<きつね陰陽師> 13

 

 

 

「うおりゃあああああ!!! ここかあああああ!!!」

 

 

 ずどおおおおんっ!!!

 

 

 激しく壁が吹き飛んだ。
 霊丸やら黒龍波やらではない。

 思いっきり蹴りつけただけである。

 この時代、耐震構造というものは、今ほど発達はしていない。
 まあ、ずっと存在している寺院などを見れば、ないわけではないだろうが。

 生憎、内裏などはほぼ平屋な上。
 霊力をさほどこめずと、幽助の蹴り一発で(女装のせいで、足を上げにくいにしろ)、壁が吹き飛ぶくらい、わけないのだった。

 最も、寝殿造りといえば、ほとんど筒抜けの構造だから、別段壁を壊さずとも、ちょっと遠回りすればよかっただけな気もしないでもないが……。

 

 

「おい、桑原っ!! いるかっ!!」
「幽助……いちおう、『梨壺の更衣』、ね。もしくは、桑姫」
「んな呼び方したって、あいつ分かんねえだろ! おい、桑原っ!!」

 

「うるせぇ……きこえてら」

「! 桑原!? どこだ!?」
「どこにいるんだ、桑原!!」
「て、てめえらの……」

「幽助、コエンマ。多分その下」

「「あ」」

 

 騒ぎの方へ向かったら。
 いつの間にか、自然と梨壺の方へ向かっていて。
 罠かもと思いながらも、他に行くアテもないので、とりあえず向かって、壁を蹴り壊して。

 少年が寝所だろうと言った其処に、桑原の姿はなかった。

 ……なくて、当然だったけれど。

 

 

「何やってんだ? おめえ」
「てめえらのせいだろうがっ!!」

 崩れ落ちた柱や土壁をどかすと、そこには一日ぶりに再会した浦飯チーム最後の1人。

 

「…………」
「…………」
「…………」

 

 数十秒の沈黙。

 そして、

 

 

「「「ぎゃははははははっ!!!」」」

 

 

 ……と、ならないわけはなかった。

 

 

 

「な、な、なんだおめえら!! それ、ひなげしと同じ格好だろっ!! いつからそんな趣味ができやがったっ!!?」
「てめえこそなんだ!! ヅラまで被って、完璧な女装じゃねえかー!!」
「あははっ!! 面白すぎるぞ、桑原―っ!!」

 ひとしきり大笑いして。

 ぼかすかぼか

 ひとしきり殴り合って。

 

「……そろそろいい?」
「「おう」」

 のびているコエンマは別として、幽助と桑原は何とか復活を遂げたのだった。

 

「それより、おめえ何で避けなかった? 壁に蹴り入れる前に、2〜3発殴ったぞ、俺」
「ああ……気づいてたから、避けれなかったんでい」
「は?」

「ひょっとして、あの子?」

 すっと蔵馬が指さした先には……飛影が抱えた女の子。

 

「へ? 雪菜ちゃん??」
「ちげーよ。『梨壺の更衣』の女房だ。似てるけどな」
「その子が壁の傍にいた?」
「まあな……」

 答えながら、ふてくされる桑原。

 そりゃそうだろう。
 助けようとしたら、壁が崩れる前に、飛び込んできた飛影が助けて、挙げ句自分は壁の下敷き、ひいては幽助&コエンマの足蹴にあったのだから。

 

「っていうか……おめえ、ひょっとして蔵馬か?」
「ああ、流石に妖気で分かる?」
「おう」

 壁が壊れた際に掻き消えたのか、部屋の灯りはぽつぽつと残っているだけで、顔ははっきり見えないらしい。
 女の子に間違われました第三弾は、幸いにも回避できた蔵馬だった。

 

 

 

「けど、もう元に戻ろうかな」
「おい、着物どうすんだよ」

「妖狐の姿なら、元々気≠ナ作ったものだからね。問題ない」

 そう言って……蔵馬は、気を高めた。

 ざわり。

 周りに銀色の妖気が流れ……夜の梨壺が輝く。

 

「そういや、俺らも久々だな」
「ああ、あんまり見たことねえもんな」
「…………」

 彼らにとっては、その程度の感想でも。

 

「……蔵馬殿……」

 少年にとっては、違っていた。
 例え、昨日ほんの少し見たばかりといっても。

 彼にとって、蔵馬の銀色の妖気は。
 単に師匠のソレなだけではないから。

 

 

 

「ふうっ……」

 銀色がおさまって、そこに現れたのは……伝説の妖怪、妖狐蔵馬。

 わけが分からないまま、飛影に抱かれていた侍従の君が、「きゃ」と言ったが、聞かないことにして。

 

 ヤツを見た。

 つられ、その場にいた全員が、ヤツを見る。

 

 

 長い髪を振り乱し。
 青白い顔に、爛々と獣の目を輝かせ。
 鋭い爪を床に突き立て。
 長い9本の尾を、背から立ち上らせている。

 ……にも関わらず、美しいのは、何故だろう?

