<子守りは大変> 14

 

 

「つーわけだ。お前等、蔵馬を元に戻したら、速攻故郷へ帰れよ。長居するとそれだけ厄介だからな」
「あ、ああ……じゃあ、サタンの身体こっちに…」
「いいえ、そのまま抑えてくれていた方がいいわ」
「フラン?」

マミィの言葉を遮り、コエンマの前に立つフラン。
蔵馬の入っているサタンの頭を優しく撫で、落ち着かせながら、

「多分だけど……さっきその子が泣いて暴れたのは、痛かったからだと思うの。魂を摘出するのは、少し痛いから……あの時は、何をされるか分からなかったでしょうけど、今は分かっていると思うから」
「なるほどな。摘出前に暴れられると厄介か……確かにお前たちよりは、わしが抑えていた方がいいかもな」
「じゃあ、俺たちの方がいいんじゃねえか?」

植物の残骸を飛び越え、やってくる幽助。
いつの間にか飛影も、その一歩後ろに立っていた。

「そうだな。三人がかりで抑えるか」
「んじゃ、早速…」

 

 

「ぎゃああああ!!」

 

ドオオオンン!!!!

 

 

地響きなく、そのまま植物が大量に発生。
予想だにしなかった恐怖のためか、あるいはしばらくぶりの恐怖のためか……いずれにせよ、その原因は一目瞭然だった。

「ば、ばかもんが!!」
「ばか桑原!! 大ボケやろー!!」
「せっかく話が終わりそうだったのに、何てことしやがるー!!」
「い、いや…身体が違ってたら、怖くもないかと…」
「中身は蔵馬のままなんだ! 怖がるに決まってんだろ!!」

「だ、だってそいつらには全然怖がらなかったじゃねえか!!」
「蔵馬が怖ーのは、お前だけなんだよ!!」
「つーか、コエンマさっき三人っつっただろ!!」
「わしと幽助と飛影の三人という意味だったんだ!!」

この会話だけで、状況はお分かりいただけただろう。
他に考えることがないと言ってしまえば、それまでだが……。

桑原和真。
例え相手が敵であっても、冷徹な目つきの狼であっても、つぎはぎだらけの女性であっても、眉一つ動かさなかった蔵馬が、唯一恐れる男。
そして毎度暴走の元凶でもある男……まさかこんな時に、蔵馬のすぐ近くに現れるなどとは、誰も夢にも思わず、つい油断してしまっていた。

それが今回の悲劇の…そしてこれまでで最大級の悲劇の原因である。

 

 

 

「ひーひー!!」
「メドゥーサ! 早く!」
「あ、ありがと、ドラキュラ……って、あんたさっきまで何処にいたのよ? 此処来るまで…」
「血が足りなくなったから、採血しに…」
「あほー!」

吸血鬼として飛べるドラキュラ。
メドゥーサは彼に光線が当たらぬよう、サングラスも帽子も外して、植物を睨み付けていった。
しかし、彼女が石化出来るのは、光線が当たった場所のみ。
部屋いっぱいに広がり、更に増え続けている植物までは対処しきれない。
だが、それでもやらざるを得ない。
戦えそうもない子がいる以上、少しでも植物を減らして安全を確保せねば……。

と、敵という概念こそ消えたろうが、それでも味方とはいえない者たちの心配をしている辺り、メドゥーサも悪人にはなれないタイプのようである。

 

「きゃあっ!」
「あぶない!」

吸血植物に襲われかけた雪菜を助けたのは、ドラキュラと同じく吸血鬼のカーミラ。
口元からのぞくその牙で、瞬時にドラキュラだと分かった桑原は、剣を振るいながらも、頭上へ向かって吠えた。

「そこのねーちゃん! 雪菜さん助けてくれたのはありがてえが、血吸うなよ!!」
「…血、ですか??」

彼女が吸血鬼だということは分かっていないようで、きょとんっとする雪菜。
まあ、吸血鬼という妖怪自体知っているかどうか定かでないが……。
しかし日本にもコウモリ男という妖怪がいるのだし、もしかしたら知っているかも知れない。

 

