<子守りは大変> 2
「英語とはちょっと違うみてーだな」
「けど、これ何語なんだい?」
「ドイツ語か、イタリア語か…」
「ロシア語とか?」
「ぼたん…ロシアは西洋じゃないよ」
見慣れないアルファベットに幽助がひっくり返った後、蔵馬・桑原・ぼたんの3人は本を見ながら、色々と話し合っていた。
ちなみに飛影は興味ないと、ソファの上に寝ころんで仮眠をとっており、コエンマは1人で暢気にお茶をすすっていた。
「多分これ、フランス語じゃないかな……何百年も前に書かれたものだろうね、随分と文字が薄くなってる。まあ読めないこともないけど」
「本当か!?」
「ああ。えっと……『悪魔パイパー』?そういう名前の妖怪なんですか?」
お茶のお代わりを煎れている最中だったコエンマを振り返る蔵馬。
コエンマは一瞬動きを止めたが、すぐに動きだし、
「…そこまでなら根性で訳した」
「……まだ1行目の途中ですけど」
「うるさい!続き読め!!」
「……」
コエンマが怒鳴ることなど珍しくもないが……。
何となくその態度で、どういうことなのか想像はつく。
ようするに、コエンマはこの1行目の途中までの訳に、何時間も費やしたのだろう。
それなのに、蔵馬が一瞬で読めたことに腹が立ったのだ。
蔵馬としてはトンだとばっちりであるが……ため息をつきつつ、蔵馬は続きを訳しながら、音読した。
「1500年代、ヨーロッパ各地に出現した悪魔族。性格は冷酷で残忍、加えて卑怯で、自分よりュい敵は弱体化させてから戦いを挑む……」
「……何か最低だな」
「右に同じく」
「それで、どうやるのさ? その弱体化させてからっていうの」
ぼたんに急かされ、蔵馬は更に続きを読み上げた。
その淡々としたことといったらない。
高校ではフランス語を習ったりはしないはずなのだが……やはり彼は天才なのだろう。
「……常に手にした楽器を奏でることで、特殊な音波を発声させる。音は耳で聞かせる必要はなく、肌に感じさせるだけでも効果あり。通常は最も近くにいる1人にのみ有効だが、ある方法により何百万人もの人間を弱体化させられる」
「ようするに、何かの楽器で弱体化させるってのか?」
いつの間にか起きていた幽助が、シオリを弄びながら尋ねる。
蔵馬はちらっと幽助の方を見たが、再び本に目を落とし、
「おそらく。今現在の失踪事件に関与しているならば、行方不明者は弱体化させられてるとみて、まず間違いないな」
「でもよ、弱体化って具体的にはどういうのなんだ? 弱くなって帰れねえってのは……」
「そうですね…」
幽助の疑問に答えるように、蔵馬がページをめくり、次を読もうとしたその時!
ガッシャーーーンッッ!!!
突如、家中の窓という窓のガラスが割れ、砕け散った。
当然幽助たちがいた部屋にも窓はあり、その破片が彼らに降り注ぐ……。
とはいえ、とっさのこととはいえ、それくらい魔族や妖怪、あるいは普通の人間ではない者たちが避けられぬはずがない。
ぼたんは幽助が庇い、コエンマは一番近くにいた桑原が突き飛ばす形で避けさせた。
「な、何なのさ!?」
「さあな! とりあえず味方じゃねえことは確かだ!! ……ん? 何だ、この音…」
ガラスの破片が床に落ちきる前に、幽助の耳に奇怪な音が飛び込んできた。
それは彼だけではなく、その場にいた全員に聞こえていたらしい。
壊れたコンピュータか電化製品が、他に形容しようのない音を発しているような……。
しかし、その意味を彼らが理解したのは、あまりに遅すぎた……。
「これは……まさか! 幽助、避けて!!」
「は? …うわっ!!」
「きゃっ!!」
叫ばれた言葉に反応し、蔵馬の方を振り返りきる前に、彼は思いっきり幽助を突き飛ばしていた。
当然、幽助に抱えられていたぼたんも一緒に……。
だが、彼らが文句を言おうと起きあがった瞬間!
ボンッ!!
「えっ!?」
「げっ!?」
「なっ!?」
「何っ!?」
「うぞっ!?」
思い思いに感想を述べる5人……。
そう…真っ青になりながら、半ば声になっていないような声で叫ぶように言ったのは、5人だけだった。
1人足りない……。
それもそのはず、彼ら5人が唖然としてしまった目の前の光景は、残る1名の変化によるものだったのだから……。
肩にかかるくらいのストレートヘア。
銀色に輝くそれは、この世のものとは思えないほどの美しさだった。
その髪が死ぬほどよく似合う、キメが細かな雪のように白い肌。
美しい顔立ちだが、金色の瞳には妖しくも神々しい光を放っていた……。
と、ここまでならば、彼らの仲間である一名の正体。
見慣れているわけではないが、驚くようなことではない。
彼らが驚きを隠せなかった理由……それは銀髪の彼の年齢だった。
若い…を通り越して、幼すぎる。
どう見ても2歳、いっても3歳くらいだろう。
ちょこんっと床に座りこんだ彼の年齢は……。
それ故に、美しさと同時に、普段の彼には皆無である愛らしさ・可愛らしさがそこにはあった……。
あまりの美しさと可愛らしさに、顔を反らすことも出来ず、ただただ呆然と立ちつくす幽助たち。
その静寂が打ち破られたのは、目の前にいた銀髪の彼が、大声で泣き出した時であった……。
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