<居候> 2

 

 

 

その後、特にすることもないため、蔵馬の部屋へ戻った飛影。

テレビなど見たところで彼にとって面白いようなものがやっているわけもなく(というより、電源の入れ方を果たして知っているのかどうか…)、まさか台所の後かたづけをするわけもなく(したら、それこそ天変地異が起こるはず…)、他の部屋にいて何か壊した場合、確実に居候する日数が長くなるはず。
結局蔵馬の部屋にいるのが、一番安全なのである。

 

「……」

ベッドに寝転がってみたが、3日間寝過ぎて、もう眠くない。
黒龍を撃つようになってからは、幽助よりも寝ている時間の長そうな彼だが、いくら何でもこれ以上は寝られない。
だからといって、こんなところで修行などすれば……結果は見えているため、あえてやらない方が賢明だろう。

退屈しのぎに部屋を見回すと、本棚にあった一冊の本に目がとまった。
蔵馬の持っている本は、大半が勉強のものなのだろう、背表紙に書かれてある文字は難しい漢字ばかりだった。

魔界育ちで教育など受けたことのない飛影とて、多少の読み書きくらいなら出来る。
だが、せいぜいが小学生レベルのため、高校生の持っている本とは思えないようなものばかり揃えている蔵馬の本は、ほとんど読めないのだ。

 

しかし……その本の背表紙の文字は、ぱっと見ただけで分かった。
それもそうだろう。
何せ、書かれていた文字は、読めない人の多い表外漢字でもなく、読める人も結構いる人名漢字でもなく、普通の人は読めるはずの常用漢字でもなく、中学生以上ならば読めなければならない教育漢字でもなく…。

「ひらがな」だったのだ。

 

 

「……何だ?」

ものを壊すなとは言われても、ものに触るなとは言われていない。
別にそこまで考えていたわけではないが、何気なくその本を手に取ってみる飛影。
分厚く、そして少し重い本。

ビニール製の表紙には背表紙と同じ文字が書かれ、そしてヤケに可愛い花のマークが書かれていた。
一体、どういう趣味でこんな本を買ったのかと思ったが……1ページめくって分かった。
表紙に書かれた文字の意味も。

 

 

『おもいで』

 

どういう意味なのか、最初は分からなかったが、1ページ目から最後まで、ずっと同じ形式であれば、それが何なのか、すぐに見当がつく。
1ページに数枚ずつ貼られた写真、そして母・志保利のものであろう、柔らかい文字で書かれた短文。
そう、アルバムだったのだ。

 

 

 

最初に赤ん坊、数ページ進むと、匍匐前進が出来るようになっていたり、立ち上がれるようになっていたり。
写真など、首くくり島で無理矢理撮らされた一枚きりの飛影。
何故人間はこんなにもたくさんの絵を撮っておきたがるのか、理解出来なかった。

ただまあ……小さい蔵馬が、割と可愛いなとは思わないでもなかったが。

 

「……本当に男か、こいつ」

ぼそっと呟いてから、はっと周囲を見渡す飛影。
今の言葉が蔵馬の耳に入っていれば、確実に殺される。
決して聞かれてはならない言葉である。

幸い、現段階では蔵馬は付近にいないらしい。
ほっと胸をなで下ろしてから、改めて写真に目をやった。

 

しかし、どう見ても……今でも割と童顔で女顔だが、昔はそれに輪をかけた童顔&女顔である。
いや、冗談抜きで童子なのだから、童顔であるのは、当たり前。

とはいっても、幼子であろうと、幽助や桑原は多分男児にしか見えなかったはずである。
最も、彼らの幼少時の写真など飛影は見たこと無いのだから、あくまで推測だが…あながち外れてもいないだろう。
(思いっきり余談ではあるが、作者の幼少時も男児にしか見えなかったらしい…当時の写真見て、本人も納得済み/笑)

 

蔵馬の場合、ズボンをはいて、黒いランドセルを背負っていても、女の子で十分通る。
最も飛影には、黒いランドセル=男子という固定概念がないからかもしれないが。

 

だが……本当に可愛かった。

 

ズボンとか黒いランドセルとか、それ以前に男とか女とか関係なく。
すごく可愛い子供だった。

まん丸の大きな瞳。
おかしくない程度に長いまつげ。
短いが、サラサラとした髪の毛。
色白だが血色のいい、桜色の肌。
その一つ一つも可愛らしいが、目や口などのパーツの配置もよく、手足の長さや細さも子供らしさを失わない程度に細長い。

あまり顔に頓着したことのない飛影でも、これは可愛いと思った。
雪菜以外でそう思ったのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 

 

 

「……」

食い入るように見てしまって、気付かなかった。
まさか、写真の主がすぐ背後に迫ってきているなど……。

 

 

 

「そんなに面白い?」

ガッターン!!!