だが、きょとんっとしていたのは雪菜だけではなかった。
彼女を抱えて飛んでいるカーミラもまた、よく似た幼さの残る可愛らしい顔で、

「あの…言わせて貰うけど、この子妖怪でしょ? 妖怪の血は飲まないわよ。大体、今時首筋に噛みついてなんて、野蛮なこと誰もしないわ。ちゃんと注射器で400ccずつ、頂いてるわよ。あ、看護士免許はちゃんと取ってるから、注射使っても違法じゃないわよ」
「……なんか細かいな」
「看護士免許って…」

桑原も、何となく聞いていた幽助も、かなりあきれ果てている。
日本でも最近、妖怪のアイドルが誕生していたり、割合世間に溶け込んでいる妖怪も多いが、しかし看護士というのは初めて聞いた。
確かに妖怪の方が治癒力は上だろうし、蔵馬のように薬草に精通していれば、類を見ない医師になれるかもしれないが……そういう問題でいいのだろうか?

「ちなみにドラキュラは医師免許持ってるから。開業医やってるから、怪我したら1割引にしてあげるわね」
「ああ、サンキュ…って、違うだろーー!!」
「海外行く料金の方が、かかるじゃねえか!」
「そういう問題でもねえーー!!」

 

 

 

幽助たちが漫才もどきをしながら、攻撃を避けていた頃(既に攻撃することは不可能となっている…)、他の面々も必死になって何とか生き延びようとしていた。

「うわっ!! ホウキ、返せっ……ぎゃっ!!」

ツタ状の植物にホウキを巻き取られ、一瞬隙が出来たウォーロックに向かって、数束の植物が巨大食虫植物が襲いかかっていく。
数束は避けたが、一束が腹に直撃!
床に叩き付けられる直前に、何とか横へ逃げたが、そこをまた別の植物が襲いかかってきた。

「げっ、ヤバイ!!」
「ウォーロック! 危ない!!」

彼をしとめようとした植物は、何もない床へ激突。
間一髪のところで、ぼたんがオールで急降下し、彼を回収したのである。

 

「サ、サンキュ、ぼたん…」
「いいよ、全然…うわっ、こっち来たー!!」
「ちっ! サンダーボルト!!」

ドンガラガッシャーン!!

ウォーロックの両手の平から、雷が発生。
落雷のごとく…といっても、『サンダーボルト』とは英語で落雷のことだが、雷は植物へと直撃したのだった。
全てを消し去ることは出来なくとも、これはなかなか効率がよく、植物を撃破!

「ふは〜」
「浮いてねえと使えない技でよ。ま、この程度しかできねえけどな」
「全然、『程度』ってことないじゃん! すごいよ、あんた!」

素直に褒めるぼたん。
照れくさかったのか、ウォーロックはそっぽを向きつつ、再び稲妻を発生させ、植物へと降り注がせていた……。

 

 

「うわっ!! ぎゃっ! がぎっ!!」

蔵馬の一番近くにいたため、ある意味最も被害を被っているコエンマ。
しかし、今の彼は少し霊力の強い人間並の力しか持ち合わせていない。
そのためさっきから殴られるは、喰われかけるはで結構大変だったのだが……。

「こちらへ! 少しは防げます」
「あ、ああ…すまないな」
「いいえ……」

フランの放電結界に招き入れられ、事なきを得たコエンマ。
ふと隣を見ると、螢子や静流もここへ避難していた。
4人分の結界をあっさり貼るとは…彼女は攻撃力がそれほどない分、防御力や魂摘出などの能力に長けているようである。
何となく彼女のつぎはぎだかけの横顔を見ていたコエンマだが、

「一つ聞いて良いか?」
「何でしょう?」
「これが終わったら…どうする気だ?」
「…また魂を探しますよ。サタンさまを蘇らせることが出来る魂を…」
「そうか…」
「……反対されないんですね」

不思議そうにフランが振り返って問いかけた。

 

「今回はわしの管轄だし、何よりわしの仲間だからな。お前たちにとって、あの者が大切な仲間であるならば、復活させたいと思うのは、当たり前のことだ。止める権利もないし、する気もない。ただ、日本ではやめておいてくれ。面倒だから」
「…そうですね。異国で探します……けど」
「けど?」
「この状況下では、まずは打開策を考えた方がよさそうですね。ミイラとりがミイラになりそうですし。マミィには丁度いい環境かもしれませんが」
「……確かに」

