<きつね陰陽師> 8

 

 

 

 ……一方、『姫』と勘違いされてしまった上、5話に渡って登場ゼロだった挙げ句、管理人の作では失念されがちだが、本来主人公のはずなのに、半ばどころか、90%くらいは忘れられているような幽助だが……。

 

 実は、彼は桑原からも蔵馬からも近いところにいた。
 飛影やコエンマも一緒である。

 

 前にも述べたが、桑原が『姫』と呼ばれた時、彼らは完全に放心してしまった。
 そして意識が戻った頃には、桑原も彼を『姫』と呼んだ連中もおらず、辺りには自分達を奇妙な瞳で見てくる通行人しかいなかったのだ。

 恥ずかしい思いをしつつ(といっても一般人の感覚からしてみれば、恥にも達さないくらいの落ち込み方だったが)、桑原や蔵馬達を探し出すこと、数時間。

 

 飛影の邪眼の追跡によって、桑原の行った方向は何とか分かった。
 大内裏までは辿り着き、続いて内裏にも侵入成功。
 でもって、何と蔵馬がどうしようかと考えていた後宮にまで辿り着いたのだった。

 もちろん本来の出入り口である門から入ったわけではなく、塀を飛び越えたのである。
 時代が時代だからか、妖怪避けの結界がはってあり、揉め事になると厄介だと、コエンマの“壁”を使用して。

 流石、霊界の第一王位継承者。
 しかしそのことを、幽助や飛影が誉めてくれるはずもなく、また気づいてもくれなかった……。

 

 と、ここまでは順調だった幽助達。
 現に、この時点ではまだ夜は明けていないくらいの時間だった。

 しかし……宮中に入ってからというもの、桑原の霊気が全く分からなくなってしまったのだ。
 宮中に垂れ込める悪しき妖気は半端でなく邪眼がその邪気に過敏に反応してしまい、他の妖気や霊気を見分けられなくなっているのである。

 

 

 

「ちっ」
「どうだ、飛影。まだ見つからんか?」
「……まだだ」

「ったく、早くしろよ! もう日昇ってから随分経つぜ。蔵馬やぼたんだって、まだ見つかってねえんだ! 蔵馬は心配いらねえだろうけど、ぼたんが一人だったらどうすんだ! さっさとあのバカ、見つけねえと……うわっ!」
「静かにしていろ……」

 いきなり剣で斬りつけてくる飛影。
 すんでで、幽助は避けたが、どうやら剣の角度や速さからして本気で来たらしい。

 

 まあ今回は幽助にも非はある。
 本人だって真剣にやっているのに、外野からこんな風に言われれば、いくらキレやすいのがウリである飛影でなくたって、普通はキレるだろう。

 キレないとすれば、多分蔵馬くらい。
 ただし、キレない分、おそろしいことが待っているのはいうまでもない……。

 

 

 

 

「あら、そこの殿方」

 ふいに背後から、女の声が聞こえた。
 バッと同時に振り返る三人。

 宮中の邪気の乱れでは、おそらく誰も気づかないだろうと“壁”は消してあったのだが……まさか入り組んだ木の植え込みの下にいたのに、バレるとは思わなかった。

 

 三人の視線の先、簀子に降り立ち、匂欄に片手をついていたのは10代後半くらいだと思われる若い女性だった。
 萌葱色の表着が目立つ女房装束、おそらくこの壺の女房だろう。

 ここで歴史に詳しい者がいれば、何故初対面の男性の前に平気で姿を見せるのかと思うだろうが、生憎ここに該当者はいなかった。
 まあ、歴史は長いので、そういった女性も結構ゴロゴロいたとは思うが。

 

 

「マズイな……当て身でも喰らわして逃げるか?」
「おい、幽助……見つかったら大騒ぎだぞ」
「フン、それしかあるまい」
「お、おいおい……」

 一体、何のために慎重に見つからぬように入ったのか。
 まあ彼らの性格ならば、こういう結論しかないだろうが。

 しかし、女は奇妙な格好をしている幽助達に対して、何の違和感も感じていないらしい。
 やんわりと微笑を称えた面で彼らを見つめているだけ……。

 ふいに、幽助達の胃袋が小さく鳴った。

 

