<子守りは大変> 12

 

 

地下から上る階段は螺旋状になっており、およそ4階分…地下から上がってきたのだから、3階に位置するところまで続いていた。
そこは廊下だが、彼らが通ってきた道ではない。
ふと妖気を探ってみると、先程対峙したメドゥーサの気配がした。
本人がいるというよりは、彼女が通った後のようである。

「あいつ、ここを通ってったのか?」
「それだとウルフの気配がしないのはおかしい。だが、メドゥーサが使ったということは、それほど危険はないだろう。ウルフなら別だがな」

それはそうだろう。
ウルフならば、罠を大量に仕掛けても全て覚えていて回避しそうな感じがするが、メドゥーサがそんな面倒なことをするとは思えない。
引っかかる引っかからないは別として、あまりそういうことには興味がなさそうである。
この短時間で相手の特徴や考え方を見抜いてしまえるとは……流石というべきか、単にメドゥーサが単純なだけなのか。

 

「あっちは下りる階段になっているようだな。とりあえず、向こうへ行ってみるか」
「そうだな」

しばらく細い廊下を進んでいくと、急に開けた空間に出た。
大きさはウルフたちがいたところに似ているが、造りは大分違っていた。
薄い茶色の煉瓦が敷き詰められ、壁には奇妙な模様が描かれている。
何処か今までの部屋とは雰囲気が違うような……。

「何かエジプトっぽいな、この絵」
「そうなのか?」
「ああ、これはアヌビスだし、こっちはバステトだし……げっ、棺まである。変わった趣味だな」
「おい、あっちに縄ばしごあるぜ!」

壁画を見入っていたコエンマだが、幽助に言われ、そちらを向いた。
部屋の一番奥…確かに縄ばしごがかかり、それは遙か上へとのびている。
かろうじて見える先端は、どうやら上の部屋へと通じているらしい。

 

 

「上ってみるか」
「そうだな。他に出口らしいものはないし」

縄ばしごへ歩み寄り、まずは落ちてこないかどうか、幽助が両手で強く引っ張ってみた。
しかし、体重をかけながら引っ張ってみたが、ちぎれたりする気配はない。
かなり丈夫な縄のようである。

「んじゃ、俺から行くぜ」
「気をつけろよ」
「わーってるって!」

まず幽助が上り、続いて飛影が蔵馬を片手で抱えたまま上がり、最後にコエンマが縄に足をかけた。
だが、思うように順調へは上れない。
一度上ってみたことがある者ならば分かるだろうが、縄ばしごというものは、見た目以上に不安定で上るのが難しいものなのだ。
木や鉄の階段とは違い、足をかけるところが揺れる上にカーブするため、一歩一歩がかなり大きくなるのだ。
片足だけの状態になった瞬間には、全体重が一本のロープにかけられるため、尚更ロープは揺れてしまう。
ましてこの縄ばしごは丈夫の割りには古いのか、ロープが伸びきっている。
ゴムひもとまではいかないが、ようするにそんな感じのため、なかなか上へは上がれないのだ。

 

「ったく…無駄に体力使わせやがって……一人上がって、後から三人引き上げた方がよかったんじゃねえのか?」
「上に何があるか分からんのに、単独行動させられるかい…文句言う暇と元気があるんだったら、とっとと上れ」
「しょうがねえだろ。これ油でも塗ってんじゃねえのか。無茶苦茶滑るぜ…」
「確かに……ん?」

ふと何か思いついたらしいコエンマ。
いや、何かに気付いたといった方が正しいだろう。

「(待て…自分たちが使うための縄ばしごなら、何故こんなに古く上りにくいものを置いているんだ? 普通はこんなもの誰も使わないぞ。代えるか、普通のはしごをかけるかにするはず……じゃあ、一体これは…)…しまった!!」
「ど、どうしたコエンマ?」
「下りるぞ! これは罠だ!」
「わ、罠? どういう意味だ!?」
「考えてもみろ! 自分の屋敷で自分の使う物をボロいままにしておくやつがあるか! この縄ばしごは連中が使っているんじゃない! 侵入してきた奴等の足止めになるように置いてあるんだ!」
「ま、マジかよ!? くそっ! コエンマ、さっさと下りろ!」

やっと事の重大性に気付き、慌てて下りようとする幽助。
しかし最初に上っていたのだから、当然彼の下には飛影やコエンマが上ってきている。
戦いなどに不慣れなコエンマが速く動けるわけもないし、蔵馬を抱えているために片手しか使えない飛影も似たようなもの。
かといって、かなり上った後のため、ここから飛び降りれば、ただではすまないだろう。
敵をまだ倒していない以上、今は怪我をするわけにはいかないのだから……。

