第十三話・大河

 

 

 

 

「すっごい……」

 御輿を追いかけて、梅流が辿り着いたところは。
 街の西の端にあった河。

 

 それはもう、大河としか呼べない。
 何せ、向こう岸が全く見えないのだ。

 今まで梅流が見てきた河など、雪解け水の流れるあそこと、東の村にあった小川くらい。
 海という言葉を知っていれば、そう思ったとしても不思議はなかった。

 流れは速く、ところどころ渦を巻いているところもある。
 舟も港も、当然、ない。
 しかし、大河と街の間には、漁師小屋や舟を収納する倉庫があるところを見ると、流れが穏やかな時には漁をすることもあると思われた。

 また、街中に井戸が見あたらなかったことからも、この大河以外に入水限がないことは明白。
 基本的な生活用水でもあるのだろう。

 そこに強力な妖怪が住み着いてしまったもの、その妖怪がいる限り、他の妖怪が襲ってこないのだ。
 生け贄を推進する者が現れるまで、そう時間はかからなかったのだろう。

 

 

「でも、許せないもんねっ!! よしっ! 『神』に文句言って、やめてもらうんだ!」

 そう言うと、梅流は役人に気づかれないよう、数歩下がった。
 大河から一番近い藪、そこにそっと身を滑り込ませ、機会をうかがうことにしたのだった。

 

 文句を言った程度で、聞き届けるわけがない。
 それどころか、余計なお世話とばかりに、二人目の生け贄を欲するかも知れない。

 そうなった場合、若い娘である自分の身も危ない。

 そう考えつかなかった梅流は、決して先走ったわけではなく。
 ただただ、はじめてできた友達≠救いたい一心だったのだ……。

 

 

 

 瑪瑠を乗せた御輿が、渦巻く大河へ近づいていく。

「我らが偉大な『神』よ!! この年の贄を持ってまいりました!! お納め下さいっ!!」

 身勝手な口上の後、役人たちは御輿を川岸に置いて、その場を離れ、梅流のすぐ近くまで下がってきた。
 それでも、彼らは梅流には気づかない。
 一仕事終え、ほっとしている空気が伝わり、梅流は胸が悪くなった。

 やがて、大河の渦の一つが大きく膨れあがった。
 じょじょに川岸に近づき、その中心がゴボゴボと激しく泡立ちはじめる。

 

「やれやれ。今年も何とか終わったな……」

 ふうっと溜息をついて、役人の一人が仲間たちに言った。
 仲間も同調する。

「ああ。生け贄の選抜も楽だったしな。自分からやるって言い出したんだし」
「だから、俺が言ったろ? 姉らや義姉を生け贄に……って、脅せば、余裕だとよ。あの娘には血縁ねえらしいが、身内には違いねえからな」

「それにしても、人妻≠ヘ生け贄対象外だって、知らなかったのか?」
「教えてねえからな。まあ、教えたとしても、やっただろうとは思うぜ? 逆らってきたアニキ連中は監禁、他の身内も全員軟禁してあるからな」

 

 

 

「……ひどい」

 

 

「ん? おい、何か言ったか?」
「いや、何も……」

 

「ひどいっ!! ひどいよっ!!」

 

 声と共に、梅流は飛び出した。

 同じ気持ちを抱いてくれていたシロと共に。
 大きくなったシロに乗って。

 

「な、なんだああ!!??」
「で、でかい馬!!?」
「妖怪かっ!?」
「な、何で後ろからっ!?」

 口々に混乱を叫ぶ役人を見下ろし、

「ひどすぎるよっ!!」

 大きなシロに乗った梅流は、その頭上を飛び越えた。
 今にも、御輿に覆い被さろうとしてた巨大な渦の波へ突撃していく。

 ばきり。

 シロの前足が当たっただけで、脆い御輿の扉は壊れた。

 

 

「瑪瑠!! はやく!!」
「梅流!? どうして……」

 狭い御輿の中で、蹲っていた瑪瑠は、顔を真っ赤に腫らしていた。
 あらたな涙でクシャクシャになっていた。

 それを見て、梅流の胸も……痛む。

 

「瑪瑠!! いいやら、はやく!! はやく来て!!」
「で、でも……」

 瑪瑠の気持ちは、梅流にも分かっていた。
 たとえ、騙されていたことだったとしても、家族全員が役人たちに捕まっているのは事実。

 ここで生け贄にならなければ、彼らが酷い目にあわされる……それが怖かったのだろう。

 

「大丈夫だよ!! 瑪瑠の大事な人、梅流も一緒に助けにいくから!!」
「!!」

「だから、来て!! ここで瑪瑠が死んじゃっても、来年瑪瑠の大事な人が生け贄にならないとも限らないんだよ!! もうこんなこと……終わらせないと!!」

 

 終わらせなければならない。
 こんなことは。

 旅人として通り過ぎるだけだからと、無視していくなんて……出来るわけがない。

 梅流には、とても無理だった。

 

 そして、瑪瑠にも。

 

 

「来年……」

 ぞっとした。
 一年後のことを考えていなかった。
 更にその先のことも。

 姉や義姉はならないかもしれない。
 だが、姉にも義姉にも子供がいる。
 女の子もいる。

 その子たちが、犠牲になるかもしれない……。

 

「いやだっ!! そんなの絶対にいやだ!!」

 血は繋がっていなくたって。

 あの人たちは、皆、瑪瑠の家族だ。
 かけがえのない大事な人たちだ。

 自分一人が……などと考えてはいけなかった。

 

 

 

「瑪瑠!! はやく!! 手を……手を取って!!」

 梅流の叫びに、

「梅流っ!!」

 瑪瑠は精一杯、手を伸ばした。