突如、耳元で囁かれ、はじけのくと同時に、ひっくり返る飛影。
その様子を見ながら、声の主である蔵馬は案の定、ニコニコと笑みを浮かべていた。
いつもの、少々人の悪い、あの笑みである。

 

「随分、熱心に見ていたね。そんなに面白い? 人の子供時代なんて」
「……見て、悪いか」
「別に。見られて困るようなものじゃないしね」

けろっとして言う蔵馬。
勝手に過去の写真など見られたら、割と怒る人の方が多いが、今の蔵馬に怒りはない。
まあ、隠さねばならないような、所謂恥ずかしい写真などはなかったから、見られてもよかっただけなのかもしれないが。

 

制服を脱ぎ、ハンガーにひっかけて、白いシャツとジーパンに着替える蔵馬。
その間、飛影は何故かアルバムは手放さぬまま、じっと蔵馬本人を見ていた。

「……」
「何?」

椅子に腰掛け、ベッドの上であぐらをかいている飛影を見やる蔵馬。
先程と変わらず、人の悪い笑みのまま。

 

……そんな顔を見ていると、さっきまで見ていたアルバムの中の子供と、本当に同一人物か、と疑いたくなるものがあった。

可愛さとかではない。
今でも蔵馬は、美形なのだろうし、言いようによっては可愛いだろう(多分本人に言えば、殺されるだろうが)。

 

ただ……そんなことではなくて。

 

 

「何さ。そんなにじろじろと」
「……笑わなかったんだな、お前」
「……何のこと?」

少しだけ蔵馬から笑みが薄れた。
完全に消えてはいないが、飛影をからかうような視線ではなくなっている。
苦笑するような微笑みだった。

疑問符を浮かべながらも、意図にはとっくに気付いているのだろう。
しかし、こういう時の蔵馬は、はっきりと言ってやらないと、はぐらかされるに決まっている。

 

「……この本の中のお前、ほとんど笑っていない」
「よく気付いたね」
「……否定しないのか」
「事実だからね」

そう言って、蔵馬は飛影から視線をそらす。
窓の外のやや暗くなりかけた空を見上げ、物思いにふけるようにため息をついてから、言った。

 

「やっぱりね。いくら姿が子供になったからって、中身まで子供にはなれなかったんだ。生まれ落ちた頃は、妖狐だった頃の記憶もぼんやりしてて、割と子供らしい顔しているだろう? でも、保育園に入る頃……他の子供と同じ服を着ている頃からは、もう意識もはっきりしていてね。子供らしくいられなかった」
「……」
「なるべく目立たないようにしてきたよ。子供らしくない子供だって言われて、目立つのは厄介だからね。人よりも『聞き分けのいい子供』を演じてきたつもりだった。まあ、母さんに迷惑かけたくなかった気持ちも強かったけど」
「後者が主だろう」

あっさり断言するように言い切る飛影。
それには蔵馬も一瞬驚いたようだが、すぐに笑顔に戻り、しかし同時に困ったように、

「さあね。でも結局、母さんには迷惑かけた」
「……どういう意味だ?」

母親のいない飛影には、蔵馬の言っている意味がよく分からなかった。
一般的に聞き分けのいい子供ならば、母親に迷惑がかかることなどしないはず。
ならば、迷惑などかけていないはずだが……もちろん、妖怪が乗り移っているなど、迷惑な状況かもしれないが、母親はそれを知らないはず……。

 

 

「……俺は男だから、今でもよく分からないんだけどね。母親って、『聞き分けのいい子供』であればいいわけでもないらしいんだ」
「……そうなのか?」
「ああ……だから、一度言われたよ…」

 

“……秀一、あなたは本当に聞き分けがいいのね。もう少し、ワガママを言ってもいいのよ……”

