第十二話・御輿
「……ひっく……バカ……バカ……嫌いだ……」 泣きながら、ずっと同じ言葉を繰り返す梅流。 しかし、 「……ひっく……うっく……。…………」 街へ入る頃には、次第に興奮は収まり、青年に対する暴言を反省していた。 この間、外の世界へ出たばかり。
梅流にだって、本当は分かっているのだ。 到着した街は、夕暮れの薄暗い中にも灯が灯り、建物も立派。 行き交う人々も、断然多い。
今のこの世界で、大きな妖怪の被害を受けずにいられるのは、その『神』のお陰。 分かっている……。 分かってはいるのだが……。
ふと気付くと、梅流は広い敷地の前に立っていた。 遠くに小さな建物があり、その手前にコの字型を組んだ建造物がある。
「……何だろう、この感じ……あっ」 歩を進めていって気がついた。 建物に続く石段の途中に、ちょこんっと座っている。
全身真っ黒。 しかし、顔の部分だけは、黒くなかった。
梅流は、その面をとても恐ろしく感じた。
(何だろう……この気持ち……) まるで……蔵馬がいなくなってしまうと考えた時のような。
今現在、蔵馬とは一緒にいないのに、何故か不安感はなかった。 きっと蔵馬は、すぐに来てくれる。 一緒にいても、想像して不安になったのに。
「…………」 恐怖心にかられながらも、梅流はひるまず、一歩一歩、近づいていった。 と、梅流に気付いたのか、下を向いていた面が、梅流の方を向いた。
「えっと、あなたは……だあれ?」 小鳥のように可愛い、少女の声だった。
「え? あ、あの……」 きょろきょろと見渡して。
「梅流、だよ。こっちは、シロちゃん」 少女は驚いたようだった。
「うん、梅流。――あなたは?」 「え? メル??」 「うん! 同じだね!」 あまり多くはない名前であるということを知らない梅流は、さほど驚かなかった。
(懐かしい……すっごく……) 蔵馬に出会った時にも、シロに出会った時にも、あの青年やその家族に出会った時にも、感じなかった……不思議な感覚。 何故、顔も見えないこの少女からだけ、感じているのか。 しかし、このあたたかい気持ちは、とても心地よく、疑問など簡単にうち消してしまうものだった。 そしてそれは、瑪瑠にとっても、 (なんでだろう? 懐かしいな……) 同じだった……。
「それでね〜」 「それで、このシロちゃんはね」 出会ってから、数分。 ほんの数分。 すっかり打ち解けてしまっていたのだ。 そんな感じがするのだ。
「そうだ。ねえ、瑪瑠」 「瑪瑠は何で、そんな変なお面しているの?」 瑪瑠は一度言いよどんで。
「その……生け贄になる人が被る……面なの」 「……えっ……」 いきなり言われた、衝撃的な事実に、梅流は絶句した。
「な、何で?」 「それは……さっき聞いたけど……」 「そんなのダメ!!!」 立ち上がり、叫ぶ梅流。 はっと、我にかえり、恥ずかしかったのか、ストンと座る梅流。
「……ダメだよ……その……『神』は悪い妖怪なの。 だからそんなの絶対にダ……」 「しいぃ――――っっ!!」 突然、梅流の口を押さえる瑪瑠。
「あ、ゴメン。キツかった?」 思わず、力を入れすぎたことに気付き、瑪瑠はゆっくりと手を外した。
「ぷは〜、苦しかった〜」 「平気、大丈夫。――それより急にどうしたの?」 瑪瑠はキョロキョロと辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、一息いれてから、言った。
「実はね。梅流と同じこと言った人がいたの。『神』は悪い妖怪だって……そしたら、その人……殺されたの」 「『神』に対して、罰当たりなこと言ったからって、それだけ。この町の人はほとんどが『神』を信じているから。例え、妖怪であっても、『神』が居てくれるだけで、皆安全に暮らせるんだからって……でも、その人が火あぶりにされるのを止めようとしたのは、一人だけ。その人の妹さんだけだった。でも、その人も……」 「ううん。その人は生け贄にされたの。生け贄に選ばれるのは、ある程度まで成長した女の人だけだから……黙っているけど、皆知ってることなの。生け贄に差し出されるのは、『神』を信じていない人だって。街中の人みんな……」 「ううん。あたしも『神』は悪い妖怪だと思ってる。でも、瑪瑠が生け贄に選ばれたのは原因は、それじゃないの」 瑪瑠はそれには答えずに、ゆっくりと面に右手をかけ、空いている左手を、体を覆っている黒い布にやり、一気に引きはがした。
「…………」 ……仮面と黒衣を外した瑪瑠の姿は、誰かに似ていた。
さらさらとした、白銀の跳ねっ毛ストレートヘア。 髪と同じ白銀の獣耳と、ふわふわしたしっぽ。 そして、誰もを魅了するような、美しさ……。
そう、あの青年にそっくりなのだ。
いや、それだけではない。 青年とは違う、真っ直ぐな瞳。 そして、穏やかでありながら、何処かキリッとした真っ白の妖気。
「瑪瑠はね……普通じゃないんだって。見た目は妖怪に近いけど、妖怪じゃなくって……でも、人間でもなくて、動物でもなくて。けど、事情を知らない人には、妖怪にしか見えないから……今、妖怪は嫌われてるから」 梅流は何とかそれだけ言った。 「うん……本当は、もっと早くに殺したかったんだって。それでも、今日まで生かしてたのは……生け贄にするためだったんだ」
シンジラレナイ……。 それだけが、梅流の頭の中を駆けめぐっていた。
放心している梅流を、瑪瑠が軽く揺さぶった。 「仕方ないよ……瑪瑠は、人間じゃないんだもん……それに、瑪瑠が行かなかったら、紅唖姉や流籠姉や紫音姉さんが……仕方……ないん……だよ……」 そういう瑪瑠の目は、透明の涙で潤んでいた。 「瑪瑠……」 梅流の瞳にも、じわっと涙が浮かび……ついに、二人は泣き出してしまった。
「梅流は! 梅流は、瑪瑠が大好きだよ!! 死んでほしくないよ!!」 誰もいない広場。
瑪瑠だって……本当はとても恐い……。 生け贄になんか、なりたくない……。 もっともっと生きていたい……。
たとえ、叶わぬ夢と分かっていても……。
日が傾き始めた頃、急に瑪瑠が耳をぴんっと立てた。 「瑪瑠?」 「えっ、でも……」 建物の陰に、梅流を隠すように押し立てる瑪瑠。
「瑪瑠……」 寂しい笑顔を向ける瑪瑠。 まだ、涙はかわいていなかった……。
しばらくして、瑪瑠が言っていた役人らしき男が数人、小さな御輿を担いでやってきた。 「よいか! 月が天にさしかかるまでには、『神様』へお届けするのだ!!」 と叫び、御輿を担いで、西の方へ走っていったのだった。
「瑪瑠……」 梅流は「行って」と言われても行くことなど出来ず、一部始終を見ていた。 そして、 「よ〜し! このままついていって、直接『神』に会って話そう!」 ぐっと拳を握りしめ、梅流は立ち上がった。
茂みや岩陰を巧みに利用しながら、役人たちの後を追っていく梅流たち。
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