<きつね陰陽師> 12

 

 

 

「きゃああ!!」

「うわああ!!」

「ぎゃああ!!」

 

 

「……何かあっち騒々しいな」

 外の異変に気づき、幽助が外を見やった。
 しかし近辺には誰もいない。
 声の大きさからして、かなり遠くから聞こえてきたということは分かっていたが。

 

「なあ、蔵馬。あの叫び声って……」

 振り返った先に蔵馬の姿はなかった。
 慌てて周囲を見回してみると、既に彼は簀子に降りていたのだ。

「化生の前、か……南の方だな」
「狩りがはじまったってことか?」
「おそらく」

「それにしては奇妙ですね」

 いつの間にか少年も祈祷を中断して蔵馬の横に立っている。
 一体いつ自分たちの横をすり抜けたのだろうか……。

 そんなことをつっこむ前にと自分たちも簀子に降りた。
 一段と声はよく聞こえるようになる。

 今すぐにでも現場へ駆けていきたいところだが、蔵馬たちが動かないため、仕方なくとどまっていた。

 本当ならば怒鳴りつけて、さっさと行こうと言いたいのだが、やけに蔵馬たちの表情が真剣すぎて言いにくいのだ。

 


「奇妙って何がだよ」

「今までこんなことはありませんでした。彼女は今まで、決して自分に疑いがかからぬよう、静かに見つからぬようにしていたのですが……」
「そりゃ、この声と音からすりゃ、かなり派手にやってんだろうけど」

 悲鳴に混じって聞こえてくるのは、爆音か破壊音か……ともかく『静か』や『疑いがかからないように』とは、無縁の状況のようである。
 一体、何があったのだろうか?

 

「なあ、本当に化生の前か?」

「ああ、それは間違いないよ。気がそう教えてる……まあ、ここにいてもラチがあかないな、行くよ」
「ど、何処に?」

 簀の子を飛び降り、スタスタ歩き出す蔵馬。
 幽助をはじめ、飛影もコエンマも少年も、すぐに後を追った。

 

「騒ぎのしてる方に。この騒ぎでは誰が何処をうろついても、おかしくないし、気がつかないさ」
「あんだよ。じゃあこんな女装する必要なかったんじゃねえか」
「あったよ、十分にね」

 ブツブツ言う幽助に対し、蔵馬は真剣な眼差しを向け言った。

 

「気がついてないかもしれないけど、内裏に充満していた妖気が巡回している。これでは外から入るのは酷だよ。女装して早いうちに入っておいて正解だった」
「……よく分からねえけど、とりあえずもう脱いでいいだろ?」

「まだ着ておいて。人間に見られる分にはいいけ、妖怪に見つかると厄介だからね」
「女装しててもしてなくても、それは変わらねえだろ!! 現にさっき襲ってきたじゃねえか!」
「しないよりはマシだよ」

 さらっと流して、蔵馬は歩を早めた。

 

 結局の所、女装の意味はあるのかないのか……。
 しかし、脱ぎ捨ててこようものならば、もっと酷い格好をさせられることは容易に想像がつく(坊主とか坊主とか坊主とか……)。

 不満はあるが、このままで行くしかない。
 この辺りには誰もいないようだし……。

 

 だが、これが後に不幸中の幸いと呼ぶに相応しい行為になるとは、誰が想像しえただろうか……。

 

 

 

 

 

 ……で、一方その頃(←今回この表現多いな)

「ふわ〜、遅いな〜、蔵馬たち」

 少年宅にて。
 ぼたんは、退屈さと戦っていた。
 その前段階として、あくびとの戦いはもはや放棄している(日が傾く前に、敗北済み)

 

「何してんだろ〜。まだ、幽助たちみつかんないのかな〜?? ねえ、姫〜」
「…………」

 朝から何度かこうして話しかけているのだが。
 『姫』は相変わらず、だんまりで。
 同性のぼたんにも全く受け答えをしようとしてくれないのだ。

 極度の人見知りなのだろうと、割り切っているので、気にはしていないが、それにしても退屈である。

 

 無理もない。
 朝、蔵馬たちが出かけたきり、ず〜〜〜〜〜っと留守番なのだ。

 オールの修理もとっくに終わり、かといって『姫』を置いて試乗するわけにもいかず。
 掃除などをしたくとも、この雰囲気が気に入っていると言っていた以上、家主なしに勝手なことは出来ない。

 流石に、洗濯やらくらいは、井戸もあったのでやらせてもらったが。

 

 もしも、幽助たちの衣装を選択する際、男物という選択肢があったならば、一度帰宅してきただろうが。
 生憎女物を、しかも少年が調達に行ったのみで、誰1人一時帰宅していない。

 そういえば、少年はどこで仕入れたのだろうか?
 まあ普通に考えれば、その辺に出ている市ということになるけれど……あの蔵馬が師匠というのが、若干気にはなるのだが。

 

 

「あ〜、もう外まっくらだ……あれ?」

 ふいに簀の子に出て、庭を眺めてみると。
 塀に何やらしがみついているのが見える。

「何だろ? 猫? 違うな……あっ」

 庭に下り、近寄っていくと。
 それは子犬のようだった。

 

「うわ〜、かわい〜! あれ? ちょっと妖気? 物の怪かな? この時代って、本当に当たり前みたいにいるんだな〜」

 そう言って、手を伸ばしたぼたんは……多分、悪くはない。

 あまりにソレは可愛らしかったから。
 あまりに弱々しい妖気だったから。
 蔵馬も細かく注意をしてはいなかったから。

 

 ……まさか、塀の内側≠ノしか、結界が張られていないなどとは想像がつかなくとも。

 多分、彼女は悪くない。