<子守りは大変> 8

 

 

こちらは屋根の上。
つまり幽助たちが今、睨みをきかせている相手たちからの視点である。

「あ、あっさり気付かれたみたい。結構、やるじゃない」
「全然気配断ってないくせに、よく言うわよ…」
「何よ! あたしは充分強いんだから、気配断つ必要なんてないのよ!」

自信たっぷりに言うのは、例の帽子の少女−−メドゥーサである。
しかし、実のところ気配を断つのが、ものすごく下手なだけなのだが…。
それをパイパーが突っ込まないのは、彼がつい最近、あのメンバーに加わった新米である証拠だろう。
かなり小間使いのように扱われていたようだし(そう思うと、少々気の毒かもしれない)。

 

「ま、それはさておき。早速、やるわよ。って、何よ。まだ怖がってんの?」
「ね、猫は嫌なのよ!!」
「あんたねー。何のために、あたしが一緒に来たと思ってんのよ。猫はあたしがやるから、あんたは他の連中を……あれ? 何だ、猫全部寝てるじゃない」
「へ?」

ぱっと部屋へ視線を戻すパイパー。
よくよく見てみると、現在居間にいる猫たちは全て昼寝の真っ最中であった。
第六感が優れている猫にしては、敵がここまで近くにいて、反応しないのは奇妙だが……しかし、敵があまり敵らしくない以上は、仕方がないかもしれない。
ここまで緊張感のない敵も結構珍しいし…。

「じゃあ、あんた一人で大丈夫ね!」
「冗談じゃないわよ! 寝てたって、猫は猫なんだから!!」
「でも、寝てるんじゃ、どうしようもないじゃない。あたしの技は使えないわよ。壁抜けだって出来ないんだから、入れないし」
「そんな薄情なー!!」

 

 

 

「……あいつら…敵、だよな?」
「…多分……」
「……」

一方、居間にいる幽助たちは、先程からいっこうに攻めてくる気配を見せない敵らしい連中に、戸惑いを隠せないでいた。
いちおうこちらを向いて話しているので、唇を読めば何を話しているのかは何となく分かるが…。
言っていることと言えば、パイパーが猫が怖いとかそんなことばかりである。

以前、仙水と戦った折にも、向かいのビルにいた彼の発言を、唇を見て読んだことがある。
最も、蔵馬は普通に耳で聞いていたが…普段、聞こえすぎて五月蠅くないのだろうか?
ただでさえ、常人よりもドデカイ声で怒鳴り散らし、喧嘩しまくる連中がすぐ近くにいるというのに…。

あの時は、ビリビリとした緊張感と一触即発の空気が流れ、いつ攻撃されてもおかしくないような状況だった。
実際、御手洗は刃霧にサイコロで攻撃されたし、その数分後には下の駐車場で戦いが勃発。
その後は見事に幽助のマンションが崩壊して……と、一瞬でも気を抜けないような状況であったのだ。

 

しかし……今、目と鼻の先にいる敵は、どう見てもそんな雰囲気ではない。
パイパーは猫が嫌いと判明して以来(悲鳴を上げて逃げ出して以来)、ほぼお笑い担当、最初に斬り掛かった飛影が馬鹿馬鹿しかったと思うくらいのキャラになってしまったし、一緒に来たらしい少女も少女で、帽子こそ変だが普通の女子高生と何ら変わりない。
人間でないことは一目瞭然だが、だからといって緊張感は微塵もなく、今までの敵の中である意味一番どうしていいか分からない敵であった。

 

「……どうすんだ?」
「多分敵だろうから……攻撃するか?」
「つっても、霊丸撃ったら窓割れるし、開けて入ってこられても……パイパーはともかく、女の方は入れねえみたいだしよ」
「かといって、ほおっておくわけにも……」

 

「ぎゃあああああ!!!!」

 

ドガッ!! バキッ!!

 

コエンマの声を掻き消すように、絶叫がし、轟音が鳴り響いた。
それらは同じ方向から……敵たちの方ではない、玄関である。

「今の声! 桑原!!」
「しまった! こっちは囮か!!」
「桑原!! だいじょ…」

バンッ!!!