 

 

「さっさと行けって!」
「これでも全速力だ!!」
「へえ、マジでひっかかってやがる」

突如、幽助たちでない誰かの声が聞こえてきた。
誰にも聞き覚えのない、少年らしい声……主を捜し、周囲を見渡すと、真下に二つの人影が見えた。
丁度、縄ばしごよりも一歩下がった辺りで、こちらを見上げている。
一人は青みのかかった黒く長い髪の…おそらく女性だろう。
もう一人は幽助ほどの背丈で全身に包帯を巻いた奇妙な姿の人物。
顔はほとんど見えないが、しかし口元は笑っているように見えた。

ほとんど本能的に、先程の声の主が包帯男の方だと踏んだ幽助。
流石に飛び降りるわけにはいかないが、ともかく下を睨み付けて、怒鳴った。

「てめえの仕業か!」
「ああ。アイディアはフランに出してもらったんだけどな。まさかマジでひっかかる奴がいるとは思わなかったけど」
「何言ってるんですか、マミィ。貴方も昔、同じ手にかかったでしょうに」
「んな昔の話、どうでもいいんだよ! さっさと仕事するぞ!」
「はいはい」

軽く息を吐きながら、フランというらしい女性はそこから更に2〜3歩下がった。
それを確認した後、マミィと呼ばれた包帯男は右腕の包帯に手をかけ、しゅるしゅると解き始めた。
飛影のように黒龍波でも刻まれているのかと思ったが、しかしそれにしては随分と長い。
一体どれだけ巻いているのかというくらいである。

しかし、解くスピードはかなり速く、相当の長さの包帯を解いたが、それでも2秒ほどしか経っていなかった。
解いた部分の包帯をちぎると、片方の端をしっかりと持ち、そして再び幽助たちへ視線を戻した。
いや、彼が見ていたのはただ一人……それは幽助でも飛影でもコエンマでもなかった……。

 

 

 

「いっくぜー!!」

肩を大きく振り回し、長い包帯をしならせるマミィ。
普通、こういう布のようなものは長くしすぎると、全てが動くのは無理がある。
だが、マミィの包帯は違った。
おそらく妖気が込められているのだろう、包帯全体がマミィの意志通りに動くらしいのだ。

そしてマミィが手にしているのとは反対側の先端は、真っ直ぐ幽助たちの元へ。
狙いは一つだった。

「っつ! ……蔵馬っ!!」

一度飛影の両眼に命中させ、彼の力を抜くと、瞬時にゆるんだ手から蔵馬を奪い取り、そのまま降下。
何が何だか分からないまま、蔵馬はマミィの目前まで包帯によって引っ張られるように落ちてきた。
そのまま落とすつもりではなかったのだろう、ちゃんと空いている方の手で受け止めてはくれたが。

一瞬の油断が招いた悲劇。
それが飛影には許せなかった。
マミィに対しても自分に対しても……。

 

 

「貴様ー!! 蔵馬を返せー!!」
「って、おい! 飛影、待て! この高さから落ちたら…」

コエンマが止める暇もなく、縄ばしごから手を離し、蔵馬を急降下していく飛影。
しかし蒼白になっているのはコエンマだけで、幽助も次の瞬間には同じように手を離していた。
土壇場になると、人間も妖怪も何でも出来るのだろうか?
普通ならば即死もいいところだが、二人は見事に着地。
マミィやフラン、コエンマをも驚かせたほどである。

 

「すげーな、お前等」
「てめえの賛辞なんざ聞きたかねえ! 蔵馬を返せっつってんだ!!」

着地と同時に駆け出す幽助と飛影。
二対一では分が悪いはずだが、しかしマミィは焦った様子もなく、突っ立ったままである。
殴るだけの単純攻撃なら交わせると思っていたのだが……幽助の行動は意表を突くというよりは、全くもって無謀で後先考えない攻撃だった。

「くらいやがれ、霊がーーん!!」
「ゆ、幽助!? ちょっと待…」
「え、ええええぇっ!? 嘘だろー!!?」

突然、目の前に巨大な気の弾丸が襲ってきたのだから、驚愕しないわけがない。
だがこの場にいれば、死あるのみ……。
しかしマミィは僅かに動きこそしたが、逃げることはなかった。
幽助たちへ背を向け、フランを突き飛ばして床へ伏せさせると、その上に覆い被さった。
もちろん蔵馬は抱えたまま……。

 

 

ドオオオオオオンッッ!!

