<POKEMON> 2

 

 

 

「くらえー! つつく攻撃ー!」

 

ドッカーン!!

 

……これで何回目だろうか。
何度向かっていこうと、どんな攻撃をしようと、おにすずめの彼は幽助に一太刀も浴びせていない。

今の幽助に出来る攻撃など、せいぜい体当たりと電光石火程度。
それに比べ、おにすずめの方は先程の「つつく」以外にも3〜4つほど使えるらしいのだが……。
レベルの差とは、虚しいもの……あれだけ色々と使えるにも関わらず、ほとんどワンパターンな攻撃しか出来ない幽助の方が圧倒的に勝っているのだ。

 

おにすずめ、128回目のダウンの後……いい加減にうざったくなったのだろうか?
ずっと無視していた幽助だが、ようやく木の枝に引っかかっている彼を振り返った。

「おい、こすずめ。いい加減に諦めたらどうだ?」
「こっ、こすずめだと〜!! バカにすんじゃねえ! これでも立派な桑原和真さまという名前があるんでい!!」
「……名前、あったんだな」
「だったら、最初に言えばいいじゃないか。幽助、名前覚えるの苦手なんだよ? 最初に言わないと、覚えないよ〜」

「うるせー! 今に忘れられない名前にしてやる! くらえー!!」

 

ドッカーンン!!!

129回目のダウン。
今まで幽助に破れ、後にリベンジにきたぽけもんは何匹かいたが……ここまでしつこいのは、むろん桑原が初めてである。
しかし、幽助が彼の名前を覚えるのは、後289回ほどのダウンを終えてからになるのだが……。

 

 

 

そして、その運命の…129+289=418回目のダウンが終了した時。
突如、コエンマが足を止めた。

「……」
「何だ? どうしたいきなり」
「……なあ、幽助」
「あ?」

「……方向…こっちであってたのか?」
「え゛っ……」

ぴしっと固まる幽助。
その後ろでは、ぼたんも停止の意味が分かったらしく、氷のように硬直していた。
(桑原にはよく分かっていないらしいが、分かっていても動けないだろう…)

 

そう、彼らが桑原に出会った、そもそもの理由……。
確か道が分からなくなり、ついでに道がなくなり、完全に行く当てを無くし、空から探した方がいいと、ぼたんが跳び上がったからではなかっただろうか?
しかも桑原に激突して落下した後は、そのままただひたすら歩いていただけだったような……。

 

 

 

「ちょっとまて!! じゃあ、何か!? 方向があってるかどうかもわからねえのに、進んでたってのか!?」
「な、何いっとる! 最初に歩き出したのはお前だろうが!! わしはお前の後をついていっとっただけだぞ!」
「うっ……け、けど、何も言われなかったから、こっちでいいと思ってたぞ!」
「い、言う暇があったか!」
「何としてでも言うのが普通だろ!」
「お前に物事言うのは、それなりに覚悟がいるんじゃ!」

「いてて〜。おいこら、勝負だ! くらえ! つつく攻……」
「大体てめえのせいだ、桑原ー!!!」

 

ドッッガーーーーンン!!

……やっと名前を呼んでもらえたが……果たして、それは本人に聞こえていただろうか?
今までの非ではない。
怒りの鉄拳もとい八つ当たりの鉄拳が、桑原の顔面に炸裂!
哀れ、何の罪もない桑原は、お空の星と化した……まあ数秒後にはちゃんと落下してきたのだが。

 

 

「どうすんだよ!!」
「知るか! って、そうだ! ぼたん、もう一度飛んでみてこい……あれ? ぼたんは?」
「え? そういえばさっきから……お〜い、ぼたん何処だー?」

「ああ、こっちこっち」

ふいに声がした方を見てみると、ぼたんが岩の影に隠れながら、その向こう側をのぞき込んでいた。
走り寄ろうとすると、慌てて「静かに」と視線を送ってきた。
いつになく、緊張しているようである。
何事かと思いつつ、足音を忍ばせて近づくと……。

 

 

岩の向こうは、なだらかな短い坂になっていて、坂を下りきった場所から草原になっていた。
こんな近くに開けた場所があったとは……しかし、今まで全く気づかなかったことを恥じるものはいなかった。

広々とした草原。
普段はおそらく野生のぽけもんたちで賑わっているであろうそこも、今はただならぬ緊張感に包まれていた。
それが何なのか……すぐには分からなかった。
ただ本能が危険を警告していただけ……。

だが、直後に理解できた。

 

 

「勝負だ勝負!!」
「おい、静かにしろよ!」
「問答無用だ! くらえー!! …あっ」

本能に逆らい(というか気づいていなかったのかも知れないが…)、勝負を選んで幽助に攻撃しようとした桑原が、見事に避けられ、勢い止まらず草原に転がり出て行った、その時!