「入れてくれーーー!!!」

 

ビクッ!

「あああああっっ!!!」

「桑原てめえ!! 入ってくんじゃねー!!」

ガッシャーンッ!!

 

 

 

……何が起こったのか、解説が入るヒマもなかった、いちおう説明しておくとする。

早い話、桑原が絶叫後、玄関扉を轟音を立ててぶち破り、居間の壊れた扉を突き破る形で転がり込んだところ、ビスケットを食べ終わった蔵馬に目撃され、大泣きされたため、幽助が窓の方へ蹴飛ばしたのである。
当然、窓は粉々になり……。

 

「あ、入れそうね。ラッキー!」
「そ、そうね…」

ほっとしたのパイパーばかり。
ようやく事の重大性に気付いた幽助は、マズイと思ったが、もう遅かった。
少女は屋根から飛び降り、桑原家の庭へ着地。
いや正確には庭ではなく、蹴飛ばされてひっくり返ったままの桑原の上に、だが。

「ぎゃっ!!」
「あ、踏んじゃった。ゴメンゴメン!」

ケラケラ笑いながら、桑原の上より降りる少女。
堂々と居間へ入ってくると、帽子は取らぬまま、口元に子供っぽい笑みを浮かべ言った。

 

「はじめましてってところだね。あたしはメドゥーサ。早速だけどさ、その赤ちゃん貰いに来たの」
「あか…って、蔵馬か!?」
「ふ〜ん。蔵馬っていうんだ、その子。可愛い名前だね。ちょうだい」
「か、可愛いって…可愛いのか? 蔵馬って名前が?」
「さあ……って、違うだろ!!」

真剣に悩む幽助だったが、コエンマにどやされ、とりあえず正気に戻った。

「猫の子じゃあるめえし、はいどうぞなんて、やれるか!!」
「浦飯てめー! 猫の子だったら、渡せるってのか!!」

ダッシュで庭から舞い戻り、幽助の胸ぐらをつかみあげる桑原。
その眼はかなり怒りで燃えている……大の猫好きとしては、幽助の発言は許されざるものなのだろうが。

「も、物の例えだろ!! とにかくおめえは外にいろ!! 蔵馬が泣く!!」
「いーや! こっちの落とし前が先でい!!」
「お、お前らなあ! 状況を考えろ、状況を!」
「てめえはすっこんでろ!!(×2)」

 

ドッカーーン!!

 

ドシンッ…

 

「あのさ…大丈夫?」
「いてて……ん? うわっ!!」

幽助&桑原にぶっ飛ばされ、コエンマが落下したのは何とメドゥーサの立っている場所のすぐ手前。
真上から当たり前のように覗き込まれていたのだから、驚くのも道理で、慌てて這いながらソファの影に隠れた。

「き、貴様! さっさと出て行け!!」
「出て行けって言われても、まだ目的果たしてないし……何か取り込み中みたいだから、ここで待ってるよ。でも早めにしてね」

そう言いながら、近くの椅子に座るメドゥーサ。
普通、敵の仲間割れを目撃して、終わるまで待っているバカがいるだろうか?
気を利かせてくれているという意味では、ある種幽助たちよりも、人間界に適応出来るかもしれないが、一般常識はないようである…。

 

 

「あ、あのな、貴様……ん? ちょっと待て、メドゥーサと言ったか?」
「え、名前? うん、言ったわよ」
「メドゥーサって……まさか!!」
「あ、もしかして分かっちゃった? じゃあ、待ってる余裕ないっか。ゴメンね」
「幽助!! 桑原!! 飛影!!」

すっと帽子とサングラスに手をかけるメドゥーサ。
いちおう謝ってからやる辺り、強引で傲慢な連中よりはマシだが……コエンマは必死になって幽助たちに呼びかけた。
蔵馬を呼ばなかったのは、通じないと思ったせいだろうか?
いや、別に呼ばなくてもよかったろう。
桑原の顔を見ないように、飛影が部屋の隅っこで片手で抱いて、片手で目隠ししているのだから。

「ああん!?」
「何だよ! うっせーな!!」
「こいつの目見るな! 見るな見るな見るな見るな見るっ…」

カッ!!