 

 

 

 

「……やったか!?」
「……直撃…したな…」
「よっしゃー!」
「何が『よっしゃー!』じゃ! ばかもんがー!!」

ドッシーン!

ガッツポーズを決める幽助の落下してくるコエンマ。
自力で下りてきたにしては、落ちてくるのは不自然だが……。
まあ簡単に言えば、先程の幽助たちの攻撃で起こった爆風に吹っ飛ばされただけで、たまたま幽助の上に落ちただけである。

「コ、コエンマ。何しやがる、てめえ!」
「落ちたのは偶然だが、そうでなくとも殴るつもりだったぞ! お前等、蔵馬もろとも撃っただろうが!!」
「……あ」
「『あ』じゃない!!」

気付いた途端に真っ青になる幽助。
隣に突っ立っている飛影は、その数秒前から今の幽助のように呆然としていた。

 

今日最後の一発とかいう問題ではない。
いくら植物が操れるとはいえ、いくら無茶苦茶な召還や生長が出来るとはいえ、今の蔵馬は子供なのだ。
何が起こったか分からない状況に対応出来るわけがない。
無防備な者があんな巨大な霊丸を喰らえばどうなるか……それは火を見るより明らかである。

未だおさまらず、もうもうと立ちこめる煙を前にして、一言も話せずにいる3人。
が、飛影は何もしていなかったわけではなく、額の包帯を外して邪眼で確認を急いでいた。
煙の中へ飛び込みたいところだが、中へ入ってしまっては邪眼の力も半減してしまう。
とにかく急がねば……望み薄とはいえ、希望がないわけではない!

 

 

と、突然煙の中から風が巻き起こった。
ただの風ではない。
晴れていく煙や風の間から、先程の包帯が見え隠れしたような……。
ということは、包帯の主は生きているのだろうか?
しかし、別段幽助達は彼の心配をしているわけではないし、生きていても別に焦るほどのことではない。

だが……。

 

 

 

「うわああん、あああん」

小さく…それでもはっきりとした子供の泣き声も聞こえてきたため、はっと正気に戻った。
この可愛らしい声は他の誰でもない、彼のもの以外には考えられない!!

 

「蔵馬!?」
「無事か、蔵馬!!」

幽助が叫んでから、ほどなくして、煙が完全に晴れた。
包帯がボロボロになったマミィと、かすり傷だけですんだらしいフラン。
そして、マミィの腕には紛れもなく……。

「蔵馬!!」
「おい、怪我させてねえだろうな!?」
「お前自分で撃っといてな〜」

幽助の発言に呆れるコエンマ。
しかし、内心は蔵馬が全くの無傷らしいことに、ホッとしていた。
飛影の顔にも安堵の色が伺える。
状況は改善されていないが、それでも生きているだけで、今は安心したかった。

 

一方、マミィは片手で蔵馬を抱え、ボロボロになった部分の包帯をちぎり、床へ投げ捨てていった。
全身ほとんどかと思われたが……霊丸の衝撃で破れたり焼けたりしたのは、表面の包帯だけで、身体に近い側の包帯は大してボロくなっていなかった。
むろん何十にもグルグルと巻いているからだが、ということはつまり本人に傷はないということに。
幽助の巨大霊丸を喰らってなお、生きており、更には無傷とは……。
しかし、マミィはそれを自慢することもなく、ちぎった包帯を全て床へ投げ捨てると、幽助をびしっと指さし、叫んだ。

「あぶねえだろ、お前! 俺はいくらやられても平気だけど、こいつは違うだろう!! お前、仲間に対してなんつーことしやがんだ!!」
「敵ながら、一理も二理もあるな」
「わ、わるかったな…つーか、何でてめえ生きてやがんだ! ついでに無傷だし!!」
「はあ? わからねえのか? 俺生きてねえよ」
「……へ?」

突拍子もない発言に、ぽかんっとする幽助。
だが、コエンマはそれほど驚いた様子もなく、マミィをマジマジと見つめた。

 

 

