<子守りは大変> 4
「ええーー!!?」
桑原家リビング。
普段は、長男の愛猫・永吉を初めとする猫たちが、のんびりとくつろいでいる場所であるが、今日ばかりは違っていた。
長女の静流や、その友人である螢子・雪菜らの絶叫がビンビンと木霊していたのだ。
「こ、この子が……」
「蔵馬くん!?」
「本当に蔵馬さんなの!?」
「だから、そう言ってんだろ……」
げっそりとした顔で答える幽助。
彼だけに限らず、桑原もまた、ここにくるまでで、既に数十年分の精神を使いきっていた。
一体何十人の女性に「もっとよく見せて!」だの「抱っこさせて!」だの言われたことか……。
確かにそう言いたくなるような容姿ではある。
今時、ハーフなど珍しくも何ともない。
蔵馬の奇妙な髪の色など、誉められることはあっても、不審がられることはなかった。
色白なのも、その寝顔も、小さな寝息も……そのどれもが、女性の意識を引きつけずにはいられないものなのだろう。
だからといって抱かせるわけにはいかない。
色の白さや、髪の色はまだしも、これだけは誤魔化しようがない。
頭に巻かれた白い布の下、人間にはありえない狐の耳。
飾りだと言ったところで、引っ張られれば取れないことが一瞬にしてバレてしまうのだから。
今にして思えば、もう少しマシなもので、マシな巻き方をすればよかったと後悔せずにはいられない。
幽助の家を出ようとした時には、もうパトカーのサイレンが聞こえていたので、彼らは慌てふためき、その結果、蔵馬の耳や尾が見え見えだと、外に出るまで気づかなかったのだ。
何とか、尾は腰布で包み込んで隠し、耳の方は飛影のマフラーを頭に巻いたのだが、巻き方が無茶苦茶で……。
「巻き直しましょうか?」という女性も少なくなかった。
脅そうが、ガンを飛ばそうが、いつもなら一発で周囲の人間が蜘蛛の子散らすように逃げていくような怒声も、全然効果無し。
幽助たちの怖さよりも、蔵馬の可愛さの方が先立つのだろう。
猛ダッシュしても、追いかけてくる有様……これが疲れずにいられるだろうか?
でもまあ……何とかここまで来られたのだから、よかったことはよかっただろう。
流石に、完全に何事もなく…とまではいかなかったが(何が起こったかは読者の想像にゆだねる…)。
「か、可愛い!!」
「なっ…」
たまらずに、まだ眠っている蔵馬をぎゅっと抱き上げる螢子。
その様子に唖然とする幽助。
いくら数多くの死闘や常識では考えられないようなことを目撃し続けてきたとはいえ、親しい人間(ではないが…)が小さくなったというのに…。
この喜びようというか、浮かれようは一体……。
しかし、螢子に抱きしめられながらも、蔵馬は目を開けることなく、可愛らしい寝顔のまま。
その完全な無抵抗さが、赤ん坊らしい可愛さを尚強くしていた。
「可愛いわね〜」
「可愛いですね〜」
静流&雪菜も、螢子と同意見。
幽助たちが半分死んでいるような状態だというのに、彼女たちは辺り一面に花が咲いたような暖かい雰囲気で包まれていた。
母性本能を駆り立てられるのだろう。
いつもは幼馴染みや弟をぶっ飛ばしている強靱な手も、今は子を抱く母のような柔らかなものに変わっている。
「ねえ、螢子ちゃん。次抱かせて」
「あ、私も…」
いつもは引っ込み思案な雪菜の珍しい申し出。
螢子はニコッと笑って、雪菜に蔵馬を手渡し、静流は何も言わずに順番を譲った。
「か、可愛い…」
雪菜にとって、赤ん坊を抱くというのは、初めての体験だったのだろう。
顔中真っ赤にさせて、自分の腕の中で眠る蔵馬を見つめていた。
むろん、この光景に桑原が後ろで激怒していたことや、飛影が複雑そうな表情で見ていたことは、言うまでもない……。
「本当にすごく可愛いよね〜。和なんか、小学校上がるまで、サルみたいだったのにさ」
「サルとはなんだ! サルとは!!」
「ああ、ごめん。今もそうだったわね」
「あんだとー!!」
「おやおや、騒がしいね。蔵馬起きちゃうじゃないのさ」
「ぼたん。何処行ってたんだよ?」
玄関から入らず、窓から顔を覗かせたのは、桑原家へ向かう直前、1人別行動をとったぼたんだった。
オールに乗ったまま入ってきた彼女の手には、紙袋のようなものが握られている。
「さっき言ったじゃないか。霊界に取りに行くものがあるって」
「ああそっか。なあ、何だ? 蔵馬、元に戻す薬でもあったのか?」
「違う違う……これだよ!」
バッ! と、ぼたんが取りだした途端……、
ガッターンッ!
幽助・桑原が同時にぶっ倒れ、飛影・雪菜はそれが何なのか分からず、きょとんっとした顔をし、螢子と静流は楽しそうに彼女に歩み寄った。
ババーンッと勢いをつけて、ぼたんが取りだしたもの、それは……。
何と、ベビー服だったのだ!