メドゥーサの帽子が取り払われ、サングラスが床に落ちた。
そして両眼から、光が発せられた……次の瞬間、

 

 

ゴトンッ…

 

床に石が落ちるような音がした。
いや、実際に石がそこにはあった。
落ちたわけではなく、倒れたのだが、それは石に間違いなかった。

コエンマの形をした石像のような……。

 

 

「コ、コエンマ!!」
「おい、コエンマ!!」

大慌てで走り寄る幽助と桑原。
抱え起こしたが、コエンマはメドゥーサを指さし、絶叫をあげまくった表情のまま、固まっていた。

「おい、起きろ!!」
「固まってんじゃねー!!」

揺り動かしてもダメとなると、乱暴ではあるが叩いたり蹴ったり殴ったり…では、かなり手が痛いので、手当たり次第にそこら辺にあるもので、ボカボカ叩きまくってみる幽助。
当然桑原は止めようとしたが、そのくらいで止まってくれる幽助ではない。
しかし、止めようとしたのは、桑原だけではなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと止めた方がいいよ!」

がばっと幽助の腕にしがみついたのは、事もあろうに、コエンマを石にしたと思われるメドゥーサ本人であった。
いちおう彼女が石にしたことは、何となく見当はついている…というより、他に誰もいないのだから彼女以外考えられないが、まだそれほど焦るような事態が起こっていないせいか(いや、石になる時点で充分起こっているだろうが)、しがみついてきてもそれほど慌てない幽助。
帽子はまだかぶっていないが、サングラスはしているし。

「あんだよ! てめえがやったんだろ!!」
「そうだけど、だから話を…」
「だったら、とやかく言うな!!」
「日本語おかしいって!! あんた本当に日本人!? あたし、ここ数ヶ月で覚えたばっかりだけど、でもあんたのやっぱりおかしいよ!」
「うっせー!! とにかくどいてろ!!」

ドンッ!

「きゃっ! いったーい! 突き飛ばすことないじゃない!」
「そうだぜ、浦飯! 女相手に何しやがる!」
「うるせー! 俺は喧嘩相手なら、老若男女区別しねえっつっただろ! それよか、コエンマー!!」

ガン! ガツン!! バコン!!

バキンッ!

 

 

「あ…」
「あ…」
「あ…」
「……」
「?」

ちなみに最後の「?」だが、いきなり静かになったことに、きょとんっとした蔵馬のものである。
未だに飛影に抱かれたままで、周囲がどうなっているのか全く分からないのだから。
飛影はいっこうに無言のままだが……しかし、心の内は決して穏やかではなかった。
いくらなんでも、目の前であんなことが起こっては……。
もちろん飛影よりも、桑原やメドゥーサの方が100倍は焦っていたし、幽助は真っ青になって、コエンマ以上に固まっていたかもしれない。

 

幽助が土瓶で殴り続けた結果、コエンマの首は…コエンマの首は……。
見事なまで、胴体から離れ、床を転がったのである……。

 

 

「ぎゃあああああ!!!」

「う、う、う、う、浦飯いいいいい!!! 落ち着け!! 浦飯!!」

もはや理性を忘れ、壊れ歪み朽ち果てかけていた幽助。
今まで多少コエンマを蹴ったり殴ったりしてきたことはあったが、首を落としたことはなかった(あったら、ここにはいないだろうが)。
これが腕がもげたり、足が折れたりするだけならば、まだ落ち着きようもあったが(一般人には無理だろうが)、首である。

これまでの敵で、首が取れようが何ともなかったのは、せいぜい戸愚呂兄と玄武程度。
どちらもかなり普通ではなかった。
コエンマが普通に値するのかどうかと聞かれれば、中身は普通でない面もあるが、ともかく身体は普通なのだ。

普通であるコエンマの首が落ちた。
どんな時でも諦めずにいた幽助であろうと、諦める前に精神が壊れかけても、無理はないだろう…。

 

 

「何やってんのよ! だから止めたのに…ちょっとあんた!」
「へ? 俺?」

壊れかけ、フラフラと居間の中を歩き回っている幽助をほおっておいて(ほっといていいのか?)、メドゥーサが話しかけたのは、まだそれほど壊れかけていない桑原だった。
彼も壊れたいところだが、先にあれだけ歪まれては、なかなか出来ないものである。
それが今回は功を奏したのだが。

