それから更に数日……もう記憶がなくなってから、何日経ったのかも分からなかった。
その生活が当たり前になっていた。
記憶がないことが、何なのだろうか?
何も困ることなどなかった。
気にはなったが、ないならないで、別にいい。
時折、蔵馬が『仲間』だと言う者たちが、話しかけてきたが、彼らは皆、飛影の記憶喪失を気にしないで、声をかけるだけだった。
誰も無理に思い出させようとしない。
自分の行ったことのある場所に連れ出す者も、昔のことを延々話す者もいなかった。
それがやけに嬉しかった。
蔵馬のことも、もはや何に置いても、気にならなかった。
苛々はする、鬱陶しいとも思う。
だが、それがイコール当たり前になっている。
いつしか一緒にいることが当然となり、加勢しないことも、無遠慮に話しかけてくることも、慣れていた。
別に今までのことが思い出せなくてもいい。
家族や自分はもちろん、蔵馬のことさえも。
もう過去は必要ない。
今、蔵馬が横にいて、苛々して、鬱陶しく思っている自分がいるだけでいい。
それだけでいいと思えるようになっていた……。
だが……その日は来た。
「あっ。飛影……」
この日も新しい『仲間』に会った。
オールバックの黒髪に茶色の瞳の少年。
年頃は見た目は多分蔵馬と同じくらい。
「記憶喪失……なんだってな」
「……ああ」
答えた自分に、彼は他の奴と同じように、少しだけ寂しそうな表情をしたが、すぐに明るくなって言った。
「分からねえなら、名乗るけどよ。俺は浦飯幽助ってんだ。わりーな、ずっと会いにこれなくてよ」
「別に何の問題もないだろう」
「そうか」
飛影が特に問題なく生活していることに、ほっとしたらしい。
バンバンと背中を叩きながら、
「でもショックだったのは、同じだろ。お前だって、俺だって」
「何の話だ」
「……忘れてるんだもんな」
その表情に、飛影は彼が無理に明るくなっているのだと気付いた。
切なそうな悔しそうな顔。
どう見ても、明るく振る舞っているだけで、心の内は寂しいままだった。
「なあ。苦しくねえか……不自由してねえか? 何か出来ること、ねえか?」
他の連中と違い、彼はやけに尋ねてきた。
蔵馬が果実を取りに行っていて、ここにいないせいだろうか?
一人でいるとでも思って、気にしているせいだろうか?
「別にない。鬱陶しいくらい、世話をやく奴がいるからな」
「? 誰だ? 雪菜ちゃんか? あ、でもぼたんが氷河の国に帰ってるって言ってたな…」
「蔵馬だ。あの赤毛の……お前等の仲間だろうが。俺のでもあるらしいがな」
「……」
突然黙る幽助。
見開かれた瞳には、明らかに動揺と驚愕の色が伺える。
自分は何か変なことを言っただろうか?
それとも蔵馬は自分の仲間だが、幽助の仲間ではないのだろうか?
「何だ?」
「……おまえ…何…言ってんだ……?」
「だから、何をだ?」
ため息混じりに言うと、ますます幽助は困惑の表情を見せた。
その全くからかってもいない、冗談も何もない……混乱の顔に、飛影も流石に不安になった。
「おまえ……覚えてないにしたって……変だぞ…」
「だから!! 何のことだ!!」
がっと幽助の胸ぐらをつかみ、怒鳴る飛影。
心臓が高鳴る。
何か思い出したくないようなことを……いや、記憶喪失なのだから、思い出せないはずなのに。
だが、すごく嫌なことを……。
心が思い出すなと叫んでいる。
頭が巨大な岩に押しつぶされるように傷む。
全身がしびれる。
幽助をつかんだ手もガクガク震える。
「だからその……」
言うな…。
言うな、幽助……。
声にならない。
何よりも聞きたくない言葉のような気がするのに。
言って欲しくないのに。
「蔵馬は……」
言うなあああああぁ!!!
死ンダンダゾ……