<きつね陰陽師> 14

 

 

 

 ザシュ

 

 少年の手から放たれたソレは……薔薇と札との違いこそあれど。
 妖狐蔵馬が、鴉の爆弾に向かって投げつけた時と、全く同じに見えた。

 少年の方が、ずっと幼いけれど。
 ずっと気≠燻繧「けれど。

 同じ狐≠ネのだと、はっきりと印象づけられるものだった。

 

 

【お、のれ……】

 妖怪がぐらりと傾く。
 致命傷には至っていないようだった。

 

【だが……わらわは負けぬ……貴様等は気づいていまい……貴様等が、身代わりを立て、匿っていた『姫』は今頃……】

 

 

どっっしーん

 

 

「ぎゃあ」

「あ、コエンマ」
「忘れてた、な」

 いきなり背後からした音と、さっきのゴタゴタでのびていたコエンマの声に、くるり振り返る幽助たち。
 そこには、

「へ? ぼたん?」
「いったた〜っ……あ、蔵馬みーっけ! あれま、幽助たちも! おやま、桑ちゃんまで!! よかった、会えて!」

「まあ、よかったけどよ……何でおめえ、天井から降ってくんだ??」

 桑原の疑問も、最もで。
 屋根も天井も突き破って落ちてきたぼたんは、偶々だろうがコエンマの上に着地……というか、不時着。
 ついさっきまで、忘れていたわけではないが、話にも上っていなかった彼女が、いきなり辻褄合わせのように現れたのだから、誰だって呆気にとられるというもの。

 

「ああ、実はさ〜」
「いたたっ」

「あ、『姫』大丈夫かい? 直したばっかのオールで二人乗りしたからさ〜、安定しなくてゴメンゴメン」
「い、いえ……」

「げ。マジで、俺に瓜二つの女……」
「うげ。女版桑原かよ……何か、微妙に笑えねえ……」

「それで、どうしてココへ?」

 ものすご〜〜く微妙な顔をしている幽助と桑原は置いておいて。
 蔵馬は、『姫』とコエンマを引き起こしているぼたんに問いかけた。

 なお、笑い死なないか不安であったぼたんだが、丸一日『姫』と一緒にいたもので、多少の免疫ができているらしい。
 顔はかなり笑いを堪えていたけれど。

 

 

「それがさ〜。塀の上にいた子犬に触ったら、いきなり結界とけちゃってさ〜」
「……どう考えても、罠じゃないのか、ソレ」

「うん。罠だった。でもって、いきなりどささ〜って、昨日みたようなのが押し寄せてきてね。こりゃまずいと思って、『姫』とオールで飛んだんだ。あいつら、飛行は得意じゃなかったみたいでさ」

「なるほど……で、どうしてココが?」
「これ!! もってたの、すっかり忘れてた!!」

 ばっとぼたんが出したのは……妖気計。
 霊界七つ道具の一つで、中に髪の毛か爪を入れれば、どんな妖気でも選別できるというアレであるが……。

 

「……俺の髪の毛、持ってたのか?」
「昼間、暇つぶしに洗濯してたらさ。昨日、蔵馬の寝てた布団に、結構髪の毛ついてたんだ。蔵馬ってくせっ毛だけど綺麗じゃない? だから、集めて束ねて、指輪つくって遊んでたの。いや〜、まさか役に立つとは思わなかったけどさ〜」

「「「「「…………」」」」」

 

 何を言えばいい?

 妖気計を何故忘れてたとか?
 いや、どうせ肉体の一部を持ち合わせてなかったんだから、幽助たちを探すのには使えなかったとか?

 髪の毛で遊ぶって、そりゃなんだとか?
 女の子ってそういうの好きなのかとか?

 少なくとも、管理人はやらないぞとか?
 くせっ毛じゃないから、出来ないだけだろとか?

 

 ……もはや、何も言えず、男共に出来たのは、

 

「「「「「はあ……」」」」」

 深く深くふか〜〜〜〜〜〜〜く溜息をつくことだけだった。

 

 

 

 

 

【おのれ……】

 ぐるるっと、獣のうなり声に、一同が妖怪を思い出す。

「切り札もなくなったようだな」

 完全に見下す妖狐蔵馬は、恐ろしくも美しかった。

 

「それで? どうする?」

【ちくしょう……ちくしょう……昼間に、配下が余計な真似をせねば、貴様等なんぞ……】

「配下?」
「って、ひょっとして、昼間のアレか?」

 そういえば、すっかり忘れていたけれど。
 夜が明けてちょっとしたら、幽助たちは死ぬ毒を受けていたのだった。

 

 

 

「……ああ、そういうことだったのか」
「蔵馬?」

「昼間に、こいつの配下が、内裏に迷い込んだ男共≠ノ、主人の妖気から作られた毒を浴びせただろう?」

 あえて、幽助たちとは示さず、蔵馬はさらりと告げる。

 

 彼らはまだ女装中。
 しかも、纏っている衣装は、ついさっき少年がどこぞから調達してきたのだ。

 どこからかは知らないが、物が貴重だったこの時代にサラっぴんを用意できるわけがない。
 というか、リサイクル品が普通。

 つまり、人間の女の匂い≠ェこびりついている。

 いくら狐が嗅覚に優れるとはいえ、纏っているものが別の匂いを発しているために、幽助たちが件の男共≠セとは今もまだ気づいていないのだ……。

 

 

「あの毒。こいつと連動しているんだ。単純に術者が死ねば、治る≠けじゃなくて。毒を受けた者の力が、術者を上回った場合、こいつにも多大なダメージが行くんだろう」
「それで、今晩焦って、滅茶苦茶な狩りなんざやらかしやがったのか……」

「……もし、ターゲットが分かったら?」
「送り込む妖気を強くして、瞬殺」

 あんまり考えたくない展開ではある。

 

 

「……あ〜、どこにいるか、まだ分からねえのか?」
「そういうこと。その時点で、相当バカだけどな」

【なっ……バ、カ……だ、と……】

「事実だろ。それより、どうするんだ? 毒の術を解いて、失った妖気を回復させないと、逃げることも出来ないんじゃないのか?」

 

【…………。……ち、くしょう……覚えて、ろ……】

 

 あまりにありがちな捨て台詞の後。

 化生の前の体が、ふっと黒く輝き、そして天高く上っていった。
 ざわざわとその後を何かが続いていき、同時に幽助たちの中から、ずるりと何かが抜けていった。

 

 内裏を覆っていた、邪気が消えた。