第四話・同

 

 

  

 

「そっか……よかった。お母さんを置いていっちゃったわけじゃないんだ」

 

 ぽかんっとした表情で、消えていく姿を見ていた瑪瑠。
 しかし、しばらくすると我に返って、ぽつりと呟いた。

 誰に向けたわけでもなく、ただ自分の考えが零れただけだったが、

「……お前は、本当に家族≠ェ好きなんだな。自分のも他人のも」

「!」

 後ろから言われて、驚き、振り返った。

 

 

「あ……」

 居ることを忘れていたわけではない。
 ただ、何かを言われるとは思っていなかったのだ。

 更に内容も……。
 家族≠ノついて、妖狐が語るのは、全く予想外だった。

 

 

 

「違うのか?」

 問われて、瑪瑠は首を振る。

 

「う、ううん。――瑪瑠は家族、大好きだよ」
「そうか」

「えっと……妖狐は?」
「好きか嫌いかと聞かれれば、当然、前者だな」

 淡々と、しかも皮肉混じりに言うのは、いつもと変わらない。
 だが、瑪瑠は、

「そっか!! 妖狐も瑪瑠と同じなんだ!!」

 何だか無償に嬉しかった。

 

 妖狐と同じ=B

 そう思っただけで……この上なく、嬉しかった。

 

 それこそ、理由は分からない。
 ないのかもしれない。

 ただ、嬉しかったのだ……。

 

 

 

 

 だから、

「まあ……血は繋がっていないがな」

 妖狐がそう言った時、驚き以外の感情もあった。

 

「え? 妖狐も?」
「何だ、お前もか」

「うん……瑪瑠、捨て子だったから」
「右に同じだな」

 さらりと出た言葉だった。

 

「そっか。妖狐もなんだ……何歳の頃?」
「はっきり、覚えていない。だが、自分の名前は言えるぐらいだった」

「瑪瑠もだよ。瑪瑠って名前は、自分で言ったんだって。覚えてないけど」
「拾われた時のこともか?」

「ううん。それははっきり覚えてるよ。名乗った時のことを覚えてないだけ」
「幼少時の記憶など、曖昧な飛び石のようなものだ」

 二人は極々自然に語り合っていた。
 出逢ってからの、双方にあったぎこちなさは……なかった。

 

 

「瑪瑠ね、兄姉がいるんだ。麓兄と、紅唖姉と、流籠姉と、汀兎兄。瑪瑠を見つけてくれたのは、汀兎兄なの。――瑪瑠の一番古い記憶は、雷が鳴る嵐の日に、あの大河の近くで、汀兎兄と会ったこと。どうしてそこにいたのかは、全く思い出せないんだけど」

「その辺りは、オレと違うな。オレを拾ったのは、父親だ。死んだがな」
「……密猟者、だった?」

 皆の出会いを聞いた時、妖狐と家族が密猟者に狙われていたことも聞いていた。
 同時に、家族構成も。
 妖狐の年にして、兄妹たちと同居しているのに、親がいないということを。

 しかし、妖狐の口から聞くのは、これが初めてだった。

 聞きたかった。
 どうしても。

 

 

 

「……許せなかったな」

 口調は若干沈んでいたが、妖狐を取り巻く空気は、さほど重くはない。

「だが、それも何年も前の話だ。どうせ、そいつらもこの世にはいない」
「……そうなんだ」

「しかし、思い出して楽しい話でもない……」
「…………」

 いつもの瑪瑠なら、すぐに謝ったかも知れない。
 だが……瑪瑠は黙っていた。

 

 そして、それは。

 妖狐にとって、嬉しい選択だった。

 

 

 

「今まではそうだったんだがな」
「…………」

「お前に話せて、よかった。――聞いてくれて、ありがとう」

「……瑪瑠こそ、ありがとう」