第十七話・出立

 

 

 

 

 

 そして、街人たちに見咎められない内に、蔵馬たちは旅立った。

 状況からして、感謝よりも悪意の可能性の方が高かったから。

 妖怪が弱ったせいか、大河はとても穏やかになっている。
 今ならば、舟さえあれば渡れるだろう。
 その内に。

 

 

「どうしたの? この舟」

 荷物からまた少し離れた草むらに、数人乗りの小型の舟が隠されていた。
 船着き場がいらず、また男手が二人分もあれば、充分押せるくらいのものを。
 妖狐の傷は深く、またシロも疲れているようだったので、蔵馬と梅流と瑪瑠で押し、大河へと浮かべた。

 

「君のお兄さんに貰ったんだよ。瑪瑠を助けてくれる代わりにって。――すまないね。最初はほとんど、そのために来たんだ。まさか、梅流と友達になってたとは思わなかったから」

 瑪瑠の問いかけに、蔵馬は苦笑気味に、正直に答えたが、

「全然いいよ! だって、今は瑪瑠も友達で仲間だもん!」
「ああ。そうだね」

「でも……麓兄も汀兎兄も舟なんて、持ってたかな……??」

 瑪瑠はきょとんっと首をかしげた。

 

 大河が濁流渦巻いていたため、生け贄が捧げられて数ヶ月間しか、漁は出来ない。
 生活用水も、生け贄の儀式の一ヶ月前くらいからは、貯水していたくらいで。

 故に、漁以外での個人所有の舟は、ほとんどないに等しい。
 この舟も、漁に使えるような加工がいくつか施されていた。

 しかし、兄たちは元々漁師ではないし……。

 

 

「どんな人だった?」
「年は俺と同じか、少し上。背丈も俺くらいかな。妖狐よりは大分低かったよ」

 舵をとりつつ、蔵馬が答える。

「じゃあ、男の人だったら、普通くらいだよね。――髪は? 何色だった?」
「髪は、かぶり物で見えなかったな」

「そっか。あ、じゃあ目の色、赤かった? それとも、緑?」
「いや……あれは赤じゃないな。オレンジだったけど?」
「ええ〜? 誰だったんだろう?? 夕狼兄さん? でも、オレンジじゃあないし……莉斗だって、緑だし。オレンジ? 橙? 誰だったんだろう?」

 本当に分からない……と、膝の上で寝入ってしまったシロを撫でながら、首をかしげる瑪瑠。

 そんな瑪瑠に、妖狐の手当をしつつ、梅流は言った。

 

「きっと、家族以外にも、瑪瑠に生きてて欲しいって思った人がいたんだよ!! 梅流たちみたいに!!」

 素直な意見が、舟を満たしていた。

 

 

 

 

 

 ……梅流は、本気で言った。

 本当にそうだと思って、言った。

 

 だが、違った。

 

 街の一番高台にて。
 四人と一匹を乗せた舟を、じっと見ている影があった。

 黒いマントを纏い、黒い兜を被っている。
 露出している肌は顔と首だけ。

 その白い面で光る橙色の瞳は、とても厳しいものだった。

 

「……ようやく、四人≠ェ揃ったか……だが、本当の戦いはこれからだ……」

 誰に語りかけるわけでもない言葉を零しながら、男は被っていた兜を取り去った。

 

 桜色の短い髪が、遅い夜明けの風にゆれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 終わり

 

 

 

 

 

〜後書き〜

 

 ひとまず、第一章、全員揃うところまでいって、終わりました。
 以前書いていたのより、大分かえてみました。
 覚えていないせいとも言うけど……ある程度、「西遊記」に沿わした方がいいかと。
 最も、原作とは大分違いますけどね(汗)

 いちおう、「西遊記」全百話のうち、第一章は14話・15話・18話・19話・22話が元になっています。
 順番も状況も相当違いますけどね(汗その2)

 なお、一番最後に出てきた人は……まあ、別に隠すつもりもありません。
 実際、「西遊記」によく出てくる人なんで、バレバレかと(苦笑)