結構のほほんっと、とんでもないことを言う女だと思いつつ、結局どいつもこいつも…という感じなのだなとため息をつくコエンマ。
その『どいつもこいつも』に自分も含まれるであろうことは、もちろん気付いてはいなかった。

 

 

 

「ぎゃああ!!」
「うわー! 来るな来るなー!!」

かろうじて回避出来ているコエンマたちに対して、もろに攻撃を受けながら、未だに安全確保すら出来ずに、逃げまどう幽助たち。
何せ大概の植物は飛ぶことなど出来ないのだから、天井が高いこの部屋では、空を飛べる者たちの方が有利なのだ。
もちろん結界が貼れる者は、例外なく身の安全を確保出来る。
そのどちらも出来ない幽助たちにとっては、植物攻撃ほど恐ろしいものはないのかもしれない。

「うわわわわ!! 刺されるー!!」
「こっちだ! あがってこい!」

突然、幽助の目の前に現れた白くて長い物。
反射的にというか、藁にも縋るという心境というか、とにかく幽助は植物を避けつつ、両手でしっかりそれをつかんだ。
途端、一気に引っ張られ、宙へとつり上げられていく。
天井近くまで引っ張り上げられ、シャンデリアと並ぶ位置まで来たところで、ようやく止まった。
と、そのシャンデリアに人影が……、

 

「幽助、大丈夫か!?」
「あ、ああ……サンキュな」

包帯片手に幽助を引っ張り上げ、今も手をさしのべている人物。
未だにボロボロの包帯だったが、マミィは意外にも元気そうだった。
そういえばさっきも…と思いながらも、回復力が速いのだろうと納得しておくことにした幽助。
差し出された手を借りて、シャンデリアに移りながら、ふと思った。

「おい」
「何だ?」
「何でおめえ、俺の名前知ってんだ?」
「は? さっき茶髪のにーちゃんが呼んでたじゃねえか。『幽助』って」
「あ、そっか……って、のんびりしてる場合じゃなかった!!」

二人の存在に気付いた植物たちが、シャンデリアの下から次々に攻めてくる。
といっても、上からの攻撃がないと分かっている以上、下だけの集中していればいいので、床で戦うよりずっと効率がいい。
それに仲間の状況もよく見えるし……。

 

 

が、見えればいいというだけものでもない。
見えたところで、飛べないのだから助けるに助けられない。
現に今、桑原がこの前の三倍はあろうかという巨大なハエトリグサに食いつかれていても、幽助には手出し出来なかった。

「桑原!! くっそー、霊が…あ、やばい。もう使えねえんだった」
「…使えてもやめといた方がいいんじゃねえのか? 普通にあいつも死ぬぞ」
「そうかもしれねえけどよー!」
「『かも』じゃなくて、100%死ぬ!」

最近の桑原…。
味方には殺生に扱われながら、元・敵には随分と的確に親切にしてもらっているような……。
しかし、彼にはそんなことを考える余裕などなく、身体の半分以上ハエトリグサにバクバクと喰われ、半死半生の状態で叫び散らしていた。

 

「ぎゃあああ!! だずげでぐれー!!!」

ザシュッ

 

顔まで喰われそうになった桑原だが、突然彼を喰っていた巨大ハエトリグサが根本を斬られ、痛みに耐えかねて彼をほおりだした。
床を勢いよく転がりそうになった桑原だが、別の植物が彼へ向かって突進してきている。
それもハエトリグサよりも残忍で、一瞬喰ってしまいそうな……万事休すかと思われたが、いきなり誰かに腕をつかまれ、何とか回避。
そのまま強引に引っ張られ、天井まで跳び上がって、シャンデリアに着地した。

「大丈夫か、桑原!」
「あ、ああ…けど、今のって……」
「ウルフ、平気か?」
「大事ない」

マミィの言葉とそれへの返答で、ぎくっとする桑原。
ひっつかまれた時には、相手の顔など見る暇がなかったので気がつかなかったが……おそるおそる見てみると、そこには例のむかつくロン毛の美形男がいた。
ということは、確認しなくても分かることである。
自分はこの気に入らない狼野郎に助けられたのだと…。