 別段、桑原と比べているわけでもないのに、何故だろう?

 

「ちょっと待てこらーっ!!! 何だ、↑のは!!?」

 あ、聞こえました?

 

「丸聞こえだっつーの!!」

「桑原、五月蠅い」
「今、それどころじゃねえだろ」

「そうそう。そろそろ大詰めにかかって、早めに終わらせないと」
「そういう裏事情言うのも、どうかと思うぞ……」

 

 いちおうはコメディ設定なので、あまり緊張感がないまま、話はいよいよクライマックスを迎えるのだった……。

 

 

 

 

「それにしても……まさか、化生の前がお前だったとはな……」

 蔵馬の一言に、幽助が振り返る。

 

「何だ? 知り合いか?」
「直接的な面識はないけどね……話だけ」
「どういうヤツなんだ?」

「簡単にいえば、こいつもこいつの配下と同じ狐の化け物」
「簡単すぎだ。ついでに、誰でも予想ついてら」

 ここまで来て、狸の化け物と言われたら、ずっこけるしかないだろう。

 

 

「まさか、こいつだとは思わなかったけど、ね。頭のいいヤツだと思ってたから」
「……あんま、頭よくねえよな? 祈祷の日に、こんだけ大暴れするなんざ」

 それくらいは作戦とか策略とかトコトン疎い幽助でも、すぐに分かること。

 祈祷のどさくさで、何かしら動きはあるだろう。
 これは分かる。

 しかし、頭の良い妖怪なら、もっと大人しい方法を選ぶはず……こんなハチャメチャやれば、確実に正体がバレるに決まっている。
 ってか、気づいて欲しいとしか思えない。

 

 

 

【おのれ、妖狐蔵馬……貴様が裏におったか……】

「別に裏にいたとかじゃないがな。ここへ来たのは、偶々……運が悪かっただけだ、貴様の」

 ふっと、妖狐蔵馬らしい冷たい眼差しで、妖怪を睨み付ける。

 

「……あっちも、蔵馬のこと知ってんのか?」
「噂程度には知ってるんだろう。――妖狐の一族を抜けたヤツは、あまり多くはないからな」

「お前……一族なんていたのか?」
「いた」

「は〜。んで、抜けたと」
「抜けたな」

「何で?」
「まあ、色々と」

 会話の流れか、あっさり答えてくれるかと思いきや。
 うやむやにされたことに、違和感を覚えながらも、そこまで興味があったわけではないので、問いをやめる幽助と桑原。

 

 

 

 だが、

「別にいいですよ、蔵馬さん」

 少年が言う。

 

「私のせいで、一族を抜けることになったって」

 これっぽっちも、申し訳なかった≠ニ思っている空気がないままに。

 彼は言った。

 

 

 

「あ? お前の?」
「蔵馬、どういうこった?」

「まあ……簡単にいえば、妖狐は人間を喰って妖力を上げるのが(この時代では)主流でね。この子の母親は、一族が用意したエサを拒んで、あろうことか結ばれて、この子が生まれた。彼女は一族に逆らったとして、魔界の辺境に追放された。で、育てる人物がいないから、俺がある程度まで育てた。で、その際に一族を出た。そういうこと」

「……これ、コメディだろ? そういう結構重い設定でいいのか?」
「幽白本編を考えれば、さほど重くないと思うけど?」

 まあ、誕生直後にスカイダイビングよりは、多少マシだろうが……。

 

「別段、都合よかったんだよ。一族を出る口実になったしね」
「あ〜、面倒だったわけか」

 何となく分かる。
 蔵馬は家族≠アそ大事にするが、血≠ノは縛られたくないタイプだろうから。

 

「とどのつまりは、そういうこと。――さてと」

 言って、蔵馬は少年を向き直った。

 

「どうする? こいつは、お前の母親を追放した黒い妖気の狐≠ナはないけれど。似てはいるぞ」
「…………」

「あ〜、黒烏帽子が嫌いってそういうことかよ」
「まあね。それで、どうする?」

「……やります」

 少年がすっと歩を進めた。
 長い髪が、妖怪の発する妖気に煽られ、ざわりと靡く。

 

「私が……やります」

 瞬間、少年の目が光った。

 金色に。

 少年の髪が光った。

 銀色に。

 

 

「「「あっ!!!!」」」

 

 

 

 幽助の、桑原の……そして、飛影の声が重なった。

 ずっと感じていたデジャ・ビュ。
 その正体。

 髪の色が違ったから。
 瞳の色が違ったから。

 気がつかなかった。

 今、気づいた。

 

 少年の顔は……妖狐蔵馬に瓜二つだったのだ。