第十六話・決着

 

 

  

 

 ごおおおおおおっ

 

「なっ」

「え?」

 妖狐と瑪瑠が見ている前で。

 

「ごああぎゃあああああ!!!」

 巨大な河童が、三度目の絶叫を上げた。

 瑪瑠が半分近くを焼却していたとはいえ、まだ力のあった皿が。
 明らかな炎上。
 今度こそ。

 それを抱え、悶えながら。
 河童はしばらくの後、大河へと倒れ込んで。

「…………」
「…………」

 瑪瑠たちが見ている前で、波に呑まれ、やがて見えなくなった。

 

 

 

 

「梅流!! 蔵馬!! 大丈夫!?」

 シロが地面に降りきる前に。
 瑪瑠はその背から飛び降り、友の元へ駆け寄った。

 地上にいた蔵馬と梅流は、見たところ怪我もないが、二人ともぽかんっとした顔をしている。
 瑪瑠にぎゅっと手を握りしめられたことで、はっと我に返り、

「う、うん」
「本当に!?」

 心配げに見上げる瑪瑠に、梅流ははっきり頷いた。

 

「うん、平気! 瑪瑠こそ、大丈夫?」
「瑪瑠は大丈夫。でも、妖狐が……」
「大したことはない」

 全身ボロボロになりながらも、妖狐は何事もなかったかのように、立っていた。
 小さくなったシロを肩に乗せ、歩み寄ってくる。

 

 

「……何があった?」

 問いかけは蔵馬に向けたものだった。

「お前がやったのか?」

 蔵馬は小さく首を振り、瑪瑠と無事を喜び合っている梅流を見ながら、

「梅流の力だ」

 本人には聞こえないよう、小さな声で言った。

 

 

「梅流も炎の気だったのか」
「正直、分からないな……夢中で気を放出させた結果だとは思うが。瑪瑠の狐火を見たことによって、偶発的に引き出されたのだとしたら……」

「本来の力ではない可能性もあるわけか……」

 

 不思議な存在。
 妖狐もシロも……そして、瑪瑠も。

 だが、彼ら以上に、梅流は不思議な存在だった。

 蒼い狐火など、見よう見まねで出来るようになるものでもない。
 元々才能を持っていたと考えるべきだが……力の本質にしては、安定性に欠けていた。

 

 一言でいえば、未知数。

 それが、今分かっている限りの、梅流の力……。

 

 

 

 

「……まあいいさ。大して気にもしていない」
「だろうな。お前にとって、その程度の存在でないのは、分かっている」
「何が言いたいんだい?」

 ふっと微笑を浮かべる蔵馬に、妖狐はにやりと笑った。

 

「梅流との出逢いを、俺に語ったのが、運の尽きだ」
「…………」

「梅流ほど、不可思議で未知数で……純粋な生き物は、外の世界では生きづらい。お前はあえて、それをあいつに求めた……そういうことだ」
「……そうだな」

 的を得た妖狐の言の葉に、蔵馬は溜息をつくしかなかった。

 

 

 大なり小なり、誰でも裏を持っている。
 別段それが悪いこととは、蔵馬は思わない。

 蔵馬自身も、本音をさらせる相手は、極々一部の者だけだった。
 それは人の間で生きていく上で、必要なものだった。

 ただ、時々疲れるだけ。

 

 梅流にはそれが一切ない。

 今まで一人だったからとか、そういうレベルで片付けられるものではなかった。

 しかし、純粋な子ほど、生きにくい世の中だ。
 ただでさえ、理想郷と言われたのが、過去のことなのだから。
 今は、それに拍車をかける事態まで起こっている。

 

 なのに、蔵馬は……そんな世界に、梅流を連れてきたのだ。

 

 山に登ったのは、偶然だった。
 麓で、あの山には不思議な生き物がいるらしいと噂を聞いて。
 いつもなら、寄り道などしないのに、何故か行く気になって。

 辿り着いた其処で、偶然、見つけた。
 そして……、

(連れていきたいなんて……今まで思ったこともないのに)

 思ってから、妙に自分に焦ったものだった……。

 

 

 

 

 

「あ、ああ……」

 ふと、四人と一匹以外の声がしたことに、全員がそちらを見た。
 すっかり忘れていたが、腰の抜けた役人たちがいたのだった。

「か、『神様』が……」
「『神様』が……負けた……」

「そのようだな。思ったよりは、強力だったぞ」

 あっさり正直に答えた蔵馬に、役人たちの絶望の色は濃くなるばかりだった。
 ここで、負け惜しみにも弱かった≠ニ言ってくれれば、逆に反発もできるものを……。

 