 

 

「おい、桑原。礼くらい言えよ」
「うるせー!! 誰も助けてくれなんざ、言ってねえ!!」
「…言ったじゃねえか…」
「やかましい! この包帯グルグル巻きが!!」

苛立ち紛れに、突っ込んできたマミィを殴ろうとする桑原。
相手が正しい分腹が立つのだろう…しかし、まあ本気で殴る気にはなれずに、軽くかすっただけだったが。
だが、それのせいで残り少なかったマミィの包帯が取れ、本性が露わになってしまった。
そう、顔の部分が……。

 

「てめえ、包帯とるんじゃねえよ!! 残り少なかったのに!」
「……反則だろ」
「は?」
「ミイラだろ、おめえ…」
「そうだけど」
「だったら、包帯の下はアジの干物みてえに干からびてるはずだろうが!! 何で…ふ、普通の顔なんだー!」
「桑原……無理すんな。普通じゃねえだろ、どうみても……少なくとも、おめえよりは美形だぞ」
「うるせえ!!」

目にうっすらと涙を浮かべながら、ぎゃんぎゃん怒鳴る桑原。
その顔にははっきりと敗北の二文字が刻まれている……。
好みというものは誰にでもあるだろう。
桑原の容姿がこの世で最もかっこいいという人も、決してゼロではないはずである。

だが……一般論というか、大体の基準というものは世の中に存在する。
もちろん時代によって、それは様々……。
しかし、この時代における一般的な意見を聞くとすれば、おそらくマミィの方がかっこいいと言われるだろう。
まあウルフほど極端ではなかったが、逆に言えば、あそこまで極度の美形ならば諦めも少しつく。
むしろ元来、干からびているはずのミイラがこう顔がいい男では、尚更ショックなのかもしれない……。

 

 

 

「それにしても、このままじゃラチがあかねえな。何とか暴走止めねえと…」
「けど、おかしいぜ。前は暴走しても、ここまで酷くなかったぜ。植物の量も大きさも…何でこんな…」
「おそらく身体がサタンのものだからだ。サタンは意志を持っていた頃、ヨーロッパの最高峰にいたモンスター。意識がなくとも、身体には大量の妖気が残されている。それを消費すれば、このくらいは楽に出来るはずだ。おそろしい男だな…」

「げっ、あのチビがトップなのか!?」
「…それあいつに言ったら、ぶっころされるぞ、てめえ……って、おい!!」
「どうした? お、おい! 飛影!!」

ぎょっとし、叫ぶ幽助。
桑原も同様に……しかし、彼らの言動も無理はない。
二人の…いや部屋中のみんなが見ている前で、飛影はほとんど反撃もせずに、蔵馬へと向かっていっていたのだ。
当然身体はズタボロ……皮膚が破れ、血が流れ、肉が裂かれ、骨がむき出しになっているところまである。

 

「はあはあ…」

時折膝を折りながら、それでも飛影は止まらずに蔵馬へと前進していく。
加勢したい幽助たちだが、自分たちに襲ってくる植物を撃退するので精一杯。
他の面々は生きるだけで必死な者も多いほどなのだから……。

 

だが、何もしなくてもよかったかもしれない。
足を引きずりながら、片腕が動かなくなりながら、目が見えなくなりながら…それでも飛影はたどり着いた。
泣き喚く幼い妖怪に……。

自分に落ちた影が感じたことがあるものだったためか……蔵馬はふっと泣くのを止め、顔を上げた。
一瞬視線を交わした後、蔵馬の顔が一変した。
恐怖と孤独から来る哀愁から、喜びと望みのかなった歓喜の顔へ……。

それとほとんど同時に、飛影が半分倒れるように、それでも蔵馬を傷つけぬように、玉座に膝を落とした。
そしてその小さな身体を抱きしめたのだった……。

 

「落ち着け…バカが……」

 

 

 

 

 

「じゃあ、元気でな」
「おめえらもな」

城の前で最後の別れを告げ合う一同。
この城は元々ウルフの妖力で創られているため、彼が離れれば、ほおっておいても一日保たずに消えるらしい。
彼ほどの実力者が蔵馬の元へ来なかったのは、そのためもあるのだろう。

