<きつね陰陽師> 7

 

 

 

 ……一方、『姫』と勘違いされてしまった上、4話に渡って登場ゼロだった桑原だが。

 

 

 例によって、彼は『姫』として……『梨壺の更衣』として、内裏に連れ込まれていた。

 重苦しい十二単まで着せられて。
 ……これで何故男だと気づかれないのか不思議なくらいだが。

 

 各学校に七不思議があるのと同様に、各時代にも七つくらいは不思議なことがあるのだろう。
 そして、コレはその一つなのだろう。

 きっとただそれだけなのだろう。

「おいっ!! それだけ≠ナすませんじゃねえ!! すまされる内容じゃねえだろっ!!」

 まあいいじゃないですか。

 

 

「よくねー!! ……ったく、ちくしょ〜。これからどうすればいいってんだよ。浦飯達はどっか行っちまうし(←正確にいえば、いなくなったのは、桑原の方である)、蔵馬達は音沙汰ナシだし……っていうか、この辺にいるのかも分からねえくらいだし! わけわかんねえし!!」

 イライラしながら、髪の毛を掻きむしった。
 その拍子にずるっと彼の頭からカツラが落ちてしまった。

 ため息をつきつつカツラを持ち上げて頭に引っかける。

 

 これは『姫』の髪の毛が短くなっていることに驚愕した女房達が、急遽作らせたものであった。
 補欠とはいえ付属へ入学した桑原なのだから、平安時代の女性の髪の毛が長くなければならないことくらい分かっている。

 だが問題はそこではなく、何故今自分がここで『姫』になっているのかということであった……。

 

 

 

「逃げるったって、何か悪りーしな〜。女装はともかく、ここの連中結構良い奴らだし……」

 そうなのだ。
 何故桑原が速攻で逃げ出さなかったのか。

 それは自分の身の回りを世話してくれている女房達のためであった。

 更衣だけあって、大した人数ではないけれど、それでも懸命に働こうとしてくれている。
 勘違いしているにしても、親切にしてくれているし。

 自分がいなくなれば、当然お咎めを受けるだろう。
 元不良ではある桑原だが根は良いため、そういうマネは出来ないのだ。

 最も一番の理由は……。

 

 

 

「更衣様、入っても良いでしょうか?」

「あ、どうぞ」

 御簾越しに誰かが了解を求めてきたため、桑原はあっさり承諾した。
 しかし普段とはかなり違った口調である……だが理由がないわけではない。

 

 『姫』の了解が得られ嬉しそうに入ってきたのは……。

 何と雪菜にそっくりの少女だった!

 黒髪に黒目と色は全く異なるが、愛らしい目元口元、優しさが体の表面から溢れ出すようでありながら、強い意志が感じられる雰囲気は正にそっくりである。

 

 そう、実は桑原が逃げ出せない一番の理由は、彼女にあったのだ。

 彼女は『梨壺の更衣』の女房の中でも一番若い少女で、侍従の君というらしい。
 つい最近、出仕してきたばかりらしいのだが、彼女の親の身分はあまり高くない上、若すぎるせいか、今ひとつ他の女房達に馴染めず、かなり孤立しているらしいのだ。

 雪菜本人ではないとはいえ、雪菜に瓜二つ……いや見た目だけでなく、中身もよく似ている彼女を、桑原は放っておけなかったのだ。

 

 ……話だけ聞いてれば、いい話だが、はっきりいって横恋慕ではなかろうか?

 いやまあ、雪菜と付き合っているわけではないから、別にいいのかもしれないけど。

 

 

 

「更衣様。お体の具合は大丈夫ですか?」
「いえ! 何ともないです」

 いつもの数百倍は快活であろう『姫』に、彼女は何の違和感も感じていないらしい。
 若いが故に、『姫』と対面する機会が少なかったせいなのか、単なる天然ボケなのか……。

 いずれにしても、桑原が普段雪菜と接しているように話しても、ニコニコ笑顔でいてくれるのは有り難いことであった。
 まあそれが逃げ出せない原因とあっては、本当に有り難いのかどうか定かでないが……。

 

 侍従の君は、しずしずと桑原の側へ近寄っていくと、ちょこんっと小さな腰を下ろした。

 ふわっと広がる髪を抑えながら、愛らしい瞳を『姫』に向ける。
 その仕草一つ一つに桑原は赤面していた。

 それが彼女には、具合が悪いように映ったのかもしれない。

 

 

「あの、大丈夫ですか? 何だかお顔が真っ赤に……」
「な、なんてことないですよ!」

 流石に「愛の力ですよ」とは言えないらしい。
 いくら似ているとはいえ、本人ではないわけだし……。
 ってか、相手は女だと勘違いしてるわけだし。

 ……まあ、後宮だの大奥だのは、女の園でもあるらしいけど。

 

 大口開けて笑いながら、元気さをアピールする桑原。
 侍従の君は、ほんの少しホッとしたらしいが、すぐ真顔になって、

「陰陽寮の方の話では、物の怪はまだ宮中に巣くっているらしいのです」
「そ、そうですか。でも大丈夫ですよ! 俺が何とかしますから!」

「お、れ?」
「あ、いや私が!! あ、あはは!!」

 必死に誤魔化しながら笑う桑原。
 か弱い『梨壺の更衣』……『姫』に事態を解決など、誰が考えても無理なことである。

  だが、彼女にとって『姫』は理想であり、憧れなのだろう。
 彼女の言うならば、きっと大丈夫だと完全に信じ込み、ニコッと笑って頷いた。

 

 

 ……文章だけでみたら、大したことはないかもしれないが。

 ヅラ被って、女装して、けど顔は桑原。

 果たして、幽助やらぼたんやらは、再会の折、笑い死なずにいられるだろうか……?(無理だ、絶対、無理だ)