<眠れる森の桑原くん 5>
「何〜処〜だ〜っ!!!???」
森の奥深く。
16年間、静かとは縁遠かったその場所に今あるのは……戻ってきた平穏でもなければ、普段通りのどんちゃん騒ぎでもなく。
ひたすらに恐ろしい。
それこそ、この世の終わりと見まごうばかりの地獄絵図でございました。
ズシンズシンと一歩ずつ歩を進めるのは、某映画の巨神兵……ではなく、リーゼントが崩れ、ザンバラ髪になった桑原くんです。
手には、霊剣のかわりに、そこら辺でねじ折ったらしい木の柱。
しかし今は、鉄パイプどころか、ライフル銃よりも空恐ろしい武器でありましょうぞ。
そんなおどろおどろしい悪魔が徘徊する家では、そこの住人(空き家を勝手に使っているだけとはいえ)といえども、堂々と居られるわけもなく。
各々、とっくに避難しているのでありました。
「ふい〜……蔵馬が怒った時も怖かったが、桑原もああいう怒らせ方すっと、結構くるな……」
「本当。食い物の恨みは怖いっていうけど、桑ちゃんの場合は、恋の恨みも怖いね〜」
「何と言っても、霊力ゼロに近い状態から、彼女の声を聞いただけで、あっさり復活した人だからね……」
こそこそっと、天井裏に隠れて、完全に気配を絶って、隙間から様子を伺っているのは、言うまでもなく蔵馬さんたちです。
まあ、ぼたんさん以外は、本気でやり合えば、確実に勝てるとは思いますが。
勝てる相手であったとしても、あの怒気には触れたくないのでありましょう。
「けど、あそこまで怒らなくてもいいじゃねえか」
「それ、桑ちゃんには酷って話だよ」
「本当にね……王子役に、雪菜ちゃんがキャスティングされていなければ、あんなに怒らなかったんだろうけど」
「それにしたって、酷いんじゃないの。この台本! 森の中で、お互いの身分を明かさずに出会った2人は、実は許嫁同士でしたって! 姫は、妖精たちから婚約者がいるって聞かされて、落ち込むのに、当の婚約者が、今会ってきた当人だったなんてさ〜!」
「まあ……そういう映画ですからね」
ということで、桑原くんはせっかく雪菜ちゃん(王子様)に会えて、浮かれまくってたところを、蔵馬さんたちから「今夜許嫁に会いに行く」と言われて、大激怒した……と、そういうことなんですね。
「ねえ、言っちゃ駄目なのかい? 雪菜ちゃんが王子様なんだって」
「言ったら、物語の進行に支障が、ね」
「すでに出まくってるだろ、支障……アレじゃ」
また、真下をオペラ座の怪人が……じゃなくって、桑原くんが通過しました。
漂ってくる瘴気だけでも、窒息しそうです。
「なあ……本格的に、逃げねえ?」
「駄目ですよ。夜には、王宮に連れて行かないといけないんだから」
「アレをか!?」
「無理。絶対無理」
「今じゃあ、特大霊丸ぶっつけても、多分倒れねえぜ」
どっちにせよ、今霊丸出せないでしょ?
「ね、どうする蔵馬」
「……こうなったら、仕方がない」
「お! 何か案があんのか!?」
期待に胸膨らませながら、詰め寄る2人に、蔵馬さんが取り出したのは、小さな小瓶。
一体いかな効力があるのかと、ドキドキしていた幽助くんたち……でしたが、
「睡眠薬」
「あ、安易な……」
「つーか、寝るか? その程度で……」
「大丈夫ですよ。コレ、本当は毒殺に使うものですから」
「……へ?」
「あ〜、眠ったように死ぬってやつか?」
「そういうことです。普通なら、1滴で100人くらい殺せますよ」
「……ソレ、50滴くらいあるよな?」
「だから、寝てくれますよ(ニッコリ)」
「「…………」」
それって、永遠の眠りなんじゃ……と思わないでもないですが。
他に代替案がない以上、それに載るしかない幽助くんたちなのでした。
しかしまあ、あの状態の桑原くんには、1滴飲ませるだけでも、かなり大変なことです。
口はず〜〜っと開いていますが、言うまでもなく、口は顔についているのです。
そして、人間の目はその口の真上に並んでいるのです。
……口に入れようと、前に回れば、当然その目に、こちらの姿が映るのは道理で。
下手すれば、薬を飲ませる前に、こちらがやられかねません。
「ということで、囮よろしく」
「何で俺!?」
「だって、ぼたんにやらせるわけにはいかないでしょう? 俺は薬を飲ませないといけないし」
「消去法だよ、消去法」
3人しかいないのに、消去法も何もないと思うのですが。
「ちくしょーっ!!」
腹の底から叫びながら、幽助くん、天井裏から飛び出します。
少し先を歩いていた桑原くんの眼光が光りました。
「そぉこぉかぁーっ!!!」
柱をぶん回しながら、突進してくる様は……多分、どんな妖怪でもこんなに怖いことはないだろうというくらい、おぞましいものでありました。
彼だけ最後まで人間だったはずなんですけどね〜。
「〜〜〜!!!」
流石の幽助くんも、声になりません。
でも、蔵馬さんがキレた時も、声になりませんでしたから。
彼のお友達、結構怖い人が多いんですね〜。
「そういう問題じゃねええええ!!!!」
大慌てでUターン。
蔵馬さんがいる天井裏の真下までやってきました。
正確には、真下よりちょっと右っ側。
「うぉの〜れぇ〜〜!!!!」
振り下ろした柱を何とかかわし、衝撃で開いた隙間から、天井裏へと逃げ込みます。
わざと残像を残したことで、桑原くんがそれを追って、天井を仰ぎました。
その瞬間です。
ザバーっ
ごくん
パタ
「……死んじゃった?」
「いや、眠っただけですよ」
1滴で100人殺せるんじゃなかったですっけ?