<きつね陰陽師> 10

 

 

 

「なあ、蔵馬〜。何とかならんのか?」
「はいはい」

「後、数時間で俺たち死ぬんだぜー」
「はいはい」

「…………」
「はいはい」

「……飛影は何も言っておらんぞ」
「はいはい」

 

「……聞いてねえな、全然」
「そのようだな。今なら、何でも言えるんじゃないのか?」

「ほお? 例えば、女の子みたいだとか?(ニコ)」

「……余計なことは聞いているようだな」
「いつものことだろ」

「フン、くだらん……」

 毒を受けた割りには元気すぎる幽助たちを見て、蔵馬は笑顔の裏で溜息をついていた。

 

 流石に、毒を受けた直後は上半身を起こすので精一杯だったようだが、今では十分五体を動かせていた。

 いつも通りとまではいかないが、一般人並みには平気で動いている。
 少しは動けない方が、静かで良かったかもしれないくらい。

 

 それにしても……さっきからこの言葉を何十回聞いただろうか。

 せっぱ詰まっているというよりは、どこまでも暇なのだろう。
 いい加減聞き飽きてきた。

 今ばかりは飛影の無口さが有り難い。
 彼もこんな形で死ぬのはイヤなはずだが、幽助たちのように暇つぶしに話しかけてきたりはしない。

 最も蔵馬に何を言ったところで、事態は変わらないからというわけではなく、あんなバカらしい罠にハマッてしまった自分が悔しくて言葉も出ないのだろうけど……。

 

 

 

 ……ここは先程、幽助たちが彼と合流した場所ではない。

 あそこはあまり人通りのない場所だったのだが、幽助の霊丸が炸裂して騒ぎにならないはずがなく、案の定、あの数分後には近くに大勢集まりつつあった。

 とりあえず内裏を出、大内裏西部の宴の松原という松林に身を潜めることにしたのだが……この五月蠅さでは、あまり変わらないかもしれない。
 いくらここが幽霊だの何だのの噂で溢れかえるような不吉な場所であっても。

 

「なあ、蔵馬〜」
「……とりあえず、落ちついてください」

「落ちついてはいるぜ? 自分でも意外なくらいにな」
「後数時間で死ぬとはいえ、死にかけたことも一度や二度ではないからな」

「まあ、死ぬと決まったわけでは」
「嘘つけ。マズイつったの、おめえだろうが」
「そうでしたっけ?」

 まあ口ではそう言っても、彼はあの蔵馬である。
 ちゃんと理解していた。

 幽助たちの命が後数時間……正確には18時間3412秒であることを(さっきから数時間経過していた)

 だから今も一応は毒について調べている。

 ただ、女房の死体……獣らしい、よく分からない物体に変わってしまった死体や、あそこら辺一体の土や植木から折ってきた枝、また3人から採取した血液などと、にらめっこしているだけなので、幽助達にはそれが単に休んでいるだけにしか見えないのだ……。

 

 

 

 そしてまた数分間、そんな会話と言えるかどうかも分からないものを続けていたが……。
 急に蔵馬が手にしていた枝を放り出したので、幽助たちも動きを止め彼の顔をのぞき込んだ。

 

「どうした?」
「いや、やっぱり解毒剤は無理だなと思って。会わないとね、毒を作った張本人に」
「それはさっき言っておった、化生の前という女のことか?」
「ええ」

「何なんだよ、その化生の前って」
「この大内裏の邪気の大元さ」
「……おい、ダイダイリってなんだ?」

 

「ココ。――言っておくけど、某有名アニメ映画の巨大化け物じゃないからね」
「ダイダラボッチと間違えるヤツは、いないと思うぞ、蔵馬」
「つーか、俺、その映画見てねえし」

「行かなかったの? あれだけ流行ってたのに」
「行列並ぶの、俺嫌いなんだよ」

「DVDは?」
「そこまで興味ねえ、買うならやっぱり18……っていうか、今はそんなことじゃねえだろっ!」

 

 

 

 ……そして説明すること数十分。

 『姫』のこと、桑原のこと、ぼたんのこと。
 そして自分が子供に変化している理由から、今分かっている範囲での化生の前の情報、全て説明した。

 

「……ということですが、大体分かった?」

「……大体は……まあ、今の状況、何とかしてくれれば」
「そうだな。また死にたかねえ」

「……はいはい」

 あんまり分かっていないことは一目瞭然だったが、これ以上やっても無駄だと諦めたらしい蔵馬。

 と、ふいに後方10mくらいの位置に気配を感じた。
 振り返った蔵馬につられ幽助たちもそちらを見ると、そこには陰陽師の少年が唐櫃を持って立っていた。
 しかし、それが彼だと幽助たちは一瞬では分からず、思わず構えてしまった。

 

「……何か?」

「……あ、ああ……おめえか……」
「どうかしたの? 幽助」
「いや……髪上げてるから、誰だか分からなかった」

 

 そうなのだ……さっき幽助たちの目前に現れた時、彼は何もかぶらず結いもせず、長い黒髪を吹く風に預けるようにしていた。

 それは、この時代の者にしてみれば、かなり無礼なことなのだが――現に幽助たちの所へ訪れる直前、人気のない後宮のとある中庭に来るまでは、ずっと今のような格好をしていた――そんな時代背景を幽助たちが知るよしもない。

 むしろ、黒い冠をかぶったこの時代の正装は、堅苦しいような感じがして、さっきの方がいいなと思っているくらいである。

 

