<子守りは大変> 13

 

 

「おい、本当にこっちなんだろうな!!」
「嘘ついてどうすんだよ、今更」

幽助たちが走った廊下を、その僅か数十秒後。
今度はマミィを先頭にして、桑原・コエンマ・螢子・静流・雪菜が走っていた。
風船を全て破壊し終えたので、階段を上ったところ、コエンマたちのいる部屋へやってきたので、そのまま案内を強要したのである。
その際、彼らの目的も聞き、激怒したことは言うまでもないが……怒りながらも、時間がないと姉に諫められ、その場は何とか収まったのだった。

飛影の邪眼がなくては、どちらへ進んでいいかなど分かるわけがない。
マミィは仲間を裏切ったわけではないが、しかし自分のやりたいようにやる主義なので、まあ案内くらいはしてやろうと、大広間へ連れて行くことにしたのだ。
最もマミィの真相を知っているのはコエンマだけで、桑原は脅してやらせているつもりなのだが。
つくづく政権交代…いや、善悪交代してしまっている話である。

 

「時間的にはどうなんだ!? 蔵馬はもう…」
「あの二人に邪魔されてなかったら、そろそろ……うわっ!!」
「きゃあっ!」
「な、何だ!?」

ゴゴゴゴゴッ……

突如、床が激しく揺れ、マミィ以外の全員がその場に倒れた。
倒れなかったマミィも立っているのが精一杯で、走ることは不可能である。
まるで大きな地震が起こったかのよう……揺れはすぐにおさまったが、しかし起きあがる前に再び揺れが襲ってきた。

「何だ、これは!?」
「知るか! こんなトラップはなかったはずだ!」
「……おい、コエンマ」
「何だ、桑原…」

何かに気付いたらしいコエンマと桑原。
呼び合っているが、何故か二人とも顔から血の気が引いて、随分と引きつった表情をしている。

 

「どうしたんだよ。お前等」
「いや…な。ちょっとこの揺れ心当たりが……」
「本当か!?」
「ああ…あんまり考えたくはないが……」

二人の脳裏に浮かんだ過去の悪夢……5話目の下から11行目。
音の大きさこそ違えど、確かこんな感じだったような気がする。
信じたくはなかったが、次の、

 

ドオオオンン!!!!

 

という音が聞こえ、そしてそれに混じって、

「だああ!!」

と、誰かさんの断末魔が聞こえた時、その推測は確信になった。

 

「マズいな、普通に」
「ああ。魂抜かれるよりも数倍マズい…」
「はあ? どういうことだ?」

コエンマの危機迫るといった言い方に、きょとんっとするマミィ。
魂をとられるよりも危険なことなど、あるのだろうか?

しかし、この数秒後。
彼も事の真相を知ることとなる。
最も事態はコエンマたちが予想していたのを、遙かに上回る厄介さに発展していたのだが……。

 

 

 

「これは…一体……」

大広間中、植物だらけ。
もう魔界も人間界も霊界も、季節も空間も時間帯も、何もない。
食妖植物だろうが、オジギソウだろうが、吸血植物だろうが、ドロセラだろうが、ドロソフィルムだろうが、ネペンテスだろうが、ビブリスだろうが、ハエトリグサだろうが、毒キノコだろうが、カビだろうが、トリカブトだろうが、ジギタリスだろうが、ケシだろうが、コカだろうが、大麻だろうが、杉だろうが、ケヤキだろうが、氷河の国の植物だろうが、ウルシだろうが、ハゼだろうが、銀杏だろうが……周囲の山の植物まで呼び込んで、もはや室内は地獄絵図と化していた。

あまりの光景に、硬直を避けられないマミィ。
しかし桑原たちとて、何度か見ているにしても、慣れてはいない。
開いた口が塞がらずに、広間の入り口で呆然としてしまっていた。

「おい、桑原! 何、ぼーっと突っ立っていやがる! そっち行ったぞ!」
「へ? うわわわわっ!!」

一匹のオジギソウが入り口の一同へ向かって、襲いかかってきた。
慌てて桑原が霊剣で斬りつけるが、蔵馬曰く「半端な攻撃は逆効果」の植物である。
当然、他のオジギソウたちは仲間が斬りつけられたと、桑原に襲いかかってくるわけで……。

 

 

「うわああ!! こっち来んなー!!」

叫びながら、逃げまどう桑原。
廊下へ逃げれれば良かったのだが、しかし廊下へは床を伝って別の植物が待ち受けていたため、意味がなかっただろう。
彼がそうしているうちに、螢子たちへも植物は襲いかかっていった。

