「……よかったのか? 逃がしちまって」
ずっと体にあった嫌な感じがなくなり、ああ助かったんだなと思いながらも、死ぬかも知れないということを、すっかり忘れていたものだから、大した感慨もない幽助。
「今は、ね。どうせ、回復するまで数十年はかかるよ、あの様子じゃ」
「ほ〜」
「それより、ぼたん」
「ん? なんだい?」
「妖気計から俺の髪の毛を出して」
「うん? 分かった」
言われるまま、紅い蔵馬の髪の毛を取り出すぼたん。
「幽助、飛影。妖気消して」
「へ?」
「少しでいいから」
「…………」
よく分からないが、とりあえず気≠静め、妖気を抑える。
完全に消すことは難しいが、気配断ちくらいならば、大した苦ではない。
「……あっ!」
「反応あった?」
「うん!! えっと……あれ? すぐ近くだ」
妖気計に従って歩いていくぼたん。
簀の子から出て行ったものの、戻ってくるまではほんの数十秒。
「蔵馬、これって……」
「あ! それ!」
「あの鏡じゃねえのか!?」
「何!? あったのか!?」
幽助、桑原、コエンマが群がるのも、無理はない。
ぼたんが手にしていたのは……新古こそ違えど、確かにこの騒動の発端となった、あの鏡だったからだ。
「……内裏にあったとは思ったけど、随分あっさり見つかったな」
「は〜、けど助かったぜ。何処にあったんだ?」
「あっちの部屋のタンスみたいなヤツの中」
「? じゃあ、儀式用ではなかったのか……」
「蔵馬殿」
ふと、少年が蔵馬に進み出る。
「どうした?」
「その鏡……どうかされましたか?」
「ああ。異界に通じる力があってな。そろそろ帰ろうかと……お前、これを知っている?」
「はい……私が、彼女に渡したものです」
言って、少年が振り返ったのは。
「……童子丸さま……」
「……久しいな、梨花」
雪菜に瓜二つであった、あの少女だった。
「へ? お前、あの子知ってんのか?」
「蔵馬殿が魔界へ去られてた直後からの……知り合い、です」
「ほ〜……」
誰も信じなかったのは、言うまでもない。
前半ではなく、後半だったのも、言うまでもない。
でもって、別人とはいえ、似ていたもんだから……飛影と桑原が、かたまってしまったのもまた、言うまでもないだろう……。
「守護として、渡したのですが……」
「いや、その力もありそうだな。彼女が持っていても、おそらく異界へは通じないだろう。だが、内裏には持ち込まない方がいいだろうな。何があるか分からない」
「わかりました。梨花、そういうことだ」
「……ええ。一度、お返しします」
一度……その言葉が決定だった。
飛影は再度かたまっただけですんだが、桑原がさらさらと音もなく崩れていったのも、無理はないことだろう。
「じゃあ、俺たちは行くから」
「え? もう行くのかい?」
せっかく、ゴタゴタが終わったのだ。
もう少しくらい、ゆっくり話したい。
やっと名前が分かった少年と、そして雪菜によく似た少女、それに空を飛んでいる間に、結構馴染んでしまえた桑姫とも。
「夜が明ける。そろそろ、頃合いだ」
きらり。
蔵馬が手にする鏡が光った。
すうっと、目の前が薄くなっていく感覚があった。
その中で、蔵馬は告げる。
おそらくは、あの子には初めて見せるであろう……笑顔≠ナ。
「……強くなれ……清明」
「ええーっ!!!??」
ぼたんが叫んだ時、そこはいつもの幻海の寺だった。
「く、くら、蔵馬!? あ、あの子、清明って呼んだ!?」
「……呼んだけど」
「じゃあ、まさか!? あの子、安倍晴明!? 陰陽師で有名な!?」
「……母親が狐って時点で、気がつかなかった?」
「……あ」
考えてみれば、あまりあるシチュエーションではない。
しかし、そういうネタに疎い幽助たちには、
「なあ、何だよ、そりゃ?」
「わけわかんねえ……」
「深く考えなくていいよ。あの子の本名は、歴史というよりは伝承では結構有名というだけだから」
「ああ、そういや過去だったもんな……」
「まあどうでもいいけどよ。あいつ、あの後どうなったんだ?」
伝承はどうでもいいが、半日とはいえ、共に行動した蔵馬の弟子。