「確かに…生きている気配がないな……そうか! ミイラだな、お前は!」
「そうだ」
「おい、コエンマどういうことだ!?」

バッとコエンマを振り返る幽助。
飛影もよく分かっていないらしく、マミィを睨み付け、隙を窺いながらも、コエンマの話に耳を傾けた。

「ミイラくらい知らんのか、お前は……」
「知るか、んなもん!」
「……早い話が死体だ。こいつはもう何千年も前に死んでいる」
「なっ……」

コエンマの言葉に、驚異する幽助と飛影。
確かにさっきからのこの男は、何だか今までの敵とは少し違う気がする。
妖気の質とかではなく……そう、生きている感じがしない。
幽助はあまり敵を殺したことがなく、その死体をじっと眺めたことがほとんどないため、分かりにくいのだから、何百人も妖怪を斬ってきた飛影には、その雰囲気がすぐに読み取れた。

 

「じゃあ、何でここにいて、動いてやがんだ!? 霊体じゃねえだろ!?」
「いや、生きている者よりは霊体に近いだろう。つまり実体のある、誰にでも触れことが出来る霊体だな。肉体に特殊加工することによって、死んだ魂を呼び戻し、復活したモンスター。ただし、幽助が生き返ったのとはワケが違う。生命エネルギーもなければ、大覚醒でもないからな。死んでいることに代わりはない」
「……つまりどういうことだ」
「今の説明で分からなかったのか?」
「分かるか!」

割と分かりやすい説明だったと思うが。
しかし、これ以上説明しても無駄と踏んだコエンマ。
一番肝心なところだけを、納得させるべく、一つの問いを出した。

 

 

「お前、死んだ奴を殺せるか?」
「死んだ奴を? 死んでんだから、もう殺すも何も……あっ!」

ようやく気付いたらしい幽助。
飛影はその前の説明から分かっていたらしく、声を張り上げるようなことはなかった。
が、理解したがために状況の困難さを再確認したという点においては同じである。

「そういうことだ。こいつは殺せない。もう死んでいるからな。半永久的にこの世に存在するモンスターだ」
「随分と時間かかったな。ま、そんなこった。俺と戦っても、てめえら勝てねえよ」
「うるせえ! 殺すのが倒すことじゃねえだろうが!!」

もう一度向かうべく、構えを取る幽助。
マミィはこの諦めの悪さに呆れる前に感心したが、しかしのんびりしていられないのは自分も同じと、蔵馬をフランに手渡した。

 

「フラン、後頼むぜ。俺はここでこいつら食い止めるから」
「……ええ。気をつけて」

蔵馬を抱きかかえると、フランは一番近くにあった棺へ歩み寄り、その蓋を開けた。
そこには通常入っているはずのミイラも宝もなく……何と、向こう側へ抜ける出口があったのだ!
縄ばしごという、誰でも上りそうな罠を仕掛け、本当の出口は大量にある棺の一つへ隠しておく。
何という相手の心理をついた戦術だろうか。

マミィの話からすれば、縄ばしごのことを彼に教えたのはフランだという。
ということは、この隠し扉もおそらくはフランだろう。
そして、飛影がひっかかったあの床が抜けるトラップも。

つまりそれだけあの女性は危険だということだ。
そんな人物に蔵馬が手渡された……このままにしておいて、いいわけがない!!

 

 

「待ちやがれ、このアマー!!!」

出口へと消えようとするフランを止めようと、走り出す幽助と飛影。
だがマミィの包帯が、二人の足をすくった。
そのまま床へ倒れ込むことはなく、すぐさま包帯も断ち切ったが、その間にフランは蔵馬を抱いたまま、出口を通過。
向こう側には別の扉があるのか、ガシャンと音を立てて閉まってしまった。

ここで蔵馬が暴走してくれれば、よかったのだが……どうも蔵馬はフランが平気らしいのだ。
いや、今までの経験上、抱かれたマミィも、直視したであろうウォーロック・メドゥーサ・ウルフ・パイパーも平気のはずである。
ということは、今のところ蔵馬が怖いのは桑原ただ一人……ある意味、すごく貴重だが、今から呼びに行っても遅すぎる。
連れてこればよかったかと思うが、しかし後悔している暇などない!!

