<消えた『飛影』> 3

 

 

 

「……思い出したんだね、飛影」
「……ああ」

目の前に立つ蔵馬を睨み付けながら言う飛影。

 

正確には、蔵馬の霊魂の破片。
霊体ですらない。
蔵馬の身体も霊体も消滅し、霊魂も破壊されて、粉々に砕け散った。
大方は霊界すらも通り越し、誰も戻って来れぬ場所へと行ってしまっている。

ここにあるのは、僅かな断片。
転生にすら必要のない、魂の欠片。
それも今、消えようとしていた。

 

当然だろう。
こんな小さな欠片、本当ならばとっくに消滅している。
飛影の蔵馬への想いが……蔵馬の飛影への想いが、やっとこの世に、飛影だけに見える形となって、遺されていたのだ。

 

 

 

「ざまあないな……記憶が吹っ飛ぶとは」

自嘲気味に薄く笑いながら言う飛影。
そんな彼を見つめる蔵馬は、既に向こう側が見えるほどに薄くなり、消えかかっていた。
だが、その表情だけはよく見える。

今まで……誰にも見せたことのない…辛い表情だった。

 

「……すまない」
「フン。人の前に出て、砲撃まともに喰らって、あっけなく死んだ奴の台詞か」
「……」

返す言葉もなく、ただ無言で頭を膝の間に埋めてしまった飛影を見つめる蔵馬。
もう消えるのに……言いたいことが、いっぱいあるのに。
なのに、口から言葉が出ない。

それは欠片が消えかけているせいか、それとも……。

 

 

 

 

 

「……蔵馬」
『……』
「……逝くな」

その言葉に蔵馬は目を見開く。
何も返答出来ずにいると、飛影ががばっと顔を上げた。

 

「逝くな!! ここにいろ!! 断片だろうと欠片だろうと何でもいい!! ここにいろ!!」
『……飛影…』

かすかに…風に消えるくらい微かだったが、蔵馬の声がした。
それが果たして、欠片から発せられたものだったのかどうか、よく分からない。
だが、確かに飛影には聞こえていた。

 

 

『……それは…』
「ここにいろ!!」

彼らしからず、森に響くほど叫ぶ邪眼師の三つの眼には、全てに涙が浮かんでいた。
一度たりとも、生まれた時から泣いたことなどなかった。
自分には涙などない。
氷のような炎のような……とにかく、そんなものとは縁のない自分だった。

だから、これが涙だと、彼は気付いていなかったろう。

 

 

『……』
「蔵馬!!」

ばっと立ち上がる飛影。
僅か数メートル離れた先に立つ…浮かぶ蔵馬に、必死に駆け寄る。
その間にも、蔵馬はどんどん薄くなる。
森の木々が鮮明になる。
それとは裏腹に、飛影の眼は霞んでいた。

 

 

『……ひ…えい……』
「蔵馬ーー!!!」

赤い髪へと伸ばされた飛影の手は、虚しく空をつかんだ。
何もない宙。
断片も欠片もない。
僅かな光も何も……。

 

 

何もない。

飛影には……何も残されていなかった。

 

 

「く…らま……」

呆然と立ちつくす飛影。
へたりと地面に座り込み、ただ何もない空を見つめていた。

 

途端、走馬燈のようにあの時のことが思い出される。

 

 

 

 

魔界の雑魚ども。
トーナメントにも出られない連中。
そいつらによって結成された組織が開発した砲弾。
どんな妖怪だろうと、跡形も遺さずに吹き飛ばす新兵器。

狙われたのは自分。
その年のトーナメント優勝者だったから。

 

避けられなかった。
あまりに突然過ぎた上、トーナメントで負った傷が塞がっていなくて。

コマ送りのように、飛んでくる砲弾。
自分はここで死ぬと思った。
それも悪くないと。
ここまで強くなれたから。
死に場所としては、少し格好悪いなとも思ったが。

 

 

 

砲弾が後三コマほどで、自分へぶつかると思った時。

赤い髪が目の前でちらついた。

 

 

後二コマ。

それが蔵馬だと気付いた。
両手を広げて、自分の前に立ちふさがっているということも。

 

 

後一コマ。

止めろと叫んだ自分がいた。
どかせようと、彼に手を伸ばしてもいた。

 

 

後……そこで、コマは途切れた。

 

砲弾が蔵馬に直撃した。
僅かにこちらを振り返っていた蔵馬は……笑っていた。

それも僅かのこと。

肉体が吹き飛び、霊体が吹き飛び、後には何も遺されていなかった……。

 

 

 

 

「蔵馬……蔵馬……」

 

何故、死んだ…。

何故、死んだ!?

何故、俺などをかばって死んだ!?

 

お前には生きる目的も、生きる理由も、あっただろう!?
守るべき家族も、強くなる理由も!
いや、そうでなくても、お前は一度も死を望んだことなどなかった。

 

俺とは違う!
死に場所を求めていた俺とは違う!!

 

なのに、何故…。

何故、お前はいないんだ!?

何故だ!

 

あの赤い長い髪は何処へいった!?
あの冷たいくせに温かい眼は何処へいった!?
あの植物を操っていた器用な指先は何処へいった!?
あの男のような女のような顔は何処へいった!?
あの戦っている者とは思えない華奢な身体は何処へいった!?

あの……、

 

 

「何故…死んだ……」

 

それしか頭になかった。

 

赤い髪はもう風になびかない。
眼は何一つ映さない。
指は何一つ操らない。
笑顔も怒った顔も何もない。

何処へ行っても、彼は……いない。

 

この広い世界の何処を探しても。
笑顔で自分をからかいにも来ない。
真剣に妹のことを説得したりもしない。
気紛れに訓練に応じたりもしない。

 

 

いないから。

死んだ。
死んだから……。

 

 

死んだから……、

 

 

 

「蔵馬ああぁあああぁ!!」