<子守りは大変> 6

 

 

ドオオオンン!!!!

 

「だああ!!」
「ぎゃああ!!」
「うわあああ!!」
「……」

約1名無言だが、これでも十分驚いているし、焦っている。
ポーカーフェイスが緩んで、口が半開きになっているのが、いい証拠…。
しかし、普通の人ならば……多分、叫んだ3人の行動に共感するだろう。
いや、失神やショック死までいけば、話は別だが……。

それだけ頭から落下した蔵馬の怒りがすさまじかったのか……(あるいは桑原の顔が怖かったのか?)。

そりゃあ、赤ん坊とはいえ生き物に違いはないのだから、痛い思いをさせられて、怒らない者はいないだろう。
しかし、この年齢ならば、まず怒りよりも泣きじゃくってわめくのが先だと思うのだが。
元々赤ん坊である者と、若返った赤ん坊の差というものを、今4人は実感して……いられる余裕など、あるはずがない!!

 

 

もう逃げるので、精一杯……いや、今は逃げてもいない。
逃げられないのだ。
避けているといった方が正しいが、それもままならない。
さっきからモロに攻撃を食らっていた。

そう、蔵馬が召還した魔界植物たち…オジギ草、吸血植物、食妖植物、その他もろもろによる攻撃を……。

人間界では虫を捕る程度の植物でも、魔界になると規模が違う。
恐ろしいほどの巨大さと、凶暴さと、貪欲さで、幽助たちに襲いかかってきたのだ。

 

 

 

「コ、コ、コエンマー!! どうなってんだー!!」
「み、見れば分かるだろうが!! 蔵馬が魔界から召還したんだ!」
「んなのは、バカでも分かる!! 何で、こうなるんだって聞いてんだー!!」
「怒ったからに決まっとるだろうが! 飛影が落っことしたせいだ!!」
「……最初に投げたのは、幽助だろうが!」
「お、俺のせいにするのかよ! 大体、桑原が顔のぞかせなけりゃ、よかったんじゃねえか!」
「ひ、人を巻き込むなー!!」

……ケンカしている場合ではないと思うのが。
まあいちおうはケンカに没頭しているのは口だけで、身体はちゃんと避ける方に働いているが……それも時間の問題だろう。
彼らの体力とか霊力とかではなく、植物の生長スピードや召還される勢いがどんどん増しているのだ。
通常、こういうものは段々と衰えていくと思うのだが……。

 

「何で、こんなに呼び出せんだよ!! 自分で歩けねえくらいの、ガキなのに!!」
「かっ、簡単に言うとだな!」
「簡単に言うと!?」
「ガキだからこそ呼び出せるんだ! コントロールが全くきかないからな!! 後のことを全く考えずに暴走するヤツほど、始末におえんヤツはおらん!!」
「…って言われても、全然分からねえよ!! どこが簡単だ!!」

割と簡単だったと思うが……。
しかし、この状況下ではコエンマも人の揚げ足をとっている余裕などない。
さっさと理解してもらわねば、自分の身も危うくなってしまう。

「つまり、今の蔵馬は妖力を残しておくとか、自分を維持しておくとか全く考えておらんのだ! 全妖力を燃やし尽くす勢いになっておる! 今に生命エネルギーまで燃やし出すぞ!」
「それって無茶苦茶やばいじゃねえか! 普通に死ぬぞ!!」
「まあそれまでわしらが生きてるとは限らんが……」
「んなこと、言ってる場合か!! 早く止めねえと……うわっ!!」

 

蔵馬を振り返ろうとした幽助に、新たな食妖植物が襲いかかってきた。
前のとは若干形が違う。
おそらく別タイプのものなのだろう。

「うわっ! くっつく!!」
「何だこりゃ!!」

とばっちりを喰って、桑原も一緒に捕まったその植物は、彼らの身長の2倍はあろうかというほど巨大な葉を持ち、その表面に真っ赤で太い毛のようなものが生えていた。
2人はその赤い毛から分泌されているらしい、ベタベタとした粘液に捕らわれてしまったのだ。
脱出しようともがくが、もがけばもがくほど、周囲の毛がからまってきて、余計に動きがとれなくなっていく。

 

 

「コ、コエンマ! これなんだー!!」
「え、えっとな。ちょっと待て!!」

向かってきたオジギソウを何とか交わすと、コエンマは床に散らばった本に駆け寄った。
タイトルを見ては、後方に投げ捨てていくが、1冊の本を手にした途端、それをかかえて襲ってきた食妖植物を回避。
本を乱暴にめくっていったが、とあるページで動きが止まった。

