<きつね陰陽師> 11

 

 

 

「それで、祈祷は陰陽寮の陰陽師総出で行うんだろう?」
「はい。人手が足りず、私のような陰陽生も後宮で、と」

「蔵馬。陰陽生って何だ?」
「陰陽師になるために修行中の生徒ってところかな。――それで、お前が担当する場所は?」
「桐壺の北の舎ですよ。後宮の一番奥ですね」

「化生の前の住む壺は?」
「宣耀殿です」

「桐壺を挟んですぐか……それにしても、寵愛のほどが知れるな。宣耀殿は女御クラスが普通だろう? 確か、化生の前は中流貴族の出≠カゃなかったのか?」
「そうですね。その分、もめ事も多いらしいですが」

 雑談織り交ぜながら、祈祷の打ち合わせをする蔵馬と少年。

 

 一応幽助たちも側にはいるが、言っている意味がさっぱり分からないので、ほとんど口出せずにいる。
 説明してもらいたいところだが、現段階で聞いても多分分からないだろう。

 難しい専門用語など並べられたら、それだけで頭がパンクしてしまう……ここは大人しく待って、後でまとめて作戦を聞いた方が楽というものだ。

 

 ……今のところ、桑原が成り代わっている梨壺の更衣たる『姫』をのぞいて、化生の前の餌食になった女御や更衣は、全部で3人。

 弘徽殿の女御、雷鳴壺の更衣、そして蔵馬たちが今夜祈祷を担当することになった桐壺の更衣である。
 まあ、正確にいえば、桐壺自体ではなく、その北の舎なので、見習い陰陽師な彼の祈祷は、いちおうの処置という名目での配置だろう。

 上の陰陽師らの本音としては、彼の恐ろしいが優れた才能を、自分たちの出世に響かない程度に使ってやりたいというところだと思われるが……。

 命じられたその場におらずとも、それに気がつかない蔵馬ではなく、幾分不機嫌にはなったが、幽助たちには気づかれなかったらしい。

 

 

「桐壺に、他の女御や更衣は?」
「更衣さまが数名……懐妊は皆、していないのが確認済みです。見た限り霊力も低い方かと……」

「だとすると、祈祷を混乱させ、そのどさくさに乗じて狩りを行うにしても、桐壺へ来る可能性は低いな……祈祷の最中に、こちらから宣耀殿へ忍び込むしかないか……」

「ですが、桐壺はどう突破されますか? それと『梨壺の更衣』さまになられている、ご友人のことは。梨壺付近は更衣さましかおられるとはいえ、あのような一件以来、更に警備を厳重にしております故、私でも近づくことが許されませんでしたが……」

「今考えている……」
「…………」

 急に蔵馬と少年が口を閉じた。
 それに対して、尋ねようとする者はいない……幽助や飛影、コエンマも感じ取っていたのだ。

 ここまでくれば、いくら宮中に邪気が充満していても、イヤというほど肌に響いてくる。
 明らかに自分たちを狙っている、悪意たっぷりの殺気は……。

 

 

「やれやれ、また面倒なのが」

「頭使うのは苦手だけど、こういうのは得意だぜ! 1人頭、50匹ってところかっ!」

 ボキボキと拳を流しながら、幽助が立ち上がる。
 飛影もふらりと立ち上がり、コエンマだけは皆の後ろに隠れた。

 

 一匹一匹の妖力は大したことない。
 おそらく先程幽助たちに毒を浴びせた女房と同等だろう。

 ちなみに少年の情報収集のおかげで分かったことなのだが、あの女房……獣になったあの女は、幽助たちが潜んでいた壺の者ではなく、やはり化生の前の女房だったらしい。

 

 そして今回現れた物の怪もまた……、

「犬っぽいな、こりゃまた」
「と言うか狐だな、これは……ってことは、さっきの女もそうか?」
「だろうな」

 一応狐の蔵馬。
 だが全く気にしていない様子である。

 時代が違う上、妖怪のレベルも全く違う。
 別段気にする必要もないだろう、狐の妖怪など五万といるのだから。

 

 

 だが大軍で現れた狐共は、そうはいかなかったようである。

 【裏切り者……裏切り者……】

 言葉ではなく、頭の中に直接響いてくるような声だった。
 幽助たちの頭にも響いてきたが、それが誰に対して言っているのかは火を見るより明らかだった。

「知ってるヤツらか?」
「侵害だな。こんな低級妖怪に知り合いなんていないよ」
「確かにそうだな。ま、じゃあ行くか!!」

 

 

 幽助の一言が合図となり、全員が飛び出した。

 幽助はいつものように、殴る蹴るはたくどつくぶっ飛ばすにて攻撃。
 飛影は剣を抜いて斬りつけていった。

 両名とも毒のことを考え、出来る限り妖気を使わずにいるのだろう。
 むろん無意識のうちにであり、あれこれ考えた結果見いだしたのではないが……。

 蔵馬はもちろん植物を、少年は例の札を取りだし、投げつけていった。

 幼い蔵馬の、いつもと若干違う動きにも魅了されたコエンマだったが、少年の華麗な戦法にも驚かされていた。
 戦いながら見ていた幽助や飛影も……しかし2人はそれ以外にも何かを感じた。

 

(どっかで……)

(見たことがある……?)

