<子守りは大変> 後日談

 

 

「ふう…」
「はあ…」
「は〜…」

桑原家の居間、ソファに寝転んだり、テーブルにもたれかかったりして、ぼんやりとしている幽助・桑原・コエンマ。
かな〜り元気がないようである。
蔵馬が若返る事件が最終的な解決を迎えてから、早一週間。
他の面々はそれぞれの生活に戻り、何事もなかったように日々を過ごしていたのだが……(いや、ぼたんだけはウォーロックと文通しているらしく、前にも増して元気になっていたが)。

どうもこの三人は未だに疲れ切ったままらしい。

「どうしたの?」
「何でもねえ…」

お茶を持ってきてくれた螢子の質問にも、この調子。
桑原は静流によって締め上げられて、別の意味で元気になったが、もちろんそれが終わった後、前にも増してげっそりしたことは言うまでもないが…。
コエンマだけは雪菜から差し出されたお茶を一口飲んだが、それでもやはり元気がない…。

 

「蔵馬さんが元に戻ってから毎日じゃない。何かあったの?」
「別に〜」
「別にってことないでしょ」
「そりゃ、蔵馬くんは小さかった時のこと何も覚えてなかったから、それで文句言えないのとかは考えてるかもしれないけどさ。それは不可抗力でしょ?」

そう、実は蔵馬は縮んでいた頃のことを、何一つ覚えていないと言うのだ。
風船を割った時の第一声が「あれ、ここ何処? みんな何してるんだ?」だったくらい……。
問いただしてみたが、元・敵のことでも知っていたのは最初に襲ってきたパイパーだけ…もちろん顔は見ていなかったのだから、存在オンリーである。

あれほど苦労させられたのに、全てを綺麗に忘れられた……。
これがショックを受けずにいられるだろうか?
元に戻ったら、散々文句を言ってやろうと思っていたのに、何も覚えていないのでは文句の言いようもない。

言ったところで無駄…更には逆ギレされれば、幼かった頃とは違う形で植物攻撃&毒舌攻撃。
実際、少しばかり幼くなった時の蔵馬を語った桑原は、半日ほど立ち直れないくらいの攻撃を受けてしまったくらい……。
なので、結局誰一人蔵馬の幼かった頃のことを語ろうとはしなかったのだが……。

 

 

「違う…」

むっくり顔を上げる幽助。
その顔には何故か後悔の色が伺えた。
苦労はしまくったが、とりわけて後悔するようなことはあっただろうか?

「……忘れてたんだよ」
「そうだ…俺たちは肝心なことを…」
「忘れていたんだ…」

桑原やコエンマも加わって、三人はブツブツと言いながら、立ち上がった。
やつれた面に僅かに浮き立った青筋。
怒りと後悔が同居する、かなり変わった表情だったが…。

「はあ、何を?」

 

「ガキの時の蔵馬の写真、一枚も撮ってねえんだー!!」(×3)

 

桑原家に響き渡る絶叫。
思いも寄らない内容だったためか、しばらくぽかんっとしていた螢子たち。
だが、数日間地獄を体験したせいか、以前にも増して肝が据わってしまったため、それほど驚くこともなく、

「あ、そういえばそうですね」
「もったいなかったわね。あんなに可愛かったのに。だっこして一回ずつくらい撮っておけばよかったね」
「でもそれがどうしたの? 幽助が気にするなんて」
「泣き顔でも写真に収めれば、蔵馬が毒吐く前に勝てるかもしれねえじゃねえかー!!」

 

 

「ほお…誰の泣き顔を?」
「だから、ガキの蔵馬を…って、蔵馬ー!!」

ずさあああああっと後ずさりする幽助たち。
彼らの背後にいつの間にか立っていた人物……紅い髪、緑の瞳、幼さの残る顔立ちながら、今は冷ややかな怒りに燃えている、身長170以上はあるであろう男。
一ヶ月以上幼くなっていたにも関わらず、元に戻った途端、当たり前のように会社へ行ったりしているあたり、やはりただ者ではないと誰もが思った狐。
そして今の会話を一番聞かれたくなかった相手……。

「人の泣き顔を? 何のために使うって言いました〜?」
「え、いや…だから……」
「おしおきが必要ですね…」
「お、落ち着け、蔵馬! おちつ……ぎゃああああ!!!!」

 

 

 

 

「全く……泣き顔なんて撮られて気分のいいものじゃないですからね…」

ブツブツ言いながら、帰路につく蔵馬。
といっても、元々買い物からの帰路についていて、たまたま近くを通りかかった時、狐の聴覚で幽助たちの絶叫が聞こえてきたので、一発ヤキを入れてやろうと、寄り道しただけなのだが。
それだけでわざわざかなりの遠回りをするなど、彼は結構暇なのだろうか?