「えっとな……た、多分、魔界のドロセラだ!」
「ド、ドロセラ?」
「別名モウセンゴケと言って、世界中に150〜160種あり…」
「誰が名前の説明しろって言った!! 早く、どういうもんなのか教えろ!!」
「ったく注文の多い」
「うるせえ!! んなこと言ってる場合か!!」

それを言うならば、植物の種類を聞いている場合でもないと思うが……。
しかし、西洋妖怪のことを調べるはずだったのに、何故に魔界の食用植物図鑑など持ってきているのだろうか?
答え:間違えて棚から出したが、戻すのが面倒だったから。

 

「誰がコエンマの失敗の解説しろって言ったー!!」
「作者に言っても仕方ないだろうが……で、性質だったな。葉から分泌された蜜…は関係ないな。獲物をひきつけるもんだから。で、蜜以外にも粘着液と消化液が……まずい!! はやく離れろ!! そのままだと溶かされるぞ!!」
「と、溶か……」
「じ、冗談じゃねえ!! はやくなんとかしろー!!」
「出来るか! 弱点までは書いておらん!!」
「役に立たねえ本だな!!」

図鑑に文句を言っているヒマがあったら、何としてでも脱出するべきだろうに……。

しかし、彼らの…というか桑原の特技といえば、根性に尽きる。
普通ならば脱出不能なはずだが、彼は見事になしとげたのだ!
根性で霊剣を伸ばし、根性でドロセラの葉を茎から切り落とす。
茎から離れてしまえばこちらのもの。

あっという間に、2人はドロセラの魔の手から解放されたのだ!
そう、ドロセラの魔の手からは……。

 

 

間髪入れずに、魔界のドロソフィルムが2人に巻き付き、あわや窒息寸前。
再び根性で脱出したものの、その足下には既にネペンテスが先回りして、2人を閉じこめてしまった。
ネペンテスは通称をウツボカズラといい、内側からは脱出不能。
何とか逃げ出げようとしたが、つるつる滑って再び中へ……それは審判の門行き寸前の絶体絶命のはずなのに、何故か笑える光景であった…。
現にビブリスから逃げて、ネペンテスの上を通り過ぎたコエンマは、少しばかり吹き出してしまっていた。

「コ、コエンマのやろー!!」
「出たら、ぜってー殴る!!」

そうは言っても、出るに出られないのが現状。
勢いにまかせて出ようとしたが、またつるつる滑って中へ……。
結局、これは飛影に外側から斬りつけて貰って脱出したが、それも束の間のことで、いきなりハエトリグサにバクッといかれてしまった…。

ここまでいけば、いくら嗾けているのが蔵馬であっても、もう我慢も限界。
いや我慢など元々していないが、それでも怒りは爆発寸前!

 

 

「ちっくしょー!! れいが…」
「ばかやろ、浦飯!! 家を壊す気かー!!」
「その前に蔵馬が死ぬだろうが!」

珍しく怒鳴る飛影。
場合が場合で焦っているだけでなく、相手が蔵馬であるということもあるだろう。
暗黒武術会・魔性使いT戦での、蔵馬vs爆拳と桑原vs吏将の観戦態度を見ていれば、一目瞭然…。
彼も時折食妖植物に喰われかかってはいるが、幽助たちのように間抜けな捕まり方はしていないせいか、怒ってはいなかった。

現に今も、さっきから吹っ飛ばされたり、床にたたきつけられたり、溺れかけたり、絞め殺されかけている幽助たちはあまり心配していない。
それよりも、妖気を放出し続け、明らかに妖力を消耗していっている蔵馬に、何とか近づこうと必死だった。
だが、植物は元より、蔵馬の妖気におされ、ほとんど距離が縮まらない。
むしろ植物を避けるたびに距離が開いていくような……。

 

 

段々、蔵馬の顔色が変わってきた。
血色のよかったピンク色の肌から、色が抜け、青白くなってくる。
泣き続けるものの、涙は流れず、枯れてしまったようである。
悲鳴のようにあげていた声も、段々掠れてきた。
妖力はほとんど使い切ったのだろう、生命エネルギーを燃焼しているのがよく分かる。
このままでは力尽きるのも時間の問題……。

