第十三話・大河
「すっごい……」 御輿を追いかけて、梅流が辿り着いたところは。
それはもう、大河としか呼べない。 今まで梅流が見てきた河など、雪解け水の流れるあそこと、東の村にあった小川くらい。 流れは速く、ところどころ渦を巻いているところもある。 また、街中に井戸が見あたらなかったことからも、この大河以外に入水限がないことは明白。 そこに強力な妖怪が住み着いてしまったもの、その妖怪がいる限り、他の妖怪が襲ってこないのだ。
「でも、許せないもんねっ!! よしっ! 『神』に文句言って、やめてもらうんだ!」 そう言うと、梅流は役人に気づかれないよう、数歩下がった。
文句を言った程度で、聞き届けるわけがない。 そうなった場合、若い娘である自分の身も危ない。 そう考えつかなかった梅流は、決して先走ったわけではなく。
瑪瑠を乗せた御輿が、渦巻く大河へ近づいていく。 「我らが偉大な『神』よ!! この年の贄を持ってまいりました!! お納め下さいっ!!」 身勝手な口上の後、役人たちは御輿を川岸に置いて、その場を離れ、梅流のすぐ近くまで下がってきた。 やがて、大河の渦の一つが大きく膨れあがった。
「やれやれ。今年も何とか終わったな……」 ふうっと溜息をついて、役人の一人が仲間たちに言った。 「ああ。生け贄の選抜も楽だったしな。自分からやるって言い出したんだし」 「それにしても、人妻≠ヘ生け贄対象外だって、知らなかったのか?」
「……ひどい」
「ん? おい、何か言ったか?」
「ひどいっ!! ひどいよっ!!」
声と共に、梅流は飛び出した。 同じ気持ちを抱いてくれていたシロと共に。
「な、なんだああ!!??」 口々に混乱を叫ぶ役人を見下ろし、 「ひどすぎるよっ!!」 大きなシロに乗った梅流は、その頭上を飛び越えた。 ばきり。 シロの前足が当たっただけで、脆い御輿の扉は壊れた。
「瑪瑠!! はやく!!」 狭い御輿の中で、蹲っていた瑪瑠は、顔を真っ赤に腫らしていた。 それを見て、梅流の胸も……痛む。
「瑪瑠!! いいやら、はやく!! はやく来て!!」 瑪瑠の気持ちは、梅流にも分かっていた。 ここで生け贄にならなければ、彼らが酷い目にあわされる……それが怖かったのだろう。
「大丈夫だよ!! 瑪瑠の大事な人、梅流も一緒に助けにいくから!!」 「だから、来て!! ここで瑪瑠が死んじゃっても、来年瑪瑠の大事な人が生け贄にならないとも限らないんだよ!! もうこんなこと……終わらせないと!!」
終わらせなければならない。 旅人として通り過ぎるだけだからと、無視していくなんて……出来るわけがない。 梅流には、とても無理だった。
そして、瑪瑠にも。
「来年……」 ぞっとした。 姉や義姉はならないかもしれない。 その子たちが、犠牲になるかもしれない……。
「いやだっ!! そんなの絶対にいやだ!!」 血は繋がっていなくたって。 あの人たちは、皆、瑪瑠の家族だ。 自分一人が……などと考えてはいけなかった。
「瑪瑠!! はやく!! 手を……手を取って!!」 梅流の叫びに、 「梅流っ!!」 瑪瑠は精一杯、手を伸ばした。
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