その日、いつものメンツ≠ヘ、幻海の寺にいた。
正確にいえば、6月の半ばのその日、幻海の寺にいた。
さらに正確にいえば、6月の半ばのその日、幻海の寺の倉の中にいた。
……何で、6月?
深くつっこんではいけない。
元々、とあるサイト様への投稿小説が挫折した代物なもんだから、初投稿した頃合いに合わせているだけである。
そして、6月のままにせねばならない理由は、この数行下の会話のみで終わらせられるのである。
「んだ、そりゃ……」
「つまりは、何月でもいいってこったろ……」
とどのつまりは、そういうことである。
……倉があったのか?
深くつっこんではいけない。
あれだけ広い境内なんだから、倉の一つや二つあってもおかしくない。
あったということにしておこう。
「……なかったことにしてほしかったぜ……」
そうなると話が進まないので、あることにしておくのである。
「にしたって、もうちょっと綺麗な倉にしてくれたっていいだろ!! ちっと汚れてる程度じゃねえぞ、これ!!」
「げほげほッ……あ〜、気分わりー! 折角、雪菜さんに会いに来るために、びしっとセットしたっていうのによ! 汗まみれホコリまみれで、台無しじゃねえかっ! 何だってこんなになるまで、ほっといたんだよ、ばあさんは!」
「仕方ないでしょう……」
「「仕方ないだ〜?」」
相変わらず、周りが焦っていようが怒っていようが、全く動せずのんびりと意見を述べた蔵馬に、桑原と幽助は迷わず振り返り怒鳴った。
「てめーはこれが仕方ねえ≠ナ済む状況だと思うのかよ!?」
「俺は思えねえぞ!!」
「まあまあ落ち着いて。この倉は随分と痛んでるみたいだし。これだけ隙間風が入りやすくて、戸の立て付けも悪ければ、ホコリくらいいくらでも入りますよ」
「そうじゃねえ!! ホコリがたまってるのは仕方ってのはそうかもしれねえが、何で俺たちが掃除しねーといけないんだってことが問題なんだよ!! 何でばあさんの寺の倉なんかをよ!!」
「第一、何でこんな中途半端な時期にやるんだよ!! 大掃除っていえば、普通冬にやるもんだろ!!」
「幽助……桑原くん……」
はあっと溜息をついた後、蔵馬は顔をあげて、まずは幽助を見た。
「誰だったかな? ゲームで負けたら、何でもするって言ったのは?」
「ぐさ」
続いて、桑原を見た。
「誰だったかな? 雪菜さんのためなら、何でもするって言ったのは?」
「ぐさ」
そして、2人を見た。
「それでどちら様たちでしたっけね……冬は寒くて嫌、夏は暑くて嫌、春は花粉症があるから嫌、秋は長期休暇がないから嫌だと言ったのは……」
「「ぐさぐさぐさーっ!!」」
以上、6月でなければならない理由、終わり。
「その6月は梅雨があるから嫌だって、言ったのによ……」
「同じことが5回も通るわけないでしょう。4回通っただけでも奇跡なのに」
「だからといって、何故俺まで手伝わねばいかん」
ブツブツ言いながらも、1人天井近くの梁にハタキをかけている飛影。
蔵馬達もホコリまみれになっていたが、彼が一番酷いかも知れない。
何せ三十センチ近くも積もりに積もったホコリの山をマスクもせず、三角巾もせずにはらっていたのだから……最も、格好悪いと言って、被らなかったのは本人の責任なのだが。
でもって、その腹いせに、約1名を覗いた頭上に、バサバサとホコリを落としまくっているのは、言うまでもない。
「俺だって同じですよ。本当なら家でゆっくりしてられたはずなのに、付き合わされてるんですから」
「……俺が手伝う理由にはなってない!」
「細かいこと言わない」
「どこが細かい!?」
「終わったら、もんじゃ焼きオゴるって言っただろう? ほらほら、早く終わらせて帰りましょう」
「へいへい……(×2)」
「…………」
不満たらたらではあるが、いちおう作業に戻った幽助たち。