それでも泣きやまないのは何故か……そんなこと、生まれた直後から、眼が見え、耳が聞こえていた飛影に分かるわけもない。
幼児としては、欲求が満たされるまで、望みが叶えられるまで、泣きわめくというのは、ごく自然なことなのだが。

しかし、そんな理屈よりも……今すぐ、側にいってやりたかった。
今の蔵馬を、1人にしておきたくなかったのだ。

 

 

 

「ちっ……」
「お、おい飛影!」
「待てよ! あぶねえ…うわ!! 飛影!!」

幽助たちが止めるのも聞かず、飛影は単身蔵馬へ歩み寄っていった。
もちろん襲いかかってくる植物たちは、避けるなり斬りつけるなりしている。
だが、蔵馬が発し続ける燃焼された生命エネルギー……怒りや恐怖によって、すさまじい攻撃力を持ったそれはモロに喰らっていた。

飛影の頬や手足に、紅いラインが走り、そこから血が滴り落ちる。
それを狙ってくる植物も多いが、何とか回避しつつ、歩を進めた。
その度にラインは一本また一本と増えていく……。
こればかりは避けようもないし、斬りつけられるものでもない。
その痛みに耐えるしか他に方法はないのだ。

 

「……わーったよ! ったく、1人でかっこつけやがって! おい、桑原!」
「あ!? 何だ!?」
「植物こっちにひきつけるぞ!!」
「げっ、マジか!?」
「大マジでい!! いくぞ!!」
「お、おう!!」

ダッと駆けだした幽助。
桑原もそれに続いた。
わざと植物に向かっていっては、わざと攻撃を受けたり、必要以上に攻撃したりする。
感情のある植物は手ひどい攻撃をしかけてくる幽助たちへ、標的を移行した。
それをも攻撃し、更に植物を引きつけていく幽助たち。
自分が避けることを考えなければ…自分が喰われることを前提に攻撃すれば、出来ない戦法でもなかった。

その間に、飛影は蔵馬へと歩み寄っていく。
幽助たちがあの戦法を始めてからは、なるべく自分は攻撃しないようにして……。
もちろん小さく舌打ちしたことは言うまでもない。

 

 

泣き喚いていた蔵馬……。
その頭上に、影が落ちた。
泣き続けながらも、上を見上げる幼い妖狐。

「……蔵馬…」

蔵馬と影の持ち主が視線を合わせるのと、影の人物が名を呼んだのは、ほぼ同時だった。
見上げた先にいた人物…影の所有者である飛影は、ボロボロになりながらも、蔵馬の元まで歩いてきたのだ。
全身に細い筋が入りまくり、そこから血を流しながらも。
その光景に蔵馬が何かする前に、飛影は身体を落とした。
倒れ込んだのではない。
飛影が自分から屈み、蔵馬と目線を合わせたのだ。
そして、その幼く小さく、生命エネルギーも使い切りかけた弱々しい身体を、そっと抱きしめたのだ。

「……落ち着け…このバカが…」
「……?」

何が起こったのか、よく分からなかっただろう。
それほどに今の蔵馬は幼かったのだ。

それでも。
何が何だか分からなくても。
今の蔵馬にとって、飛影のしてくれたことは、紛れもなく『望んでいた』ことだった。

『望み』が叶えられた途端、ほっとしたのか、気が抜けてしまったのか……。
蔵馬はそのまま深い深い眠りに落ちていった……。

 

 

 

「止まった…のか?」
「ら…しい…な……」

半分ハエトリグサに喰われかけていた幽助だったが、途端に連中が消え失せたので、は〜っと深く息を吐いてから言った。
それに答えた桑原もまた、ドロソフィルムで呼吸停止の直前で解放されたばかりだった。
コエンマはといえば、オジギソウに追い回されていたところを、団子状態になる一歩手前で何とかなったところ。
なので、全員立ち上がる気力もなく、その場にへたり込んでしまった。

「飛影……蔵馬は? 無事か?」
「……ああ、何とかな」

よろつきながらも、何とか立ち上がり振り返った飛影の腕には、熟睡している蔵馬の姿が…。
幸いにもケガなどはしていないらしいが、疲れたのだろう、眠り続けていた。
その姿にホッとする一同。
ようやく肩の荷が下りたように、床にひっくり返った。

「あ〜、疲れた〜」
「ったく、蔵馬のやろう。無茶苦茶しやがって」
「何言っとる。元を正せば、お前等の責任だろうが」
「何だとー!」

 

