第二話・悩
瑪瑠は悩んでいた。 梅流は、出会った時から、瑪瑠と仲が良かった。 これだけ見ると、瑪瑠は一行にとけ込めているように見えるのだが……。
正直なところ、瑪瑠はかなり悩んでいた。 「はあ……妖狐と仲良くなれないかな……」
原因は、妖狐にあった。 別段、妖狐が何かしたわけでもないし、瑪瑠と何かあったわけでもない。 そもそも妖狐は、瑪瑠が仲間に加わるほんの少し前に会ったばかりで、仲間になったのに至っては、ほとんど同じ時。
しかし、瑪瑠は妖狐が……怖いのだ。 「何処が?」と聞かれれば、「分からない」と答えるしかないだろう。
妖狐のような人物は、今まで瑪瑠の近くにはいなかった。 梅流とシロには感じていない何か≠ェ、妖狐にはあるようなのだ。
「どうして……怖いんだろう……」
それが何かなのかは、分からないのだけれど。
「でも……多分、その何か≠セけじゃないんだよね……」 不可思議な何か≠ェあっても。 妖狐は別段集団行動に向かないわけではないのだが、割と何でもきっぱり言う方で。 一人だけ後に出会った瑪瑠には、それが怒っているようにしか見えないのだ。
わけのわからない何か≠セけでも、充分怖いのに。 ……そんなこんなで、瑪瑠は他のみんなと同じように、妖狐に接することが出来ないでいるのだった……。
「ねえ、梅流〜」 風呂上がり。 とはいっても、部屋は一部屋。
「あのね。妖狐って……瑪瑠のこと……」 自分を指さす梅流に、瑪瑠は首を振って、 「あ、違うの。私のこと」 梅流は手を下ろし、瑪瑠を見つめた。
「うん……妖狐って、私≠フこと……嫌いなのかな?」 突然、突拍子もないことを言う瑪瑠に、梅流の目がまん丸になる。 「……どうして、そんなこと言うの?」 問うたその顔は真剣だったが、怒っている風ではなかった。
「だって……あんまり、にこっとしないし……何だかいつも怒ったみたいに……」 「でも……」 瑪瑠は、少し目をふせた。
「妖狐は……一度も、瑪瑠の名前呼んでくれないんだもん」
「え? ……一回も?」 名前を呼ばれない。 とりわけ、ずっと愛する兄弟と暮らしてきた瑪瑠には、自分の名前を呼ばれるというのは、特別なことで……。 とても……寂しかった。
「瑪瑠……」 梅流は瑪瑠の寂しそうな顔を見て、自分まで悲しくなった。 本当に、心が痛かった。 しばらく部屋に沈黙が続いた。
「……もしかして」 ふと、梅流が言った。 「……それってさ。同じ名前だからじゃないかな? 梅流と……」 梅流の言葉に、瑪瑠は首をかしげる。
「うん。どっちを呼んでるのか、分からないからじゃないかな? 梅流の名前を先に聞いてたから、梅流の名前は呼ぶんだと思うの。本当は瑪瑠の名前も呼びたいけど、ややこしくて、中々呼べないんだと思う。蔵馬が梅流たちを呼ぶ時も、視線をあわせてから呼んだり、瑪瑠のこと瑪瑙の瑪瑠≠チて呼ぶじゃない?」 「そうかな〜?」 「そっか〜〜」 まだ疑問も残っていたけれど。
「うん! そうだね、きっと!!」 瑪瑠の心は、温かくなっていた。
梅流もまた、瑪瑠が笑顔になってくれて……すごくすごく、心が温かくなった。
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