「きゃあああ!!」
「螢子!!」
「雪菜!!」
「雪菜さん!! 姉貴!!」

大量の食妖植物…いや、人間である螢子たちにも襲いかかってきたところを見ると、人妖共通食用植物なのだろう。
前の食妖植物とは若干形が違うようだし……。

「んな解説してる場合かー!! 螢子ー!!」
「雪菜さーん!!」

駆けつけようとする飛影・幽助・桑原だが、実際問題自分が生き残るのも必至の状態で、螢子たちへ意識が行った途端、植物が足やら腹に噛みつき、身動きが取れなくなってしまった。
もちろん彼らなのだから、それくらい脱出は出来るだろうが、しかしもう間に合わない!
コエンマの結界も、魔封環を二度も使ったのだから、霊力消耗が激しいはず……おそらくはほとんど効かないだろう。
正に絶体絶命……。

 

「ちっ! 全員俺の後ろにいろ!!」

ばっと身体の包帯を引きはがすマミィ。
ところどころで引き裂くと、襲ってきた植物たちを縛り上げた。

「くそっ、こいつら強い! 包帯じゃ抵抗しきれねえ…なるべく身をかがめてろよ!」

そう叫ぶと、マミィは女性たちから離れ、植物の中へ飛び込んでいった。
螢子たちを襲おうとしていた他の植物たちも、彼が仲間の首を絞めていることに気付いて、後を追う。
その光景を横目で見た幽助たちの心境は、実に複雑なものだった。

「……助けてくれたのはいいが…」
「何かな〜」
「……」

 

 

植物を避けながら、同時に自分に惹き付けながら、マミィが向かった先。
それはフランと…おそらくは蘇っているであろう悪魔・サタンの元だった。
後ろからコエンマが必死になってついてきていることには気付いていたが、とりあえずは無視して。
いちおう彼に攻撃が向かないにようにだけは注意しているが、それだけでも充分だったろう。
つくづく悪役には向かないタイプである。

「おい、フラン! 大丈夫か!」
「え、ええ…何とか…」

フランが特に怪我もなく、ただ床に座り込んでいただけなのを見て、ホッとするマミィ。
もちろん放電して攻撃を防いでいたためだが、しかしそれも時間の問題のようだった。

「どういうことだよ、これ。サタンはどうなったんだ!?」
「サタンさまは……復活されたはず…なのだけど……」

言いにくそうにしているフラン。
ふとマミィが顔を上げると、そこには俄には信じがたい光景があった。

黒いカーテンはもはやなく、部屋のどこからも丸見えになっている玉座。
そこに腰掛けていたのは、間違いなくサタンだった。
玉座の前の台には、ぴくりとも動かない幼い妖狐の姿があり、何があったかは一目瞭然。
あまりマミィは気に入らなかったが、しかしそのために日本へ来たのだから……。

 

だが、今はそういうことを考えていなかった。
人間に殺されかけ、半死半生の状態で、意識もなく、ただ座っているだけだったサタン。

しかし、生前…つまり動いており、意識があり、意志もはっきりしていた頃の彼のことは、よく覚えている。
例えそれが数十年前の話でも……。
悪魔一族の御曹司で、クールで、生意気で、そのくせキレやすくて…でも一緒にいると楽しい、変わった奴。
何よりプライドが高くて、数百年の付き合いでありながら、彼が泣いたのを見たのは、母親が死んだ時の一度きりだった。
それも部屋の隅っこで、人に見られないようにして……。

 

 

それなのに……今のサタンはあの頃とはまるで違った。
泣いている。
それも大きな声を上げて、大粒の涙を流して……。

一体何があったのか……。
植物が部屋を埋め尽くしているのを見たのよりも、数百倍マミィはショックを受けていた……。

 

「あぶない!!」

吸血植物が彼に襲いかかろうしたのを見て、慌てて突き飛ばすコエンマ。
床に倒れ込んだ彼の頭上を植物が通過……しかし、よくよく考えてみれば、彼には血がないのだから、突き飛ばすこともなかったかもしれない。
が、マミィが素直にも、

「サ、サンキュ…」

と言ったので、今更言うのも…と思い、黙っていることにした。

改めて泣き叫んでいるサタンを見上げるマミィ。
隣に立ってコエンマも彼を見上げた。

何について泣いているのかは分からないが……この泣き方、この植物の嵐、この無鉄砲なやり方。
心当たりは一人しかいない。
だが、その人物は今、魂が抜かれているはず……。

 

 

 

「もしかして……そうか! 分かったぞ!」
「な、何がだ」
「あれは、サタンじゃない。蔵馬だ!」
「えっ…」

コエンマの言葉に、驚きを隠せないマミィ。
それは側で聞いていたフランも…そして、騒ぎを聞きつけて集まってきたウルフ・メドゥーサ・ドラキュラ・カーミラ、ぼたんと共に現れたウォーロックも同じだった。
もちろん幽助や飛影、桑原や螢子たちも同じである。