「あっ……」

 慌てて腹をかかえるが、もう遅いし何の意味もない。

 昨日の昼から何も食していない……ぼたんの予想は外れ彼らは万引きなどはしていなかったが、それはあくまで桑原に対してのあの言葉で頭が混乱していたせいである。
 今になって空腹が一気に押し寄せてくるなんて……。

 

「ほほっ。空腹ですの?」
「う、うるせえー!!」
「召し上がります?」

 そう言って女房は袖からすっと竹の皮で出来た包みを差し出し、その場で開いてみせた。

 中身は小さな握り飯が数個……しかし現代のものとは違い、米は精製されておらず玄米のままのようである。

 だが、それでも空腹な幽助達にとって、それはあまりにも輝いて見えた。
 警戒しつつも、生唾を飲まずにはいられないほどに。

 

 

「いかがですか?」
「…………」

「あら、いらないのでしたら、犬にでもあげますが」
「い、いる!!」

 バッと女房から竹の皮ごと掻っ払う幽助。
 当たり前だが、すぐに食べようとはしない。
 毒が持ってあるかも……。

 誰かに毒味を……と思っても、やってくれる者がこの場にいるはずがない。

 

「ちくしょ〜、蔵馬がいれば毒が入ってるかくらい分かるはずなのに!」
「幽助、先に喰え」
「なっ、何で! 飛影、お前こそ喰えよ! 俺は後で良い!!」

「まあまあ、2人同時に喰えば……
「……お前から喰え!!(×2)」

「や、やめろ!! ……ぐふっ!!」

 薄情にも、幽助と飛影はコエンマの口に思いっきり握り飯を押し込んでいた。

 これで本当に仲間かと問いたくなるような気もするが……まあ彼は殺しても死にそうにないからだろう(最も他二名もそう言えないこともないが)

 

 

 

「ゲホッゲホッ……」

「……どうだ?」
「…………」

「ゲホッ……あ〜、苦しかった。ったく、お前ら! 何すんじゃ!」
「細けーことは気にすんなよ。で、どうなんだ?」

「ん? ああ……」

 ポンポンっと自分の体のあちこちを叩いてみるコエンマ。
 喉や胸もさすってみたが、特に痛みや吐き気はない。

 喉につまって一瞬呼吸困難にはなったが、それももう治まっている。

 

「何ともなさそうだ……な……」

 と、コエンマが言い終わる前に、幽助も飛影も残りの握り飯にガッついていた。

 彼が一つしか食べなかったのに対し2人は残り数個を取り合って……これに加わるほど危険なこともないだろうと、ため息をつきつつコエンマはやめておいた。

 

 

「あ〜、喰った喰った」
「あの女、悪いヤツでもないのかもな」
「態度は腹立つがな」

 聞こえないように、こそっと言い合う幽助とコエンマ。
 腹も膨れたし、女には厳重に口止めか口封じ(?)でもして、桑原捜索を再開しようと結論づけた時……。

 

「なっ……」
「な、何だ……」
「くっ……」

 突如、三人が同時に膝を折って倒れた。
 地面についた手は小刻みに震え、脂汗の浮かんだ眉間には苦痛のシワがよっている。
 息は荒く、胸がキリキリと締め付けられるような痛みを訴えていた。

「や、やっぱり……」
「罠……か……」

 普通そうだと気づかないだろうか……明らかに女は妖しすぎた。

 この時代の風潮を分かっていないにしろ、彼らは完全に不法侵入である。
 なのに、全く疑う様子も見せなかった時点で、罠以外に考えられないのに……。

 

 

「ほほっ。殿方、何て眺めでしょうね」
「てっ、てめえ……さっきのに……毒を……」

「あら、心外な。わたくし、そんな野蛮なこと致しませんわ。あなた方が頓食に目を奪われている間に辺りに蒔いたのですわ。皮膚から少しずつ染みこむ毒……気分はいかがです? 指一本動かせないでしょう? 後、二十四時間もすれば、あの世に召されますわ。それまで側にいて差し上げましょうね。わたくし、退屈してましたの」

「んのやろ〜……」

 既に脳みそは怒りで沸騰寸前である。
 このまま殴りかかっていきたいところだが、体が思うように動かない……だが、ここで諦めては男が廃る!!