ふいに後方5m、角度48度の位置に気配を感じ、立ち止まる蔵馬。
角度48度ということは、つまり斜め上ということになる。
普通ならば、そんなところ、ネコか鳥しかいないだろうが……しかし、蔵馬には心当たりがある。
もちろん彼以外にも、幽白FANならば、誰もが予想出来るだろう。

 

「飛影。久しぶり」

見上げた先にいた人物。
それは紛れもなく、木の上やら屋根の上やら鉄塔やら…とにかく高いところから出現しまくる邪眼師・飛影だった。
無言で蔵馬の前に飛び降りた彼の手足には、一週間前にはしていた包帯がない。
もちろん右腕には相変わらずつけているが、それ以外の場所は傷跡すら残っていない。
どうやらあの日の傷は完治したらしい。

「もう怪我はいいのか?」
「……」
「何か?」

「……嘘だろ」
「何がです?」
「忘れているというのが、だ」
「……」

飛影の一言に、すぐには返答しない蔵馬。
それは彼の発言が正しかったことを意味し、同時に何か裏があることも意味している。
そして飛影には問われるであろうことも、分かっていたらしい。

 

「まあね。でも、全部は覚えてないよ」

ニコッと笑って言う蔵馬。
やはりそうかとため息をつく飛影…。
こういう時の蔵馬は、嘘はついていない。
最もだからといって安心出来るわけではないが……。

「断片的に少し覚えてるだけ。まあ、泣いたことは覚えてるけど」
「……幽助たちに攻撃したこともか?」
「え、そんなことあったんですか? そういえばそんなこと言ってたような…」
「(…こいつ自分に都合の悪いところ、綺麗に忘れてるな…)」

ということは、自分が暴走を止めたことも覚えてはいないだろう。
それをネタに少しからかってやろうかとも思ったが、覚えていない以上やっても意味がない。
しかしまあ、自分だけ真実を知っているのも悪くはない。
幽助たちは黙っておくか……少々は苦情ながらも、飛影はそう誓っていた。

 

 

「…飛影には迷惑かけたみたいだね」

少し申し訳なさそうに言う蔵馬。
暴走を止めたことは覚えていなくとも、あの怪我を見れば、どれだけ飛影が大変だったかは一目瞭然である。
最も、蔵馬が元に戻った時には一ヶ月も経っていたのだから、実際は彼が思っている数倍は酷い状態だったのだが。
しかし、飛影はそのことについては、少しも気にしていないし、からかうネタにする気もない。

「フン、今でも充分かけている。むしろ小さい方が楽だった」
「そう? ところで飛影」
「何だ」
「一つ残念だったことあるんじゃない?」
「何がだ」
「俺が小さかった時、当たり前だけど君より身長低かっただろうから。嬉しかった? 視線が下がったこと」

はっとする飛影。
今までの驚きの比ではない……瞳孔が拡張し、開いた口が塞がらなかった。

そういえばそうである。
あまりに極端に小さくなりすぎていて、実感がなかったが……。
幼児になった蔵馬は間違いなく、自分より小さく、そして視線はとても下がっていたはず…。
だが、色々なことがあった上、冗談でもからかえる状況ではなく、またからかったところで通じるわけないと、何もしなかったが……。

蔵馬はあの時…普段彼がからかってくるネタの一つを、完璧に崩していたのだ。
小さい、背が低い、髪の毛でズルしてるなど…。
飛影が一番気にしていることで、しかし本気で怒れないようなことでからかってくる蔵馬。
それがあの時は逆転されていたのに。

そんな大切なことを忘れるとは……。

 

 

