「きゃああ!!」
「うわああ!!」
「ぎゃああ!!」
「……何かあっち騒々しいな」
外の異変に気づき、幽助が外を見やった。
しかし近辺には誰もいない。
声の大きさからして、かなり遠くから聞こえてきたということは分かっていたが。
「なあ、蔵馬。あの叫び声って……」
振り返った先に蔵馬の姿はなかった。
慌てて周囲を見回してみると、既に彼は簀子に降りていたのだ。
「化生の前、か……南の方だな」
「狩りがはじまったってことか?」
「おそらく」
「それにしては奇妙ですね」
いつの間にか少年も祈祷を中断して蔵馬の横に立っている。
一体いつ自分たちの横をすり抜けたのだろうか……。
そんなことをつっこむ前にと自分たちも簀子に降りた。
一段と声はよく聞こえるようになる。
今すぐにでも現場へ駆けていきたいところだが、蔵馬たちが動かないため、仕方なくとどまっていた。
本当ならば怒鳴りつけて、さっさと行こうと言いたいのだが、やけに蔵馬たちの表情が真剣すぎて言いにくいのだ。
「奇妙って何がだよ」
「今までこんなことはありませんでした。彼女は今まで、決して自分に疑いがかからぬよう、静かに見つからぬようにしていたのですが……」
「そりゃ、この声と音からすりゃ、かなり派手にやってんだろうけど」
悲鳴に混じって聞こえてくるのは、爆音か破壊音か……ともかく『静か』や『疑いがかからないように』とは、無縁の状況のようである。
一体、何があったのだろうか?
「なあ、本当に化生の前か?」
「ああ、それは間違いないよ。気がそう教えてる……まあ、ここにいてもラチがあかないな、行くよ」
「ど、何処に?」
簀の子を飛び降り、スタスタ歩き出す蔵馬。
幽助をはじめ、飛影もコエンマも少年も、すぐに後を追った。
「騒ぎのしてる方に。この騒ぎでは誰が何処をうろついても、おかしくないし、気がつかないさ」
「あんだよ。じゃあこんな女装する必要なかったんじゃねえか」
「あったよ、十分にね」
ブツブツ言う幽助に対し、蔵馬は真剣な眼差しを向け言った。
「気がついてないかもしれないけど、内裏に充満していた妖気が巡回している。これでは外から入るのは酷だよ。女装して早いうちに入っておいて正解だった」
「……よく分からねえけど、とりあえずもう脱いでいいだろ?」
「まだ着ておいて。人間に見られる分にはいいけ、妖怪に見つかると厄介だからね」
「女装しててもしてなくても、それは変わらねえだろ!! 現にさっき襲ってきたじゃねえか!」
「しないよりはマシだよ」
さらっと流して、蔵馬は歩を早めた。
結局の所、女装の意味はあるのかないのか……。
しかし、脱ぎ捨ててこようものならば、もっと酷い格好をさせられることは容易に想像がつく(坊主とか坊主とか坊主とか……)。
不満はあるが、このままで行くしかない。
この辺りには誰もいないようだし……。
だが、これが後に不幸中の幸いと呼ぶに相応しい行為になるとは、誰が想像しえただろうか……。
……で、一方その頃(←今回この表現多いな)
「ふわ〜、遅いな〜、蔵馬たち」
少年宅にて。
ぼたんは、退屈さと戦っていた。
その前段階として、あくびとの戦いはもはや放棄している(日が傾く前に、敗北済み)
「何してんだろ〜。まだ、幽助たちみつかんないのかな〜?? ねえ、姫〜」
「…………」
朝から何度かこうして話しかけているのだが。
『姫』は相変わらず、だんまりで。
同性のぼたんにも全く受け答えをしようとしてくれないのだ。
極度の人見知りなのだろうと、割り切っているので、気にはしていないが、それにしても退屈である。
無理もない。
朝、蔵馬たちが出かけたきり、ず〜〜〜〜〜っと留守番なのだ。
オールの修理もとっくに終わり、かといって『姫』を置いて試乗するわけにもいかず。
掃除などをしたくとも、この雰囲気が気に入っていると言っていた以上、家主なしに勝手なことは出来ない。
流石に、洗濯やらくらいは、井戸もあったのでやらせてもらったが。
もしも、幽助たちの衣装を選択する際、男物という選択肢があったならば、一度帰宅してきただろうが。
生憎女物を、しかも少年が調達に行ったのみで、誰1人一時帰宅していない。
そういえば、少年はどこで仕入れたのだろうか?
まあ普通に考えれば、その辺に出ている市ということになるけれど……あの蔵馬が師匠というのが、若干気にはなるのだが。
「あ〜、もう外まっくらだ……あれ?」
ふいに簀の子に出て、庭を眺めてみると。
塀に何やらしがみついているのが見える。
「何だろ? 猫? 違うな……あっ」
庭に下り、近寄っていくと。
それは子犬のようだった。
「うわ〜、かわい〜! あれ? ちょっと妖気? 物の怪かな? この時代って、本当に当たり前みたいにいるんだな〜」
そう言って、手を伸ばしたぼたんは……多分、悪くはない。
あまりにソレは可愛らしかったから。
あまりに弱々しい妖気だったから。
蔵馬も細かく注意をしてはいなかったから。
……まさか、塀の内側≠ノしか、結界が張られていないなどとは想像がつかなくとも。
多分、彼女は悪くない。