 そんな彼らの心中を察したわけではないだろうが、少年は唐櫃を地面に下ろすと、いきなり冠を脱ぎ捨て結った髪をほどいてしまった。

 ばさりと肩にかかった髪を後ろへ振り払う姿は少年というより男性的な魅力を持つ少女に見え、幽助とコエンマは思わず顔を見合わせ、再び彼をじっと見つめた。

 その目線を不思議に思ったのか、

「……どうかされましたか?」

「え? いや……その……」
「お、お前、暑くはないのか? そんな長い髪の毛、下ろしてて」

 口から出任せを言うコエンマ。
 女の子みたいだとでも言えば、怒るだろうと思い言ったのだが……しかし、この言葉も彼には頂けないものらしかった。

 

「結い上げるのが嫌いなんですよ」

 素っ気なくそう言うと、ふいっと横面を向けてしまった。

 何か悪いことでも言ったのだろうかと、蔵馬に助けを求めるように視線を送るコエンマ。
 しかし蔵馬は彼が言ったことがマズイと感じたような顔をしてはいなかった。
 ただ苦笑し、

「……結い上げるのが嫌いなんじゃないんだよ。黒い冠をかぶるのが嫌いなんだ、あいつは」
「んじゃ、何で被ってたんだ?」

「一応宮中の決まり事だからね」
「ふ〜ん。帽子嫌いなのか」

「……冠じゃなくて……黒が嫌い、だからかな」
「黒が嫌い?」

 嫌いと言われてみれば、確かに今の彼は、髪の毛と瞳以外、黒い部分が全くなかった。

 上から下まで真っ白な服……似合うことは似合うのだが、これで髪が白ければ、雪女にでも見間違えそうなくらいだった。

(……雪“女”って時点で言わねえ方がいいな、これは……)

 

 

 

 

「……というわけなのですが、どうしますか?」
「なら、これの方がいいか……これと同じものは?」
「あります」
「じゃあこれとこれで……」

 幽助たちがあれこれ考えている間に、少年と蔵馬は適当に話を進めていた。
 唐櫃の中の着物を適当に取りだし、数着ずつ組み合わせて、地面に置いていく。

 それに気づき、物珍しそうに近づいたのは幽助とコエンマだけ。
 飛影は完全無視しており、いつのまにか松の木の上に上って勝手に昼寝をかましていた。

 彼のことは後回しでも良いと思ったのか、まず蔵馬はしげしげと着物を見ている2人に尋ねた。

 

「着方分かる?」
「分かるわけねえだろ」
「それはそうですね。じゃ、手伝いますから」

 その時……蔵馬の小さな面は、僅かだったが意味ありげに笑みを浮かべていた。

 彼が下を向いていたせいもあるのだが、それを見逃してしまったことは幽助たちにとっては不幸の始まりでしかなかった。
 いや、既にこの時代へ来た時点で不幸だといえば、それまでなのだが……。

 

 

 そして数分後。

「何だ、これはー!?」

 叫んだのはコエンマだけであった。
 幽助や、無理矢理木から引きずり下ろされて着させられた飛影は、その叫びの意味も分からず、きょとんっとしている。

 

 しかしハタから見れば、その格好は叫ばずにはいられないだろう。

 何せ今3人がさせられている姿は……とある彼らのよく知る人物と、ほとんど同じだったのだ。
 白い小袖に真っ赤な袴、白の足袋と紅い鼻緒のついた草履。
 その上に千早を着ている以外は、あの少々ドジだが頑張り屋のあの子と同じなのだ……そう、あの女の子と。

 

「この着物、ひなげしのと同じではないかっ!!」

「ああそういえば、よく似てますね」
「“似てますね”じゃないっ!! 何て格好させるんだ、お前は!!」

「コエンマ、何怒ってんだよ?」

 未だに分かっていないらしい幽助と飛影。

 確かにあれこれ着せられて暑苦しいが、蔵馬が今している格好よりは幾分枚数が少なそうである。
 そんなに怒るようなことなのかと、きょとんっとしていた。

 しかし意味の分かっているコエンマにしてみれば、怒らずにはいられない。
 怒りの矛先は蔵馬に向けたまま、ギンッと幽助たちをにらみつけ、

「お前ら、バカか!? ひなげしと同じということは、つまり女装ということだ!!」

「なっ、何ー!!?」
「蔵馬、貴様っ!!」

(……本気で分かっていなかったのか……)

 3人の怒りを窘めるよりも、全く気づいていなかったらしいことの方が先立つ蔵馬。

 今回は飛影も激怒しているが、それもあまり気にならなかった。

 

 

 

「仕方ないだろう? 皆の体格じゃあ、俺みたいなことは出来ないし、そうでなくても何人も同時に童殿上なんて無理がありますよ。今、聞いた話では、丁度、宮中で厄払いをするそうですから、祈祷の巫女として入り込めば……」

「だからって何で女装なんだ!!」
「男で祈祷するヤツもいるだろうが!!」

「……別に男でも、俺は良かったんですけどね。頭、剃るんですか? 男の祈祷師は全員坊主ですよ?」
「うっ……」

 一瞬で押し黙る3人。
 いくら何でも、それは嫌らしい。

 女装もイヤだが、丸坊主はそれ以上……未来に帰ってからのことを考えると、女装の方が幾分マシというものである。

 

 最も、今の時点では元の世界に戻ることよりもまず、死なないようにするのが先決なのだが……。

 それに少年がわざわざいったん、退出して家に取りに行ってくれた着物でもある。
 しかも内裏へ行って、かなりの情報収集をした後に……。

 彼がかなり疲れていることは蔵馬から聞いて幽助たちも知っている。

 

 流石に文句ばかりも言っていられないなと、しぶしぶ承諾したのだった……。