「? 飛影?」

ひょいっと飛影の顔を覗きこむ蔵馬。
わざとか、自然になっただけなのか、わざわざ膝をかがめて、小首をかしげてまで…。
激怒したいところだが、ここで怒れば後が怖い……。

「な、何でもない!!」

怒りを抑えながら、全力で走り出す飛影。
あれ以上側にいては、何を言われるか分かったものではない。
激怒して攻撃でも出来る桑原たちならば別だが、何をされるか予想がつかないのが、蔵馬の怖いところ。
その場で暴走しまくってくれる赤ん坊の時の方が、どれだけマシだったか……。

 

「(……蔵馬は小さいままの方が、世の中のためかもな……)」

走りながら、ふいに思う飛影。

あの純真無垢で懐いてきて、絶対にからかったりしない。
怒りも悲しみもその場でそのまま表現してくれる。
決して、後に恐怖は待っていない。

 

いざなってみると、不安になったりするものだが、いざ戻ってみると、やはりあっちの方がよかった。
だが、おそらくはもう一度小さくなってしまった場合も、やはり不安になるのだろう。
そう思ってしまうのは、ヒトとしてよくある話だが。

この矛盾している心理は、どうしてもぬぐいきれず、しばらく飛影は蔵馬の前に現れなかったのだった……。

 

 

終(後日談)

 

 

〜作者の戯れ言〜

やっと終わりました。
結局、蔵馬さん、何日間小さくなってたんでしょうね(笑)
幼くなった蔵馬さんと、敵らしくない敵さんたち、いかがだったでしょうか?
みんな個性的で、結構書いてて楽しかったです。
最も元々オリ小説のキャラクターたちなんで、入れ込みは大きいんですが(パイパーは違いますが)

そういえば、蔵馬さんの台詞ほっとんどありませんね〜。
最初の1.2話と後日談くらい?
後は泣き声オンリー…。
それにしても小さくなっていた間、飛影くんたち不幸でしたねー。
敵にやられるとかじゃなくて、小さくなった味方にやられそうになるんだから……。
戻った後も苦労の連続のようで。
小さい時でも大きい時でも、結局苦労は絶えないようですね(笑)

ちなみにこの話はフリー小説です。
もしお気に召した方がいらっしゃいましたら、どうぞお持ち帰りください!
ただし著作権は放棄していませんので、加工や再配布などはおやめください。
まあ、そんなことする暇人な方はいないと思いますが(笑)

 

 

 

 

〜おまけ・裏話〜

実はこの物語に出てくる敵キャラらしくない敵キャラさんたち。
パイパーを除いて、全員オリジナル小説のキャラクターなんです。
といっても、主人公ではなく、脇キャラですけど。

とある長編の番外編に出てくる、準主役の兄弟とその仲間たち。
本編でも出てくる予定ではありますが(予定は未定で決定ではない…/爆)
少しこの話とは立場が違いますが、性格や容姿なんかはそのまんまです。
なので、その話を書き出した時に描いたイメージイラスト、ついでなので展示しますね。

右上のロングヘアで茶髪の人がウルフ(これでも精一杯美形にしたつもり…)。
左上の藍色のロングヘアの人がフラン(身体のつぎはぎ描こうとしたら、グロテスクになったので後ろ姿です…)。
その下の女の子がメドゥーサ(実はあの髪の毛、目が光った時は蛇になる設定だったりも…)。
隣の男性がドラキュラ(結構強いヒトなんだけど、出番なかったな…)。
金髪の女性がカーミラ(上手く巻き毛にならなかった…)。
包帯ぐるぐる巻なのがマミィ(普段はもうちょっと包帯巻いてます…)。
全身黒づくめでホウキ持っているのがウォーロック(これでも男の子です…)。
青い髪の小さい子が台詞すらなかったサタン(実は結構しゃべる子なんですけどね…)
手前にいる黒づくめでホウキ持っている紫の髪の子は、今回出てこなかったウォーロックの弟です(いちおう、これでも男の子です…)

この話もまだあんまり進んでないんですが、そのうちオリ小説サイトの方へUPすると思います(当分先…かな?)
というわけで、もし彼らがお気に召してくれた方がいらっしゃいましたら、UPした暁にはよろしくしてやってくださいです!
多分悪い連中ではないと思うので……。
ちなみにパイパーは出てきませんので、彼が気に入っている方はすいません。