もちろん、頭の中は報酬で埋め尽くされつつあるが。
おかげで、多少なりとも作業スピードはUPしていた。
……次の難敵さえ現れなければ、日が暮れるまでには終わったかも知れない。
「やっほ〜! 掃除させられてるんだって〜?」
「よお、はかどっとるか?」
「ぼたん……コエンマ……」
あからさまに嫌〜な顔をする幽助。
無理もない。
たった今来た2人の霊界人――ぼたんとコエンマが、まさか掃除を手伝いに来たとは到底思えない。
からかいに来ただけに違いないだろう……。
「罰ゲームとはいえ、不幸だね〜、幽助も」
「自業自得とも言うが、流石に全身真っ白では同情するな」
「そう思うなら、手伝えよ……」
「ヤダ(×2)」
幽助の予想、ズバリ的中。
もし掃除しているのが、幽助達ではなく、螢子や静流、雪菜であれば、おそらくぼたんは手伝っただろう(コエンマは絶対に誰であってもやらないだろう)
しかし、ぼたんにとって、幽助(と桑原)は単純で本気にはならない口喧嘩をする相手のような者≠ネのだ。
もちろん、死闘を繰り広げてきた彼らのことを、ある種尊敬のような瞳で見ていたりもするし、絶対に霊界には連れて行きたくない大切な人たちである。
が、しかし……。
あまりに死とは無関係で、あまりに平和すぎる今の現状では、そんな感動的ともいえる感情など微塵も起こるはずもなく、ただひたすらに上司のコエンマと共にからかって遊ぶだけの対象なのだ……。
「何だ、これは」
「飛影、どうかしました?」
ぼたんとコエンマのからかいごっこが始まろうとした時、中間辺りの梁に上っていた飛影が声を上げた。
さっきから何か変なものを発見しても、勝手に床に投げ捨てていた飛影。
その彼が初めて見つけたモノについて意見を述べたのである。
少々驚きながら蔵馬が振り仰ぐと、飛影は奇妙な光るものを手にしていた。
「何だ、それ?」
幽助や桑原、コエンマたちも気づき、飛影を見上げた。
しかし彼は完全に幽助たちを無視して、手に持ったそれを眺めている。
単純な幽助達のことである、あっさりムッとして、
「おい!! 飛影!」
「口に出したんなら持って下りてこいよ!!」
と、怒鳴ってみたがまるで返答なし。
更に幽助たちの怒りが増幅しようとした時、
「どれどれ」
「あっ、こら!」
突然、飛影の背後に1人の男が立ち、彼の手からあっさりとそれを取り上げた。
ぎょっとした飛影だけに限らない。
何せ、さっきまでその男――蔵馬は自分達の横に立っていたはずなのだから……。
「か〜、相変わらず気配消すのが上手いよな〜」
「っていうか、悪趣味だよ、あれは……」
感心と呆れ……というよりは、自分に対してもやられるのではという不安が入り交じった、奇妙な気分にさせられている幽助達。
しかし蔵馬は全く気にせず、飛影から取ったモノを持って下りてきた。
「蔵馬。何だよ、それ」
「さあ。鏡みたいだけど」
「鏡?」
「あ、本当だ〜」
蔵馬は一通り自分で観察した後、すんなりと目の前に立っていたコエンマに手渡した。
横から覗く一同。
ちなみに飛影もブツクサ言いながらも梁から下り、蔵馬の後ろに立った。
「何の鏡だろうね〜、随分と古いけど。真ん丸な形してる」
「飾り枠の質からして、今から1000年ほど前のもののようだな……」
「「いっ!? 1000年!?」」
ずさっと後ずさりする幽助&桑原。
彼らにしてみれば、1000年など到底想像もつかない長い月日である。
仮にも幽助は魔族であるが、時間の感覚はまだ人間と同じなのだ。
が、しかし。
「そんなものですか。もう少し短いと思ったけど」
「フン、くだらん」
「ええそお? 結構な年代物じゃない? まあ、骨董品っていうには、歴史浅いかな」
妖怪である蔵馬や飛影、それに霊界案内人のぼたんも暢気なものだった。
