<居候> 1

 

 

 

……仙水との戦いの後しばらくの間、飛影は蔵馬の家にいた。

 

黒龍を二度もうち、しかも片方は自らが受け止め、その状態で戦い続け、挙げ句の果てにはすぐに冬眠しなかった疲労は……大きいなんてものではなく、とにかく酷い状態だったのだ。
最も、酷いといっても、死ぬほどの大怪我とかではなく、疲労が原因なのだから、ようは休めばすむようなことなのだが。

しかし、休めば治るから休めと言われて、果たして彼がしっかりと休んだりするだろうか?

これが幽助や桑原ならば、女性軍に言われれば、怖いので結構素直に休んだりするだろう。
蔵馬も戦いさえなければ、素直に休んでくれるだろう(あくまで戦いがなければ……試合やらがあれば、瀕死の重傷でもその場にいそうであるが)

 

だが、彼は彼であって、幽助や桑原や蔵馬ではない。

他ならぬ、あの邪眼師。
絶対に自分の意見を曲げない、あまのじゃく。
ひねくれ者と言われるのが、日課に近いであろう、黒い男。

あの飛影なのだ。

 

休めば治ると言われて、一番休まなそうなのは、他ならぬ彼である。
むしろ、逆に意地になって、修行だの何だのしまくって、余計に疲労を増やしそうな、彼。
付け加えれば、宿無しの上、いつも木の上で眠り、普段何を何処で食べているのかも、他の連中には知るよしもない。
まあ、もんじゃ焼きを知っているくらいなのだから、意外とまともなものを食べているのかも知れないが。
(しかし金は一体どこから……いや、あまり深くはつっこまないこととしよう)

 

 

ということで(どういうことで?)、疲労がなくなるまでの間、飛影は強制的に蔵馬の家に居候するハメになったのである。

本当に強制的に。
彼の意志など無関係。
というより、聞いてもいないうちから。

魔界で寝た後、境界トンネルを越え(連れて行かれ)、そのまま出口へ向かった幽助たちとは別行動をとり(とらされ)、プーに乗って(乗せられ)、蔵馬と共に(というか、蔵馬が抱えていったというか…)、天井に開いた穴から脱出したのである。
そしてそのまま、人目のつかないところで、プーから下り、蔵馬にオンブされたまま、南野家へ。

「お姫様抱っこでなかっただけ、まだマシでしょう?」

などと蔵馬は暢気に言っていたが……。

 

 

この状況……果たして、飛影が甘んじて受け入れてくれるだろうか?

寝ている間に、還るはずだった世界から連れ出され、もうあまり用のない人間界へ連れてこられ、いくら仲間とはいえ、滅多に行ったこともない家に居候しろなど……。
誰であっても、あまり受け入れたくないような状況を、果たして飛影が……。

 

受け入れるはずがない。

そう、決してそんなことはあり得ない。

天地がひっくり返ろうが、地球の自転が逆向きになろうが、太陽が予告無しにいきなり爆発しようが、銀河系が0.1秒足らずで消滅しようが、宇宙が木っ端微塵に崩壊しようが、この世から何もかも全てが前触れなしに消え失せようが、桑原の気持ちが雪菜に届こうが……あり得ない。
それらが起こる可能性の方が数万倍は高いだろう(最後の一つは、数百倍程度でいいかもしれないが)。
まあ、この世から蔵馬ファンが消滅することに比べれば、割と有り得そうなことだろうが。

 

ともかく、滅多なことでは、まずあり得ない話であることは間違いない。

そして、案の定、それはあり得なかった。

 

 

目覚めた途端、そこが人間界だと気づき、瞬時に不機嫌になったかと思うと、蔵馬が声をかける間もなく、窓から外へ……出ようとしたが。
そこから出て行こうとするなど、別に蔵馬でなくとも、大体予想出来ること。