 

「げっ!?」
「な、何だあれ!!」

思わず大声を出しそうになって、寸でのところでコエンマに抑えられた幽助。
しかし、当のコエンマもまた、驚愕の中にいた。
もちろんぼたんも……そしておそらく一番混乱しているであろう、桑原も。

彼に襲いかかった悲劇。
草原に出た途端、突如何処からか大きな袋が襲ってきたのだ。
避ける暇もなく、あっさりと袋の中へ……。

 

 

 

「なんじゃこりゃー!」

不透明な袋だが、ジタバタ中でもがいているのだけは、よく分かる。
しかしあまりに唐突だったため、しばらく三人はぼんやりとそれを見ているしかなかった。
だが、ようやく事の次第が分かり、

 

「や、やべえじゃねえか、あいつ!」
「そ、そうだな」
「早く助けないと! ……えっ」
「な、何だ……」

やっと思考がはっきりし、動けるようになったと思ったのもつかの間……また動けなくなってしまった幽助たち。
しかし、今度はさっきと違う。

意識はしっかりしているのに、身体だけが言うことを聞かないのだ。
別に何かに驚いたわけでも、呆気にとられたわけでもない。
なのに何故……。

 

 

「くっ……」
「コ、コエンマさま……幽助……」
「だ、誰だ……そこにいやがるのは……」

かなしばりにあったような身体を、ほぼ精神だけで動かす幽助。
直感で分かった。
背後に……誰かいると。

 

 

幽助の予想は当っていた。
彼らの後方5mくらいの位置、丁度さっき彼らがいた辺りだろうか?
いつからいたのか、一匹のぽけもんが座っていたのだ。

 

輝く太陽よりも、煌めく星よりも、神々しい月よりも、もっと美しい。
そんな黄金の毛並みに、ふわふわとした長い9つの尾。
ぴんっと立った大きな耳は、先まで手入れされた毛で覆われ、喧嘩しまくったために所々ボサボサの幽助とは段違いだった。
むしろ比べること自体が間違っているくらい……。

鼻筋の通った横顔、スレンダーでありながらしっかりとした肉体、胴体にアンバランスでない程度に長い四肢。
切れ長の瞳は、理知的な奥二重になっており、氷のように冷たい印象があるにも関わらず、惹かれずにはいられない。
もはや非の打ち所もない……あるとすれば、「完全無欠である」ということが欠点であろう、この世のものとは思えぬほど美しいぽけもんだった。

 

思わず、幽助たちも見取れずにはいられなかったが……だが、今は自分たちのおかれている立場である。

 

 

 

 

「てめえ……何しやがる……」
「……」

ぽけもんは答えなかった。
ただ冷淡な瞳で、幽助たちをにらみつけているだけ……よく聞くと、小さな声でうなっているようである。
だが、威嚇しているというよりは、むしろ……。

 

「コエンマ……あれ、なんて技だ……」
「つ、通常と使い方が違うが……た、多分吠える攻撃だな……声の微調整でかなしばりの効果を出しとるんだろう……」
「かなしばり…か……なるほどな…」

痛みのない攻撃されていることまでは分かっていたが、攻撃法は分からなかった幽助。
いちおうどんな技を使われているかは分かったようだが……しかし、状況は何も変わらない。
美しいぽけもんは何も答えず、かといって攻撃もやめず、ただこちらを睨んでいるだけである。

 

そうこうしている間に、草原の方が騒がしくなってきた。
根性で視線だけ前方に戻して見てみると……桑原がもがいている袋に、数人の男たちが集まってきたのだ。

「何だ、おにすずめか」
「レベル低そうだな〜」
「悪かったな!!」

袋の中で、ひっくり返りながらも悪態ついている桑原。
しかし男達はため息をつくばかりだった。

 

「こりゃ安いな。どうする?」
「ま、ないよりはマシだろ。ここのところ、収穫少なくて、ボスにおしおき受けてばっかりだからな」
「おい、こら! 人の話聞きやがれ! っていうか、おろせー!!」

ぎゃーぎゃーと延々叫び続けたにもかかわらず、桑原のささやかな意見は聞き入れられなかったようである。
男達は桑原の発言など完全に無視し、袋の口をぎゅっと縛って、肩に担ぎ上げると、何事もなかったように草原を歩き出したのだ。

 

 

 

「……桑原!!」
「桑ちゃん!!」
「てめえ……いい加減に離しやがれ!!」

今までにない幽助の気迫。
怒りが最高峰に達したかのような、鬼のような目つきに、今までずっと平静を保っていたぽけもんも、いささか驚かされたようである。
しかし、だからといって攻撃をやめてはくれなかった。
その代わり……、

「今行っても無駄だ」

初めて言葉を喋ったのだ。
だが、口元は全く動いていない……さっきから続くうなり声を発したままである。
おそらくテレパシーのようなものなのだろう。
その証拠に言葉は耳から入ってきたのではなく、頭に響くような感じで聞こえてきたのだ。
しかし幽助は全く驚かない、むしろ怒りが増長したというべきか……。

 

 