元々彼らの寿命は人間の何百倍もあるのだから、当然といえば当然。
しかも蔵馬は、妖狐として余裕でその年月を生きてきたのだから、尚更である。
「まあ、蔵馬の言うとおり。完全に1000年とはいかんな。900年前後といったところか……だが、普通の鏡ではないようだな」
「は? 何で分かるんだよ?」
「簡単だ。枠はボロボロだが、鏡は新品同然。それにわしらの姿も映っておる」
「あ、そっか! あたいたちは人に見える姿にはなってるけど、鏡には映らないもんね! この世のものじゃないもん!」
「そうだ。霊術か呪術がかけられているのかも……ん? なっ!?」
「コエンマ、どうし……なっ、なああああっ!!?」
「きゃああああ!!」
「何じゃこりゃああああ!!?」
三者三様のすさまじい悲鳴と共に、蔵馬、飛影の目の前から4人の人物が姿を消した。
最もコエンマも絶叫をあげていたのだが、それが聞こえるより早く、彼はそこからいなくなってしまったのだ。
「…………」
「…………」
しばらく言葉を交わすこともなく、呆然と立ちつくしていた蔵馬と飛影。
蔵馬が口を開くまで、何分かかったかは定かでないが、少なくともコエンマの手から落ちた鏡が、床を転がり、壁に当たって完全に止まるまでの時は経っていたはずである。
「どうも鏡に吸いまれたようだね。ま、よくあるパターンだけど」
「……」
飛影は別段、まだ呆けていただけではないが、喋るのが面倒だったのだろう、何も言わなかった。
しかし蔵馬は気にせず、続ける。
「古代の鏡とかを主人公が見つけて、鏡に吸い込まれる、あるいは異世界に飛ばされる。冒険漫画や小説では在り来たりなことだから、不思議でもないですが……。鏡からはもう幽助達の気が感じられないってことは、異世界に飛ばされた可能性が高いかな。まあ放っておくわけにもいきませんし、追いかけましょうか」
「……1人で行け。俺はいかん」
「そうですか、分かりました」
あまりにあっさりと納得してしまった蔵馬。
流石に飛影も拍子抜けせざるを得なかった。
無理矢理でつじつまが合わずとも、反論の出せないような口実で、強引にでも連れて行こうとするに決まっていると思いこんでいたのだから……。
と、そこまで考えて、飛影はなんとな〜〜く嫌な予感がした。
そして、それは先ほどの幽助のように、見事に的中。
「じゃあ、行きましょうか♪」
「なっ!!」
ひょいっと飛影を小脇に抱え上げる蔵馬。
見た目は浦飯チーム1の細腕で、華奢な体つきの蔵馬だが、妖怪である彼に力がないわけがない。
他の面々が霊力・腕力・脚力・体力・瞬発力・ド根性etc……1つや2つの力が抜きんでており、他が劣っているのに比べ(主に判断力・応用力・冷静さ・挑発にのらない的確さ……)、彼はバランスがよくて偏りがない、ただそれだけなのだ。
当然、腕力もそれ相当はあるわけで……じたばたと暴れているとはいえ、自分より小さな飛影を持ち上げるくらい訳ない。
一応植物をこっそり使って、抑えつけてもいるのだが。
「おいこら! 俺はいかんと言っているだろうが!!」
「行かなくていいですよ、勝手に連行しますから♪」
何という強引さ……。
口が上手くない以上、反論は無理にしても、文句くらいは言いたいと思った飛影だったが、時既に遅し。
蔵馬は飛影を持ったまま、壁に転がった鏡を拾い上げ、自分達の方へと翳してしまったのだ。
「多分、光の加減でなるんだろうから……この角度かな……」
カチャンンッ……
突然静かになったホコリまみれの倉……。
6人が姿を消したそこへ、差し入れを持って雪菜が訪れたのは、それから数分後のことだった。
しかし、彼女が床に落ちた鏡を拾い上げた時、既に日は山へと沈みきっており、光は当然わずかにしかなく、幸い彼女は鏡に吸い込まれることもなく、無事に済んだ。
「何処へ行かれたのかしら、みなさん……」