 

 

「よくも騙しやがったなーっ!!」

 バッと幽助の右手が地面を離れた。

 まさかの光景に驚く女房。
 指一本動かせないはずが、腕一本が持ち上がってしまったのだ。
 しかも胴体はもう一本の腕でしっかりと支えられている。

 こんなタフな相手だとは思わなかったのだろう。
 女房は慌てて走り去ろうとした。

 しかし、それを易々と見逃してくれるはずがない!
 ってか、そんなことあったら、天地がひっくり返って、冬に猛暑がきて、夏に吹雪がふくに決まっている(注:日本にて)

 

「霊丸ーーっ!!」

 

 ドオオオンッ!!!

 

 幽助の人差し指から、霊丸が炸裂!

 体が動かないせいか、手加減していないにもかかわらず、あまり巨大にはならなかった。

 しかし女房一人を飲み込めるくらいの大きさにはふくれあがった。
 そして、そのまま簀子ごと……いやついでに舎の一部まで吹っ飛ばしてしまった。

 

 

「ゆっ、幽助! いくらなんでも、やりすぎ……」

「うるせー! この俺をコケにしやがったんだ! 生かしておけるか……なっ」

 霊丸が通り過ぎ、わき上がった先……簀子はほとんど吹っ飛び繋がっていた舎も、見事に半壊。
 そこに誰もいなかったらしいことが、せめてもの救いだったろう。

 しかし……そこにはあるべきものがなかった。

 そう、さっきの女房の姿……死体となって転がっていられても困るが、それでも姿形が全くないというのは一体……。

 

 

 

「危なかったですわ。乱暴な方ね」

「てっ、てめー、避けやがったな! 何処行った!? 出てきやがれ!!」
「普通避けますわ。あんなもの、当たったらわたくしだって、無事ではすみませんもの」

 実に正論を述べながら、女房は現れた。

 幽助の期待にちゃんと答えてはくれたのだが……それは彼らをアッと言わせるものだった。

 

 ……ずっと人間だと思っていた……勝手な思いこみと言えばそうなるだろう。

 しかし、ここの邪気は充満しすぎていた。
 これだけ至近距離にあって彼女の妖気に全く気づかなかったのだから。

 女は幽助達の頭上をふわふわと浮いていたのだ。
 しかもその着物の間からは長い尾が……。

 

 

 

「妖怪か……」
「てめえか! ここの邪気の原因は!」
「殿方が知る必要はないですわ。あなた方は今ここでお亡くなりになるのですから……」

 そう言った女の顔は恐ろしいほどゾクッとするものだった。
 悪女……という言葉がぴたりと当てはまる冷たい目。

 例えば、蔵馬が女バージョンとして登場して、メッタクタに怒らせた時のような……最もまあ、美形さでは敵いそうもないが、そういう場合ではない。

 流石に飛影だけは魔界で長く生きてきただけあって、こんな女の面も見慣れているのだろう。
 一人平然としていたが。

 しかし、あの毒は霊界の者や魔族より、妖怪の方が強く影響を受けてしまうらしい。
 妖力は幽助と互角なのに、彼は邪眼すら、まともに動かせなかった。

 

「もう少し遊んでさしあげようと思ったけれど……予定が変わりましたわ。この場で今、消えて頂きます」

 すっと三人の上に手を翳す女妖怪。
 長く伸びた爪……五本の刃の間に、小さく光が灯った。

 真っ赤に燃える炎……飛影のものとは多少違うようだが、かなりの威力はありそうである。
 おそらく周囲の邪気の力を借りているのだろう。

 

 立つことすら出来ない、まして女の面に圧倒されている幽助達に避ける手段はなかった……。