第十四話・説得
「ああっ!!」 渦の波が、御輿に覆い被さった時。 牛ほどの大きさもあるシロにとって、体重の軽い少女二人など、軽いもの。
「な、なんてことを……」 役人たちが呆然と呟いたのも、無理はなかった。 しかし、梅流の目に彼らは映っていない。
「シロちゃん、河の方へ!!」 梅流の声に応え、シロは高度を保ちながら、大河の上へ。
「瑪瑠。しっかりつかまっててね!」 手綱がないため、タテガミ以外にしがみつくところはない。
「聞こえる!! 『神』!! こんなこと絶対に駄目だよ!! 生け贄なんて、絶対によくないことだから!! もう止めて!!」 大河の濁流にも負けない梅流の声は、一体に響き渡った。
「……な、何言ってるんだ、あの娘は……」 呆然と呟く役人たちの声は、当然梅流には届かない。 「がっ」 別の者たちには、しっかりと聞こえていた。
「……結構、お前気が短いな」 「!!? 蔵馬っ!!」 空の上からでも。 聞き逃すはずがない。 この声だけは。
「蔵馬!! 来てくれたんだっ!!」 梅流が何を言ったわけでもないが、シロには梅流の気持ちが分かったのだろう。 川岸に立つ蔵馬は、手に緑色の太い紐のようなものを持っていて。 あの、どこまでも綺麗な輝きと共に……。
「梅流……怪我はない?」 シロから降りてきた梅流の肩に手を置き、心配げに覗き込む蔵馬。
「うん、梅流は平気!! 蔵馬が来てくれて、よかった! 『神』を止めてから、探しに行こうって思ってたんだ!」 少々驚いて蔵馬は言った。
「……それは無理だ」 「え? あっ!」 その言葉につられて視線を動かすと、驚くことに蔵馬の後ろに……彼がいた。
「あ、あの時の……えっと」 そういえば、名前を聞いていなかったと、考え込む梅流。 「彼のことはね……妖狐って呼んだらいいよ」 言ってから、梅流は青年を見上げた。
「そう呼ばれることが多かったんだって」 「……さっき、蔵馬に聞いた。で、そっちは?」 腕を引っ張っていた瑪瑠を、前に立たせて、紹介する。
「メル? 梅流と同じ名前?」 蔵馬に問われて、瑪瑠が答えた。 「あ、うん! 瑪瑙の瑪に、瑠璃の瑠で、瑪瑠!」 「? あ、そういえば、聞いてなかったけど、梅流のは?」
「……和んでいるところ悪いが、アレはどうする」 妖狐に言われ、はっと梅流と瑪瑠、それにシロは背後を振り返った。
「どうやら、梅流の説得≠ヘ通用しなかったらしいが?」 妖狐の皮肉を込めた言葉に、梅流はむうっとする。 あの時は「大嫌い」などと言ったが、この話し方が妖狐の素なのだと分かった今、怒ることはなかった。
「どうして、分かってくれないのかな……一年に一度しか食べないってことは、人間を食べなくたって生きていける妖怪なんだよね?」 世界の異変を、蔵馬から細かく教わっている梅流。 「だが、これが一番簡単な食事≠セろうからね」 「……だから、それは無理だと言っている」 溜息混じりに妖狐に言われ、梅流は少し考えた。 楽≠フために、他者を傷つける者の気持ちなど、梅流には到底理解できないのだから。
「……蔵馬」 「説得≠ェ出来ない時……蔵馬はどうするの?」 問われて、蔵馬はあっさり答えた。
「その時は、『神』でなくなってもらう、それだけだ」 「……丁度、目撃者もいることだし」 蔵馬が視線を送った先には、先ほどまで失神していた役人たち。
「妖狐」 「君、気の質は?」 「え? あ、狐火と幻術と変化……でも、全部同時には出来なくて」 妖狐と瑪瑠の妖気を訊ね、ふむと少し考える蔵馬。
「……妖狐。水中戦は?」 「今更下りないよね?」 言って、妖狐は銀色の髪に手を入れた。
「シロを借りる」 言って、妖狐はシロを手招きする。 ぴょんっと瑪瑠の手の中から出で、すぐさま大きな姿へ。 シロはふわりと舞い上がり、大河へと飛んでいった。
「えっと……瑪瑠はどうしてたらいい?」 瑪瑠の問いかけに、蔵馬は彼女を見て、 「ここへ来るまでに、情報を仕入れておいた。此処にいる妖怪は、河童らしい。つまり、弱点は……」 蔵馬の言葉に、己がやるべきことを見定めたのだろう。 「出来るね?」 「あの〜??」 何がなんだか分からず、きょとんっとする梅流。
「梅流。君の気の質は、俺にもよく分からない。――万が一、此処にいる妖怪と相性が悪ければ、大怪我の可能性もある……今回は此処で見ていて」 妖狐と瑪瑠、それにシロが戦っている。 自分も一緒にできないことに、歯がゆさを感じながらも、自分自身に何が出来るか分からない……。
梅流は、きゅっと唇を噛みしめ、渦巻く大河を見つめたのだった。
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