 

「そう…何なのか、よ〜く聞きたいわね……」

 

ゾクッ……

 

幽助・桑原・コエンマの背中に、悪寒が走った。
とてつもなく、嫌な予感がする。
振り返ってはいけない。
本能はそう訴えかけていたが、しかし振り返らないわけもいかなかった。
彼らの第六感は「振り返らねば後が怖い」とも訴えていたのだから……。

先ほどとは全く別の方向性だが、同じように死を覚悟する気持ちで、振り返る幽助たち。
予感的中。
そこには彼らにとって、魔界の食妖植物よりもオジギ草よりもその他エトセトラよりももっと怖いモノ……彼らの弱点とも言うべき者たちが立っていたのだった。

 

「た・だ・い・ま」
「お、お帰り……は、早かったな…」
「そう? かなり遅くなったと思ったけどね……それはそうと」

ダンッと一歩踏みだし、座り込んでいる幼なじみの頭をわしづかみにする少女。
弟の胸ぐらをつかみあげて、怒りの眼差しを浴びせる姉。
完全に座った眼で、上司をにらみ付ける部下。
それぞれやり方はバラバラだが……しかし、どれであっても怖いに違いはない。
しばしの沈黙の後、耳をつんざくような怒声が桑原家に木霊した。

 

「幽助ー!」
「和ー!!」
「コエンマさまー!!」

「ひ〜!(×3)」

真っ青になりながら、必死に逃げ出そうとする3人。
だが、姉や幼なじみや部下に敵うわけがなく、あっという間に捕まってしまった。
姉や幼なじみはともかく、部下に負ける上司でいいのだろうか……。

 

 

「和ー! あんたまた、家ぶっこわしたわねー!! どういうケンカしたら、こんだけ壊せるの!!」
「ち、ちがっ! これは蔵馬が…」
「赤ちゃんの蔵馬くんに出来るわけないでしょ!! いたいけな赤ちゃんのせいにするなんて、男の風上にもおけないね!!」
「ち、ちがうって! マジで、蔵馬が…」
「幽助! あんたも蔵馬さんのせいにすんの!?」
「だ、だからこれは蔵馬が植物で…」
「コエンマさま!! 霊界の次期長になる人が、赤ちゃんに罪をなすりつけるんですか!? 最低ですよ!」
「だから、ちがうんだー!!(×3)」

必死に弁解の言葉を叫ぼうとした3人だが……。
哀れ、弁解の余地はなく、一言も聞いてもらえず、この後数十分もの間、一方的に殴られるはめになったのだった。
まあ蔵馬がやったにしても、全く彼らに非がないわけでもないが……。
それでもやはり、無実の罪である以上、気の毒である。

 

 

そんな中、1人だけ平和に、目の前で起きている光景を眺めている者がいた。
腕の中で眠る蔵馬に、僅かずつ妖気を送り、生命エネルギーだけでも回復させながら……。

「あの……」

ふいに飛影に話しかけたのは、最後に部屋へ入ってきた雪菜だった。
事の次第がまだ飲み込めていないようだが……まあ、分かったところで彼女は殴ったりはしないだろうが。
そっと傷だらけの飛影の手に、自分の手を重ねながら、

「飛影さん。その…大丈夫ですか?」
「……ああ。こいつにケガはない」

そう言いながら、寝ている赤ん坊を雪菜に手渡す飛影。
飛影が送り込んだ妖気のおかげで、肌の色は大分回復し、生命エネルギーの方はもう問題なさそうである。
眠る蔵馬を抱きしめながら、雪菜は再び顔をあげた。
そして蔵馬を横になる姿勢でヒザの上に乗せ、片手で支えると、空いた方の手で飛影の頬に触れた。

 

「なっ……」
「ケガ……少しだけなら、治せます」

触れた右手から、冷たく…しかし温かい妖気が発せられた。
蔵馬の妖気で傷ついた身体、雪菜は自分の心配もしていたのだと思うと、無性に恥ずかしく、すぐにでもやめさせたかったが……。
あまりの出来事に、呆然としてしまい、完全に断るタイミングを逃し、結局素直に治療を受けることになってしまった。
だが、悪い気はしない。

生まれ落ちた時、母から感じた妖気も、確かこのような温かさだったような……。
そんなぬくもりを感じながら、飛影は静かに目を閉じた。

 

 

後ろでは、地獄の光景が延々と続いていた……。