何百年も前に死んでいることは分かっているけれど、気にはなる。
「俺≠ヘあの後、会ってないよ。ただ、結構長生きしてる。さっきの女の子と結婚して、子供も何人か生まれてるしね」
「ああ、やっぱそうなるか……」
「ちくしょ……いいんだ、俺には雪菜さんが……」
「あの、私が何か?」
「!? 雪菜さんっっ!!」
「お前たち、一体どこへ行っていたんだい? 掃除も途中で投げ出して。夕飯抜きにするよ」
「いや、それどころじゃなかった……ん?」
何だか、雪菜の態度と幻海の言葉に、引っかかりを覚えた幽助。
「なあ、ばあさん」
「なんだい」
「今、何日だ?」
「お前はカレンダーも見ないのかい? 6月の……」
「…………。……んだよ、そういうことか」
がっくりと肩を落とす。
どうやら、向こうで二晩過ごしたにも関わらず、こちらでは数時間しか経過していないらしい。
「あ〜、何かどっと疲れがでたよ〜」
「ばあさん、先に飯にしてくれ〜」
「全く……明日には終わらせな」
「あ、私、お味噌汁あっためてきますね」
「雪菜さん!! 俺、俺手伝いますっ!!」
「やれやれ、だ……遊びにきただけなのに、えらい目にあった……」
各々語り合いながら。
1人また1人と、寺の中へ消えていく。
その後ろ姿を見ながら、笑っていた蔵馬だが、自らも歩を進めようとした。
「おい」
と、その足が止まった。
↑の台詞を言った面々がいなくなったのだから、当然残る1人ということになるだろう。
「何? 飛影」
「あの男……貴様の何だ?」
「何って? 弟子だけど?」
「嘘をつくな。ただの同族ではあるまい」
「……やっぱり、飛影には気づかれたか。他の皆は、同じ狐だからって、誤魔化されてくれてたみたいだけど」
ふうっと溜息をつく蔵馬に、飛影は珍しく、にやりと笑って言った。
「お前のガキか?」
「……俺が子持ちに見えると?」
「フン、あり得ない話ではないだろう。貴様の実年齢は、化け物レベルということしか知らん。少なくとも、あの時代だろうと、14〜5の半妖のガキの父親になるなど、無理な話ではないだろう」
分かっていて言っているのだ。
あの子が、半妖だと断言している以上、母親が妖怪ならば、父親は確実に人間。
その推測はまずあり得ない、と。
ちょっとからかいたかった。
今回、はっきり言って、出番少なかったから。
「貴様……」(←と書いて作者と読む)
「まあまあ、飛影。いいじゃないか、9周年記念、他のネタはほとんど君だったんだし」
「そういう問題か」
「そういう問題にしておこうよ……それと、さっきの推測、違うよ。まあ……」
やられたらやり返す。
それが、蔵馬のモットー。
これ以上にないくらい、素晴らしい笑顔で言った。
「君の父親なら、あり得ない話じゃないよね♪」
がったーん
境内に。
でっかい穴が空いた。
「き、き、きさ……ま……」
「だって、君まだ100歳にもなってないでしょ? さっきの理屈からすれば、あり得ない話じゃないよ? 元々、狐は幻術と変化と炎使いの種族で、見ての通り、俺も全く使えないわけでもないんだし」
「冗談でもやめろ!! 虫ずが走る!!!」
「そこまで嫌がらなくても……名乗れないじゃないか♪」
「やめろと言っている!! 鳥肌が立つっ!!」
「はいはい。分かりました。冗談ということにしておきましょう」
「冗談にしろ!! 断言しろ!!」
「あはは」
「笑うなっ!!」
よほど嫌なのだろう。
瞳は真っ赤、目尻はつり上がり、髪の毛は逆立ち……あれ? これいつも通りか?
とにかく、飛影は本気で嫌がっていた。
嫌がることほど、すると楽しいものである(程度によるが)
結局、蔵馬はその後数分間、飛影をからかいまくり、ぶち切れた彼が何処かへ逃亡するまで、晴れやかな笑顔で輝き続けていたのだった……。
「……あ。言い忘れた。単に、妥当なところで、異父弟なんだって……まあ、いっか」
終
〜作者の戯れ言〜
元々は、「ろーずはうす」様にて、連載させてもらってたんですが、何年も停滞させてたんで。
送り直すのも悪いよなと思って、こちらでUPすることにしました。