぎくりとするものがあった。
燃え上がる炎のような紅…またそれは、西の空に沈む夕日のようでもあった。
6本のくるりと巻いた尾は、それほどの美しさを放っていたのだ。
ここが檻の中…それも窓から入り込む僅かな光しかない、暗闇であるにも関わらず……。
いちおう桑原が住んでいた場所の近くにも、同じ種族はいた。
狐ぽけもんのろこんである。
だが、ここまでの美しさ…神々しいまでの輝きを持つ狐には、今まであったことがない。
丸くて大きな、しかし奥二重で理知的な印象を持つ瞳。
健康的な体つきは、まだ子供らしいもので愛らしいものがある。
全体的な雰囲気は、優しそうな…穏やかなもので、桑原に対して敵意や悪意がないことは、一目瞭然だった。
むしろ、頭をさすっている桑原を心配しているらしい。
「…どうかしたのか?」
「へ? あ、いや! なんでもねえ! ……っていうか、おめえここで何してんだ?」
「見ての通りだけど?」
「見ての通りって……捕まったのか? おめえも」
「まあ、そんなところかな。君もかい?」
「あ、ああ。ちょっと油断してな」
「フン、バカめが」
桑原の発言に対し、思いっきり馬鹿にした発言(本当にそのまんまだが…)。
短気な桑原のことである。
あっさりキレて、殴りかかろうとしたが……。
「……今言ったの、おめえじゃねえよな?」
声が違ったような気がする。
このろこんは、割と高い方で濁った感じのない澄んだ声である。
しかし、桑原を馬鹿にした声は、もっと低くて男性っぽいものだったような……。
桑原の問いかけに対して、ろこんは首を振った後、後方を振り返った。
「飛影。失礼だよ、そんな言い方。ついでに出ておいでよ」
「…もう一匹いたのか…」
さっきの男たちの会話から、ここに元々2匹いたのは、容易に予測がつきそうなものだが……。
しばしの沈黙の後、奥の方の光が全くあたらず影になっている辺りから、一匹のぽけもんが姿を現した。
小柄な身体、目つきはかなり悪い。
茶色い恐竜のような胴体だが、しかし顔は見えなかった。
それもそのはず、彼はそのあまり大きくないであろう頭を、身体に不似合いなくらい巨大な骨で覆ってしまっていたのだ。
獣のものであろう髑髏。
ろこんとはまた別の意味で真っ赤な瞳だけが、その骨の間からのぞいていた。
敵意はなさそうだが、見下したような悪意は何となく感じられる…。
「……なんだ、こいつ」
桑原はこの突然現れた奇妙なぽけもんに、顔をゆがめた。
とはいっても、怖がっているわけではないし、軽蔑しているわけでもない。
単に変なヤツだなと思っただけである。
しかし、あまりに変わりように釘付けになってしまい、罵声について殴るのをすっかり忘れていた。
「ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね。初めまして。俺はろこん。名前は蔵馬。こっちはからからの飛影」
「おう。俺様は桑原和真さまでい!!」
「貴様の名なんぞ聞いていない。ついでに蔵馬。勝手に教えるな」
「あんだと、てめー!!」
さっき殴り忘れた分も合わさっているのだろうか?
桑原は広げた翼に力を入れ、髑髏をかぶったぽけもん−−飛影に殴りかかっていった。
が、気の毒なことに飛影のスピードの方が上回っていたらしい。
普通ならば、飛行ぽけもんのおにすずめの方が圧倒的に速く、地面ぽけもんであるからからは、どちらかといえば動きの鈍いぽけもんのはずなのだが。
「ってて〜」
「ドジなやつだ」
「てっ、てめえ〜!」
「ところで、桑原くんはどこから来たんだい?」
まだケンカを続けそうだった桑原と飛影の間に、さらりと入った蔵馬。
仲裁のつもりでの発言だったが、桑原にとっては都合の悪い言葉だった。
「俺か? それが……」
「……まさか迷ってたとか?」
「ま、まさか! んなわけねえだろ!」
「(迷ってたんだな…)」
事実迷っていたようなものである。
幽助にケンカ売りまくって着いてきていたのだから、その幽助たち一行が迷子になっていたのだから、桑原も必然的に迷子である。
実際、あの場所から元の所へ戻れと言われても、無理があっただろうし。
自分の失態を知られたくないため(既に知られているのだが)、桑原は話題を切り替えた。
「お、おめえらはどこからきたんだ」
「俺はこのすぐ近くからだよ。ここから少しいった草原にいたんだ」
「草原? ああ、あそこらへんか」
おそらく桑原が捕まった辺りのことだろう。
ろけっと団があの辺りで狩りをしていたのならば、話は早い。
蔵馬もあそこで捕らえられ、連れてこられたのだろうから。
「そっちのチビのは、どっから来たんだ」
「殺すぞ…」
「飛影は元々この塔にいたんだよ」
「塔?」
「ああ、袋に入って連れてこられたんだったね。窓から外見えるだろ?」
蔵馬が指さしたのは、例の格子がついた小窓。
天井が低いため、飛ぶ必要もなく、軽く跳び上がっただけで、外が見えた。
外は暗いが、何とか分かる。
この檻から数m離れた位置に、薄い灰色の塔があった。
あまり大きくはない塔で、断崖を背にし、半分以上を森の木々が覆い隠してしまっている。
遠くからでは、おそらく崖からせり出した岩肌の一部にしか見えないだろう。
「あれにか?」
「ああ。あそこには飛影以外にも、古くから多くのぽけもんが住み着いていたらしくてね。場所が場所だけに、人には知られてなかったみたいなんだが……そこをろけっと団に利用されたらしい」
「ろけっと…おい、あいつらろけっと団なのか!?」
「……まさか知らなかったのか?」
呆れた口調で言う蔵馬。
しかし不思議とむかつく感じはしなかった。
飛影が言えば、100%キレたところだろうが……。
だが、蔵馬の呆れをよそに、桑原は半ばパニックに陥ったように叫びまくっていた。
「おい、ろけっと団なんて、悪党中の悪党だろ!? じゃあ何か!? おれら、売られんのか!?」
「貴様なんぞ、鶏肉屋にしか売れまい」
「なんだと〜!!」
「気に入らんか? ならば、焼鳥屋でもかまわんぞ」
「てめえこそ、博物館にでも行ってろ!!」
懲りずにまた始まった口げんか。
体力勝負に持ち込まれるのも時間の問題だろうが、もはや蔵馬に止める気はなかった。
「(ま、いいか。戦った方がレベルは上がるだろうし)」
そのころ。
「ぜーぜー…」
「どうした? もう終わりか?」
「誰がー!!」
森の中。
タイムリミットまで後30時間を切った幽助は、金色のぽけもんに特訓を受けていた。
側にはコエンマが立って、状況を観察している。
後にトレーナーとして手助けするのだから、見ておいた方がいいとの、ぽけもんのアドバイスだった。
しかし、レベルの差というものだろうか?