 

 

 

「てめえ…」
「……殺す」

マミィを振り返った二人の形相……それは、コエンマが今まで見てきた表情の中で、おそらくは最も恐ろしいものだっただろう。
あまりの怒りに返って冷静になるなど、飛影はともかく幽助らしくない。
その怒りがただ相手のせいだけではなく、何も出来なかった自分へのものだということが、大きな要因なのだろう。

 

「殺すったって、俺は死なないぜ」
「ああ、そうだったな……けど、絶対って言葉はねえぜ!!」
「(なっ! 速いっ!!)」

一瞬にして目の前に迫った幽助に、焦って飛び退くマミィ。
しかし、幽助の一撃は回避したものの、飛影は幽助よりも更に速いのだ。
跳び上がったところで、右方から攻撃され、強靱な刃を喰らってしまった。
包帯が大量にふきとんだが、血は出なかった。
下から見ていて、本体には当たらなかったのかと思ったコエンマだが、しかし実際は違った。

マミィは床に降り立った途端、脇腹を抱えて膝を折った。
つまり直撃していたのは間違いないのだ。
おそらく死んでいるが故に、血が出ないのだろう。
だが、間違いなくダメージは受けているはずである。

 

「くっ…」
「前にてめえみたいに死なねえ敵がいてな。俺たちは戦ってねえけど……仲間が戦って、勝ってな。てめえの場合、身体吹っ飛ばすことは無理だろうが…」
「切り刻む分には充分らしいな」
「殴りまくるって手もあるぜ……」

普段は蔵馬がやるような冷たい目つきの飛影。
幽助はそれほどでもないが、しかしいつもよりは冷徹な顔つきだった。
まあ、マミィの仲間であるウルフは、蔵馬によく似たところがあるようなので、多分冷たい眼で見られることには慣れているのだろう。
焦ってはいたが、恐怖したりはしていないようだった。

蔵馬で見慣れているせいか、コエンマも特には怯えたりしていない。
ただ、この状況を何も知らない者が見た場合、どちらが悪人に見えるかで、少々悩んではいたが……。

「(どう考えてもどう見ても…幽助たちの方が悪だな。マミィは変わった格好しとるが、それほど悪人には見えんし……むしろ幽助たちの方が悪人面だな。この話、主人公悪人設定だったのか?)」

コエンマがそんなことを考えている間にも、マミィは包帯ごと身体を斬られたり、幽助の鉄拳を受けて、ボロボロになっていった。
霊丸を受けても平気だった身体だが、しかし痛いことには変わりないし、それに体力は削られていく。
死にはしなくとも、動けなくなることくらいはあり得る。
その時点で幽助たちが止まってくれればいいのだが……。

 

 

「……ぐっ」

幽助の拳をみぞおちに受け、ついに床へ倒れ込むマミィ。
立ち上がろうとしたが、そんな力も残されていなかった。
流石に幽助はそろそろ怒りを静めてきたのか、それ以上何もしようとしなかったが、しかし飛影はそんなに生やさしくはない。
ドスッとマミィの首に剣を突き立てた時には、幽助も後ずらりしたほどである……。

「お、おい飛影……やりすぎじゃねえのか」
「所詮死体だ。何をしても死なんだろうが」
「そうかもしれんが、飛影。そのくらいにしておけ。そいつには聞くことがある」

頃合いを見計らって、幽助たちへ歩み寄るコエンマ。
自分へのとばっちりがこないよう、少しずつ少しずつ……飛影がマミィから剣を抜き、サヤにおさめてからはすぐにやってきたが。

 

「……何だよ…聞きたい事って」

倒れたままのマミィが、顔だけコエンマの方へ向けて言った。
幽助たちに攻撃されたせいで、体中の包帯がほとんどなくなってしまっているが、顔が一番残り僅かになっているらしい。
そのため、顔の一部が露わになり、茶色い髪と同じ色の少しつり上がり気味の瞳が見えた。
その眼には生気はない…いや、元からなかったが、今は疲れのせいで、本当に死体のように見える……。

「お前達の目的だ。人間を子供にして、どんな徳があるのかと思ってたら、今度は蔵馬だけを狙っている。しかも傷つけぬよう、生け捕りだ。何が目的だ? 何をたくらんで日本へ来た?」
「……復活させるためさ」

すぐには答えないと思っていたが、マミィは意外にもあっさりとコエンマの質問に返答した。

 

「俺たちの主……サタンっていうんだけど。ずっと昔に人間に殺されかけた…今でも死んでるも同じだ。だから復活させるために…」
「それと蔵馬とどういう関係がある?」
「……復活させるためには、大きなエネルギーがいる。それもただの霊気や妖気じゃダメだ。生命力…つまり魂そのもののエネルギーがいる。それも数千年生きたサタンと同等…もしくはそれ以上の長い時間を生きてきた、強力な魂をエネルギーがな……」
「なっ…じゃあ、まさかお前等は!」
「日本に何千年も生きた妖狐がいるって聞いたからな……そいつの魂を貰いに来たんだよ、俺たちは……」