「瞬間接着剤、何処!?」
「しゅ、瞬間接着剤? 確かあっちの戸だなに…」
「早く持ってきて!!」
「お、おう…」

メドゥーサに急かされ、慌てて瞬間接着剤をとってくる桑原。
まさかこんなもので……と思ったが、そのまさかであった。
戻ってきた時、メドゥーサは転がっていたコエンマの首を拾って、胴体の近くに置き、更に散らばった断片もかき集めて、パズルの要領で場所を確認していた。

 

「お、おい。本当にこんなんで付くのかよ…」
「木工用ボンドじゃダメだろうけどね! 後、水ノリもアウトだろうけど!」

そういう問題ではないだろうに……。
だが、メドゥーサの動きは手早く、そして的確だった。
並べた断片のうち、胴体側に近い方から順々につけていく。
時々接着剤を手につけてしまっていたが、それも気にせず、次々断片をつけていった。
そして最後に首をがっしりとつけ、頬や額などから落ちた破片をとりつけた。

 

 

「これでいいと思うわ。いちおう1時間くらいはこのまま置いておいてね」
「あ、ありがてえ…助かったぜ」
「って、何で礼言ってんだ、桑原!!」

コエンマが元に戻ったためか、立ち直った幽助。
びしっとメドゥーサを指さしながら、

「こいつがやったんだろうが!! 礼言う必要、何処にあるんでい!!」
「おめえ、自分の失敗棚にあげて…」
「うっせー!! やい、てめえ!」
「『てめえ』じゃないよ、メドゥーサ!!」
「どっちでもいい! コエンマ元に戻しやがれ!!」
「無理」

きっぱりあっさり言い切るメドゥーサ。
あまりにはっきり言われたせいで、文句を言うのも忘れる幽助。
それ見ながら、高笑いを浮かべたのはメドゥーサではなく、ずっと窓の外から様子を見ていたパイパーだった。

 

「ホーッホホッホッ! メドゥーサの目からの光線を浴びて、石にならない者などいないわよ!! 元に戻る方法なんてあるわけないわ!」
「あんた……自分のことでもないのに、そこまで威張る?」

呆れるのは、メドゥーサばかり……。
と、ふいに桑原が彼女の袖を引っ張った。

「何?」
「ま、マジでねえのか?」
「なくもないけど……あたしには無理よ。仲間で出来るかもって奴がいるけど」
「そいつ何処にいるんだ!?」
「ちょっと待って……はい。地図」

ひょいっとポケットから出したのは、一枚の紙切れ。
開いてみると、どうやら関東地方の地図らしい。
ほとんど白黒だが、一カ所だけ赤く印がつけてあった。

 

「そこがあたしたちのアジト。その人を元に戻したかったら、そこに来て! あ、ちゃんと赤ちゃん連れてきてね! それじゃ、待ってるから!!」

遠回りではあるが、とりあえず目的は果たせたと、ぴょんっと窓から出るメドゥーサ。
ひとっ飛びで向かい側の屋根に登ると、そのまま見えなくなってしまった……。

「ああ! ちょっと待ちなさいよ、メドゥーサ!!」

大慌てで後を追うパイパー。
その姿もあっという間に見えなくなってしまったが、おそらく彼は途中で姿を消したのだろう。

 

 

 

居間には、唖然呆然と立ちつくす幽助と桑原、奇妙で笑える格好のまま固まったコエンマ、いつの間にか寝ていた飛影と蔵馬だけが残されていた。
よくあの状況で寝ていられるものだと思われるかもしれないが……。

しかし、コエンマの接着には意外と時間を要していたため、その間飛影と赤ん坊の蔵馬が起きて待っていられるはずがなく…その後帰ってきた女性軍は、玄関扉が吹っ飛び、部屋が散らかり、窓が割れたことで大激怒!
もちろん、八つ当たりをされたのは、幽助と桑原だけ。

ようやく雪菜が石化しているコエンマを見つけて、静流たちに知らせるまで、延々殴られ続けたのであった……。