 

「ど、どうするのだ……これからこの街は……」
「『神様』のおかげで、妖怪どもが攻めてこなかったのに……」
「どうしてくれるのだ……旅人の分際で、我らの平穏をっ」

「そこまでだ」

 突如響いた声に、蔵馬たちだけでなく、放心状態の役人たちも振り返った。
 居たのは、中年の男が数人。
 それに、老若男女の人々。

 その一番手前にいた男を見て、役人たちが叫んだ。

 

「! 副市長!!」
「何故ここに……」

「生け贄という市長のやり方に反発する者がいないとでも思ったか? 『神』とやらさえいなくなれば、私の先進的な意見を受け入れてくれる者も多いのだぞ」

 ふふんっと嘲笑を込めて言う男は、呼ばれた通り、この街の副市長らしい。

 言葉からすると、生け贄制度には反対していたようである。
 とはいえ、『神』という妖怪がいる以上は、賛成でもあったようだが。

 

 

「妖怪のいない今、市長のやり口は古い。これからは、私が新たな街づくりを行う。――生け贄を何より推進し、実行していたお前たちは、当然実刑判決だな」

「…………」

 もはや、男たちに言葉はなかった。

 

 

 

「……こうまで、身勝手に言われると、逆に気の毒になってくるけど……」

 ぽつりと蔵馬は言ったが、

「まあ、自業自得か」

 すぐに思いなおした。
 そして、街人たちがあれやこれやと話を進めている間に、彼らから離れた草むらへ歩み寄っていく。
 梅流たちも後を着いていく。

 

「あ。荷物、そこにあったんだ」

 蔵馬と妖狐がここへ来た時、手ぶらだったことに不思議に思っていた梅流。
 波が来ても、まず水を被らないであろう位置に隠されていた荷物を見て、梅流ははっとした。

「そういえば……梅流の荷物」

 どこへ置いてきたのか、いやいつ落としたのか……もう思い出せなかった。

 

「く、蔵馬。あの、ごめんね……」
「気にしなくていいよ。財布は俺が持っているし、また買えばいい」
「うん……」

 蔵馬にそう言われても、梅流の顔は晴れなかったが、

「次の村は小さいけれど、大河を渡ってすぐにあるはずだ。そこで買いそろえよう。――妖狐と瑪瑠の買い物もしないといけないしね」
「うん、そうだね!」

 そう言われたので、ぱっと顔を上げた。

 

 

 

「え?」

「…………」

 そんな梅流とは対照的に。
 瑪瑠と妖狐は、驚きを隠せないでいた。

 

「え……来てくれないの?」

 梅流は困ったように、寂しそうに、言った。
 二人とも、来てくれると……思いこんでいた。

 

 

「い、いいの?」

 大河の妖怪がいなくなった。
 遺体が上がらないから、多分死んではいないが、少なくとも生け贄は必要なくなった。
 生け贄にならずにすんだ。

 だが、だからといって家には……帰れない。

 今、街へ戻れば、当然『神』を信仰する者たちによって、迫害される。
 同時に、内心では『神』を異端だと思っていた者たちにも、唯一生き残った者≠ニして、嫌われるのは予想がつく。
 自分はいいけれど……家族がそうなるのは、耐えられない。

 瑪瑠が生け贄にならずにすんだことは、おそらく家族に伝わっていくだろう。
 妖怪がいなくなったことを、これだけの人間が知ったのだから。
 そして、生け贄反対派≠ニして、すぐにでも解放されるはずだ。

 でも、だからこそ。
 長居はできない。
 ここには、いられない。
 どこへ行けば……。

 そう思っていた矢先だった。

 

「…………」

 街までは同行した。
 自分の言葉のために、梅流が突っ走ったこともあったから。
 多少の責任も感じ、蔵馬に誘われて、ついてきた。

 けれど、梅流が見つかるまでだと思っていた。
 ここから先は……どうしたものかと考えていた。
 このあまりに目立ちすぎる見た目で、目的もあるけれど、はっきりしないものを抱えて、独りで……。

 そう思っていた矢先だった。

 

 

 

「当たり前だよ!! 瑪瑠も妖狐も一緒に行こうよ!! 蔵馬と梅流とシロちゃんと!! ね! 皆一緒だったら、楽しいよ!!」

 梅流の笑顔に、

「ありがとうっ」

 瑪瑠は笑顔で、涙で、彼女に駆け寄った。

「…………」

 妖狐は無言で後を追った。

「ミー!」

 その肩で、シロは嬉しそうにないた。

 

「賑やかになるな」

 蔵馬は、楽しそうに笑った。