信じがたいことだが……コエンマが『蔵馬』の言葉を出した瞬間、サタンはぴくっと反応し、泣くのを止めたのだ。
そして、おどおどとした瞳でコエンマを見つめている。
周囲の植物たちも蔵馬の気持ちに同調するように、動きを止めた。
それはまさしくコエンマの発言が正しかった証拠。
コエンマ自身、何処か半信半疑なところがあり、確証はなかったが、これではっきりとした。

 

一歩一歩、玉座へ近づき、サタンへと歩み寄る。
ごくっと全員が息を潜めて見ている前で、コエンマはサタンを抱きしめた。
サタンを知っている者ならば、こんなことをされれば、未来永劫地獄の苦しみを…というのもいいところだと、ぞっとするかもしれない。

しかし、今のサタンは……彼が言った通り、サタンではなかった。
コエンマに抱きしめられた途端、ほっとしたのか、力が抜けたように、彼にもたれかかったのだ。
それは正に幼い蔵馬そのもの……。
そっと抱き上げながら、コエンマは広間に集まった全員に視線を送り、言った。

 

 

「……サタンが蔵馬の妖力を奪って復活したわけではない。蔵馬自身がサタンの身体に憑依している状態なんだ」
「そんな……馬鹿な…」
「あり得ない話ではない。肝心なのは、バイオリズムと妖気の質だ。まさか、あそこまで波長がぴったりあうとはな…」
「じゃあ…そいつの魂じゃ、サタンは復活出来ない…」

床に座り込む敵…と呼んで良いのか分からないが、とりあえず敵である者たち。
あの明るかったメドゥーサやウォーロックですら、落胆を禁じ得ずに、脱力してしまった。
ウルフは一人立っていたが、それでも表情には苦々しさが浮かんでいる。

遙か海の向こうから、危険を冒してまでやってきたのに。
ここへたどり着くまでだけでも、どれだけの危機にさらされたことか……骨折り損のくたびれもうけもいいところである。
まるで、手に仕掛けていた宝が、急にすり抜けていってしまったような。
しかしこれは…傍目には主人公たちが敵に裏をかかれて、力が抜けてしまったようにしか見えないが……。

 

 

 

「お前たちには何の価値もないだろう。このまま返してもらおうか」

「……そうだな」
「貰っても仕方ないんだもんね。返すのが普通だよ」
「悔しいけど、しょうがねえよな」
「その代わり一回こっちよこせ。そっちの身体に戻すから」
「ああ、分かっている」

……普通、こういう状況になって、素直に返す敵がいるだろうか?
逆上して、殺すなり何なりするのが一般的だろうに。
やはり敵らしくない敵である。

 

 

「なあ、コエンマ……こいつら、これからどうすんだ?」
「子供になった大人は全員元に戻したんだろう?」
「ああ、風船は割ったぜ」
「じゃあとっくに戻ってるな。失踪した連中は全員この城にいる。鍵もかかってないから、勝手に出て行くだろうさ。看板立てといたから」
「……ここにくるまでの、あの親切丁寧な立て札は、てめえらのか…」
「ああ。分かりやすかっただろ?」

そういう問題だろうか?
確かに山へ入ってから、道なき道を進んでいる間、とても楽ではあったが……。

 

「それで…」
「ああ、こいつらの処分か? 管轄が違うから、裁判はあっちの審判の門で行われることになるな」
「……無罪放免って無理ですか?」

おずおずと切り出すぼたん。
それを聞いて、フランたちはかなり驚いたものだが……。
何せ仲間を奪い取って、魂まで盗ったのである。
いくら今から返すとはいっても、憎まないわけがないのに……。

しかし…ウォーロックと飛んでいるのは、本当に楽しかった。
彼女にとって、ウォーロックは敵ではなく、友達なのだ。
もし捕まれば、妖怪なのだから死刑になってもおかしくはない。
それだけはどうしても避けたかったのだ……。

 

 

「管轄外だからな」
「そうですか……」
「だから無視ってことも出来る」
「はい?」

「こっちに来たこと、黙っていればいいだけだろう。資料は借りたが、何が起こったかまでは言わなかったからな。通訳士がいなかったから、言えなかっただけとも言うが」
「コエンマさま!!」

がばっと上司に抱きつくぼたん。
その瞳には僅かに涙が浮かび、嬉しさで満ちあふれていた…。
螢子たちも今度の敵…と呼ぶべき立場の者たちが、本当の悪には見えず、死んで欲しくないと思っていたため、嬉しさを囁き合っている。

幽助たちは少しばかり複雑な心境だったが……それでも、生きていて欲しいことには違いなかった。
怒りが失せている今となっては、マミィにした仕打ちを反省しているほど。
今度は一対一でケンカしたい……そんな風に思っていたのだから。