 

 戦いながらでは、あまりしっかりとは見届けられない。
 だが強烈なデジャブを見せられているような、この錯覚はなかなか打ち消せなかった……。

 

 

 

 そうこうしている間に、すっかり夜は更けてしまった。

 あれから20分ごとくらいに、同じ数だけの大軍が向かってきたのだから、無理もない。
 ほとんど話し合いは進まなかったが、肝心の祈祷の時間が迫っているため、仕方なく後宮へ移動を開始した。

 少年が先頭を歩き、蔵馬がその横について、幽助たち3人にはあまり喋らないように後ろを歩いてもらっている。

 

 顔から男だとばれるのではと思っていた幽助だが、電灯のない時代である。
 それに前を歩く2人が輝きすぎていて……すれ違っても全く気付かれなかった。

 最も幽助は本当に女だと思われているのかもしれない。
 意外とばれないものらしいので(※コミック19巻の女装シーン参照)

 

 

 何とかばれずに、桐壺の北舎へ到着。
 祈祷だというから、どんなにかご大層な準備がされているのかと思っていた幽助たちだが、そこは何もない殺風景な部屋だった。

「おい、ここで祈祷すんのか? 何もねえじゃねえか」
「一応建前上やるだけだからね。簡単な設備で十分だ」

 蔵馬が説明している横で少年は袖から数枚紙切れを取り出し、ふっと息を吹きかけた。
 途端、紙が淡く光り経机や灯台へと変化した。
 辺りがぽっと明るくなるが、現代の蛍光灯に比べれば何と乏しい光だろうか……。

 

「じゃ、一応やるか。見せかけだけでも」
「蔵馬、俺たち何してたら良いんだ?」
「いつでも戦闘態勢に入れるようにしていてくれたら良いよ」

 そういう蔵馬も戦闘準備は万全らしい。
 祈祷の支度をする少年を手伝いつつ、先ほどの話の続きをしていた。

 

 

「懐妊している可能性のある姫は?」
「今のところ、他には」

「エサになりそうな霊力の高い姫や女房は?」
「それがあまり……化生の前が、後宮入りしてから、ほとんど病を理由に退出しましたから」
「なるほど。まあ、当然か。しかしそうなると、今夜どこを襲うかは見当がつかないな……」

 

「なあ、蔵馬。本当に今夜も狩りすんのか? そのケ……何とかっていうの」
「化生の前だって……間違いなくするよ。邪気が濃くなってる」

「そうか? 俺は気付かなかったけど」
「同じ狐だからね。そういうのは敏感だよ」

「ふ〜ん、そんなもんか。ところで桑原はどうすんだ?」
「化生の前、倒した後で」

 きっぱりあっさり言い切る蔵馬。
 つまりは、完全に後回し……無視を決め込むことにしたらしい。

 いくら桑原は心配いらないとはいえ、そんな簡単に……本当にほっといていいのだろうか??

 しかし、それしかないかもしれない。
 化生の前を倒すことを考えつつ、警備万端な梨壺に侵入など、まず不可能というものだ。

 

(でもまあ、それが一番だろうな。悩みの種は11つ片づけるものだし)

 ふむと心の中で納得しているコエンマ。
 果たして彼は毒を喰らった自分たちが、一番悩みの種になっていると気付いているのだろうか……。

 

 数分後、祈祷の支度がすみ、少年は一応祈祷を始めた。

 幽助たちは部屋の隅で、いつでも動けるように待機。
 蔵馬は神経をとぎすませて、外の様子を観察している。

 化生の前がどこへゆくのか……その行動を少しでも探るために。

 

 しかし、その必要はなかったのかもしれない……。

 

 

 

 

「あ、そういや、蔵馬」

 少年の邪魔にならないよう、コエンマがこそっと蔵馬に声をかけた。

「何です?」
「化生の前とやらだが……桑原の霊気に惹かれていかんか? あいつの霊力は結構妖怪からみたら、美味いとかなんとか……」
「そういや、魔界の穴騒動の時、さんざ喰われかけてやがったな……」

 個人的には、全然美味しそうに見えない幽助。
 魔族になった後、一番よかったことは、おそらく味覚がかわらなかったことだろうと、心底思う瞬間だった。

 

「100%ではないけれど、多分大丈夫だと思うよ。霊気も気になるだろうけど、匂いで気づいているはずだ。よほど頭が悪くない限り、罠とでも思って……」