第十五話・戦闘

 

 

  

 

 ざっぷーん

 

 

「! 妖狐!!」

 勢いを付けて、妖狐が渦の中へ飛び込んでいった。
 驚く梅流だが、隣に立つ蔵馬は、真顔で大河を見つめたまま。

 蔵馬が焦っていないことで、梅流は平静さを取り戻し、再び大河を見やった。

 梅流たちと大河の間で、瑪瑠も両手を握りしめている。
 シロは宙を旋回しながら、渦を見つめていた。

 

「妖狐……大丈夫だよね?」
「無理はしても、無茶はしないよ、彼は。此処へ来るまでに、妖怪の性質は聞き出してある。妖狐も一緒にね」

 その言葉の通り、しばらく大河は激しく蠢いていたが。

 

「!」

 梅流の見ている前で、大きな水柱が立った。
 激しいソレの先端には、妖狐が。

 

 

「妖狐っ!!」

 遠目でも、夜目でも分かる。
 妖狐は……血にまみれていた。

「全部が全部……ではないが、彼の血もあるか……」

 ぽつり呟く蔵馬の声を、梅流と瑪瑠は聞いていなかった。

 

「シロちゃんっ!!」
「お願いーーっ!!」

 吹き出した水柱を必死に避けていたシロが、その叫びに気づいた。
 急旋回し、妖狐の元へと飛ぶ。
 目の端にそれをとらえ、妖狐も身をひねって、シロの背に着地した。

 血が流れ、白いシロの背が赤くなる。
 だが、その血は全て彼のものというわけではなかった。

 

 

 巨大な水柱が割れ、中から現れたのは……巨大な河童。

 元は緑色だったのであろう身体は、水中から現れたと思えないくらいの血まみれ。
 身体に複数走る傷は、鞭や刀傷のようだった。
 どれもこれも、全て今つけられた傷だった。

 

 

「瑪瑠!! やってくれ!!」
「わ、分かった!!」

 蔵馬に言われ、瑪瑠は大河へ向き直った。
 咆哮を上げる河童を見た。

 

 

「狐火っ!!!」

 ごおおおおおっ

 瑪瑠の叫びと共に、彼女の周辺が明るくなる。
 両の手から溢れた蒼い炎は、月明かりさえ隠すほど、神々しい光に溢れていた。

 

「はあっ!!」

 炎は一直線で巨大な河童の頭へと向かう。
 蒼いソレが命中したのは、所謂河童の弱点……頭の皿だった。

 

 

「ぐぎゃあああああ!!!!」

 絶叫を上げ、河童が身もだえる。
 その声は濁流よりも大きく、夜の街に響き渡った。

 

 しかし、

「!」

 河童の目は虚ろになるどころか、ぎょろりと瑪瑠を睨み付けていた。

 

「! 火力が足りないっ!!」

 予想以上に、河童が巨大で、瑪瑠一人の狐火では致命的なダメージは与えられなかったのだ。

 

「下がれ!!」

 とっさに蔵馬が飛び出し、瑪瑠の腕を引っ張った。
 すんでのところで、河童の攻撃をかわしたが、頭が燃え続けている河童の怒りは収まらない。

 領域である水から上がってでも、瑪瑠へと巨大な両手を伸ばし、水かきをバシバシと地面に叩きつけてくる。

 

 

 

「まずいな……」
「蔵馬っ!! こっちだ!!」

 血にまみれ、見た目以上にダメージを抱えながら。
 それでも、シロの背から、妖狐は手を伸ばしていた。

 

「四人はきつい! 瑪瑠を頼むっ!」
「任せろっ!!」

 言って、妖狐は瑪瑠の手を取った。
 ボロボロの右手で、しっかりと握り、一気に引き上げる。

 しかし、

「く、蔵馬っ!! 梅流!! だ、だめだよっ!!」

 二人を置いたまま、空へ上がることに、瑪瑠は耐えられなかった。
 妖狐の腕の中で、じたばたと暴れるも、傷だらけであっても、腕力で少女に負ける妖狐ではなかった。

 

 

「瑪瑠っ!! 上空からもう一度、狐火を!! 頼んだよ!!」
「あ、そ、そうか!! 分かった!!」

 蔵馬の叫びに、はっと自分の役割を思い出し、瑪瑠は前を見据えた。

 眼下では、河童の皿がまだ蒼い炎により燃え続けている。
 ただ水ごときでは、瑪瑠の炎は消せない。
 だが、そう長時間保つ炎でもなかった。

 

「火が消える直前にやれ。今やっても、意味はない」
「は、はいっ!!」

 背後から妖狐に言われ、瑪瑠はびくんっとしながらも、はっきり答えた。
 そして、タイミングを見計らう。

 

「消える直前、消える直前……」

 ブツブツと呟き、そして、

「今だっ!!」
「狐火っ!!」

 最後は妖狐の合図で、炎を放った。
 今度も見事に命中。

 

「ぎょがああああああ!!! ぎゃああああああ!!」

 河童は再びの絶叫を上げ、もだえ苦しんだ。
 上からの攻撃が効いたのだろう、先ほどよりも。

 しかし、

「まだ足りないかっ」
「そんな……っ!」

 河童はぐらぐらと揺れながらも、完全に伏せることはなかった。
 よろよろと、それでも立ち上がり。
 目標を見失って、

「梅流!! 蔵馬っ!!」

 地上にいる梅流たちに、攻撃対象を切り替えたのだった。

 

 

「! 間に合わんっ」

「だめっ!! 逃げてーーっ!!」

 瑪瑠の絶叫が、大河に響き渡った。