 

「……」
「そういうこと」
「……よく分からん」
「だろうね。俺もよく分からないよ、未だに。多分、母性本能ってやつなんだろうから。男の俺たちには一生分からないよ……ただ」

ふうっと深く息を吐く蔵馬。
それに釣られ、飛影は写真に落としていた目線を上げた。
笑っていない…他に写っている子供たちとは明らかに違う、一人だけ大人びた少年。

可愛らしさに、他の大人は気付かなかったかもしれないが……母親だけは気付いていたはず。
蔵馬があまりに子供らしくない、その事実に。

 

「俺は聞き分けがいいっていうより、素直に甘えられなかっただけかなって、今になって思ってる」
「甘え、か……」
「誰にも甘えたことなんてなかったから、甘える方法なんて知らなかったし。でも、母さんにとっては、子供に甘えられたかったのかなって。我が儘はある意味甘えにも繋がるしね」
「……」

 

……蔵馬が言っていることは、やはり飛影にはよく分からない。
当然だろう。
蔵馬にもよく分かっていないのだ。

男である彼らには、母親の気持ちなど……。

 

ただ一つ分かるのは……、

 

「どうかした?」
「……甘える貴様なんぞ、気味が悪い」
「あはは、そうだね」

「大体、貴様。その年になって甘える気か」
「ないよ、今更」
「その割りには笑っている」

ぽいっと蔵馬へアルバムを投げてよこす飛影。
予想していたわけではないが、それくらい蔵馬が受け取れないはずがない。
ふわりと受け取って見ると、開けられているのは、最後のページだった。

 

高校入学の時の集合写真の下。

中央に写るオールバックの少年。
隣に写るのは、白いシャツにピンクのジャンパースカートを着た天然茶髪の少女。
その肩に両手を載せ、にっこりと笑っている水色のポニーテールの少女。
後ろに立つのは、水色の服に荷物を持たされながらも、にんまりと笑う少年。

そして、そっぽを向いた黒い服の彼と、穏やかに微笑んでいる紅い髪の自分……。

 

確かに笑顔でいる。
誰かに甘えているわけではない。
けれど、あの当時は出来なかったことが出来ている。
甘えではない。

そう、ただ母親が望んでいた……。

 

 

 

「……笑ってるね」
「フン、誰に甘える気だ」

言いながら、ベッドに寝転び直す飛影。
そんな彼を見ながら、蔵馬は少しだけ考えて、

「君に甘えてみようか♪」

 

ガッッタターーーン!!!!

 

予想通り、さっきよりも数倍派手にひっくり返る飛影。
起きあがるなり、顔を真っ赤にさせながら、叫んだ。

「俺にはそういう趣味はない!!」
「はいはい。俺にもないよ」

ニコニコと笑って言う蔵馬。
それを見ていると、もはや怒る気も失せる。
というより、疲れてくる。

 

ある意味、蔵馬は昔のまま、笑わない方が平穏だったのでは……と思わなかったわけではない。
しかし、笑わない蔵馬など、やはり気味が悪い。

多分、このままでいるのが一番なのだろうと思いつつ、いつになったら居候から…ひいては、この笑顔から解放されるのかと、少しばかり不安になる飛影だった……。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

……ギャグ一直線で行こうと思ったのですが、何か途中から路線がずれました(笑)
小さい頃の蔵馬さんの写真を見て、違和感感じる飛影くん。
今の蔵馬さんは、もう高校生ですから、「よくできている男の子」としか見られないでしょうけど。

幼少時は多分、聞き分けよすぎたんじゃないかと…。
おもちゃなんか欲しがりそうにないし、早寝早起きも普通にしそうだし、勉強なんて当たり前にやるだろうし、お手伝いも普通にしそうだし…。
子供らしい、我が儘や甘えとは無縁のような気がして。
でも母親にとって、それって本当に嬉しいことなのかなと思って(女でありながら、母性本能ゼロの作者には書いておきながらよく分かっていませんが…)

志保利御母様は、そういうこと気にしない方かもしれませんが、あえて「聞き分けよすぎて、ちょっと寂しい…」お母さんになっていただきました(おい)
ちなみにこの話は『T●IN SI○NAL』に出てくる、みのる奥さんの一言から浮かびました(蔵馬さんと同じお声なのですー/笑)