第五話・名

  

 

 

 

「そうだ! ねえ、妖狐。妖狐≠チて名前は覚えてたんだよね? どういう意味なの?」

 その瑪瑠の言葉に、

「…………」

 妖狐は一瞬黙った。

 

 

「あ、あの?」
「くくっ……」

 ついで笑い出した。
 いつもの不適な笑みで、でもいつもよりも楽しそうに見えた。

 

 

「えっと……瑪瑠、変なこと言ったかな?」
「お前……妖狐≠ェ、名前だと思ってたのか?」
「え?? ち、違うの?」

 思わず叫んだ瑪瑠を見て、妖狐は更に笑った。

 

「そんな名前付けるヤツがいるか? どう考えても、種族名だろうが。オレはよく呼ばれている呼び方≠セと言っただけだ。家族は狐ではなかったから、他の妖怪がそう呼んでいた。――家族はもちろん、名前で呼んでいた」

「じゃあ、どうしてそっちで呼ばれないようにしてるの?」

 最も過ぎる瑪瑠の質問に、妖狐は一度視線を外し、答えた。

 

 

 

「……蔵馬」

「え?」

 

「それがオレの本名。……蔵馬だ」

「くら……ま……」

 

 瑪瑠は、今夜一番驚いていた。
 妖狐が名前でなかったことよりも、妖狐が自分と同じだったことよりも……ずっとずっと驚いていた。

 何に驚いていたのか。
 何だか、全く違和感を感じていないことに……とてもとても驚いていたのだ。

 

 

 

「覚えていない親か誰かがつけた名だ。あいつと同じだったのには、驚いたがな……父親に拾われた時、持っていたのは、その名とコレだけだ」

 首から提げたペンダントを振りながら言う妖狐。
 チリリと小さな音がした。

 

「それは……」
「お前のに似ているだろう」

 言って、妖狐は瑪瑠の胸元を指さす。
 そこには同じくペンダントが。
 こちらは音はしないが……黄金色に輝いていた。

 

「うん……瑪瑠もね。これは、覚えていない誰かに貰ったものなんだ。瑪瑠が拾われた時に持ってたのは、コレと……瑪瑠って名前だけ」
「同じか」

「同じだね……色んなことが、同じなんだね」
「そうだな……」

 同じ。
 同じ。
 同じ。

 知っていく妖狐のことが、自分と同じ。
 よく似ている。

 

 そのことが……瑪瑠には、この上なく嬉しかった。

 何かものすごく不思議な感じはしたけれど。

 それ以上に、とても嬉しかった。

 

 

 

 

 

「しかし、同じ名前がこうゴロゴロ揃うとはな」

 苦笑を浮かべる妖狐に、瑪瑠ははっとして言った。

 

「でもね! 家族にも名前貰ったんだよ! 家族になった記念にって!」

 今しかない。
 そう思った。

 梅流の言った通り、妖狐はややこしくて′トべなかったのかもしれないのだ。

 だったら、今……。

 

「どんな名だ?」

「!」

 聞いてくれたことに、顔が赤くなるのを感じた。

 

 

「コ、コハク……」

 

 

 言った。
 瑪瑠は言った。

 誰よりも最初に。
 妖狐に。

 

 言って気づいた。

 誰よりも一番最初に、妖狐に伝えられたことを……この上なく、嬉しく思っている自分がいるのだと。

 

 

 ……怖かった。

 妖狐が怖かった。

 

 妖狐といると、声が上手く出なくなっていた。
 妖狐といると、何も考えられなくなっていた。
 妖狐といると、体温が上がっていた。
 妖狐といると、心拍数がおかしくなっていた。

 妖狐といると……怖いはずなのに、いつも妖狐のことを考えていた。
 頭の中が、妖狐でいっぱいになっていた。

 自分のことなのに、自分で自分が分からなくなっていた。

 

 でも……今は、違う。
 今は、その全ての意味が……わかったから。

 妖狐に言い寄られるのを見て、どうしようもなく止めに入ってしまった自分。
 それだけでも充分。

 更に、妖狐と同じ≠ナあることに、この上ない歓喜を感じていた自分。
 それだけでも充分過ぎた。

 もう怖くない。

 

 

 

 

「ど、どう思うかな?」
「いいんじゃないのか?」
「そ、そうじゃなくて! ……妖狐は……妖狐は、どう思う?」

 顔を真っ赤にして、妖狐に問う瑪瑠。
 妖狐は、フッと笑って瑪瑠の頬に手を当てた。
 それはあまりにも自然な行動だった。

 

「いい名だと思うぞ。コハク」

「!」

 

 瑪瑠は一瞬、世界中の時間が止まったかと思った。
 妖狐が……妖狐が初めて、名前を呼んだのだ。

 

「コハク」

 妖狐ははっきりそう言った。

 

 

 

「あ、ありがとう! 妖狐!!」

 瑪瑠――コハクは、満点の笑顔で妖狐に笑いかけた。
 その笑顔に、妖狐は……コハクは気づいていなかったけれど、少し慌てていた。

「何故……礼なんか言うんだ?」
「何となく! そろそろ部屋に戻ろう! 明日も早いし!」
「……そうだな」

 足取りの軽いコハクの後ろ姿を見ながら、妖狐は今までにない微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……何しに行ったんですか。わざわざ土地神まで呼び出して」

 夜明けと共に、何もない松林から、何事もなかったように旅立っていく梅流たちを。
 雲に近いところから見ている瞳が、四つあった。

 

「いや? ちょっと、あいつら見てて、苛々してな。境遇が似すぎてて、逆に歩み寄れないって、見ててじれったいっつーか」

 ニヤニヤと見つめるのは、紅い髪に紅い瞳の少年のようだった。
 しかし、レオタードのようにぴったりとした衣装からして……性別の二文字がないことは、明白であった。

「……上司であり師匠であるあなたのすることに、文句をつけたくはありませんが……そういうの、何て言うか知っています?」

 呆れた声を隠さずに言うのは、先日東の街の高台から、梅流たちを見ていた男。
 丁寧な口調ではあるが、素ではなく、仕事だから仕方がない……という空気がありありだった。

 

「ん? なんていう?」
「余計なお世話≠チていうんですよっ! あの二人が生まれ≠思い出したら、どうするんですか!?」
「まあ、そのうち、思い出すだろうな」
「だったら、どうして……」

 絶句する男に、少年は急に真顔になって言った。

 

「……今だけだ。今だけしかないんだったら……今≠幸せに生きてほしいだろ……」
「しかしそれでは、あまりに……」

「恵(けい)。お前が言いたいことも分からないでもない……だが、時は動き出したんだ。もう、戻れないんだぜ……」
「…………」

 

「オレたちに出来るのは、後悔しないように進むことだけだ。あいつらも、な」

 

 

 

 

 

間章 終

 

 

 

 

 

〜後書き〜

 

 間章は、妖狐さんと瑪瑠さん中心でした。
 ベースは「西遊記」23話になってますが、オチが正反対であることは、言うまでもありません(苦笑)

 で、また出てきた新キャラ……性別ないっていう時点で、誰だか分かりますよね、多分。
 というか、名前を出していいものか、考え中です。
 バチが当たるとか当たらないとかは思ってないけど、熱心な信者の方って、この頁見てるのかな〜? と。
 最も、某人気漫画では、ものすごい人にえがかれてるから、さほど気にしなくていいのかもしれませんが。

 次からは4人+1匹で、本格的に旅を。
 いちおう原作のネタを盛り込む予定ですが……順番は滅茶苦茶です(いやだって、牛魔王騒動、意外と早いから……/爆)