「何だと、てめえ!?」
「返り討ちに合うぞ。俺のこの程度の攻撃で動けないようであればな。どうせ30そこそこのレベルだろう。連中の連れているぽけもんは、全て40越えているぞ」
「よん…じゅう?」

驚愕の数字だった。
怒りも一気に冷めてしまうほど……。

これでも幽助は影で努力して、力をあげてきた方なのだ。
周囲には不良呼ばわりされ、強いのが当たり前のように言われてきたが……。
生傷耐えぬ生活を送り続け、やっと今、このぽけもんの言った通り、レベル30なのである。
それがいきなりレベル40のぽけもんの話をされては……流石にショックを受けずにはいられなかった。

金色のぽけもんはそれを的確に感じ取ったらしい。
彼らの向こうの草原の様子を見、男達が完全にいなくなったことを確認した後、攻撃を解いた。
やっと動けるようになったコエンマとぼたんは、思い思いに伸びをしたり、桑原のことできゃーきゃー言い合ったりしていたが……。
幽助はその輪に加わる気にはなれず、ただ俯いていた。

 

ふいに、幽助の足下に影が落ちた。
顔を上げると、そこにはさっきのぽけもんが歩み寄っていた。
近くで見ると、その美しさが尚強調され、思わず赤面してしまうのを、必死に隠した。

「どうした? ショックか?」
「……ああ、かなりな」
「そうか。怖いか?」

「全然!」

言葉と同時に、幽助の表情が一遍した。
ニッと笑い、楽しそうに、金色のぽけもんを見上げる。
これには金色のぽけもんも、かなり驚いた……というか呆気にとられていた。

 

 

「おい……」
「だってそんなに強ー連中とやったことなんて、今までねえよ! 強ーやつと戦んだぜ? 楽しみに決まってんじゃねえか!!」
「……」

もう何も言えないらしく、完全に呆れかえるぽけもん。
しかし呆れていたのは彼だけではない。
途中から成り行きを見ていたコエンマとぼたんもまた、幽助のバトルマニアにはついていけず、ため息をつくばかりであった……。

 

 

「……勝てると思うのか?」
「勝てると思うから戦うんじゃねえよ! 戦いたいから、戦うんだ!」
「……力の差がありすぎると、すぐに負けるぞ」

ぽけもんのその発言は、どうやら正しかったらしい。
今すぐにでも男達を追いかけていって、勝負を申し込むような勢いだった幽助の動きをぴたりと止めてしまったのだ。

 

「そうか。それもそうだな。じゃあ、少し特訓した方がいいか」
「幽助! そんなのんびりしてたら、桑ちゃんどっかに遠くに連れてかれちゃうよ! 早く追わないと見失っちゃう!!」
「場所なら知ってる」
「はい?」

幽助に怒鳴っていたぼたんだが、ぽけもんの一言にくる〜りと彼を振り返った。
それにはコエンマも反応し、彼を見やる。

 

「どういうことだ?」
「あいつらのアジトはこの平原の向こうにある塔だ。ろけっと団のアジト、この辺じゃ有名だ」
「あいつら! ろけっと団なのか!?」

コエンマの問いかけに、ぽけもんは小さく頷いた。
途端、コエンマの顔が曇る。
しかし幽助とぼたんにはワケが分からなかった。

 

「なあ、コエンマ。何だよ、それ? ロケットがどうしたって?」
「ろけっと団だ。簡単に言えば、悪党。それだけで十分だろ」
「って、それじゃ尚更早く行かないと! 桑ちゃん、何されるか分からないよ!」
「それなら問題ない。連中がぽけもんを出荷するのは、明後日だ。まだ時間はある」
「……随分詳しいな」

怪訝そうに問いかけるコエンマ。
しかしぽけもんは顔色一つ変えず、「常識だ」と言って彼との話をしめ、幽助を真正面から見つめた。

 

「明後日……つまり猶予は2日ほどだ」
「らしいな。それまでにどれだけ強くなれるか……」
「特訓してやろうか?」
「えっ?」

何を言っているのか分からず、きょとんっとする幽助。
ぽけもんは少しにやりとし、

「強くしてやろうかと言っているんだ。特訓には相手がいた方がやりやすいだろう?」
「……」
「ちなみに俺は今レベル53だ」
「マジ!?」

幽助のレベルを遙かに超えている。
いやそうでなくては、1人と2匹を同時に動けなくすることなど、到底不可能だろうが……。
しかし、不思議なことに、今の幽助にはショックが見られない。
攻撃を受けたからというよりは、このぽけもんには負の感情を抱けない……理由は分からないが、そんな雰囲気があったのだ。

 

 

 

「んじゃ、やるか!」
「ゆ、幽助! 今からやるの!?」
「当たり前だ! 時間ねえしな! ……っと、俺は幽助。お前、名前は?」

桑原の時には聞きもしなかったのに……これを桑原が聞いたならば、どれほどショックを受けたことだろう。
知らぬが仏とは、正にこのことか……。