前もって強力な呪布で結界を施してあったので、窓枠に触れた途端、バリバリっと電撃が走り、どこからともかく出現した炎で手が焼け、頭から水を被り、ついでに凍らされ、開いていない窓から風が吹き付けて、部屋の反対側まで吹っ飛ばされてしまったのだ。

 

 

「説明しようと思ったのに……この窓、飛影専用の結界貼ってあるから、無理に出ようとしない方がいいって……」

と蔵馬が親切に言ってくれた時には、既に飛影は痛みから床に突っ伏していた。

しかし、それくらいで大人しく倒れてくれる飛影ではない!
蔵馬の説明が終わるか終わらないかくらいで、がばっと立ち上がり、部屋のドアを蹴飛ばすように開け(実際蹴飛ばした。そして外れた)、廊下の窓へと走った。

……が。

窓枠に触れた途端、バリバリっと電撃が走り、どこからともかく出現した炎で手が焼け、頭から水を被り……(以下略)。

 

 

「だから、説明しようと思ったのに……俺の部屋の窓だけじゃなくて、家中の窓全部だって……」

と蔵馬が親切丁寧に言ってくれた時には、既に飛影は……吹っ飛ばされた衝撃で、階段まで行ってしまい、階下へ降りていた(というか、落ちていた)。

しかし、窓から出られないというくらいで、飛影が大人しくしていようはずもない!
蔵馬の説明の半分くらいで、普通の人はまず窓ではなく、そっちへ向かうだろうという場所へと走っていた。

……が。

玄関のドアノブに触れた途端、バリバリっと電撃が走り、どこからともなく出現した炎で手が焼け……(以下略)。

 

 

「だ〜か〜ら〜。最後まで説明聞いてよ。窓だけじゃなくて、玄関扉も勝手口も全部結界が……って、飛影! 何をっ」

蔵馬が説明を途中で止めてしまったのも、無理はないだろう。
いきなり飛影は居間にあった椅子を持ち上げ、庭に通じる出窓目がけて投げつけたのだ!

普通、人の家に……強引にとは来ている者のすることとは思えない。
自分の家でも、普通はしないだろうが。
いくら家なしだからといって、これはあまりに非常識すぎる!

……まあ、彼は根本も末端も常識とは言えないのだが。

 

椅子は勢いよく出窓へと飛び……蔵馬が慌てて窓を開けなければ、綺麗にガラスを割っていただろう。
幸いにも、開いた窓から見事に通過していったため、窓枠やサッシを傷つけることなく、庭を転がっただけだった。
花壇に植えられた花をなぎ倒し、桜の樹に傷をつけた時点で、既に「幸い」とは言えないのかもしれないが…。

「ちょっと、飛影。何するんですか。いくらなんでも非常識……」

と蔵馬が言い終わる前に、飛影は窓へ向かって走り出し、窓枠に触れないように、庭へ飛び出そうとした。

……が。

窓を越えようとした瞬間、バリバリっと電撃が走り、どこからともなく……(以下略)。

 

 

「飛影、あのね……人の話は最後まで聞いてください。家中、結界が貼られているから、例え窓やドアが開きっぱなしでも、貴方は通れません。ついでに壁を壊しても、屋根に穴を開けても、床を抜いても同じことだから、やらないでくださいね。直りませんから。母さんに内緒で大工さん呼ぶなんて、気が引けるし」

そういう問題なのだろうか?

しかし、その時の飛影には蔵馬の言葉を聞いている余裕などなかった。
短時間に4回も、電撃やら炎やら水やら氷やら風やら受ければ、いくら飛影でも無事でいられるはずがない。

何しろ、飛影は戦いすぎて、疲労困憊、死んでもおかしくない状況にあるからこそ、ここへ連れてこられたのだ。
挙げ句その呪布を創ったのは、他ならぬ蔵馬。
飛影の弱点をある意味一番熟知している男である。

その蔵馬によって、こんなマネをされれば、どうなるか……とりあえず、死んではいないので、多分大丈夫なのだろう(あくまで「多分」だが…)。

 