しかも、ヒラヒラのレースや布製の花ボタン、挙げ句の果てには可愛らしいウサギのアップリケまでついている。
薄い目の青という色でかろうじて男物だと分かる程度…いや、女の子が着ていても全然おかしくないだろう。
まさかとは思うが……。
「おい、ぼたん……まさかそれ…」
「いや〜、探すの大変だったよ! 霊界案内人の同期の子が、ベビー用品の店のアルバイトやってたの思いだしてさ。安価で借りれて可愛いの見つけるの、苦労したよ〜。流石に買うにはお金なくってさ」
「まさか、それ…蔵馬に着せるつもりか?」
「当たり前じゃんか。何のためにわざわざ借りてきたと思ってるんだい?」
「ちょっと待てって! おい!」
さっきまで蔵馬が小さくなったことで、しんみりしていたはずなのに……。
つくづく彼らには緊張感というものが続かないらしい。
もう小さくなった蔵馬で遊ぶ気満々……止めようとしている幽助にも、深刻さは微塵も感じられなかった。
「あ〜、ぼたんさんいいな。あたしも取ってこようかな」
「いいじゃん! 螢子ちゃんのも、とっといでよ!」
「本当? じゃあ、取ってくるね!」
嬉しそうに、身をひるがえして、リビングを後にする螢子。
しかし、彼女は一人っ子のはず……ということは、全て女物だろうに、何の躊躇いもなく着せるつもりのようである……。
「あたしのは流石にちょっと着れないかな。和にお下がりして、ボロボロになったから」
「え? 桑ちゃん、女物着てたの?」
「ちがわい! 姉貴が男物着てたんだよ! お袋の腹の中で、男並に暴れ回ってたらしいからな! ……あ゛っ」
「和〜、今あんた言っちゃいけないことを言ったね〜?」
「え、だからその……ぎゃああああ!!!」
そんなこんなギャーギャーやっているうち……雪菜の腕の中で、蔵馬が小さく動いた。
「あ、起きたみたいです」
「本当か!?」
雪菜の声に全員が振り返り、薄目をあけた蔵馬の顔をのぞき込んだ。
まだ視界がはっきりしないらしく、焦点の合わない目で、ぼんやりと皆の顔を見上げていたが……。
「わあああんっ!!」
突然、泣き出したのだ。
一体何が気に入らなかったのだろうか?
いきなり火がついたように泣かれたのだから、雪菜は自分が何かしたのではないかと、おろおろしながら、
「ど、どうしたんでしょう?」
「さ、さあ?」
「何かイヤなことでも、あったのかな……」
ぼたんにも静流にも、皆目見当がつかない。
お腹がすいたのかもとも思ったが、小さくなる直前に皆でお菓子を食べていたのだからそれもないだろう。
寒いのか暑いのか……いや、今のところこの部屋の気温は一定で、赤ん坊にも最適な温度を保っている。
雪菜の抱き方がおかしいとも思えない。
赤ん坊の抱き方など、詳しくは知らないが、それならば抱いた時点で起きて泣いているはずである。
今更ぎゃーぎゃーと泣くことでは……。
と、ふいに静流が蔵馬の様子がおかしいことに気づいた。
蔵馬の小さな手……必死になって雪菜の着物にしがみついているのだ。
何となくだが、何かを怖がっているような……。
「もしかして……男群、でてけー!!!」
ドッカーン!!
……と、蹴飛ばされたのは桑原だけだが。
幽助と飛影も背中を押され、リビングを追い出された。
ワケが分からない3人。
しかし途端に、蔵馬の泣き声が聞こえなくなったような……。
だが、意味も教えられずに追い出されるいわれはない!
ガラッとドアを開け、幽助は怒鳴りながらリビングへUターンした。
「何すんだよ!!」
「入って来ないで!! ……あ、幽助くんは大丈夫みたいだね」
「はあ?」
「あ、そっか! そういう意味だね!」
静流の言葉で、ぼたんは彼女の行為が理解出来たらしく、ぽんっと手を打った。
しかし、雪菜にはさっぱり分からない。
もちろん幽助にも……だが、とりあえず入ってもいいようなので、リビングのソファに腰を下ろし、
「おい、どういう意味だよ?」
「だからさ〜。蔵馬くん、雪菜ちゃんには平気で抱かれてたけど、あんたたちの顔見た途端に泣き出したでしょ? 子供は元々怖い顔の男に、敏感に反応するからね」
「怖い顔って……」
「でも、幽助じゃなかったみたいだね」
「ったく……ってことは、蔵馬が怖がったのって、桑原か飛影か?」
「だろうね。でもこれ以上泣かせるわけにもいかないから、2人とも外で待っといてくれよ!」
廊下にも今の話は聞こえていただろうと、2人に指示するぼたん。
「そんな必要ねえだろ。怖い顔っていや、どうせ怖がったの、飛影なんだろうし」
「貴様……」
「とりあえず俺は入るぜ……」
と、桑原がドアを開けた途端、また!!
「わああああん!!」
「げっ!? な、何で!?」
「かずー!!! やっぱりあんたじゃないの!!」
ドオッカーンッ!!
実の弟だというのに、ドアごとけっ飛ばし、廊下どころか玄関まで吹っ飛ばす静流。
ドアが吹き飛んだのだから、当然飛影の姿は蔵馬から丸見えである。
しかし、彼を見つけても、蔵馬は怖がる気配を見せない。
さっき泣いたのが後をひいているため、しゃくりあげているが、どうやら飛影は怖くないようである。
「……ってことは、確実に桑原だな」
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