 

「ウォーロック。たまには遊びにおいでよ。また競争しよ!」
「おう! ヒマあったら、ぼたんもこっち来いよ。ケーキぐらいおごるぜ」

「あんときは悪かったな、マミィ。今度はサシでケンカしようぜ」
「望むところだ」
「つーかさ、包帯巻かなくてもいいんじゃねえのか? 身体がそれだったら」
「ミイラとしてのプライドだ」
「実はさ、服着るのが面倒なのよ、こいつ」
「メドゥーサ、余計なこと言うな!!」
「…服くらい、着ろよ」
「棺は湿気が高いから、暑いんだよ!」

「ほら、パイパーも挨拶しなさい……まだのびているのですか? 最後の乱闘の時には、一人で楽をしていたというのに…」
「ああ、そういえば。針返しますね」
「あら。ありがとう、螢子さん。でもこれは貴女方が持っていてください。蔵馬さんの身体を元に戻さねばなりませんし、パイパーにまた勝手な行動とられたら、困りますから」
「勝手な行動? 何かしたのか?」
「計画以上に人間を小さくしたことです。あそこまでやるようには言ってませんでしたから」
「なるほどなー」

「あの…カーミラさん。あの時はありがとうございました」
「いいえ」
「また今度お茶をしませんか?」
「はい! ドラキュラさん、カーミラさん!」
「……」

「おい、桑原も礼言えよ」
「うるせー! 知らねえっつってんだろ!」
「強情だなー。ま、変わって言っとくぜ。サンキュな、ウルフ」
「いや。大したことはしていないからな。邪眼師にもよろしく」
「ああ! じゃあな!」

 

幽助の一言が合図になったかのように、一気に上昇していく一同。
飛べる者が飛べぬ者を背負って……。
迷わぬように、一瞬で……それでも最後まで手を振り続けていた……。

 

 

 

「いっちまったな〜」
「何か…変わった敵だったな」
「敵っつーか、なんつーか……ま、とりあえず蔵馬元に戻そうぜ」
「そうだな。この針で刺せばいいんだっけ?」
「んじゃ……おい」
「何だ?」
「蔵馬の風船……何処だ?」
「え」

全員が固まった。
そういえば…という顔である。
しかし、城の中かと思ったが、目前の城はたった今消えてしまい、跡形も残っていなかった。
当然蔵馬の風船も……。

 

「ま、まさかあいつら持って…」
「それはないさね! 手ぶらだったの、みんなで見たじゃないか!」
「あんなでけえもんは隠せねえな…」
「……あ、あった」

コエンマの一声に全員が振り返る。

「何!?」
「何処だ!?」
「……」

答えずに、ただ手を上へやるコエンマ。
何故かその手は人差し指だけを立てて、まるで空を指さしているような。
おそるおそる見上げると、そこには……空をふわりふわりと漂い、風に流されていく巨大な風船が……。

「う、嘘だろー!!」
「ちくしょー!!」

びくっ

「うあああああ!!」

 

「和の大バカがー!!」
「せっかくおさまっていたのに、何てことするんだい!!」
「飛影、起きろ! 蔵馬を止めろー!!」
「起きるわけないだろうが! こら、揺らすな! 出血多量で死ぬぞ!」
「それより風船追いかけなくていいの?」
「いいわけねえだろ、行くぞー!!」
「お、おい! 置いてくなー!」

「ああああん!!」

「だから、てめえは顔見せるんじゃねえ!!!」

 

 

大空を漂う巨大な風船。
いっこうに萎む気配もなく(萎んだら困るのだが…)、風に乗って、どんどん遠くへと飛んでいく。
追いつけるか追いつけないかは別として、とにかく植物を避けつつ、追いかけ続ける幽助たちだが……いつも蔵馬を止められる飛影が、あの時の怪我のせいで、失神したままなのである。
もちろんある程度の手当はウルフにしてもらっていたが……。

 

彼らが風船に追いつき、針を突き刺して割るまでの間、蔵馬は幾度となく桑原の顔を見ては、わめき暴走し、近隣を破壊しまくり、それを直してから、再び追いかけたため、何度も見失い……。

結局全てが終わったのは、この1ヶ月後であった……。

 

 

終(本編)