<子守りは大変> 1
≪……では、次のニュースです。最近多発している、謎の失踪事件についてですが、専門家によりますと……≫
「またこのニュースかよ」
そう言って、幽助はテレビのスイッチを切った。
しかし、その行為に対して不服を訴える者はいない。
それは何も、ここが彼の家だからとか、世界格闘技統一選の再放送を見るため、最初にテレビをつけたのが彼だったからとかいう、単純な理由ではない。
ここにいる全員……桑原、蔵馬、飛影、ぼたんの4人は、皆彼と同じ意見だったのだ。
「このところ、ずっとあのニュースばっかだな」
「まあ無理もないさ。1ヶ月の間に、皿屋敷市だけで5人だからね。いくら家出するような若い年頃の人たちばかりとはいえ…」
「でも霊界には来てないよ。先月来たのは、全員予定の人たちばっかりだもん」
袖口から閻魔帳を取り出し、先月分の記録をめくりながら言うぼたん。
両サイドや正面に座る幽助たちにも見えるように、机の上に広げて見せた。
確かにそこに記されているのは、ほとんど寿命だろうと思われる年配者ばかり。
蔵馬の言うような『若い年頃の人』とは、180度違うようだ。
「まあ死んでねえんだったら、問題ねえだろ。どうせ、集団駆け落ちかなんかじゃねえの?」
「実はそうでもないのだ」
いきなりこの場にいなかったはずの声が背後からし、幽助・桑原・ぼたんは思いっきり飛び退き、床を転がった。
振り返った先にいた彼は、極々平然とした面持ちで3人を見下ろしていたが。
「コ、コ、コ、コエンマ!!!」
「コエンマさま!!」
「いきなり後ろから声かけんじゃねえ!!」
「全然気配察知せん、お前らにも問題あるだろう。蔵馬らはとっくに気づいとったのに」
「げっ、そうなのか?」
「約3分前からいたよ」
さらっと言ってのける蔵馬。
どうも彼とコエンマは、後ろからいきなり声をかけるのが好きな者同士、その辺では気があうようである。
もちろん、その技術は元・盗賊である蔵馬の方が数段上だが。
「……それで何のようだ! 勝手に人の家に上がり込んだからには、何もねえとは言わせねえぞ!」
「安心しろ。ちゃんとある」
「……」
何もないくせに来たのなら、一発殴ってやろうと思っていたのだが……。
この様子からして、ヒマだから来たとかいう理由ではないらしい。
しかもさっきの台詞……何となくイヤな予感がする一同であった。
「幽助。俺、そろそろ帰るから」
「俺も」
「……」
「お、おめえら!!」
「ちょっと待たんか!」
そそくさと帰ろうとする蔵馬たちを、慌てて呼び止める幽助&コエンマ。
しかし、2人の思惑はまるで違う。
幽助は1人で面倒押しつけられるのがイヤで、死なば諸共、桑原たちを引きずり込もうとしているのだ。
コエンマの方は、幽助1人では頼りないと思っているのだろう……それを感じてはいたが、あえて幽助は怒りをおさえ、何も言わなかった。
「(ここでコエンマとドンチャカやったら、その間にあいつら逃げるだろうからな……我慢我慢…)コエンマ何かあるんだろ。どうせ指令か?」
「指令とは違う。クビにしたヤツをこき使おうなどと、浅はかな考えはせん!」
「じゃあなんだ」
「単なる頼み事だ。だから、桑原たちもよろしくな」
「余計悪い!!」
単刀直入に、はっきりきっぱりと言われた以上、逃げ場はない。
かなり不満はあるが、仕方なく桑原と蔵馬は椅子へ戻った。
飛影は蔵馬によって強制的に……(ある意味、これが一番可哀想かも)。
「それで、何なんだよ。その指令もとい頼み事ってのは」
「ああそうだったな」
「そうだったなって……」
「近頃話題になってるニュースのことだが…」
幽助のツッコミを完全に無視し、話を始めるコエンマ。
むろん幽助の額には、青い血筋が十字に浮かび上がったが、まるで気にしていない…というより、気づいてもいないのかもしれない。
当然気づいている蔵馬は、呆れながらも、
「失踪者のことですか? 10代後半から20代前半に多いって聞いてますけど」
「ああ。実は妖怪がらみの事件でな。犯人とっつかまえてもらいたい。それだけだ」
「『それだけ』じゃねえだろ!! ったく……んで、犯人は何処にいんだ?」
「知らん」
「……は?」
犯人の居場所を聞いたにもかかわらず、たったの三文字で終わらせられた……。
予想に反しまくった答えのため、しばし呆然としてしまう幽助たち。
やっと正気に戻り、怒鳴ろうかと思ったとき、コエンマは勝手に話を進めていた。
「まあ聞け。今回はいつもとは違うのだ。妖怪の質がな」
「妖怪の質?」
「実はそいつ西洋から来た妖怪らしくてな。詳しいことは向こうを管轄としとる審判の門に、誰かを送り込んで事情を聞かないことには」
「……審判の門っていくつあるんだ……」
ツッコミどころが違うような気もするが、コエンマは例によってまるで聞いていない。
少しは聞いて、突っ込んでやればいいのに……。
「しかしそういう時間もない。ということで、頼む」
「あのな〜……ようするに手がかりゼロの妖怪探し出して捕まえろってことか!?」
「無理だ! 絶対無理!!」
ものすごい形相で叫んではいるが、幽助たちの意見は全くもって正しいものである。
いきなり手がかりなしで、巷を騒がせている妖怪を捕まえろと言われ、OKを出せる者がいるわけない……。
しかし……ずっと黙っていたが、蔵馬には何となく気づいていた。
何かしら、手がかりらしいものを、彼は持っていると……。
まさか本当に何の手がかりもなく、彼が幽助の元へ来るとは思えない。
少なくとも必要最小限…いや、それ以下でも何かしらなければ、幽助は何の躊躇いもなく、拳を振るってくるだろう。
それくらい、昨日今日の付き合いではないのだから、コエンマも重々承知しているはずである。
蔵馬の視線から、彼が全てに気づいていると分かったのだろう。
コエンマは懐を探りながら、
「……手がかりなら、なくもない」
「それを先に言えよな……早く教えろよ」
「……」
コエンマは無言で、懐から何か取り出した。
それは1冊の本。
随分と古い……表紙が半分くらい破けてしまった、ボロボロというに相応しい本だった。
机の上にそれを置くと、コエンマは視線を反らし、
「……いちおうその妖怪についての資料だけ送ってもらったんだ。だがな……」
口をもごもごさせ、言葉を詰まらせるコエンマ。
何が何だか分からない幽助は、とりあえず本を手に取り、シオリが挟まっているページを開けてみた。
が……
開けた本の中身を見た途端、彼の顔が蒼白になった。
いや、どちらかというと引きつった笑みを浮かべているような……。
「おい、浦飯」
「幽助。何が書いてあるんだ?」
「……じゃねえ」
「はあ?」
「この本……日本語じゃねえ……」
そう言い残し、幽助はそのまんま椅子ごと後ろへとひっくり返ったのだった……。
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