幽助は荒息を立てているというのに、金色のぽけもんの方は汗ひとつかいていない。
金色の毛並みは汚れることもなく、光り続けている。
そう、辺りが完全に闇に覆われる時間になったにも関わらず……。
ちなみにあの直後に聞いたことなのだが、彼はきゅうこんというぽけもんらしい。
そして、名前は……、
「コエンマさまー! 幽助ー! 蔵馬ー! ご飯だよー!」
茂みの奥から、ぼたんの呼ぶ声が聞こえた。
『蔵馬』それが彼の名……あのろこんと同じだが、これは偶然だろうか?
しかしその事実を今の幽助たちには、知るよしもない。
「だそうだ。行くぞ」
「まだだ! まだやる!」
ボロボロになってもまだ立ち上がり、向かっていこうとする幽助。
蔵馬は、ため息をつきながら、彼に歩み寄り、そして言った。
「栄養補給せずに続ければ、かえって身体の負担になる。体調管理が出来ていなければ、本番で倒れるぞ」
「……」
「今日は喰ったら、もう寝ろ。明日は夜明け前に起こすぞ」
「……ああ」
蔵馬に言われ、しぶしぶぼたんの方へ行く幽助。
だが、茂みの中に消えた直後、ものすごい勢いで食い尽くし、あっという間に夢の中へ……。
ぐーぐーと高いびきをあげながら寝ている様は、先ほどまで燃え上がっていたぽけもんと同一人物とは思えないほど、無抵抗なものだった。
その様子を見ながら、コエンマは座り、そして自分も食事を始めた。
その向かい側でぼたんも同じように食べている。
蔵馬は最初いらないと言ったのだが、特訓をしてもらうのだからと推され、結局ごちそうになることになったのだ。
といっても、コエンマの携帯食なのだから、大したものではないが。
「お前すごいな」
ふいにコエンマが蔵馬を見ながら言った。
幽助ががっつくのとは比べ者にならないくらい、上品な食事風景。
これで生まれも育ちも野生というから、驚きである。
「何がだ」
「いや何。幽助のやつ。戦いだしたら、わしの言うことなど、少しも聞かんのに。お前の言うことは、聞いただろ。それがすごいと思ってな」
「あいつの性格を考えての説得なり助言なりを考えるべきだ。真っ向から言ったところで、やつには効かん」
「それは分かっておるんだがな〜。なかなかうまくいかなくてな、これが」
「そりゃあ、コエンマさまが真っ向から言う性格だからでしょ!」
「ぼたん!!」
「えへへ♪」
「……」
目の前で漫才もどきをやっているトレーナーとぽけもんを見ている蔵馬の胸中は、かなり複雑なものだった。
幼い頃より野生で生きてきた以上、人間はほとんど敵に等しいもの……とりわけ蔵馬のように美しい毛並みを持ち、高度な力を持つ者が、ろけっと団をはじめとする悪どい人間どもに狙われないはずがない。
今まで何度も殺されかけてきた。
その教訓から、殺される前に出会った人間には全て攻撃してきた。
場合によっては殺しもした。
最初は幽助たちも敵と思って、背後から気配を絶って近づいたのだが……。
何となく、そうではないような……今までの連中とは違う何かを感じたため、攻撃をやめた。
そして捕まりに行くようなものなのに、飛び出していこうとした彼らを……荒っぽいやり方だったが、助けた。
こんなことは初めてだった。
コエンマという人間も、幽助やぼたんというぽけもんも……。
「人間もぽけもんも色々か…」
「ん? 何? 何か言った、蔵馬?」
「いや、何でもない。お前等も寝ろ。見張りは俺がしている」
「いいのか? お前も疲れてるだろうに」
「全く」
こうきっぱり言われては、断るのも悪い気がする。
コエンマたちは蔵馬の好意を受け、焚き火の近くで寝転がり、そのまま深い眠りに落ちていった。