「幽助!! 飛影!! さっきの女を追え! 時間がない!!」
「ど、どういうことだよ?」
「今ので分からなかったのか!? こいつらの目的は最初から蔵馬の魂だけだ! 人間を小さくしていたのも、蔵馬をおびき出すため! 蔵馬の魂で主を復活させようとしているんだ!」
「……早い話、蔵馬を殺してってことか」

舌打ちしながら言うと、飛影はすぐさまフランの後を追った。
先程の閉じられた扉に炎殺剣を斬りつけ、更には煉獄焦を数発ぶつけて、どうにか破る。
本当ならば黒龍波を撃ちたいところだが、そんな余力は残されていなかった。

「くそっ! こんなことなら、こいつの相手してるんじゃなかったぜ!!」
「……してくれとは言ってねえけど」
「うるせえ!! とにかくコエンマ、こいつ見張ってろよ!! 俺も行く!!」

飛影がくぐった出口を幽助も続いて駆け抜ける。
どうやら向こう側は長い廊下になっているらしく、二人の足音は段々と遠ざかっていった。

 

 

しんっと辺りが静寂に包まれる。
ふいにコエンマがマミィの肩を小突いた。

「お前、演技下手だな。あいつらは見事に誤魔化されたらしいが、わしの目は誤魔化されんぞ」
「何だ。バレてたのか」

むくっと起きあがるマミィ。
その動きは全く疲れを感じず、最初に彼らと対峙した時と何ら変わりない……もちろん包帯はボロボロだったが、しかし本人は元気そうだった。

「俺は死んでるからな。疲れとも無縁だ」
「何でわざと負けた振りなんかした。本気で抵抗もせずに……しかも目的まで教えるとは、裏切り行為ではないのか?」
「さあな……俺にもよく分からねえよ」
「……その主とやらが嫌いなのか?」
「それはない」

即答だった。
迷いもなく、焦りもなく、当たり前のように……。

 

「サタンに復活してほしいのは本当だ。あいつは…主っていうより、幼なじみの腐れ縁で…悪友だった。だから復活してほしい。もっとケンカしたいし、一緒に悪ふざけとかして遊びたい。けど……そのためにあの妖狐を犠牲にってのが…何かイヤになってきてな」
「なってきた? 最初は違ったのか?」
「全然知らねえ奴に情寄せるほど、俺はお人好しじゃねえよ。会って…あいつらが妖狐に対して抱いているのが少し前の俺たちに似てて……だから、何かイヤになった」
「そうか……」

仲間を失ったマミィ。
そして自分も一度は死んでいる。
おそらくは誰よりも分かっているのだろう。
仲間を失うこと、失われることの辛さを……。

「お前、悪役にはなれないタイプだな」
「うるせえ。お前の仲間はなれるタイプかもな」
「……そこは突っ込むな。すごくそんな気がして、最近すごく不安なんだ……」

 

 

 

その頃幽助たちは、ようやく走っていた廊下の突き当たり…巨大な扉が開け放たれた部屋へ飛び込んでいた。
ここまでにいくつか分かれ道があったが、飛影が邪眼で確かめてきたため、迷わずたどり着けたのだ。
そう、蔵馬がいる部屋。

そして悪魔・サタンが復活されようとしている部屋に……。

長方形に近い、長い部屋で、中央に紅い絨毯がひかれている。
左右には髑髏のついたテーブルが寄せられており、その上の巨大な風船が浮いていた。
が、幽助たちの視線はそれへ向かうことはなく、一番奥の暗くてよく見えないところへ注がれていた。
正確にはその少し手前…何やら呪文らしいものを唱え、バチバチと放電しているフラン、そしてその前に座っている蔵馬へ……。

幽助たちが来たことには、フランも気付いていたが、しかし時間はないとその手を止めようとはしなかった。
一番奥の台の上に置かれた蔵馬は、自分が何をされているのかも分からないらしく、きょとんっとはしているが、怯えてはいない。
入り口付近に飛影たちの姿を見つけ、下りようとしたが……彼がそうすることはなかった。

 

ビクンッと痙攣したかと思うと、彼の体内から何かが吹き出してきた。
銀色に輝く、美しくも妖しい発光体。
そう…蔵馬の魂、彼らが求めて海を渡ってきた、目的のモノである!

「悪魔・サタンさま、これにて復活なされませ!!」

 

「やめろー!!!!」