「とりあえず、まあ回復するまで……1週間ってところかな。ゆっくりしていってくださいね」

実際は2〜3日程度を見積もっていたのだが……今ので、1週間に伸びたらしい。
加えて言うと、最初の2〜3日はベッドから起きあがることさえ、出来ない状態であった。

仙水との激闘及び黒龍波の使いすぎ以上に、蔵馬の結界は恐ろしいということなのだろうか……。

 

 

 

 

そして、強制療養…というより、監禁されて4日目。

ようやくベッドから起きあがれるようになった飛影。
しかし、元来寝てばかりいる彼が、朝早くに起床するわけがない。
たっぷり昼過ぎまで爆睡しており、ベッドから下りた時には、既に午後3時を回っていた。

床に下りたってすぐ、靴を探したが、やはりない。
土足で家中歩かれては迷惑と、蔵馬が隠してしまったのだ。

仕方なく素足のまま、しかし真っ先にした行動は4日前と変わらぬものだった。
いちおう用心しながらも、窓枠に触れ……案の定、電撃etcをくらい、しばらく床に突っ伏してうなっていた。
まあ、5回目ともなれば、大分用心したし、以前ほどの重傷は負わずにすんだが。

 

ようやく痛みが引いてきたので立ち上がると、ふいに蔵馬の勉強机の上にメモがあることに気付いた。
乱暴に取って見ると、

『飛影へ。おはようございます。脱走しないように。もの壊さないでね。家壊さないでね。それじゃ。秀一』

 

「……秀一…って、蔵馬か」

一瞬迷ってから、誰かを理解し、確かに母親に見られる可能性もあるからかと納得し、そしてはっとして、

「って、何だこれはーっ!?」

叫びながら、ビリビリビリっとメモを破り捨てる飛影。
宙を舞う白い紙吹雪。
派手に上へ撒き散らしたせいで、細かい数枚が彼の尖った頭に、さくっと突き刺さったが、髪には神経が通っていないため、気付かなかったらしい。

 

別に疲れはないはずだが、怒りのせいか、肩でゼーゼーと息をしまくる。
そして、勢いまかせで、窓ガラスを割って外に出ようと、椅子を持ち上げたが……。

「……」

考え直して止めた。
どうせ、前のように見えない壁のような結界に阻まれるだけである。
それに窓ガラスが割れれば、いくら蔵馬でも笑ってはすまさないだろう。
いや、ある意味にっこりと笑い、そして背後にオジギソウなど出現させて、引きつった笑顔のまま終わらせてくれるかもしれないが……。

 

 

はあっとため息をつきながら、椅子を落とすように下ろし、どかっとベッドに腰掛けた。
少し床に傷が入ったかも知れないが、それくらいなら、それほど怒りはしないだろう。
しかし、それにしても……。

「警告ばかりのメモなんぞ残しやがって……」

一理あるだろう。
普通、食事の場所とか、帰る時間とか書くだろうに。
いちおう最初に挨拶は書いてあったが…。

 

 

「……」

ブツブツ文句を言っても始まらない。
とりあえず、適当に台所でも漁らせてもらって、腹ごなしでもしようかと、立ち上がった。

昼間は母親も仕事に行っていて留守のはず。
階下へ降りようが、どうともないだろう。
いっそのこと、やけくそに冷蔵庫の中身全部食べきってやろうかと思ったのだが……。

 

「……」

台所へ入った途端、テーブルの上にきちんっと食事が置いてあったため、やらないことにした。
やめたというよりは、やれば何があるか分からないからといった方がいいが……。

「ったく。あるなら、メモにも一言書け」

言いながら、食事にかけてあったサランラップを外し、手づかみで食べ始める飛影。
ガツガツと両手に持って、交互に口へ運ぶ様は、あまり上品とは言えなかったが……。
まあ、手づかみで食べている点は間違ってはいない、いや普通手づかみだろう。
サンドイッチだったのだから……。